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群星のヴェルシェリア  作者: セイ
異界の勇者と帝国の戦火

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勇者たちの選択

 勇者になりたいかと聞かれたら、昨日までの俺なら、少しくらい憧れたかもしれない。


 剣を振るい、魔法を使い、仲間と冒険する。


 そんな物語は、嫌いじゃなかった。


 けれど、現実に勇者と呼ばれてみて、最初に思ったことは一つだけだった。


 ――家に帰りたい。


 久世朔也は、見知らぬ天井を見つめながら、ゆっくりと体を起こした。


 ヴァルディア帝国に召喚されてから、一夜が明けていた。


     ◇


「……眠れたか?」


 朔也が尋ねると、隣の寝台から低いうめき声が返ってきた。


「寝られるわけないだろ……」


 高橋悠斗は、毛布を頭からかぶっていた。


「俺、昨日まで数学の小テストで悩んでたんだぞ。それが何で、異世界で勇者なんだよ」


「俺に聞くなよ」


「しかも帰れないかもしれないって……」


 悠斗は、毛布を下ろした。


 いつもの明るい表情は、そこにはなかった。


「母さん、心配してるだろうな」


 朔也は、返事ができなかった。


 自分の家族も、今頃どうしているだろう。


 教室から三十二人の高校生が突然消えた。


 学校は大騒ぎになっているはずだ。


 警察も動いているだろう。


 ……いや。


 向こうの世界では、どれくらい時間が経っているんだ?


 同じ速さで時間が流れている保証すらない。


「……朔也?」


「ああ。ごめん」


 朔也は、首を振った。


「まずは、今日できることを考えよう」


「……お前、強いな」


「強くないよ」


 朔也は、苦笑した。


「考えてないと、怖くなるだけだ」


 悠斗は、少し驚いたように目を見開いた。


 それから、小さく笑った。


「……そっか」


 そのとき、扉が叩かれた。


「久世君、起きてる?」


 佐伯美咲の声だった。


     ◇


 食堂では、すでに半数以上の生徒が集まっていた。


 長い机には、焼きたてのパンと温かいスープが並んでいる。


 しかし、食事を楽しむ余裕のある者は少なかった。


「だから、逆らったって意味ないだろ!」


 大きな声が響いた。


 陸上部の森田だった。


「相手は軍隊を持ってるんだぞ。俺たちが何を言ったって、どうにもならないだろ!」


「だからって、言いなりになるの?」


 女子生徒が言い返す。


「戦えって言われたら戦うの?」


「そんなこと言ってない!」


「じゃあ、どうするのよ!」


 朔也は、二人の間に入った。


「待ってくれ」


「久世……」


「まず、分かっていることを整理しよう」


 朔也は、周囲を見渡した。


「俺たちは、帝国に召喚された。帰還方法は確立されていない。そして、帝国は俺たちに何らかの協力を求めている」


 誰も口を挟まなかった。


「でも、協力の内容はまだ分からない。昨日の神官長は魔族の脅威を話していたけど、何と戦うのか、どこで戦うのかも説明していない」


「……じゃあ、どうするんだよ」


 森田が尋ねた。


「条件を出す」


「条件?」


「ああ。少なくとも、俺たちの安全と帰還については、約束してもらう」


 美咲が、静かにうなずいた。


「私も、それがいいと思う」


 しかし、別の男子が口を開いた。


「でもさ、魔法が使えるなら、少しくらい教えてもらってもいいんじゃない?」


 何人かが、顔を上げた。


「……確かに」


「何もできないままじゃ危ないし」


「自分を守る方法くらい知りたい」


 朔也は、考え込んだ。


 ……それも、間違っていない。


 ここが本当に魔法のある世界なら、自衛の手段は必要だろう。


 だが、訓練と軍事利用の境界は曖昧だ。


「訓練を受けるかどうかも、一人ずつ決められるようにしよう」


 朔也は言った。


「誰かが受けたいからって、全員が受ける必要はない。逆も同じだ」


 森田は、腕を組んだ。


「……それなら、まあ」


 完全な納得ではない。


 それでも、話し合いを続けることはできそうだった。


     ◇


 午前九時。


 三十二人の生徒たちは、皇城の謁見室へ案内された。


 正面には、宮廷神官長ローデリック・アルヴェインが立っている。


 その隣には、軍服姿の男がいた。


 四十代半ばほど。


 短く刈り込まれた黒髪と、鋭い灰色の瞳。


「諸君。私は帝国軍参謀本部のアーデルベルト・グライスだ」


 男は、低い声で名乗った。


「突然の召喚によって混乱を与えたことについて、帝国を代表して謝罪する」


 朔也は、少し意外に思った。


 軍人が謝罪するとは、予想していなかった。


「しかし、我々には諸君の力が必要だ」


 グライス将軍は続けた。


「帝国は長年、魔族の脅威に備えてきた。近年は周辺諸国との緊張も高まっている」


 ……周辺諸国。


 朔也は、その言葉を聞き逃さなかった。


 昨日は、魔族の話しかしていなかった。


「まずは、諸君の能力を測定したい。その結果に応じて、魔導、武術、治癒、支援などの訓練を提供する」


 生徒たちがざわめく。


「……魔法が使えるの?」


「俺たちにも?」


「本当に勇者なんだ……」


 朔也は、一歩前へ出た。


「質問があります」


 将軍が、朔也を見た。


「名は?」


「久世朔也です」


「クゼ・サクヤか。聞こう」


「能力測定を受けたら、帝国軍に入らなければならないんですか?」


 将軍は、わずかに目を細めた。


「現時点で、そのような義務を課す予定はない」


「訓練を断ることはできますか?」


「……必要性については説明する」


「断れるんですか?」


 沈黙が落ちた。


 朔也は、視線を逸らさなかった。


 やがて将軍が口を開く。


「君は、何を求めている?」


「三つ、約束してほしいことがあります」


 朔也は、深く息を吸った。


「一つ目。俺たちを元の世界へ帰す方法を、帝国が責任を持って研究すること」


 ローデリックの表情が、わずかに動いた。


「二つ目。三十二人全員の安全と生活を保障すること」


 そして。


「三つ目。戦闘への参加を強制しないことです」


 広間が静まり返った。


「俺たちは兵士じゃありません。昨日まで普通の高校生だったんです」


 朔也は続けた。


「剣も魔法も知らない。人を殺したこともない。そんな俺たちを、勝手に戦場へ送らないでください」


 将軍は、しばらく黙っていた。


 やがて、ゆっくりとうなずいた。


「……理解した」


 朔也は、息を止めた。


「帰還方法の研究は継続する。生活と安全についても、帝国が責任を持つ」


 ……二つ。


「戦闘参加についても、現段階では強制しない」


 生徒たちから、安堵の声が漏れた。


 しかし。


「ただし、帝国の安全保障上、緊急の必要が生じた場合には、改めて協力を求めることになる」


 朔也は、眉をひそめた。


 ……緊急の必要。


 曖昧な言葉だ。


「その条件を、書面にしてもらえますか?」


 将軍が、わずかに眉を上げた。


「書面?」


「はい。俺たちにも読める形で」


 周囲の貴族たちが、不快そうな表情を浮かべた。


 だが、将軍は笑った。


「慎重な少年だな」


「……帰れるかどうかも分からないので」


「よかろう。用意させる」


 朔也は、頭を下げた。


「ありがとうございます」


 将軍は、静かに続けた。


「だが、覚えておくといい。力を持つ者には、その力を使うべきときが訪れる」


 朔也は、答えなかった。


 その言葉が忠告なのか、警告なのか。


 まだ判断できなかった。


     ◇


 午後。


 能力測定が始まった。


 皇城に隣接する魔導訓練場には、透明な水晶や金属製の台座が並べられていた。


「次、タカハシ・ユウト」


「はい!」


 悠斗が、少し緊張した様子で前へ出た。


 水晶に手を置く。


 その瞬間。


 ――バチッ!


 青白い火花が散った。


「うわっ!」


 悠斗が、慌てて手を離す。


 測定官が、目を見開いた。


「……雷属性適性、高位!」


 周囲がざわめいた。


「すげえ!」


「悠斗、雷使えるの!?」


「マジかよ!」


 悠斗は、自分の手を見つめた。


「……俺、何かした?」


 朔也は、思わず笑った。


「……すごいな」


「いや、俺もびっくりしてる!」


 だが、測定官はすぐに近くの軍人を呼んだ。


 軍人は、記録板を確認してから、悠斗をじっと見つめた。


 ……何だ?


 朔也は、その様子が気になった。


 続いて、美咲の番になった。


 彼女が水晶に触れると、柔らかな緑色の光が広がった。


「治癒適性、高位。さらに結界適性あり」


「……私が?」


 美咲は、戸惑った表情を浮かべた。


 その後も測定は続いた。


 火炎魔法に適性を示す者。


 身体強化に優れる者。


 特殊な感知能力を持つ者。


 そして、ほとんど反応を示さない者。


 ……全員が、同じ力を持っているわけじゃない。


 朔也は、そう理解した。


 やがて。


「次、クゼ・サクヤ」


 自分の名前が呼ばれた。


     ◇


 朔也は、水晶の前に立った。


「手を置いてください」


 測定官に言われ、ゆっくりと手を伸ばす。


 冷たい感触。


 その直後。


 水晶の内部に、白い光が灯った。


 ……ん?


 光は、少しずつ強くなる。


 白。


 青。


 赤。


 緑。


 複数の色が、水晶の内部で交差した。


「……何だ?」


 測定官が、眉をひそめた。


 次の瞬間。


 ――キィィン!


 鋭い音が響いた。


 水晶の表面に、細い亀裂が走る。


「手を離してください!」


 朔也は、慌てて手を引いた。


 水晶の光が消える。


 訓練場が、静まり返った。


「……壊した?」


 朔也が尋ねた。


 測定官は、答えなかった。


 ただ、記録板を見つめている。


「……魔力量、測定不能」


 その言葉に、周囲がざわめいた。


「測定不能?」


「何それ、すごいの?」


「久世、やばくない?」


 だが、朔也は喜べなかった。


 測定官の表情が、明らかにおかしかったからだ。


「……これは、上に報告する必要がある」


 測定官は、低い声でつぶやいた。


 朔也は、静かに拳を握った。


 ……何か、まずいことになったのかもしれない。


     ◇


 夕方。


 帝国軍参謀本部。


 グライス将軍は、能力測定の報告書を読んでいた。


「……高位適性が七名。中位適性が十八名。残る七名は低位、または特殊適性か」


 彼は、最後の一枚をめくった。


 そこには、久世朔也の名前が記されていた。


 ――魔力量:測定不能。


 ――属性適性:複数反応。


 ――測定装置:一部破損。


「……神官長」


 ローデリックが、頭を下げた。


「はい」


「これは、どういうことだ?」


「現時点では判断できません」


「魔力量が多すぎるという意味か?」


「その可能性もあります。ただし、測定装置が対応できない性質の魔力を持っている可能性も否定できません」


 将軍は、報告書を机に置いた。


「……未知数ということか」


「はい」


 沈黙。


 やがて、将軍は静かに言った。


「勇者たちを、三つの訓練班に分けろ」


「三つ、ですか?」


「高位適性者。一般適性者。そして、特殊適性者だ」


 ローデリックは、少しだけ眉をひそめた。


「……久世朔也は?」


「特殊適性班だ」


 将軍は、低い声で答えた。


「ただし、本人には特別扱いだと気づかせるな」


 ローデリックは、静かに頭を下げた。


「承知しました」


 将軍は、窓の外を見た。


 帝都の夕暮れ。


 その向こうには、帝国軍の訓練場が広がっている。


「……三十二人」


 彼は、小さくつぶやいた。


「使い方次第では、戦局を変えられる」


     ◇


 一方、その頃。


 アルセリア王国の王都。


 俺は、久しぶりに学園の門をくぐっていた。


 ……ようやく帰ってきた。


 リューデン王国での調査は、想像していた以上に長くなった。


 古代遺跡。


 王宮の不正。


 秘密組織。


 そして、第六観測記録。


 ……本当に、いろいろあった。


「……やっと戻ってきたわね」


 隣で、ヴィオレッタが静かに言った。


「ああ」


 俺は、学園の建物を見上げた。


「……しばらくは、普通の生活がしたい」


「それ、何回目?」


 リシアが、呆れたように言った。


「……数えるのはやめてくれ」


 エリオットが笑った。


「でも、今回は本当に少し休めるんじゃない?」


「……そうだといいけど」


 俺は、苦笑した。


 そのとき。


「……シオン!」


 聞き慣れた声が響いた。


 振り返ると、カイルが歩いてきていた。


 深い紺色の髪。


 灰色の瞳。


 そして、いつもの少し無愛想な表情。


「……カイル!」


 俺は、思わず笑った。


「もう大丈夫なのか?」


「ああ」


 カイルは、軽く肩を回した。


「まだ無理はするなって言われてるけどな」


 カイルとディーンは、以前の戦闘で負傷していたため、ベルハルト伯爵領の調査には同行していなかった。


 二人はリューデン王都で療養を続け、移動できる程度まで回復した段階で、俺たちより先にアルセリア王国へ帰還していたのだ。


「ディーンも一緒に帰ってきたんだよな?」


「ああ。あいつも学園にいる。まだ肩を動かすと痛むらしいけどな」


「……無理するなよ」


 俺が言うと、カイルは呆れたように笑った。


「お前にだけは言われたくない」


 ……返す言葉がない。


 ヴィオレッタが、小さく笑った。


「本当に、そのとおりね」


「……ヴィオレッタまで」


 俺は、ため息をついた。


 だが、こうして再会できたことが嬉しかった。


 そのとき。


 カイルが、少しだけ真剣な表情になった。


「……シオン」


「何だ?」


「帝国で、妙なことが起きたらしい」


 俺は、眉をひそめた。


「……帝国?」


「ああ」


 カイルは、周囲を確認してから声を落とした。


「大規模な魔力反応が観測されたそうだ」


 ……魔力反応。


 俺は、思わず息を止めた。


 リューデン王国から帰る途中。


 夜の街道で感じた、あの奇妙な感覚。


 ……まさか。


「詳しく聞かせてくれ」


 俺が言うと、カイルはうなずいた。


「王宮から、騎士団へ情報が回ってきてる」


     ◇


 王宮の会議室。


 そこには、ガルド団長とユリウス副団長がいた。


「……シオン君」


 ユリウスさんが、顔を上げた。


「リューデンでの調査、お疲れさま」


「ありがとうございます」


 俺は、軽く頭を下げた。


「それで、帝国の件というのは?」


 ガルドさんが、静かに口を開いた。


「まだ、確定情報ではない」


 俺は、うなずいた。


「はい」


「ただ、帝国の皇都周辺で、通常では考えられない規模の魔力反応が確認された」


 ユリウスさんが、報告書を指さした。


「発生時刻は数日前。複数の観測所が、同じ反応を記録している」


 俺は、資料を見た。


 そこには、魔力波形の記録が並んでいた。


 ……何だ、これ。


 通常の魔導装置とは、明らかに違う。


 魔力が、一点へ集まっている。


 いや。


 ……何かを、引き寄せている?


「召喚術の可能性がある」


 ガルドさんが言った。


 俺は、顔を上げた。


「……召喚?」


「ああ。ただし、何を召喚したのかは分からん」


 沈黙。


 俺は、報告書を見つめた。


 ……召喚。


 その言葉が、胸の奥に引っかかった。


 リューデン王国で見つけた、第六観測記録。


 異世界から来た存在。


 記憶の継続。


 そして、帝国で発生した大規模な魔力反応。


 ……偶然なのか?


 俺は、静かに拳を握った。


 その隣で、カイルが報告書を見つめていた。


 彼の表情が、わずかに変わったことに、俺は気づかなかった。


     ◇


 カイル・レインフォードは、報告書の波形を見つめていた。


 ……これは。


 胸の奥で、古い記憶が揺れた。


 前世。


 遠い世界。


 科学と魔法が、一つの技術体系として発展していた文明。


 そこでは、魔力は単なる不思議な力ではなかった。


 測定され、制御され、機械と結びつけられるエネルギーだった。


 そして。


 この波形には、見覚えがあった。


 ……位相同期。


 異なるエネルギー系統を、一時的に同じ周期へ合わせる技術。


 ただし、前世の世界で知っていたものとは、規模が違う。


 ……こんな巨大な同期現象、見たことがない。


 カイルは、静かに息を吐いた。


 ……帝国は、何をした?


 そのとき。


「……カイル?」


 シオンが、声をかけた。


「……何だ?」


「顔色が悪いぞ」


「……いや」


 カイルは、首を振った。


「少し、気になっただけだ」


 シオンは、心配そうに彼を見た。


 だが、それ以上は追及しなかった。


 カイルは、再び報告書へ目を落とした。


 ……この世界にも、こんな技術があるのか。


 それとも。


 ……誰かが、別の世界の技術を持ち込んだのか。


 答えは、まだ分からなかった。


     ◇


 夜。


 ヴァルディア帝国の皇城。


 久世朔也は、客室の机に向かっていた。


 目の前には、一枚の書類が置かれている。


 帝国から提示された、協力条件の確認書だった。


 帰還研究の継続。


 生活と安全の保障。


 戦闘参加の非強制。


 確かに、三つの条件は記されていた。


 だが。


 朔也は、最後の一文を見つめた。


 ――ただし、帝国の安全保障上、緊急の必要が認められる場合は、別途協議を行う。


 ……別途協議。


 曖昧な言葉だ。


 戦争が始まれば、何でも緊急の必要だと言える。


 朔也は、書類を机に置いた。


「……どうするんだ?」


 悠斗が、隣から尋ねた。


「まだ、署名しない」


「え?」


「このままだと、後から解釈を変えられる」


 悠斗は、書類をのぞき込んだ。


「でも、向こうは約束してくれたんだろ?」


「言葉だけならな」


 朔也は、静かに答えた。


「だから、もう一度確認する」


 悠斗は、しばらく黙っていた。


 そして、少しだけ笑った。


「……お前、こういうとき本当に慎重だよな」


「……悪いか?」


「いや」


 悠斗は、首を振った。


「頼りにしてる」


 朔也は、少しだけ目を見開いた。


 そして、苦笑した。


「……期待しすぎるなよ」


 だが。


 その言葉は、少しだけ嬉しかった。


     ◇


 同じ頃。


 帝国軍参謀本部。


 グライス将軍は、部下から報告を受けていた。


「勇者たちの訓練班分けは完了しました」


「よし」


「ただし、久世朔也が協力条件の文書について、追加の確認を求めています」


 将軍は、少しだけ笑った。


「……やはりな」


「いかがいたしますか?」


「応じろ」


 部下が、驚いたように顔を上げた。


「よろしいのですか?」


「ああ」


 将軍は、静かに答えた。


「無理に従わせれば、反発するだけだ」


 そして、机の上の地図を見た。


 そこには、アルセリア王国との国境が描かれていた。


「……今は、信頼を得ることが先だ」


 部下は、頭を下げた。


「承知しました」


 将軍は、窓の外を見つめた。


 帝都の夜景。


 遠くに見える軍の訓練場。


 そして、皇城の一角で眠る三十二人の異世界人。


 ……彼らが、自分たちの力を理解するまで。


 まだ、時間はある。


 将軍は、静かに目を細めた。


「……焦る必要はない」


     ◇


 その夜。


 アルセリア王国の王都。


 俺は、学園の寮室で一冊の資料を開いていた。


 リューデン王国で受け取った、第六観測記録の解析資料。


 そこには、あの一文が記されていた。


 ――MEMORY CONTINUITY : CONFIRMED


 記憶の継続を確認。


 俺は、静かに息を吐いた。


 ……帝国の召喚現象。


 もし、本当に異世界から何かを呼び出したのだとしたら。


 ……それは、人間なのか?


 そして。


 その人間は、元の世界の記憶を持っているのか?


 俺は、資料を閉じた。


 ……まだ、何も分からない。


 だが。


 胸の奥で、何かが動き始めていた。


 前世の記憶。


 この世界での人生。


 そして、まだ見ぬ異世界からの来訪者。


 ……もし、同じような境遇の人間がいるのなら。


 俺は、どうするだろう。


 助けたいと思うのか。


 それとも、自分の秘密を守るために距離を置くのか。


 答えは、まだ出なかった。


 ただ。


 俺は、静かに窓の外を見た。


 夜空には、無数の星が輝いている。


 その一つひとつが、遠い世界につながっているように思えた。


 ……世界は、思っていたよりも広い。


 そして。


 俺たちの物語は、まだ始まったばかりだった。


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