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群星のヴェルシェリア  作者: セイ
第一部 目覚めの灯火

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三人の小さな挑戦

 王都での生活が始まって、一か月が過ぎた。


「シオン! 遅い!」


「まだ約束の時間まで五分あるよ!」


 王立魔導技術院の中庭に、少年たちの声が響く。


 深い紺色の髪を揺らしながら、カイル・レインフォードが木剣を構えていた。


 その向かいで、シオン・クレイヴェルも木剣を握る。


「今日は五本勝負だ」


「昨日も五本勝負だったよね?」


「何か問題あるか?」


「僕、一度も勝ってないんだけど」


「だったら、今日勝てばいい」


 あまりにも簡単に言うので、シオンは思わずため息をついた。


 カイルは十二歳。


 シオンより二歳年上で、剣術も魔法も得意だった。


 何より、負けず嫌いだった。


 そして最近、シオンは一つの事実に気づいていた。


 カイルは、自分より弱い相手にも容赦しない。


「……少しは手加減してよ」


「してるぞ」


「えっ」


「かなり」


「……それ、言わないでほしかった」


 中庭のベンチから、小さな笑い声が聞こえた。


「ふふっ。仲がいいのね」


 ヴィオレッタ・ローゼンベルクだった。


 金色の髪を青いリボンで結び、膝の上には分厚い本を置いている。


 公爵令嬢という立場にありながら、彼女は最近、二人の訓練を見に来るようになっていた。


「仲がいいというか……」


 シオンが苦笑する。


「一方的にやられてるだけだよ」


「それでも、毎日来るのでしょう?」


「……うん」


「なら、仲がいいのよ」


 ヴィオレッタは満足そうに頷いた。


 カイルが木剣を軽く振った。


「そろそろ始めるぞ」


「分かった!」


 シオンは構えた。


 カイルの足元を見る。


 踏み込み。


 肩の動き。


 そして、身体を巡る魔力の流れ。


 以前は、見えていても反応できなかった。


 だが、一か月の訓練で少しずつ変わってきた。


 カイルの右足に力が集まる。


 来る。


 シオンは、先に一歩下がった。


 木剣が目の前を通り過ぎる。


「……おっ」


 カイルの表情が変わった。


 シオンは、その隙に踏み込んだ。


 だが。


「甘い!」


 カイルの木剣が、横からシオンの剣を弾いた。


 乾いた音が響く。


「……負けた」


「でも、今のはよかったぞ」


 カイルが笑った。


「初めて、俺の初撃を完全に避けたな」


 シオンは少し驚いた。


「……本当?」


「ああ」


 カイルは木剣を肩に担いだ。


「次は、避けたあとに攻撃できるようになれ」


「……うん!」


 ヴィオレッタが拍手した。


「シオン、おめでとう」


「また負けたんだけどね」


「それでも、前より強くなったのでしょう?」


 シオンは、少し照れながら頷いた。


     ◇


 午後。


 三人は、王立魔導技術院の実習室に集まっていた。


 今日の課題は、魔力循環装置の調整だった。


 机の上には、直径三十センチほどの金属製の円盤が置かれている。


 中央には、小さな星晶石がはめ込まれていた。


「この装置は、魔力を一定の速度で循環させるためのものです」


 フィオナが説明する。


「ただし、今日はわざと不安定な状態にしてあります」


 レティシアが横から笑った。


「簡単に言うと、壊れかけの装置を直してもらうわけね」


「……壊れかけ?」


 シオンが不安そうに尋ねる。


「大丈夫。危険な出力は出ないようにしてあるから」


 レティシアは胸を張った。


「私が作った安全装置付きよ!」


 フィオナが小さく付け加えた。


「安全装置は、私が三回確認しました」


「ちょっと、フィオナ!」


 実習室に笑いが起きた。


 シオンも、思わず笑った。


 レティシアは少し不満そうだったが、すぐに気を取り直した。


「では、三人一組で調整してみましょう!」


     ◇


 シオン、カイル、ヴィオレッタは、同じ班になった。


「まずは、魔力を流してみよう」


 カイルが装置に手を置いた。


 中央の星晶石が淡く光る。


 だが、光はすぐに揺らぎ始めた。


「……不安定だな」


 カイルが呟く。


「右側の回路で、魔力が詰まってる」


 シオンが言った。


 ヴィオレッタが設計図を確認する。


「右側……この部分かしら?」


「うん。そこ」


 シオンは指を差した。


 ヴィオレッタは、細い工具を手に取った。


「では、流れを少し変えてみましょう」


 彼女が回路の調整ネジを回す。


 すると、星晶石の光が少し安定した。


「……よし」


 カイルが頷いた。


 だが、次の瞬間。


 装置が、低い音を立てた。


 ブゥン。


「……あれ?」


 シオンは眉を寄せた。


 魔力の流れが、別の場所で乱れ始めている。


「今度は、左側が……」


 言い終わる前に、星晶石の光が赤く変わった。


「ちょっと待って!」


 ヴィオレッタが声を上げる。


「これ、出力が上がっていない?」


 カイルが装置を見た。


「……本当だ」


 シオンは、魔力の糸を追った。


 右側を調整したことで、左側へ流れる魔力が増えたらしい。


「……右側を直したせいで、左側に負担がかかってる!」


 カイルが頷いた。


「じゃあ、両方を同時に調整すればいい」


「でも、どうやって?」


「俺が魔力を流す。ヴィオレッタが調整して、シオンが流れを見る」


 カイルは即座に役割を決めた。


 ヴィオレッタが頷く。


「分かったわ」


 シオンも頷いた。


「やってみよう!」


     ◇


 カイルが、装置へ魔力を流す。


 ヴィオレッタが、慎重に調整ネジを回す。


 シオンは、魔力の流れを見つめた。


「……右側、少し強い」


「これくらい?」


「もう少し……そう!」


 星晶石の光が、少しずつ安定していく。


 だが、シオンの額に汗が浮かんだ。


 魔力の流れを長時間見続けると、頭が重くなる。


 それでも、今は止められない。


「……左側、少し遅れてる」


 ヴィオレッタが調整する。


「これでどう?」


「……いい感じ」


 カイルが魔力の量を少し減らした。


「じゃあ、最後に全体を合わせるぞ」


 シオンは、深く息を吸った。


 魔力の糸が、ゆっくりと揃っていく。


 青い光が、円盤全体へ広がった。


 そして。


 ブゥン。


 今度は、低く安定した音が響いた。


「……できた?」


 シオンが呟く。


 ヴィオレッタが記録板を確認した。


「……成功!」


 カイルが笑った。


「やったな!」


 三人は、思わず顔を見合わせた。


 そして、笑い合った。


     ◇


「……よくできたわね」


 レティシアが、三人の装置を確認していた。


「この課題、実は少し難しくしてあったのよ」


「……えっ?」


 シオンが驚く。


「普通は、もう少し簡単な調整から始めるんだけどね」


 フィオナが補足した。


「三人なら、できると思ったから」


 カイルは得意げに笑った。


「余裕だったな」


「……途中、危なかったけど」


 シオンが言うと、カイルは肩をすくめた。


「結果がよければいいんだよ」


「それは違うわ」


 ヴィオレッタが即座に言った。


「途中の失敗も、ちゃんと記録しないと」


 カイルは少し困ったように笑った。


「……分かったよ」


 レティシアは、そんな三人を見て満足そうに頷いた。


「いいわね。ちゃんと役割分担ができてる」


 そして、シオンへ視線を向けた。


「ただし、シオン君」


「はい」


「少し無理したでしょう?」


 シオンは、思わず目を逸らした。


「……ちょっとだけ」


「ちょっとだけ、じゃないでしょ」


 レティシアは、シオンの額を軽く指で叩いた。


「自分の限界を知ることも、技術者には必要なの」


「……はい」


 フィオナも頷いた。


「次は、もっと短い時間で判断できるように練習しましょう」


 シオンは、素直に頷いた。


     ◇


 夕方。


 三人は、技術院の屋上にいた。


 王都の街並みが、夕日に照らされている。


 遠くには、王城の塔が見えた。


「……すごい景色だね」


 シオンが呟く。


「ここ、私のお気に入りなの」


 ヴィオレッタが微笑んだ。


「王都が、全部見えるでしょう?」


 カイルは、手すりにもたれかかった。


「俺は、もっと遠くが見たいけどな」


「遠く?」


 シオンが尋ねる。


「ああ。王都の外。大陸の向こう側まで」


 カイルは空を見上げた。


「いつか、世界中を旅したい」


 シオンは、少し驚いた。


「……冒険者になりたいんだっけ?」


「そう」


 カイルは頷いた。


「強くなって、色々な場所へ行く。それが俺の目標だ」


 ヴィオレッタは、少し羨ましそうに微笑んだ。


「素敵ね」


「ヴィオレッタは?」


 カイルが尋ねる。


「……私?」


「ああ。将来、何になりたい?」


 ヴィオレッタは、少し黙った。


 夕日が、金色の髪を照らしている。


「……まだ、分からないわ」


 静かな声だった。


「でも……」


 彼女は、少しだけ微笑んだ。


「自分で選べる未来が、あればいいと思ってる」


 シオンは、その言葉を聞いていた。


 以前、図書室でも似たようなことを言っていた。


 貴族の娘だから、自由にならないことが多い。


 だが、それだけではない何かを、彼女は抱えているように見えた。


「……きっと、あるよ」


 シオンが言った。


 ヴィオレッタが顔を上げる。


「え?」


「自分で選べる未来」


 シオンは笑った。


「少なくとも、僕はそう思う」


 ヴィオレッタは、しばらくシオンを見つめていた。


 そして、ゆっくりと微笑んだ。


「……ありがとう」


     ◇


 その夜。


 ヴィオレッタは、宿舎の部屋で一冊のノートを開いていた。


 表紙には、何も書かれていない。


 だが、中には細かな文字が並んでいた。


 王国の貴族名。


 王立総合学園。


 そして、いくつもの出来事の予定。


 彼女だけが知っている、未来の断片。


 前世の記憶。


 物語の中で、自分と同じ名前の公爵令嬢が辿った運命。


 ヴィオレッタは、ページをめくった。


 そこには、一つの言葉が書かれていた。


『破滅』


 彼女は、しばらくその文字を見つめた。


 そして、ペンを取った。


 その下に、新しい言葉を書き加える。


『未来は、変えられる』


 ヴィオレッタは、小さく息を吐いた。


「……そうよね」


 今日、三人で装置を直したとき。


 最初は、失敗した。


 だが、誰か一人がすべてを解決したわけではない。


 カイルが魔力を流し。


 シオンが流れを見て。


 自分が回路を調整した。


 三人で、少しずつ問題を解決した。


 もし、未来も同じなら。


 誰かと協力することで、変えられるのかもしれない。


 ヴィオレッタは、静かにノートを閉じた。


     ◇


 翌朝。


 シオンは、いつものように中庭へ向かっていた。


 だが、途中で足を止めた。


 廊下の掲示板に、一枚の紙が貼られていたからだ。


『王立魔導技術院・合同実地演習』


 対象者。


 特別研修生および外部研修生。


 実施場所。


 王都郊外・旧魔導施設跡。


 シオンは、思わず紙を見つめた。


「……実地演習?」


 背後から声がした。


「面白そうだろ?」


 振り向くと、カイルが立っていた。


「カイル」


「俺、参加するつもりだ」


 カイルは笑った。


「教室の中だけじゃ、分からないこともあるからな」


 シオンは、もう一度掲示板を見た。


 旧魔導施設跡。


 その言葉に、一年前の北の谷が頭をよぎる。


 古い魔導設備。


 止まったはずの回路。


 そして、予想もしなかった事故。


 シオンは、少しだけ拳を握った。


「……僕も、参加してみたい」


 カイルは満足そうに頷いた。


「よし。じゃあ、一緒に行こうぜ」


 そのとき、後ろから声がした。


「私も参加するわ」


 ヴィオレッタだった。


 カイルが驚いた。


「えっ。公爵令嬢が?」


「何か問題でも?」


 ヴィオレッタは、にっこり笑った。


「……いや、ないけど」


「なら、決まりね」


 シオンは、思わず笑った。


 三人で、初めての実地演習。


 王都での生活は、まだ始まったばかりだった。


 そして、この演習が三人にとって、教室では学べない現実を知る機会になることを、まだ誰も知らなかった。

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