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群星のヴェルシェリア  作者: セイ
第三部 古代遺跡と王国の影

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112/116

伯爵領への道

 王宮の朝は、慌ただしかった。


 中庭には馬車が三台並び、その周囲を衛兵たちが行き交っている。


 荷物の積み込み。


 馬具の点検。


 携行食料の確認。


 そして、調査に必要な書類の封印。


 どれも、これから始まる任務には欠かせないものだ。


 だが、俺が一番気になっていたのは、別のことだった。


「……本当に、今日出発するんですね」


 俺がつぶやくと、隣にいたヴィオレッタがうなずいた。


「ええ。正式な許可が下りた以上、時間を空ける理由はないもの」


「それはそうだけど……」


 俺は、中庭の奥を見た。


 そこでは、ヴァルターさんが衛兵たちに指示を出している。


 彼はいつもどおり、鎧を身につけていなかった。


 腰には剣。


 動きやすそうな服装。


 それだけで、王国最強の剣士と呼ばれる男だとは思えない。


 ……いや。


 実際に戦うところを見たら、そんなことは言えなくなるんだけどな。


「……シオン」


 ヴィオレッタが、俺の袖を引いた。


「何?」


「少し、顔が険しいわよ」


「……そうか?」


「ええ」


 彼女は、少しだけ微笑んだ。


「また、いろいろ考えているんでしょう?」


 俺は、苦笑した。


「……まあな」


 昨日の夜。


 第六観測記録に、新たな情報が見つかった。


 ――NEXT OBSERVATION : PENDING


 次の観測は、保留中。


 それが何を意味するのかは、まだ分からない。


 古代文明が残した単なる予定なのか。


 それとも、今も何かの条件を待っているのか。


 そして、秘密組織がその記録を必要としている理由は何なのか。


 ……分からないことばかりだ。


「……大丈夫よ」


 ヴィオレッタが、静かに言った。


「全部、一度に解決しようとしなくても」


「……そうだな」


 俺は、ゆっくりとうなずいた。


 まずは、ベルハルト伯爵領。


 そこに何があるのかを確かめなければならない。


     ◇


 出発前の会議は、王宮の小会議室で行われた。


 机の上には、ベルハルト伯爵領の地図と、国王の署名が入った調査命令書が置かれている。


 エレノア殿下が、集まった者たちを見渡した。


「今回の調査について、改めて確認します」


 俺たちは姿勢を正した。


「調査対象は、王宮施設管理部から支出された古代遺跡保全費用に関係する施設と、その管理記録です」


 殿下は、命令書の一節を指さした。


「ベルハルト伯爵家の私邸や、無関係な領内施設を自由に捜索できるわけではありません」


 ……限定的な調査許可。


 昨日、殿下が苦労して取りつけたものだ。


 エリオットが尋ねた。


「じゃあ、怪しい建物を見つけても、勝手に調べられないってこと?」


「原則としては、そうです」


 殿下はうなずいた。


「ただし、現に犯罪が行われている場合や、差し迫った危険が確認された場合は、状況に応じて対応することになります」


 ヴァルターさんが腕を組んだ。


「つまり、最初から伯爵家を敵と決めつけて動くな、ということだ」


「はい」


 殿下は答えた。


「伯爵家が秘密組織に関与していると、まだ確定したわけではありません」


 俺は、静かにうなずいた。


 ベルハルト伯爵領への不自然な支出。


 古代文明の観測記録。


 そして、北東へ逃亡した可能性のあるオルフェン子爵。


 状況証拠は増えている。


 だが、伯爵本人が関与している証拠はない。


 その違いは、忘れてはいけない。


「今回、調査隊の責任者は王国監察官のハロルド卿に務めていただきます」


 殿下が、一人の男性へ視線を向けた。


 四十代半ばほどの、落ち着いた雰囲気の男だった。


 灰色の髪を短く整え、濃紺の上着を着ている。


「王国監察官のハロルド・セインだ」


 男は、俺たちに向かって軽く頭を下げた。


「今回の調査では、王命に基づく記録の確認と、必要な関係者への事情聴取を担当する」


 その声には、無駄な抑揚がなかった。


「諸君の協力には感謝している。ただし、現地では私の判断を優先してもらいたい」


 ……なるほど。


 実務を重視する人物らしい。


「もちろんです」


 俺が答えると、ハロルド卿は小さくうなずいた。


「よろしく頼む」


 殿下は、続けて説明した。


「ヴァルターには、調査隊の警護をお願いします」


「ああ」


「レティシアさん、フィオナさん、エリオットさんには、古代施設の技術的な調査をお願いしたいと思います」


「任せて」


 レティシアさんが答えた。


 フィオナさんもうなずく。


「現地の装置が第六観測記録と関係しているなら、何か分かるかもしれません」


 エリオットは、少し興奮したように言った。


「実物を見られるなら、回路の構造も調べたいな」


 レティシアさんが、横から笑った。


「エリオット君。調査だからね。勝手に分解しちゃ駄目よ」


「分かってるよ!」


 ……本当だろうか。


 少し不安になった。


「シオンさん、ヴィオレッタさん、リシアさんにも同行をお願いします」


 殿下が続けた。


「ただし、戦闘を前提とした派遣ではありません。危険があれば、調査の中断も検討します」


「承知しました」


 俺たちはうなずいた。


 今回の目的は、戦うことじゃない。


 証拠を確保することだ。


 ……それでも。


 戦闘にならずに済むとは、どうしても思えなかった。


     ◇


 会議が終わると、俺は中庭へ戻った。


 そこで、見覚えのある人物が馬車の荷物を確認していた。


「……アイリスさん?」


 声をかけると、彼女が振り返った。


「ああ、シオン君」


 アイリスさんは、軽く手を上げた。


 騎士らしい引き締まった表情。


 腰には剣を下げている。


「今回の護衛に加わることになったんですか?」


「ええ。ヴァルター殿の補佐としてね」


 彼女は、荷物の固定具を確かめながら答えた。


「前回の襲撃では負傷者も出たでしょう。今回は、警護の人数を少し増やしたの」


「……なるほど」


 俺はうなずいた。


 カイルとディーンは、まだ治療中だ。


 無理に連れていくわけにはいかない。


 その分、護衛を増やす必要があるのだろう。


「……あ」


 アイリスさんが、何かに気づいたように顔を上げた。


 視線の先には、フィオナさんがいた。


 彼女は、研究資料を抱えてこちらへ向かっている。


「……アイリスさん」


 フィオナさんが、少し嬉しそうに笑った。


「荷物の確認、終わりましたか?」


「ええ。そっちは?」


「もう少しです」


 アイリスさんは、彼女の抱えている資料を見た。


「……それ、全部持っていくの?」


「必要なものだけですよ」


「……本当に?」


「……たぶん」


 アイリスさんは、ため息をついた。


「……フィオナ」


「……はい」


「荷物は減らせるなら減らしてね」


「……努力します」


 俺は、思わず笑いそうになった。


 ……こういうやり取りを見ると、二人の距離が近くなったことを実感する。


 フィオナさんは、アイリスさんにだけ少し違う表情を見せることがある。


 それが、何だか微笑ましかった。


     ◇


 午前九時。


 調査隊は、王都を出発した。


 馬車三台。


 騎乗した護衛が十二名。


 そして、先行して街道を確認する斥候が四名。


 前回の襲撃を踏まえ、警戒は厳重だった。


 俺たちが乗る馬車には、ヴィオレッタ、レティシアさん、フィオナさん、エリオットが同乗している。


 リシアは、護衛の一部とともに騎乗していた。


 馬車が動き出すと、レティシアさんが窓の外を見た。


「……今回は、無事に着けるといいわね」


「……そうですね」


 俺は答えた。


「前回は、散々でしたから」


 レティシアさんは、苦笑した。


「そうね。まさか、あそこまで準備された襲撃を受けるとは思わなかったわ」


 フィオナさんが、静かにうなずく。


「今回も、相手がこちらの動きを把握している可能性があります」


「……王宮内部に協力者がいるかもしれませんしね」


 俺が言うと、レティシアさんは少しだけ表情を曇らせた。


「ええ。だから、調査内容は必要な人にしか伝えていないの」


 エリオットが、窓の外を見ながら言った。


「でも、出発したこと自体は隠せないよね」


「そうね」


 レティシアさんはうなずいた。


「王都から調査隊が出たとなれば、すぐに知られるでしょうね」


 俺は、ゆっくりと息を吐いた。


 ……敵が動くなら、これからだ。


     ◇


 昼過ぎ。


 調査隊は、王都から離れた街道を進んでいた。


 左右には、広い草原。


 遠くには、低い山々が見える。


 道は比較的整備されているが、ところどころに古い石橋や水路が残っていた。


 俺は、窓の外を見つめた。


 ……前回の襲撃。


 あのときは、修復された排水溝の下に魔導陣が仕掛けられていた。


 今回は、同じ手は使わないだろう。


 だが、別の方法で足止めされる可能性はある。


 そのとき。


 馬車が、ゆっくりと速度を落とした。


「……どうしたんだ?」


 俺がつぶやくと、前方から声が聞こえてきた。


「……停止!」


 護衛の声だった。


 馬車が止まる。


 俺は、窓から外を見た。


 前方には、古い石橋があった。


 その手前で、ヴァルターさんが斥候と話している。


「……何かあったみたいね」


 ヴィオレッタが言った。


「……ああ」


 俺は、扉を開けた。


「ちょっと、確認してくる」


「私も行くわ」


 俺たちは馬車を降りた。


 石橋の手前では、ハロルド卿が地図を広げていた。


「……何か問題ですか?」


 俺が尋ねると、ヴァルターさんが振り返った。


「ああ」


 彼は、橋の中央を指さした。


「……あそこを見ろ」


 俺は、目を凝らした。


 石橋の中央。


 欄干の一部が崩れている。


 そして、橋の表面には、細かなひびが入っていた。


「……老朽化ですか?」


「その可能性もある」


 ヴァルターさんは答えた。


「だが、斥候が妙なものを見つけた」


 彼は、足元に置かれた小さな金属片を示した。


 ……見覚えがある。


 俺は、眉をひそめた。


「……これ、魔導具の部品ですか?」


「おそらくな」


 レティシアさんが近づいてきた。


「……見せて」


 彼女は、金属片を慎重に観察した。


 そして、少しだけ表情を曇らせた。


「……これ、魔力の伝達回路ね」


 フィオナさんも、隣からのぞき込んだ。


「……しかも、かなり新しいものです」


「……新しい?」


 俺が尋ねる。


「ええ。表面の摩耗が少なく、魔力の痕跡も残っています」


 エリオットが、橋を見つめた。


「……つまり、最近誰かがここに仕掛けた?」


「可能性はあるわね」


 レティシアさんが答えた。


 ハロルド卿が、すぐに指示を出した。


「橋への立ち入りを禁止する。護衛は周囲を警戒しろ」


 衛兵たちが動き出す。


 ヴァルターさんは、橋の向こう側を見つめた。


「……罠かもしれないな」


 俺は、剣の柄に手を置いた。


 ……やっぱり。


 相手は、俺たちを無事に通すつもりがないらしい。


     ◇


 調査は慎重に進められた。


 レティシアさんとフィオナさんが、橋の手前から魔力の流れを確認する。


 エリオットは、金属片の回路を図面に写していた。


 俺たちは、その周囲を警戒していた。


「……どうですか?」


 俺が尋ねると、フィオナさんが答えた。


「……橋の内部に、魔力の反応があります」


「……やっぱり、罠ですか?」


「まだ断定はできません」


 彼女は慎重に答えた。


「ただ、橋の中央付近に、人工的な魔力の集中が見られます」


 レティシアさんがうなずいた。


「……橋そのものを壊す仕組みかもしれないわね」


 俺は、思わず橋を見た。


「……崩落させるつもりだった?」


「その可能性はあるわ」


 エリオットが、図面を見ながら言った。


「でも、変だな」


「……何が?」


 俺が尋ねる。


「この回路、起爆用にしては複雑すぎるんだ」


 彼は、図面の一部を指さした。


「魔力を一気に放出するだけなら、こんな構造はいらない」


 フィオナさんが、目を細めた。


「……確かに」


 彼女は、解析用の魔導具を操作した。


「……これは、何かを検知するための回路かもしれません」


「……検知?」


 俺が尋ねる。


「ええ。一定の魔力反応を確認したときに、別の回路へ信号を送る仕組みです」


 レティシアさんが、静かに言った。


「……つまり、橋を渡る者を識別している可能性があるのね」


 俺は、背筋に冷たいものを感じた。


 ……識別。


 誰でもいいわけじゃない。


 特定の誰かを狙っている?


 そのとき。


 橋の向こう側で、鳥が一斉に飛び立った。


「……っ!」


 ヴァルターさんが、顔を上げた。


「……全員、下がれ!」


 鋭い声。


 次の瞬間。


 橋の中央から、赤い光が立ち上がった。


 ――ゴウン。


 低い音が響く。


 魔導回路が、橋の表面に浮かび上がった。


「……何だ!?」


 俺は、思わず剣を抜いた。


 だが。


 橋は崩れなかった。


 爆発も起きない。


 代わりに。


 赤い光が、空中へ細い線となって伸びていく。


 そして、北東の空へ向かって消えた。


 ……信号?


 俺は、思わず息をのんだ。


「……レティシアさん!」


「ええ!」


 彼女は、橋を見つめた。


「……今のは、遠隔通信の魔導式よ!」


 フィオナさんが、魔導具を確認した。


「……橋の回路が、何かを検知して信号を送ったようです」


 エリオットが、低い声で言った。


「……誰かに、知らせたんだ」


 俺は、北東の空を見つめた。


 ……俺たちが、ここに来たことを。


     ◇


 ハロルド卿は、すぐに判断した。


「……予定の経路を変更する」


 彼は、地図を広げた。


「この橋は使わない。南側の迂回路へ向かう」


 ヴァルターさんがうなずいた。


「賛成だ」


 俺は、少しだけ驚いた。


「……橋を調べなくていいんですか?」


 ハロルド卿は、俺を見た。


「調査は後続の部隊に任せる」


 彼は、静かに答えた。


「我々の任務は、ベルハルト伯爵領で証拠を確保することだ。ここで時間を使いすぎるわけにはいかない」


 ……なるほど。


 合理的な判断だ。


 俺はうなずいた。


「……分かりました」


 そのとき。


 ヴァルターさんが、俺の肩を軽く叩いた。


「……シオン」


「……はい」


「さっきの信号、気になるな」


「……そうですね」


「相手は、俺たちがこの道を通ると予測していた」


 俺は、橋を見つめた。


「……でも、何のために?」


「分からん」


 ヴァルターさんは答えた。


「ただ、今のところ攻撃はない」


 俺は、眉をひそめた。


 ……攻撃しない。


 足止めもしない。


 ただ、知らせるだけ。


 それは、むしろ不気味だった。


     ◇


 夕方。


 調査隊は、予定より少し遅れて宿場町へ到着した。


 ここで一泊し、翌朝ベルハルト伯爵領へ向かう予定だ。


 宿は、王国側が事前に手配していた。


 護衛たちは、建物の周囲を確認している。


 俺たちは、二階の部屋へ案内された。


「……疲れた」


 エリオットが、椅子に座り込んだ。


「馬車って、意外と体力使うよね」


 リシアが、呆れたように言った。


「……ほとんど座ってただけでしょ」


「揺れるんだよ!」


「……それくらいで」


「リシアはずっと馬に乗ってたから分からないんだ!」


 ……どっちも大変だと思うけどな。


 俺は、苦笑した。


 そのとき。


 扉がノックされた。


「……シオン」


 ヴァルターさんの声だった。


 俺は、扉を開けた。


「……どうしました?」


「少し話がある」


 彼の表情は、真剣だった。


 俺は、すぐに姿勢を正した。


「……何か分かったんですか?」


「ああ」


 ヴァルターさんは、静かにうなずいた。


「……橋の件だ」


     ◇


 宿の一階。


 小さな会議室には、ハロルド卿と護衛の責任者が集まっていた。


 机の上には、街道の地図。


 そして、橋で見つかった金属片の写しが置かれている。


 ヴァルターさんが、口を開いた。


「……斥候から報告が入った」


 俺たちは、静かに耳を傾けた。


「橋の向こう側に、馬の足跡が残っていた」


「……敵ですか?」


 俺が尋ねる。


「分からん」


 ヴァルターさんは答えた。


「ただ、足跡は一頭分。橋の手前まで来て、引き返した形跡がある」


 ハロルド卿が続けた。


「さらに、橋の近くで不審な人物を見たという証言があった」


「……どんな人物ですか?」


 ヴィオレッタが尋ねる。


「灰色の外套を着た男だ」


 俺は、思わず顔を上げた。


 ……灰色の外套。


 前回の襲撃で捕らえた傭兵も、灰色の外套を着ていた。


 だが、それだけで同じ組織とは限らない。


「……顔は確認できたんですか?」


 俺が尋ねる。


「いや」


 ハロルド卿は首を振った。


「目撃者は遠くから見ただけだ」


 ヴァルターさんが、地図を指さした。


「ただ、男がいた場所は、橋の魔導回路が反応した地点と近い」


 俺は、眉をひそめた。


「……じゃあ、信号を確認していた?」


「可能性はある」


 ヴァルターさんは答えた。


「あるいは、信号を受けて動いたのかもしれない」


 ハロルド卿は、静かに言った。


「いずれにせよ、我々の動向を監視している者がいる可能性は高い」


 会議室が、静まり返った。


 ……やはり。


 敵は、俺たちを見ている。


     ◇


 その夜。


 宿場町の外れ。


 人気のない倉庫の中で、一人の男が小さな魔導具を操作していた。


 灰色の外套。


 顔の半分を覆う布。


 男は、魔導具に浮かぶ文字を確認する。


 ――SIGNAL RECEIVED


 ――TARGET : CONFIRMED


 男は、静かに息を吐いた。


「……予定どおりだ」


 背後から、別の男が声をかけた。


「……調査隊は?」


「宿場町に入った」


「……襲撃するのか?」


 灰色の外套の男は、首を振った。


「……いや」


 彼は、魔導具を閉じた。


「今回は、手を出すなと言われている」


「……なぜだ?」


「知らん」


 男は、低い声で答えた。


「ただ、上からの命令だ」


 もう一人の男は、少しだけ眉をひそめた。


「……王国の調査隊を、伯爵領まで通すのか?」


「そうだ」


 灰色の外套の男は、静かにうなずいた。


「……向こうで迎える準備ができている」


 倉庫の中に、沈黙が落ちた。


 やがて。


 男は、低い声で続けた。


「……我々の役目は、調査隊を止めることじゃない」


 彼は、北東の方角を見た。


「……誰が来たのかを、確かめることだ」


     ◇


 同じ頃。


 ベルハルト伯爵領。


 閉鎖された鉱山の地下。


 巨大な古代装置の前で、白衣の男が記録を確認していた。


 青白い光が、静かに脈打っている。


 その背後には、黒い外套の男が立っていた。


「……報告が入った」


 黒い外套の男が言った。


「王国の調査隊が、明日こちらへ到着する」


 白衣の男は、顔を上げた。


「……予定どおりですね」


「ああ」


 黒い外套の男は、静かにうなずいた。


「……だが、問題がある」


「……何でしょう?」


「調査隊に、古代魔導技術の研究者が複数同行している」


 白衣の男は、少しだけ眉をひそめた。


「……それは厄介ですね」


「しかも、王国最強の剣士もいる」


「……ヴァルターですか」


「ああ」


 黒い外套の男は、装置を見つめた。


「正面から戦えば、こちらの損害が大きい」


 白衣の男は、しばらく考え込んだ。


「……なら、戦わなければいいのでは?」


 黒い外套の男が、顔を向けた。


「……どういう意味だ?」


「彼らは、調査に来るのでしょう?」


「そうだ」


「なら、調査できるものを用意すればいい」


 白衣の男は、静かに笑った。


「……見せても問題のないものを、見せればいいのです」


 黒い外套の男は、しばらく黙っていた。


 そして、ゆっくりとうなずいた。


「……なるほど」


 白衣の男は、装置の表示板へ視線を戻した。


 そこには、古代文字が浮かんでいた。


 ――OBSERVATION / RECORD / 06


 ――EXTERNAL SIGNAL : DETECTED


 ――STATUS : INCOMPLETE


「……それに」


 白衣の男が、静かに続けた。


「彼らが何を知っているのか、こちらも確認できます」


 黒い外套の男は、わずかに笑った。


「……そうだな」


 彼は、暗い通路の奥へ視線を向けた。


「……歓迎の準備をしろ」


 白衣の男は、深く頭を下げた。


「……承知しました」


 青白い光が、ゆっくりと強くなっていく。


 王国の調査隊は、まだ知らない。


 自分たちが向かう先で、すでに準備が進められていることを。


 そして。


 その準備が、必ずしも戦闘を目的としたものではないことを。


 ――伯爵領への道。


 それは、真実へ近づくための道であると同時に。


 敵が用意した舞台へ続く道でもあった。

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