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群星のヴェルシェリア  作者: セイ
第三部 古代遺跡と王国の影

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地下に眠るもの

 敵の罠だと分かっている場所へ、自分から向かう。


 普通に考えれば、馬鹿げた行動だ。


 だが、罠があると分かっているなら、話は少し変わってくる。


 相手が何を仕掛け、何を期待しているのか。


 それを見極められれば、逆にこちらが情報を得られるかもしれない。


 ……もっとも。


 それが簡単にできるなら、誰も苦労しないんだけどな。


     ◇


 ベルハルト伯爵邸。


 夜の北棟は、昼間とはまるで違う雰囲気に包まれていた。


 廊下には等間隔に魔導灯が設置されているが、奥へ進むほど人の気配が薄くなる。


 窓の外では、冷たい風が庭木を揺らしていた。


「……ここから先は、使用されていない区画です」


 案内役の執事が、静かに説明した。


 その隣には、ハロルド卿。


 さらに、ヴァルターさんとアイリスさんが立っている。


 俺とヴィオレッタも、少し離れた場所で待機していた。


 今回の調査は、ヴァルターさんに届いた謎の手紙がきっかけだった。


 ――今夜、北棟の地下倉庫へ。


 ――誰にも知らせず、一人で来い。


 どう考えても怪しい。


 だが、だからといって無視するわけにもいかない。


 ヴァルターさんは、手紙をハロルド卿に提出し、伯爵家へ正式に確認を求めた。


 その結果、北棟の一部を確認することになったのだ。


「……本当に、地下倉庫があるんですか?」


 俺が尋ねると、執事はうなずいた。


「はい。古い備品を保管するための倉庫がございます」


「……普段は使っていない?」


「現在は、ほとんど使用しておりません」


 執事は、丁寧に答えた。


「ただし、建物が古いため、立ち入りにはご注意ください」


 ……また、安全上の理由か。


 俺は、思わずヴァルターさんを見た。


 彼は、特に表情を変えていない。


「……分かった」


 ヴァルターさんは、短く答えた。


「案内してくれ」


     ◇


 北棟の地下へ続く階段は、廊下の突き当たりにあった。


 石造りの壁。


 狭い階段。


 そして、地下特有の湿った空気。


 俺たちは、慎重に階段を下りた。


 先頭はヴァルターさん。


 その後ろにアイリスさん。


 続いてハロルド卿と執事。


 俺とヴィオレッタは、最後尾に近い位置を歩いていた。


「……シオン」


 ヴィオレッタが、小声で呼んだ。


「何?」


「……魔力の流れ、少し変じゃない?」


 俺は、周囲へ意識を向けた。


 ……確かに。


 壁の奥から、かすかな魔力反応が感じられる。


 だが、それは普通の魔導灯とは違っていた。


「……地下の方から、何か流れてるな」


「ええ」


 ヴィオレッタはうなずいた。


「しかも、一定の方向へ」


 ……昨日、フィオナさんが言っていたことを思い出す。


 公開された古代施設の魔力は、地下方向へ流れていた。


 もしかすると、この北棟にも関係があるのだろうか。


「……ヴァルターさん」


 俺が声をかけると、彼は足を止めた。


「……どうした?」


「壁の奥に、魔力の流れがあります」


 ヴァルターさんは、少しだけ目を細めた。


「……罠か?」


「分かりません。でも、普通の魔導灯とは違います」


「……そうか」


 彼は、短くうなずいた。


「全員、慎重に進め」


 アイリスさんが、剣の柄に手を置いた。


 俺も、周囲への警戒を強めた。


     ◇


 地下倉庫は、思っていたより広かった。


 木箱。


 古い家具。


 使われなくなった燭台。


 壁際には、布をかけられた調度品が並んでいる。


 ……普通の倉庫だ。


 少なくとも、見た目は。


「……こちらが地下倉庫です」


 執事が説明した。


「現在は、ほとんど物を出し入れしておりません」


 ハロルド卿が、部屋を見回した。


「……この倉庫の管理記録はあるか?」


「はい。後ほどご用意いたします」


「……分かった」


 ヴァルターさんは、部屋の中央へ進んだ。


 そして、静かに周囲を見渡した。


「……誰もいないな」


「……そうですね」


 俺は答えた。


 ……手紙の差出人は、現れない。


 やはり、こちらの動きを見るための罠だったのだろうか。


 そのとき。


「……シオン」


 ヴァルターさんが、低い声で呼んだ。


「……はい」


「……あの箱、見えるか?」


 彼が示した先には、古い木箱が置かれていた。


 他の荷物と比べると、少しだけ新しい。


「……見えます」


「……周囲の埃を見ろ」


 俺は、目を凝らした。


 床には薄く埃が積もっている。


 だが、その木箱の周囲だけ、埃が乱れていた。


「……最近、動かした?」


「ああ」


 ヴァルターさんはうなずいた。


「少なくとも、長期間放置されていたわけじゃない」


 ハロルド卿が、執事へ視線を向けた。


「……この箱は?」


 執事は、少しだけ困った表情を浮かべた。


「……申し訳ありません。私には分かりかねます」


 ……また、分からない。


 俺は、少しだけ眉をひそめた。


 だが、執事が本当に知らない可能性もある。


 ハロルド卿は、箱の管理記録を確認するよう指示した。


 ヴァルターさんは、箱に近づいた。


 そして。


「……触るな」


 突然、鋭い声を上げた。


 俺は、思わず足を止めた。


「……え?」


「……床だ」


 彼は、箱の周囲を指さした。


 そこには、薄い線が刻まれていた。


 ……魔導陣?


 俺は、息をのんだ。


 線は、箱を囲むように描かれている。


 しかも、ほとんど見えないほど薄い。


「……罠ですか?」


 俺が尋ねると、ヴァルターさんは首を振った。


「……分からん」


 彼は、静かに続けた。


「だが、触らない方がいい」


 ……正しい判断だ。


 俺たちは、すぐにその場から距離を取った。


     ◇


 結局、その夜の調査は、そこで中断された。


 ハロルド卿は、魔導陣の存在を記録し、翌朝、専門家を交えて確認することを決めた。


 執事も、異議を唱えなかった。


 ……むしろ、あまりにもあっさりしていた。


 俺は、少しだけ嫌な予感がした。


 北棟の地下倉庫。


 謎の手紙。


 新しい木箱。


 そして、床に刻まれた魔導陣。


 すべてが、こちらに見つけさせるために用意されていたようにも思える。


 ……考えすぎだろうか。


     ◇


 翌朝。


 伯爵邸の調査室では、レティシアさんたちが地図を広げていた。


 俺とヴィオレッタも、そこに加わっている。


「……昨日の地下倉庫、気になるわね」


 レティシアさんが言った。


「……はい」


 俺はうなずいた。


「でも、罠があるかもしれないので、触らずに戻りました」


「それで正解よ」


 彼女は、静かにうなずいた。


「古代文明の魔導陣なら、現代の知識だけで解除しようとするのは危険だから」


 フィオナさんが、地図の上に解析結果を置いた。


「……それと、昨日の施設について、少し分かりました」


「……何か見つかったんですか?」


 俺が尋ねる。


「はい」


 彼女は、地図の北側を指さした。


「公開された古代施設から流れていた魔力は、北東方向の地下へ続いていました」


「……北東?」


「ええ」


 フィオナさんはうなずいた。


「ただし、一定の深さで反応が弱くなっています」


 エリオットが、図面を広げた。


「それで、古い鉱山の地図と重ねてみたんだ」


 俺は、二枚の地図を見比べた。


 ……なるほど。


 公開された古代施設。


 北東へ伸びる魔力の流れ。


 そして、閉鎖された鉱山。


 それらが、ほぼ一直線につながっていた。


「……鉱山の方へ続いてる?」


「そう」


 エリオットはうなずいた。


「でも、途中に変な空白があるんだ」


「……空白?」


 俺が尋ねる。


 エリオットは、地図の一部を指さした。


「ここ」


 そこには、何も記載されていない区域があった。


 山の斜面。


 古い採掘道。


 そして、閉鎖された坑道。


「……地図が古いだけじゃないのか?」


「それも考えたよ」


 エリオットは答えた。


「でも、別の年代の地図でも、同じ場所が空白なんだ」


 レティシアさんが、静かに言った。


「……不自然なのよね」


 彼女は、二枚の地図を見比べた。


「この周囲には、古代文明の遺構がいくつもあるのに、ここだけ何も記録されていないの」


 フィオナさんが続けた。


「しかも、魔力の流れは、その空白部分へ向かっています」


 俺は、思わず息をのんだ。


 ……つまり。


「……そこに、何かある?」


「その可能性は高いわね」


 レティシアさんは答えた。


 エリオットが、少し興奮したように言った。


「もし地下に大きな施設があるなら、記録装置の本体かもしれない!」


 ……本体。


 第六観測記録。


 秘密組織が求めているもの。


 そして、閉鎖された鉱山。


 すべてが、そこにつながっているのかもしれない。


     ◇


 昼前。


 俺たちは、再び北棟の地下倉庫へ向かった。


 今回は、レティシアさん、フィオナさん、エリオットも同行している。


 ハロルド卿とヴァルターさん、アイリスさんも一緒だ。


 倉庫に入ると、昨日見つけた木箱は、そのままの位置に置かれていた。


「……これね」


 レティシアさんが、慎重に近づいた。


 フィオナさんは、解析用の魔導具を取り出した。


「……魔力反応があります」


「……やっぱり罠ですか?」


 俺が尋ねる。


「まだ分かりません」


 彼女は、静かに答えた。


「ただ、床の魔導陣は、箱そのものではなく、周囲の空間に反応する仕組みのようです」


 エリオットが、図面を確認した。


「……これ、検知用の回路だ」


「……検知?」


 俺が尋ねる。


「うん。一定の範囲に誰かが入ると、反応するようになってる」


 レティシアさんが、少しだけ眉をひそめた。


「……また、観測ね」


 俺は、彼女を見た。


「……どういうことですか?」


「昨日の橋と似ているのよ」


 レティシアさんは答えた。


「相手を攻撃するためじゃなく、何かを確認するための仕組みなの」


 フィオナさんがうなずいた。


「……ただし、今回は少し違います」


「……違う?」


「橋の回路は、魔力反応を検知して信号を送るだけでした」


 彼女は、床の魔導陣を指さした。


「でも、こちらは対象の魔力の性質まで読み取ろうとしています」


 俺は、思わず息をのんだ。


「……魔力の性質?」


「はい」


 フィオナさんは答えた。


「誰が近づいたのかを、ある程度識別できる可能性があります」


 ……識別。


 俺は、背筋に冷たいものを感じた。


 昨日の橋。


 そして、この地下倉庫。


 どちらも、俺たちを観測するために用意されたものだとしたら。


 ……相手は、何を調べようとしているんだ?


     ◇


「……ハロルド卿」


 レティシアさんが、静かに声をかけた。


「この魔導陣、調査の対象として記録しておいた方がいいわ」


「……理由は?」


 ハロルド卿が尋ねる。


「古代施設の保全費用で設置された可能性があるからよ」


 レティシアさんは、床の魔導陣を指さした。


「これ、古代文明の技術を応用しているけど、回路そのものは新しいの」


 ハロルド卿は、少しだけ眉をひそめた。


「……つまり、最近設置された可能性がある?」


「そういうことね」


 フィオナさんが続けた。


「しかも、古代施設で使われていた回路と、構造が似ています」


 ハロルド卿は、しばらく考え込んだ。


 そして、静かにうなずいた。


「……分かった」


 彼は、記録係へ指示した。


「魔導陣の構造と設置状況を記録する。伯爵家には、設置経緯と費用の説明を求める」


 ……なるほど。


 直接、秘密組織を追及するのではなく、支出の正当性を確認する。


 これなら、調査権限の範囲内で動ける。


 俺は、少しだけ感心した。


     ◇


 午後。


 伯爵邸の応接室。


 ベルハルト伯爵は、ハロルド卿からの質問を静かに聞いていた。


「……北棟の地下倉庫に、魔導陣が設置されていました」


 ハロルド卿が言った。


「その設置経緯について、ご説明いただけますか?」


 伯爵は、少しだけ眉を上げた。


「……魔導陣、ですか?」


「はい」


 ハロルド卿は、資料を差し出した。


「古代文明の技術を応用したものと考えられます」


 伯爵は、資料を受け取った。


 そして、しばらく目を通した。


「……なるほど」


 彼は、静かにうなずいた。


「申し訳ありませんが、私自身は把握しておりません」


 ……また、知らない。


 俺は、内心でため息をついた。


 だが、伯爵は続けた。


「施設管理の担当者に確認させましょう」


「お願いします」


 ハロルド卿が答える。


 伯爵は、執事へ指示した。


「管理責任者を呼んでくれ」


「かしこまりました」


 執事が部屋を出ていく。


 ……ずいぶん落ち着いている。


 俺は、伯爵の表情を観察した。


 焦りは見えない。


 怒りもない。


 むしろ、こちらの調査に協力しようとしているように見える。


 ……本当に知らないのか。


 それとも、知らないふりをしているのか。


 判断が難しい。


     ◇


 しばらくして、施設管理責任者が現れた。


 四十代ほどの男性だった。


 少し緊張した様子で、伯爵の隣に立つ。


「……北棟の地下倉庫にある魔導陣について、説明してほしい」


 伯爵が言った。


 管理責任者は、資料を確認した。


「……こちらは、以前設置された防犯用の魔導陣です」


「……防犯用?」


 ハロルド卿が尋ねる。


「はい。倉庫への不正侵入を検知するためのものです」


 ……なるほど。


 そう説明するのか。


「設置費用は、どの予算から支出されましたか?」


 ハロルド卿が続けた。


 管理責任者は、少しだけ考え込んだ。


「……屋敷の維持管理費だったと思います」


「……古代遺跡保全費用ではない?」


「はい」


 ……それなら、今回の調査対象から外れる可能性がある。


 俺は、少しだけ眉をひそめた。


 だが。


「……設置契約書はありますか?」


 ハロルド卿が尋ねた。


 管理責任者は、少しだけ表情を曇らせた。


「……確認いたします」


 ……また、確認。


 俺は、思わずヴィオレッタと顔を見合わせた。


 彼女も、同じことを考えているらしい。


     ◇


 夕方。


 俺たちは、調査室で資料を整理していた。


 レティシアさんは、古代施設の図面を見つめている。


 フィオナさんは、魔力の流れを再確認していた。


 エリオットは、北棟の魔導陣の回路を写していた。


「……シオン君」


 レティシアさんが、静かに声をかけた。


「……はい」


「ちょっと、これを見て」


 彼女は、地図の一部を指さした。


 そこには、公開された古代施設と、北棟の位置が記されていた。


「……何か分かったんですか?」


「ええ」


 レティシアさんはうなずいた。


「二つの施設の回路、似ているだけじゃないの」


「……どういうことですか?」


「使われている古代文字の配置が、同じなのよ」


 俺は、眉をひそめた。


「……同じ?」


「そう」


 レティシアさんは、図面を並べた。


「古代文明の文字は、ただの装飾じゃないわ。回路の一部として機能していることがあるの」


 エリオットが、横から口を挟んだ。


「それで、二つの回路を重ねてみたんだ」


 彼は、透明な紙を図面の上に置いた。


 ……なるほど。


 確かに、文字の配置が一致している。


「……同じ設計者?」


 俺が尋ねる。


「可能性はあるわね」


 レティシアさんは答えた。


「でも、もっと重要なのは、二つの回路が同じ規格で作られていることよ」


 フィオナさんが、静かに続けた。


「……つまり、別々の施設に見えても、同じ魔導システムの一部かもしれません」


 俺は、思わず息をのんだ。


 公開された古代施設。


 北棟の地下倉庫。


 そして、閉鎖された鉱山。


 ……全部、つながっている?


「……フィオナさん」


 俺は尋ねた。


「魔力の流れを、もっと詳しく追えませんか?」


 フィオナさんは、少しだけ考え込んだ。


「……可能だと思います」


「……本当ですか?」


「はい。ただし、現地での追加測定が必要です」


 レティシアさんがうなずいた。


「じゃあ、明日もう一度、公開施設を調べましょう」


 エリオットが、少し興奮したように言った。


「今度は、外周の回路も全部確認したい!」


 ……また、分解しそうだな。


 俺は、思わず苦笑した。


     ◇


 その夜。


 ベルハルト伯爵邸。


 俺は、客室の窓から外を見つめていた。


 庭園には、警備員たちが巡回している。


 その向こうには、暗い山々が広がっていた。


 ……閉鎖された鉱山。


 あそこに、何かがある。


 それは、ほぼ間違いない。


 だが、問題はどうやって調べるかだ。


 今の調査権限では、伯爵領の施設を自由に捜索できない。


 しかも、相手はこちらの動きを把握している。


 無理に動けば、証拠を隠されるかもしれない。


「……シオン」


 背後から、ヴィオレッタが声をかけた。


「……何?」


「また、考え込んでいるのね」


「……まあな」


 俺は、苦笑した。


 ヴィオレッタは、俺の隣へ来た。


「……少し休んだら?」


「……そうしたいんだけど」


「……だけど?」


「気になることが多すぎて」


 彼女は、少しだけ笑った。


「……本当に、シオンらしいわ」


「……そうか?」


「ええ」


 そして、静かに続けた。


「でも、無理をして倒れたら、何もできなくなるわよ」


 ……正論だ。


 俺は、ゆっくりとうなずいた。


「……分かった」


 ヴィオレッタは、満足そうに微笑んだ。


「……よろしい」


 ……何だか、先生みたいだな。


 俺は、思わず笑った。


     ◇


 同じ頃。


 ベルハルト伯爵領。


 閉鎖された鉱山の地下。


 巨大な古代装置の前で、白衣の男が記録を確認していた。


 青白い光が、静かに脈打っている。


 その背後には、黒い外套の男が立っていた。


「……調査隊の動きは?」


 黒い外套の男が尋ねた。


「……予定どおりです」


 白衣の男は答えた。


「北棟の地下倉庫を調べ、公開施設との関連に気づき始めています」


「……そうか」


 黒い外套の男は、静かにうなずいた。


「……こちらの準備は?」


「……ほぼ完了しています」


 白衣の男は、装置を操作した。


 表示板に、古代文字が浮かび上がる。


 ――OBSERVATION / RECORD / 06


 ――STATUS : INCOMPLETE


 ――EXTERNAL SIGNAL : DETECTED


 そして。


 新たな一行。


 ――SUBJECT RESPONSE : RECORDED


 黒い外套の男は、少しだけ目を細めた。


「……反応を記録した?」


「はい」


 白衣の男は答えた。


「ただし、まだ対象の特定には至っていません」


「……それで十分だ」


 黒い外套の男は、静かに言った。


「……彼らが、どこまで知っているのか」


 そして、わずかに笑った。


「……それを確かめるだけでも、価値がある」


 白衣の男は、少しだけ眉をひそめた。


「……ですが、王国の調査隊がこれ以上踏み込めば、施設の存在が明らかになります」


「……分かっている」


 黒い外套の男は答えた。


「だからこそ、次の段階へ進む」


「……次の段階?」


 男は、暗い通路の奥を見つめた。


「……証拠を消す準備だ」


 白衣の男は、しばらく黙っていた。


 そして、静かにうなずいた。


「……承知しました」


 地下の奥で、低い機械音が響いた。


 ――ゴウン。


 青白い光が、ゆっくりと強くなっていく。


 ……地下に眠るもの。


 それは、古代文明が残した秘密だけではなかった。


 王国の内部に潜む陰謀。


 失われた観測記録。


 そして、何者かが必死に隠そうとしている真実。


 そのすべてが、今、静かに動き始めていた。


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