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群星のヴェルシェリア  作者: セイ
第一部 目覚めの灯火

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門が開いた日

 その日、クレイヴェル領の北の空が裂けた。


 採石場から立ち上った青白い光は、雲を貫き、北の谷へと降り注いだ。


 地鳴りが村全体を揺らす。


 屋敷の窓が震え、棚から食器が落ちた。


「全員、広間から離れて!」


 マリアの声が響いた。


 避難していた住民たちが、一斉に動き出す。


 シオンはミリアの手を握り、庭へ向かった。


 その途中、北の山が見えた。


 山の稜線の上に、巨大な光の輪が浮かんでいる。


 輪の内側には、夜のような暗闇が広がっていた。


 真昼だというのに、そこだけ星が見える。


「……あれ、何?」


 ミリアが震える声で尋ねた。


 シオンは答えられなかった。


 ただ、分かったことが一つある。


 あれは、もう魔力灯の故障ではない。


 何かが、この世界に起ころうとしていた。


     ◇


 採石場では、崩落が始まっていた。


「出口へ走れ!」


 アルベルトが叫ぶ。


 作業員たちは、落石を避けながら通路を駆け抜ける。


 ダリオは測定器を抱え、必死に走っていた。


 その後ろで、レティシアが補助回路を操作している。


「レティシアさん!」


「先に行って!」


「何をしているんです!」


「補助回路を切らないと、魔力が逆流する!」


 ダリオは足を止めた。


「一人では無理です!」


 レティシアは舌打ちした。


「……なら、こっちの弁を閉じて!」


 二人は装置へ駆け寄った。


 巨大な星晶石が、激しく明滅している。


 ダリオは弁を回した。


 だが、動かない。


「固着しています!」


「工具を!」


 レティシアが叫ぶ。


 ダリオは工具を差し込み、全身の力を込めた。


 ギギギ……!


 弁が、わずかに動いた。


 その瞬間。


 天井から巨大な岩が落ちてきた。


「危ない!」


 アルベルトが二人を突き飛ばした。


 轟音。


 岩が床を砕き、通路を塞ぐ。


「アルベルト様!」


 ダリオが叫んだ。


 土煙の向こうで、アルベルトが倒れていた。


 左腕が、不自然な方向に曲がっている。


「……大丈夫だ」


 アルベルトは歯を食いしばった。


「それより、装置を止めろ!」


 レティシアは立ち上がり、補助回路の中心へ手を伸ばした。


「……これで!」


 星晶石を固定していた留め具を外す。


 次の瞬間、補助回路が砕け散った。


 青白い光が爆発するように広がり、三人を吹き飛ばした。


 そして。


 採石場の巨大な装置が、完全に沈黙した。


     ◇


 だが、北の谷では別のことが起きていた。


 金属の輪が、地面からゆっくりと浮かび上がっていた。


 周囲の岩盤が崩れ、古代の装置が全貌を現す。


 高さは、屋敷の塔よりも大きい。


 輪の中央には、黒い空間が広がっていた。


 その向こうから、冷たい風が吹き出している。


 やがて。


 黒い空間の奥に、一つの影が現れた。


 人間に似た姿。


 だが、身体は薄い霧のように揺らいでいる。


 影は、ゆっくりと門を越えた。


 地面に足をつけた瞬間、その身体が形を持ち始める。


 長い手足。


 灰色の皮膚。


 顔には、目も鼻もない。


 ただ、口のような裂け目だけがあった。


 影は、北の山を見下ろした。


 そして、村の方角へ歩き始めた。


     ◇


 村では、避難が続いていた。


「南通りの人は教会へ!」


「子どもと老人を先に!」


 エドガーの指示で、住民たちは屋敷と教会へ移動している。


 だが、混乱は広がっていた。


 魔力灯が使えず、井戸も止まっている。


 南の橋は崩落したまま。


 北の山からは、不気味な光が見える。


 誰もが不安を抱えていた。


 そのとき。


 村の北側から、一人の男が走ってきた。


「魔物だ!」


 男は叫んだ。


「北の林から、魔物が来る!」


 エドガーは顔を上げた。


「数は?」


「分かりません! でも、人間みたいな形のものが……!」


 エドガーは即座に命じた。


「北側の住民を退避させろ! アルベルトが戻るまで、警備隊で時間を稼ぐ!」


 警備隊の男たちが武器を手に取った。


 だが、彼らの装備は古い。


 領地の警備隊は、普段は盗賊や獣への対応が中心だった。


 未知の魔物と戦う準備など、できていない。


     ◇


 北の林。


 最初に魔物と遭遇したのは、警備隊の若い隊員だった。


「……止まれ!」


 剣を構える。


 灰色の影は、ゆっくりと近づいてきた。


「それ以上近づくな!」


 隊員は叫んだ。


 だが、影は止まらない。


 やがて、影が腕を伸ばした。


 その腕は、不自然に長く伸びた。


「……っ!」


 隊員は剣を振るった。


 刃が影の腕を切り裂く。


 だが、傷口から血は流れない。


 黒い霧が噴き出し、すぐに元へ戻った。


「何だ、こいつ……!」


 影の腕が、隊員の胸を打った。


 鈍い音。


 隊員は地面へ倒れた。


 動かない。


 後方にいた隊長が叫ぶ。


「下がれ! 全員、下がれ!」


 だが、影は既に近づいていた。


 そして、林の奥から。


 二体目。


 三体目。


 同じ姿の魔物が現れた。


     ◇


 シオンは、屋敷の庭で北の林を見つめていた。


 頭痛は、まだ続いている。


 だが、今は別のものが見えていた。


 灰色の影たちから、細い糸が伸びている。


 その糸は、北の谷へつながっていた。


「……門から来たんだ」


 シオンは呟いた。


 そのとき、エリシアが駆け寄ってきた。


「シオン! ここにいたのね!」


「エリシア姉さん……」


「早く屋敷の中へ!」


 シオンは頷いた。


 だが、足を止めた。


「姉さん」


「何?」


「北の林にいる魔物……門とつながってる」


 エリシアは目を見開いた。


「どういうこと?」


「糸が見えるんだ。魔物から、北の谷まで」


 エリシアは一瞬、考え込んだ。


 そして、シオンの肩に手を置いた。


「分かった。父上に伝えるわ」


「……信じてくれる?」


「もちろん」


 エリシアは真剣な表情で言った。


「でも、あなたはここにいて。危ないことはしないで」


 シオンは頷いた。


     ◇


 北の林では、警備隊が必死に防衛線を維持していた。


 だが、魔物たちは少しずつ前進してくる。


「矢が効かない!」


「剣でも倒せないぞ!」


 隊長は歯を食いしばった。


「くそっ……!」


 そのとき、後方から声が響いた。


「伏せて!」


 次の瞬間、赤い光が林を駆け抜けた。


 炎の槍。


 それが魔物の一体を貫いた。


 灰色の身体が燃え上がり、黒い霧となって消える。


「……何だ!?」


 隊員たちが振り向いた。


 そこには、レティシアが立っていた。


 右腕には包帯が巻かれ、額から血が流れている。


 だが、その目は鋭かった。


「普通の剣では効きにくいわ! 魔力を込めた攻撃なら、形を崩せる!」


 レティシアは再び魔法を放った。


 二体目の魔物が、炎に包まれる。


 だが、三体目は素早く横へ跳んだ。


「……速い!」


 魔物が、レティシアへ飛びかかる。


 その瞬間。


 横から一本の剣が振り下ろされた。


 アルベルトだった。


 左腕を吊り、右手だけで剣を握っている。


「……父上の領地で、好き勝手させるか!」


 剣に、淡い光が宿っていた。


 レティシアが施した、一時的な魔力付与。


 刃が魔物を切り裂く。


 灰色の身体が崩れ、黒い霧となって消えた。


 だが、アルベルトは膝をついた。


「……っ!」


 左腕の痛みが、全身を走る。


 レティシアが駆け寄った。


「無茶をしないで!」


「……まだ、終わっていません」


 アルベルトは林の奥を見つめた。


 そこには、さらに多くの影が動いていた。


     ◇


 日が沈む頃。


 村の北側に、新たな防衛線が築かれていた。


 レティシアの魔法と、警備隊の連携によって、最初の魔物たちは退けられた。


 だが、被害は大きかった。


 警備隊員、死亡二名。


 重傷三名。


 民家一棟が破壊され、住民にも負傷者が出た。


 エドガーは、報告書を握りしめた。


「……二人、亡くなったのか」


 報告に来た隊長は、深く頭を下げた。


「申し訳ありません」


「謝るな」


 エドガーは静かに言った。


「お前たちは、村を守ってくれた」


 隊長は唇を噛みしめた。


 エドガーは続けた。


「亡くなった者の家族には、私から直接話す」


 その声は、かすかに震えていた。


     ◇


 夜。


 シオンは、屋敷の窓から村を見下ろしていた。


 広場には、焚き火がいくつも灯っている。


 魔力灯が消えた村を、人々は自分たちの火で照らしていた。


 シオンは、昼間に聞いた言葉を思い出していた。


 死亡二名。


 その数字が、頭から離れなかった。


 前世では、報告書に書かれた数字を見て、何度も仕事をしてきた。


 けれど、今は違う。


 その数字の向こうには、名前がある。


 家族がいる。


 帰りを待っていた人がいる。


 シオンは、窓枠を握りしめた。


 そのとき、背後から声がした。


「シオン」


 振り向くと、エドガーが立っていた。


「父上……」


 エドガーは隣に立ち、村を見下ろした。


「怖かったか?」


 シオンは、少し迷ってから頷いた。


「……うん」


「そうか」


 エドガーは、しばらく黙っていた。


 そして、静かに言った。


「私も怖い」


 シオンは驚いて父を見上げた。


「父上も?」


「ああ。領民を守れないかもしれないと思うと、怖くてたまらない」


 エドガーは苦笑した。


「だが、怖いからといって、逃げるわけにはいかない」


 シオンは、父の横顔を見つめた。


「……僕も、何かできるかな」


「できることはある」


 エドガーは頷いた。


「だが、今は生きていてくれ。それが一番大切だ」


 シオンは、ゆっくりと頷いた。


     ◇


 同じ夜。


 北の谷では、巨大な門が静かに光っていた。


 門の向こうには、暗い空間が広がっている。


 そして、その奥で。


 何かが、こちらを見ていた。


 それは、灰色の魔物たちとは違っていた。


 人間のような姿。


 長い外套をまとい、顔を隠している。


 その人物は、門の向こうから静かに呟いた。


「……まだ、閉じていなかったのか」


 そして、ゆっくりと手を伸ばした。


 門の表面に、複雑な紋様が浮かび上がる。


 青白い光が、一瞬だけ強くなった。


 だが、その人物は門を越えなかった。


 ただ、何かを確かめるように、こちらの世界を見つめていた。

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