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群星のヴェルシェリア  作者: セイ
第一部 目覚めの灯火

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遺跡に残された声

 王都での生活が始まって、四か月が過ぎた。


 初夏の風が吹く朝、シオン・クレイヴェルは王立魔導技術院の正門前に立っていた。


 今日は合同実地演習の日だ。


 目的地は、王都から馬車で半日ほど離れた旧魔導施設跡。


 かつて王国の魔導技術者たちが使用していた施設で、現在は稼働を停止しているという。


「……遅いぞ、シオン」


 背後から声がした。


 振り向くと、深い紺色の髪をしたカイル・レインフォードが立っていた。


「まだ集合時間まで十分あるよ」


「俺は三十分前から来てた」


「早すぎない?」


「こういう日は、早く来るものだろ」


 カイルは当然のように答えた。


 シオンは苦笑した。


 最近、カイルの性格が少し分かってきた。


 負けず嫌いで、行動が早い。


 そして、興味を持ったことには一直線だ。


「おはよう、二人とも」


 今度は、柔らかな声がした。


 ヴィオレッタ・ローゼンベルクだった。


 いつものドレスではなく、動きやすい紺色の上着と長いスカートを身に着けている。


 金色の髪は、後ろで一つにまとめられていた。


「おはよう、ヴィオレッタ」


「……その服、珍しいな」


 カイルが言う。


「実地演習ですもの。ドレスでは歩きにくいでしょう?」


「確かに」


 カイルは頷いた。


「でも、意外と似合ってる」


 ヴィオレッタは少し驚いたあと、微笑んだ。


「ありがとう」


 シオンは、二人のやり取りを見て笑った。


 四か月前、出会ったばかりのころは、カイルもヴィオレッタも少し距離を置いていた。


 だが、今ではすっかり打ち解けている。


 カイルは相変わらず遠慮がない。


 ヴィオレッタも、時々それに負けないくらい言い返す。


 そんな二人を見ていると、シオンは自然と笑顔になった。


     ◇


 演習には、十数名の研修生が参加していた。


 引率は、レティシアとフィオナ。


 さらに、安全管理のため、王国魔導騎士団から二名の騎士が同行していた。


「全員、聞いて!」


 レティシアが声を張り上げた。


「今日の目的は、旧魔導施設の構造を調べ、停止した魔導回路の状態を確認することよ!」


 研修生たちが頷く。


「ただし、勝手に装置へ触らないこと。危険な場所へ入らないこと。必ず班ごとに行動すること!」


 フィオナが続けた。


「今回は実際の施設を使用します。教室とは違い、予想できない問題が起きる可能性もあります」


 シオンは、少し緊張した。


 一年前の北の谷。


 あのときも、古い魔導設備の異常が事件の始まりだった。


 もちろん、今回の施設は安全確認が済んでいるという。


 それでも、胸の奥に小さな不安が残っていた。


     ◇


 馬車が施設跡へ到着したのは、昼前だった。


 そこには、低い石造りの建物がいくつも並んでいた。


 周囲には草が生い茂り、壁には蔦が絡みついている。


 中央には、大きな円形の建物があった。


「……思ったより広いね」


 シオンが呟く。


「昔は、魔導器具の研究施設だったらしい」


 カイルが答えた。


「王都の技術院ができる前から使われていたんだってさ」


 ヴィオレッタは、建物の壁を見上げた。


「……ずいぶん古い建築様式ね」


 シオンも頷いた。


 石の継ぎ目には、細い溝が刻まれている。


 それは、魔力を通すための回路だった。


 ただし、ほとんどの回路は途切れている。


 今は、何も流れていない。


「……本当に止まってるんだ」


 シオンは、小さく呟いた。


     ◇


 三人の班に与えられた課題は、施設の西側にある小型循環装置の調査だった。


 部屋の中央には、古い金属製の装置が置かれている。


 大きさは、人の腰ほど。


 中央には、ひび割れた星晶石がはめ込まれていた。


「……これ、壊れてるな」


 カイルが呟く。


「うん。魔力の流れが、ほとんどない」


 シオンが答える。


 ヴィオレッタは、配布された資料を広げた。


「この装置は、周囲の魔力を集めて、別の装置へ送るためのものらしいわ」


「じゃあ、どこへ送ってたんだ?」


 カイルが尋ねる。


 ヴィオレッタは、図面を確認した。


「……中央棟ね」


 三人は、窓の外に見える円形の建物を見た。


 中央棟。


 そこには、かつて大規模な魔導実験が行われていたという。


「……少し、気になるね」


 シオンが呟いた。


     ◇


 調査を進めるうちに、シオンは一つの違和感を覚えた。


 装置は停止している。


 だが、完全に魔力が消えているわけではない。


 ほんのわずかに、細い糸のような流れが残っている。


「……あれ?」


 シオンは、装置の裏側を覗き込んだ。


「どうした?」


 カイルが尋ねる。


「この装置、まだ少しだけ魔力が流れてる」


「……本当か?」


「うん。すごく弱いけど」


 ヴィオレッタが資料を確認した。


「記録では、二十年前に完全停止したことになっているわ」


「……でも、止まってない」


 シオンは、魔力の糸を追った。


 床の下へ。


 壁の向こうへ。


 そして、中央棟の方向へ。


「……中央に続いてる」


 カイルは、少し考えた。


「報告したほうがいいな」


 シオンは頷いた。


「うん」


 三人は、レティシアのいる場所へ向かった。


     ◇


「……まだ魔力が流れている?」


 レティシアは、シオンの報告を聞いて眉を寄せた。


「はい。すごく弱いけど、中央棟の方向へ続いています」


 フィオナが記録板を確認する。


「……確かに、微弱な反応があります」


 レティシアは、少し考え込んだ。


「変ね。ここは完全停止したはずなんだけど」


 カイルが尋ねた。


「危険なんですか?」


「今のところ、危険な数値ではないわ」


 レティシアは答えた。


「でも、原因は調べる必要がある」


 フィオナが頷いた。


「中央棟の記録を確認しましょう」


 こうして、三人はレティシアたちとともに中央棟へ向かうことになった。


     ◇


 中央棟の内部は、ひんやりとしていた。


 高い天井。


 円形の広間。


 そして、床一面に刻まれた巨大な魔法陣。


 シオンは、思わず息を呑んだ。


「……大きい」


 北の谷で見た転送門とは違う。


 だが、魔力を循環させるための構造には、どこか似た部分があった。


 レティシアが装置を調べる。


「……これは、古い魔力集積装置ね」


 フィオナが頷いた。


「周辺施設から集めた魔力を、ここで調整していたようです」


 シオンは、床の魔法陣を見つめた。


 細い糸が、いくつも集まっている。


 その中心に。


 何かがあった。


「……あれ?」


 シオンは、目を細めた。


 魔法陣の中心。


 そこに、小さな光が浮かんでいる。


 だが、その光は普通の魔力とは違っていた。


 青でも、金でも、赤でもない。


 まるで、色のない光。


「……変だ」


 シオンが呟いた。


 レティシアが振り向く。


「どうしたの?」


「中心に、何かあります」


 フィオナが測定器を向けた。


 だが、記録板には何も表示されなかった。


「……反応なし?」


 フィオナが首を傾げる。


 シオンは、もう一度見た。


 確かに、何かがある。


 そして。


 その光が、わずかに揺れた。


     ◇


 次の瞬間。


 シオンの耳に、声が聞こえた。


『……聞こえるか』


「……え?」


 シオンは、思わず顔を上げた。


 周囲を見回す。


 カイル。


 ヴィオレッタ。


 レティシア。


 フィオナ。


 誰も、何も言っていない。


『……こちらの声が、聞こえるか』


 再び、声がした。


 低く、かすれた声。


 どこか遠くから響いてくるような、不思議な声だった。


「……誰?」


 シオンが呟く。


 カイルが振り向いた。


「どうした?」


「……今、声が」


「声?」


 ヴィオレッタも、不思議そうな顔をした。


「誰か、話していた?」


 シオンは首を振った。


「……分からない」


 そのとき。


『……見つけた』


 声が、はっきりと響いた。


 シオンの背筋に、冷たいものが走った。


     ◇


「……シオン君?」


 フィオナが心配そうに声をかけた。


 シオンは、額を押さえていた。


 頭が痛い。


 魔力の流れを見すぎたときとは、少し違う痛みだった。


「……大丈夫?」


 ヴィオレッタが近づく。


「……うん。でも……」


 シオンは、魔法陣の中心を見た。


 さっきまであった光は、消えていた。


 何もない。


 ただ、古い魔法陣が残っているだけだった。


 レティシアは、すぐに調査を中断した。


「今日はここまでにしましょう」


 フィオナも頷いた。


「シオン君は休ませたほうがいいです」


 カイルが、シオンの肩を支えた。


「歩けるか?」


「……うん」


 シオンは頷いた。


 だが、胸の奥に残る違和感は消えなかった。


 あの声。


 あれは、何だったのだろう。


     ◇


 夕方。


 演習を終えた一行は、王都へ戻る馬車に乗っていた。


 シオンは、窓の外を見つめていた。


 カイルが隣に座る。


「……まだ気になるのか?」


「うん」


「何が聞こえたんだ?」


 シオンは、少し迷った。


 だが、正直に答えた。


「……誰かが、話しかけてきた」


「誰か?」


「分からない。でも、僕に向かって言ってた気がする」


 カイルは、しばらく考え込んだ。


「……そうか」


 それ以上、何も聞かなかった。


 ヴィオレッタが、静かに口を開いた。


「……古い魔導施設には、記録を音声として残す技術があったと聞いたことがあるわ」


 シオンは顔を上げた。


「……記録?」


「ええ。昔の人が残した言葉を、後の人が聞けるようにする技術」


 ヴィオレッタは、少し考えた。


「もしかしたら、それかもしれない」


 シオンは、少し安心した。


「……そうだといいな」


 カイルが笑った。


「何にしても、今日はよく頑張っただろ」


「……うん」


「帰ったら、飯だな」


「カイルは、そればっかりだね」


「腹が減ってるんだから仕方ないだろ」


 三人は、笑い合った。


     ◇


 その夜。


 王立魔導技術院の研究室では、レティシアとフィオナが調査記録を確認していた。


「……どう思う?」


 レティシアが尋ねる。


 フィオナは、記録板を見つめた。


「微弱な魔力反応は確認できました。でも、シオン君が言っていた光や声については、記録がありません」


「……そうね」


 レティシアは腕を組んだ。


「ただ、気になることがあるの」


「何ですか?」


「中央棟の魔法陣。あれ、単なる集積装置じゃないかもしれない」


 フィオナが顔を上げた。


「……どういうことですか?」


 レティシアは、古い設計図を広げた。


「魔力を集めるだけなら、あんなに複雑な構造は必要ないわ」


 図面の中央には、小さな円が描かれていた。


 その周囲に、いくつもの回路が重なっている。


「……何かを保存していた?」


 フィオナが呟く。


「その可能性はあるわね」


 レティシアは、窓の外を見た。


「……でも、今は分からない」


     ◇


 一方。


 王都の宿舎では、ヴィオレッタが一冊のノートを開いていた。


 前世の記憶。


 自分が悪役令嬢として登場する物語。


 そこに書かれていた出来事を、彼女は少しずつ記録していた。


 だが、今日の出来事は、記憶の中にはなかった。


「……旧魔導施設の演習なんて、知らない」


 ヴィオレッタは、静かに呟いた。


 物語の中では、自分は王立総合学園へ入学するまで、ほとんど自由に外へ出られなかった。


 シオンという少年も。


 カイルという少年も。


 少なくとも、彼女の覚えている物語には登場しない。


「……やっぱり、違う」


 ヴィオレッタは、ノートを閉じた。


 自分が知っている未来と、今の世界。


 その二つは、少しずつ違い始めている。


 それが良いことなのか、悪いことなのか。


 まだ分からない。


 だが。


「……私は、私の人生を生きたい」


 ヴィオレッタは、小さく呟いた。


 窓の外には、王都の灯りが広がっていた。


 その一つ一つの下に、誰かの生活がある。


 誰かの願いがある。


 誰かの物語がある。


 ヴィオレッタは、静かに目を閉じた。


 そして、明日もまた、シオンやカイルと笑い合えることを願った。

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