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群星のヴェルシェリア  作者: セイ
第三部 古代遺跡と王国の影

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109/116

消された証拠

 王宮の鐘が、朝の七時を告げた。


 窓の外には、薄い雲が広がっている。


 昨日まで穏やかだった王宮の空気は、すっかり変わっていた。


 廊下には普段より多くの衛兵が配置され、主要な通路では通行人の身元が確認されている。


 王宮施設管理部の責任者、オルフェン子爵。


 彼が秘密組織に関与している可能性が浮上したことで、エレノア殿下は正式な調査に踏み切ろうとしていた。


 だが、俺には別の心配もあった。


「……カイルたちは、大丈夫かな」


 窓の外を見ながらつぶやく。


「昨日、お見舞いに行ったときは、二人とも元気そうだったでしょう?」


 隣にいたヴィオレッタが答えた。


「ああ。でも、カイルは無理をしそうだからな」


「それは否定できないわね」


 ヴィオレッタは苦笑した。


 金色の髪には、俺が贈った銀の髪飾り。


 三つの青い石が、朝の光を受けて小さく輝いていた。


「……会議まで、まだ時間があるわ。様子を見に行きましょうか」


「……いいのか?」


「もちろんよ」


 俺は、少しだけ笑った。


「ありがとう」


「どういたしまして」


 俺たちは、王宮の医療室へ向かった。


     ◇


「……だから、まだ動くなって言ってるだろ」


 医療室に入った瞬間、ディーンの声が聞こえた。


「いや、少しくらいなら大丈夫だって」


 カイルの声だった。


 ……嫌な予感がする。


 俺は扉を開けた。


 医療室の奥では、カイルが寝台の脇に立っていた。


 右肩には包帯。


 足首にも固定具が巻かれている。


 その手には、木剣が握られていた。


「……カイル」


 俺が声をかけると、彼は振り返った。


「……あ」


「……何してるんだ?」


「……いや、ちょっと」


 カイルは気まずそうに笑った。


 隣の寝台では、ディーンが呆れた顔をしている。


「……見てのとおりだ」


 ディーンは淡々と答えた。


「朝から、剣を振ろうとしていた」


「……まだ治ってないだろ」


 俺はため息をついた。


「分かってるよ。でも、昨日の戦いで思いついた動きがあってさ」


 カイルは、自分の足首へ視線を落とした。


「……忘れないうちに、試しておきたかったんだ」


「……新しい技?」


「ああ。まあ、そんなところ」


 カイルは笑った。


 だが、その笑顔には、どこか複雑なものが混ざっていた。


 俺は、それ以上尋ねなかった。


 カイルにも、まだ話したくないことがあるのかもしれない。


「……とにかく、今は休め」


「……分かったよ」


 カイルは肩を落とした。


 その隣で、ディーンが本を閉じた。


「……俺も、そう言ってるんだがな」


「お前は昨日からずっと寝てるだろ!」


「医師の指示だからな」


 ディーンは淡々と答えた。


「……珍しく、まともなこと言うじゃない」


 リシアが入口から顔を出した。


 どうやら、俺たちの後を追ってきたらしい。


「……珍しくは余計だ」


 ディーンが答える。


 医療室に、小さな笑いが広がった。


 俺は、カイルの足首を見た。


「……それ、本当に大丈夫なのか?」


「医師には、しばらく安静にしてろって言われた」


「……なら、安静にしろよ」


「……はい」


 カイルは、今度こそ素直にうなずいた。


 ……こうしていると、昨日までの戦いが少し遠く感じられる。


 だが、負傷した二人を見れば、現実を忘れることはできない。


 秘密組織との戦いは、まだ終わっていない。


     ◇


 午前九時。


 王宮の会議室には、主要な関係者が集まっていた。


 エレノア殿下。


 ヴァルターさん。


 レティシアさん。


 フィオナさん。


 エリオット。


 リシア。


 ヴィオレッタ。


 そして、俺。


 机の上には、昨日までに集められた調査資料が並べられている。


「……皆さん、お集まりいただきありがとうございます」


 エレノア殿下が口を開いた。


「本日、王宮施設管理部に対する正式な調査を開始します」


 殿下は、一枚の命令書を示した。


「昨夜、陛下より裁可をいただきました。関係書類の保全と、関係者への事情聴取を行う権限が認められています」


 俺は、思わず姿勢を正した。


 国王の裁可。


 これで、王宮内部の調査を正式に進められる。


 だが、殿下の表情は険しかった。


「……ただし、相手がすでに動いている可能性があります」


 ヴァルターさんがうなずいた。


「昨日、オルフェン子爵へ直接質問しているからな」


「はい」


 殿下は答えた。


「こちらが疑いを持っていることは、伝わっているでしょう」


 レティシアさんが資料を手に取った。


「……証拠の隠滅を警戒しているのですね」


「そのとおりです」


 殿下はうなずいた。


「そのため、調査は複数の班に分けて同時に行います」


 彼女は、机の上に王宮の見取り図を広げた。


「ヴァルターには、オルフェン子爵の事情聴取をお願いします」


「分かった」


「王国の調査官には、施設管理部の記録室を調べてもらいます」


 そして、俺たちへ視線を向けた。


「レティシアさん、フィオナさん、エリオットさんには、押収した古代魔導技術の資料と王宮の記録を照合していただきたいのです」


「承知しました」


 レティシアさんが答えた。


 フィオナさんもうなずいた。


「古代装置の魔力構造についても、詳しく調べてみたいと思います」


 エリオットが資料を手に取った。


「僕も、回路の構造を確認したい」


 殿下はうなずいた。


「お願いします。ただし、見つけたものは必ず調査官へ報告してください。正式な証拠として扱う必要があります」


 俺は、三人を見た。


 レティシアさんは、古代文明の研究者。


 フィオナさんは、魔力理論や古代魔導技術を専門とする研究者。


 そして、エリオットは魔導回路の解析に優れている。


 この三人が協力すれば、これまで分からなかったことが見えてくるかもしれない。


     ◇


 王宮施設管理部の記録室は、北棟の奥にあった。


 調査官が命令書を提示し、衛兵が扉を開く。


 その瞬間。


「……っ!」


 焦げ臭い空気が、廊下へ流れ出した。


 俺は思わず顔をしかめた。


「……何だ、この臭い」


 記録室の奥。


 大きな書棚が並ぶ一角が、黒く焼け焦げていた。


 床には灰が散乱し、棚の一部が崩れている。


「……燃やされた?」


 ヴィオレッタがつぶやいた。


 調査官が、慌てて衛兵へ確認する。


「昨夜の巡回では、異常はなかったのか?」


「……ありませんでした!」


 衛兵は答えた。


「今朝の交代時にも、扉は施錠されていました!」


 俺は、焼け跡を見つめた。


 ……おかしい。


 普通の火事なら、周囲の棚にも燃え広がるはずだ。


 だが、焼けているのは特定の一角だけ。


 しかも、天井や壁には、ほとんど被害がない。


「……レティシアさん」


 俺が声をかけると、彼女はすでに床へ膝をついていた。


「ええ。私も気になっています」


 レティシアさんは、灰の中から小さな金属片を拾い上げた。


「……これは」


 彼女は目を細めた。


「魔導式の発火装置ですね」


「……発火装置?」


「ええ。一定の条件を満たすと、指定した場所だけを燃やす仕組みです」


 フィオナさんが、金属片をのぞき込んだ。


「……魔力の残留量が、かなり少ないですね」


「分かりますか?」


 俺が尋ねると、彼女はうなずいた。


「ええ。通常の発火魔導具なら、使用後もしばらく魔力の痕跡が残ります」


 フィオナさんは、慎重に説明を続けた。


「でも、これは魔力をほとんど残していません。発動後に回路そのものを破壊する仕組みかもしれません」


 レティシアさんが、静かにうなずいた。


「……なるほど。証拠を残さないための工夫ですね」


 エリオットが、焼け跡を調べながら言った。


「それに、燃え方が不自然だよ」


「……どういうこと?」


 ヴィオレッタが尋ねる。


「普通の火なら、周囲へ広がる。でも、これは棚の内部だけを集中的に燃やしてる」


 俺は、焼けた棚を見つめた。


 ……証拠を消すために、特定の書類だけを燃やした。


 そう考えるのが自然だ。


「……相手は、かなり慎重ですね」


 俺が言うと、レティシアさんはうなずいた。


「ええ。ただ、完全に証拠を消せたとは限りません」


 彼女は、周囲を見回した。


「……調べてみましょう」


     ◇


「……少し、気になることがあります」


 レティシアさんが、焼け残った棚を調べながら言った。


「……何ですか?」


 俺が尋ねる。


「この棚だけ、構造が違います」


 彼女は、棚の側面を指さした。


「ほかの棚は古い木材ですが、ここだけ比較的新しいものが使われています」


 エリオットが近づいた。


「……本当だ」


 彼は、棚の奥をのぞき込んだ。


「……あれ?」


「どうした?」


「ここ、空洞になってる」


 俺たちは、棚の周囲へ集まった。


 背面には、小さな金属製の板が取りつけられている。


「……隠し収納?」


 リシアが尋ねた。


「おそらくね」


 レティシアさんが答えた。


「ただし、触らない方がいいでしょう」


 エリオットが手を止める。


「……罠?」


「可能性があります」


 レティシアさんは、金属板の表面を観察した。


「この魔導回路は、通常の施錠用ではありません」


 フィオナさんが、解析用の魔導具を取り出した。


「……魔力の流れを確認してみます」


 淡い光が、金属板の表面を照らした。


 複雑な回路が浮かび上がる。


「……なるほど」


 フィオナさんがつぶやいた。


「二つの魔力経路が重なっています」


 レティシアさんが顔を上げた。


「……二重回路ですか?」


「ええ」


 フィオナさんはうなずいた。


「一つは施錠用。もう一つは、内部へ魔力を送り込むためのものです」


 エリオットが目を細めた。


「……これ、無理に開けたら中身が壊れる仕組みじゃない?」


「その可能性が高いですね」


 レティシアさんは答えた。


 俺は眉をひそめた。


「……解除できますか?」


「時間をかければ、可能性はあります」


 レティシアさんは慎重に答えた。


「ただし、失敗すれば中身が失われます」


 フィオナさんが、回路を見つめた。


「……レティシアさん。こちらの経路を先に遮断すれば、どうでしょう?」


 彼女は、金属板の右下を指さした。


「魔力の供給源と破壊用の回路を切り離せるかもしれません」


 レティシアさんは、しばらく考えた。


「……なるほど」


 エリオットが、別の部分を指さした。


「でも、ここに補助回路がある。片方だけ止めると、もう片方が起動するかもしれない」


 フィオナさんがうなずいた。


「……確かに」


 三人は、しばらく回路を調べていた。


 俺たちは、少し離れて様子を見守る。


 ……こういうとき、俺が下手に手を出しても邪魔になるだけだ。


 専門家に任せるのが一番だろう。


 やがて。


「……分かりました」


 レティシアさんが顔を上げた。


「解除できる可能性があります。ただし、魔力の流れを安定させる必要があります」


 ヴィオレッタが尋ねた。


「……私にできることはありますか?」


「ええ。外部からの魔力干渉を抑えていただけると助かります」


「分かりました」


 ヴィオレッタが手をかざす。


 淡い青色の光が、金属板を包んだ。


 レティシアさんが主回路を制御し、フィオナさんが魔力の流れを監視する。


 エリオットは、補助回路の動きを確認していた。


 数分後。


 小さな音が響いた。


 ――カチリ。


 金属板が、ゆっくりと開いた。


「……成功です」


 レティシアさんが息を吐いた。


 俺たちは、思わず顔を見合わせた。


「……すごいですね」


 俺が言うと、レティシアさんは微笑んだ。


「三人で協力できたおかげですよ」


 フィオナさんも、少しだけ笑った。


「……でも、かなり危険な仕掛けでしたね」


 エリオットがうなずく。


「うん。古代技術をここまで応用してるなんて、正直驚いたよ」


 その奥には、小さな収納空間があった。


 中には、薄い金属板が数枚。


 そして、古い封書が一通。


 調査官が、慎重に取り出した。


 ……証拠が残っていた。


 俺は、胸の奥で小さく息を吐いた。


     ◇


 同じ頃。


 王宮の南棟。


 ヴァルターは、オルフェン子爵の執務室へ向かっていた。


 同行するのは、王国の調査官二人と衛兵四人。


「……準備はいいな」


 ヴァルターが確認する。


「はい」


 調査官がうなずいた。


 ヴァルターは扉をノックした。


「……オルフェン子爵」


 返事はない。


 もう一度、ノックする。


 やはり、返事はなかった。


「……入るぞ」


 ヴァルターは扉を開けた。


 室内には、誰もいなかった。


 机の上には、書類が整然と並べられている。


 椅子の背もたれには、子爵の上着がかけられていた。


「……逃げたか」


 ヴァルターがつぶやく。


 調査官が、室内を確認する。


「……裏口は?」


「ありません」


「隠し通路は?」


「現在、確認中です」


 ヴァルターは、机の上を見つめた。


 そこには、一枚の書類が置かれていた。


 表向きは、施設管理部の通常業務に関する報告書。


 だが、裏面には、薄い文字が浮かんでいた。


「……特殊なインクか」


 ヴァルターは、書類を調査官へ渡した。


「……解析できるか?」


「専門の魔導師を呼びます」


「頼む」


 そのとき。


 廊下から、慌ただしい足音が聞こえてきた。


「……ヴァルター様!」


 衛兵が駆け込んできた。


「……何だ?」


「オルフェン子爵が、王宮の地下通路へ向かったという目撃情報が!」


 ヴァルターの目が鋭くなった。


「……いつだ?」


「十分ほど前です!」


「……案内しろ」


 彼は、すぐに動き出した。


     ◇


 王宮の地下通路。


 薄暗い石造りの階段を、オルフェン子爵が急いでいた。


 その後ろには、黒い外套をまとった男が二人。


「……急げ」


 子爵が低い声で言った。


「追手が来る前に、外へ出る」


「……承知しました」


 男たちはうなずいた。


 だが、そのとき。


 通路の奥から、足音が聞こえてきた。


「……止まれ」


 低い声。


 オルフェン子爵が足を止めた。


 暗闇の中から、一人の男が現れる。


 ヴァルターだった。


「……オルフェン子爵」


 彼は静かに言った。


「どこへ行くつもりだ?」


 子爵の顔が引きつった。


「……ヴァルター殿」


「話を聞きたい。王宮へ戻ってもらおう」


 子爵は、しばらく黙っていた。


 そして、ゆっくりと笑った。


「……残念ですが、それはできません」


 次の瞬間。


 背後の黒服たちが剣を抜いた。


 ヴァルターも剣を構える。


「……やはり、そうなるか」


 彼は、静かに息を吐いた。


「……来い」


 黒服の一人が、地面を蹴った。


 鋭い斬撃。


 ヴァルターは、それを受け止めた。


 金属音が響く。


 続けて、もう一人が側面から斬りかかる。


 ヴァルターは一歩下がり、攻撃をかわした。


 だが。


「……っ!」


 床に、赤い魔導回路が浮かび上がった。


 拘束陣。


 ヴァルターの足元へ、光の鎖が伸びる。


「……なるほど」


 彼は、わずかに目を細めた。


「最初から、ここで迎え撃つつもりだったか」


 黒服の男が笑った。


「……王国最強の剣士といえど、封魔陣の中では自由に動けまい」


 ヴァルターは、静かに剣を握り直した。


「……そうか」


 次の瞬間。


 彼は、地面を蹴った。


 拘束陣が完全に発動する前に、その範囲から踏み出す。


 黒服の一人が驚いたように目を見開いた。


「……何っ!」


 ヴァルターの剣が、男の剣を弾く。


 だが、もう一人がすぐに間合いを詰めた。


 狭い通路。


 二人の敵。


 そして、複数の拘束陣。


 ヴァルターは、簡単には攻め込めなかった。


 ……なるほど。


 敵も、考えている。


 この場所なら、広い戦場での剣技を封じられる。


 しかも、子爵はその隙に逃げようとしていた。


「……行け!」


 黒服の男が叫ぶ。


 オルフェン子爵は、奥の扉へ向かった。


 ヴァルターは追おうとした。


 だが、黒服の一人が進路を塞ぐ。


 鋭い突き。


 ヴァルターは剣で受け流した。


 その間に、子爵は扉の向こうへ消えた。


「……くそっ」


 ヴァルターは小さく舌打ちした。


 ……逃がしたか。


 だが、まだ終わりではない。


     ◇


 その頃。


 俺たちは、記録室で見つかった金属板を調べていた。


 レティシアさん、フィオナさん、エリオットが、それぞれ解析用の魔導具を使っている。


「……どうですか?」


 俺が尋ねると、レティシアさんは首を振った。


「……かなり難しいですね」


 金属板の表面には、細かな古代文字が刻まれていた。


 だが、長年の劣化によって、一部が読み取れなくなっている。


 フィオナさんが、魔導具を操作した。


「……魔力の流れは確認できました。ただ、記録の一部が保護されています」


 エリオットがうなずく。


「……じゃあ、表面の文字だけでも読み取ってみよう」


 三人が、慎重に解析を進める。


 やがて。


 金属板の表面に、青白い光が浮かんだ。


 そして。


 いくつかの文字が、空中へ投影された。


 ――OBSERVATION


 ――RECORD


 ――06


 俺は、思わず息をのんだ。


「……第六観測記録」


 レティシアさんが、静かにうなずいた。


「……やはり、つながっていますね」


 さらに、文字が浮かび上がる。


 ――ACCESS : RESTRICTED


 ――LOCATION : NORTH-EAST


 ――STATUS : INCOMPLETE


 俺は眉をひそめた。


「……北東?」


 エリオットが答えた。


「たぶん、場所を示してるんだと思う」


 ヴィオレッタが静かに言った。


「……ベルハルト伯爵領ね」


 レティシアさんは、表示された文字を見つめた。


「……ただし、これは装置の位置情報ではないかもしれません」


「……どういうことですか?」


 俺が尋ねる。


「古代文明の記録では、観測地点と記録保管地点が異なる場合があります」


 彼女は説明した。


「つまり、北東という文字だけで、すべてを判断するのは危険です」


 ……なるほど。


 俺はうなずいた。


「……じゃあ、この記録は何を観測していたんですか?」


 フィオナさんが、静かに答えた。


「……それを調べるには、もう少し時間が必要です」


 彼女は、投影された文字を見つめた。


「ただ、通常の魔導実験とは違うように感じます」


「……どうしてですか?」


「観測対象を示す部分が、意図的に保護されているからです」


 レティシアさんがうなずいた。


「……私も同じ考えです」


 俺は、背筋に冷たいものを感じた。


 ……観測対象。


 古代文明は、何を見ていたのだろう。


 そのとき。


 廊下から、慌ただしい足音が聞こえてきた。


「……シオン!」


 リシアが扉を開けた。


「大変!」


「……どうした?」


「ヴァルターさんが、地下通路で戦ってる!」


 俺は、思わず立ち上がった。


「……何だって?」


「オルフェン子爵を追ってたら、黒服に襲われたらしい!」


 俺はヴィオレッタと顔を見合わせた。


「……行こう!」


「ええ!」


 レティシアさんも立ち上がった。


「私も行きます。魔導陣が使われているなら、解除できるかもしれません」


 フィオナさんもうなずいた。


「私も同行します。魔力の流れを確認できれば、役に立てるかもしれません」


 俺たちは、急いで地下通路へ向かった。


     ◇


 地下通路には、激しい金属音が響いていた。


 ヴァルターさんが、二人の黒服と戦っている。


 だが、状況はよくなかった。


 床には複数の拘束陣。


 壁には魔導回路。


 そして、敵は互いに連携しながら、ヴァルターさんの動きを制限していた。


「……ヴァルターさん!」


 俺が叫ぶと、彼は一瞬だけこちらを見た。


「……シオン!」


「加勢します!」


「……気をつけろ! 床に罠がある!」


 俺は足元を確認した。


 確かに、赤い魔導回路が刻まれている。


「……レティシアさん!」


「分かっています!」


 レティシアさんは、すぐに解析用の魔導具を取り出した。


「……この陣、複数の中継点でつながっています!」


 エリオットが壁を指さした。


「……あそこ! 回路の中心がある!」


 俺は、壁の一角を見た。


 赤い光が、規則的に脈打っている。


「……破壊すればいいのか?」


「待って!」


 フィオナさんが叫んだ。


「……その回路、魔力を循環させています!」


 俺は足を止めた。


「……どういうことですか?」


「一部だけ破壊すると、残った回路へ魔力が集中する可能性があります!」


 レティシアさんがうなずいた。


「……なるほど。無理に破壊すれば、拘束陣が暴走するかもしれません」


 ……危ないところだった。


 敵は、単純に回路を壊せばいいという状況を作っていない。


 ヴィオレッタが手をかざした。


「……なら、魔力の流れを止めればいいのね」


「ええ。ただし、完全に止めるには時間が必要です」


「……分かったわ」


 ヴィオレッタが魔力を集中させる。


「《氷結》!」


 壁の魔導回路が、氷に覆われた。


 だが、赤い光は消えない。


 黒服の男が、こちらへ視線を向けた。


「……邪魔をするな!」


 男は、短剣を投げた。


 鋭い刃が、レティシアさんへ向かう。


「……っ!」


 俺は、咄嗟に前へ出た。


 剣で短剣を弾く。


 金属音が響いた。


「……大丈夫ですか!」


「ええ、ありがとうございます!」


 レティシアさんは答えた。


 だが、敵はすぐに次の攻撃へ移った。


 もう一人の黒服が、ヴァルターさんへ斬りかかる。


 ヴァルターさんは、その攻撃を受け止めた。


 だが、足元の拘束陣が再び光る。


「……くっ!」


 光の鎖が、彼の足首へ伸びた。


 その瞬間。


「……今です!」


 フィオナさんが叫んだ。


 エリオットが魔導具を操作する。


 青い光が、壁の回路へ流れ込んだ。


 赤い光が、わずかに揺らぐ。


 続けて、レティシアさんが魔力の流れを調整する。


 ヴィオレッタが魔力を強めた。


「《氷封》!」


 壁の回路が、厚い氷に包まれる。


 魔力の流れが鈍くなる。


 そして。


 床の拘束陣が、一つずつ光を失った。


「……よし!」


 俺は叫んだ。


 だが、黒服の男たちは動揺しなかった。


 むしろ、すぐに戦い方を変えた。


 一人がヴァルターさんの正面を押さえ、もう一人が俺たちへ向かってくる。


 ……強い。


 この二人は、ただの護衛じゃない。


 こちらが魔導陣を解除することまで想定しているようだった。


「……シオン、下がって!」


 ヴィオレッタが叫ぶ。


 黒服の男が、鋭い斬撃を放った。


 俺は剣で受け止めた。


 重い。


 腕に衝撃が走る。


 男は、そのまま剣を押し込んできた。


「……ぐっ!」


 俺は、必死に踏みとどまった。


 だが、力では押し負ける。


 そのとき。


 横から、鋭い風が吹いた。


「《風刃》!」


 リシアの魔法だった。


 男は咄嗟に身をひねり、攻撃をかわす。


 俺は、その隙に距離を取った。


「……助かった!」


「油断しないで!」


 リシアが叫ぶ。


 男は、再び剣を構えた。


 だが。


 その背後で、ヴァルターさんが動いた。


 拘束陣が解除されたことで、彼の動きが変わっていた。


 鋭い踏み込み。


 金属音。


 黒服の一人の剣が弾かれる。


 だが、男はすぐに短剣を抜いた。


 ヴァルターさんは、その攻撃をかわし、相手の腕を打った。


「……ぐっ!」


 男が短剣を落とす。


 続けて、ヴァルターさんが剣の柄で男の腹部を打った。


 男が膝をつく。


 もう一人が助けに入ろうとした。


 だが、俺とヴィオレッタが進路を塞いだ。


「……行かせない!」


 俺は剣を構えた。


 ヴィオレッタが氷の壁を展開する。


 男は、すぐに後退した。


 だが、背後には衛兵たちが到着していた。


 逃げ道を失った男は、しばらく周囲を見回した。


 そして、ゆっくりと剣を下ろした。


 ……何とか、勝てた。


 俺は、深く息を吐いた。


 だが。


「……子爵は?」


 俺が尋ねると、ヴァルターさんは奥の扉を見た。


「……逃げた」


 俺は、思わず息をのんだ。


「……追えませんか?」


「追う」


 ヴァルターさんは答えた。


「だが、無闇に突っ込むのは危険だ」


 フィオナさんが、奥の通路を見つめた。


「……まだ魔力の反応が残っています」


 レティシアさんもうなずいた。


「……罠が仕掛けられている可能性がありますね」


 俺はうなずいた。


 敵は、逃走経路にも罠を仕掛けているかもしれない。


 ここで焦れば、逆に被害が出る。


「……まず、捕らえた連中から情報を引き出す」


 ヴァルターさんが言った。


 俺は、奥の扉を見つめた。


 ……オルフェン子爵。


 ようやく、その正体に近づいたと思ったのに。


 相手は、俺たちの一歩先を進んでいた。


     ◇


 夕方。


 王宮の研究室。


 レティシアさん、フィオナさん、エリオットは、記録室で発見された金属板を再び調べていた。


 俺とヴィオレッタも、解析の様子を見守っている。


「……何か分かりましたか?」


 俺が尋ねると、レティシアさんがうなずいた。


「ええ。少しだけですが」


 彼女は、金属板を指さした。


「この記録は、単なる装置の操作記録ではありません」


「……というと?」


「観測結果を保存するための記録媒体です」


 フィオナさんが続けた。


「ただし、観測対象を示す部分は、強い保護がかけられています」


 エリオットが魔導具を操作する。


 金属板の表面に、青白い光が浮かんだ。


 そして。


 いくつかの文字が、空中へ投影された。


 ――OBSERVATION


 ――RECORD


 ――06


 俺は、思わず息をのんだ。


「……第六観測記録」


 レティシアさんが、静かにうなずいた。


「……やはり、つながっていますね」


 さらに、文字が浮かび上がる。


 ――ACCESS : RESTRICTED


 ――LOCATION : NORTH-EAST


 ――STATUS : INCOMPLETE


 俺は眉をひそめた。


「……北東?」


 エリオットが答えた。


「たぶん、場所を示してるんだと思う」


 ヴィオレッタが静かに言った。


「……ベルハルト伯爵領ね」


 レティシアさんは、表示された文字を見つめた。


「……ただし、これは装置の位置情報ではないかもしれません」


「……どういうことですか?」


 俺が尋ねる。


「古代文明の記録では、観測地点と記録保管地点が異なる場合があります」


 彼女は説明した。


「つまり、北東という文字だけで、すべてを判断するのは危険です」


 ……なるほど。


 俺はうなずいた。


「……じゃあ、この記録は何を観測していたんですか?」


 フィオナさんが、静かに答えた。


「……それを調べるには、もう少し時間が必要です」


 彼女は、投影された文字を見つめた。


「ただ、通常の魔導実験とは違うように感じます」


「……どうしてですか?」


「観測対象を示す部分が、意図的に保護されているからです」


 レティシアさんがうなずいた。


「……私も同じ考えです」


 俺は、背筋に冷たいものを感じた。


 ……観測対象。


 古代文明は、何を見ていたのだろう。


 そのとき。


 エリオットが、突然顔を上げた。


「……待って」


「……どうした?」


 俺が尋ねる。


「この記録、もう一つ別の情報がある」


 彼は、金属板の端を指さした。


「……ここ。小さな文字が残ってる」


 レティシアさんが、解析用の魔導具を調整する。


 フィオナさんも、魔力の流れを確認した。


 そして。


 新たな文字が浮かび上がった。


 ――ORIGIN / 07


 ――OBSERVATION


 ――STATUS : UNKNOWN


 俺は、思わず息をのんだ。


「……オリジン?」


 レティシアさんが、静かに答えた。


「……以前にも、似た記録を見たことがあります」


 彼女は、表示された文字を見つめた。


「ただし、今回の記録との関係は、まだ分かりません」


 フィオナさんが、少しだけ眉をひそめた。


「……でも、何か共通点があるように感じます」


 俺は、空中に浮かぶ文字を見つめた。


 ……オリジン。


 古代文明。


 そして、第六観測記録。


 それぞれが、少しずつつながり始めている。


 だが、その全体像は、まだ見えない。


     ◇


 その夜。


 エレノア殿下の執務室。


 机の上には、今日の調査結果が並べられていた。


 焼却された記録。


 隠し収納から発見された金属板。


 オルフェン子爵の逃亡。


 そして、古代文明に関する新たな記録。


「……かなり、状況が変わりましたね」


 殿下が静かに言った。


 ヴァルターさんは、窓際に立っていた。


「ああ」


 彼はうなずいた。


「子爵は逃げた。だが、証拠は残っている」


 レティシアさんが、金属板の解析結果を示した。


「……第六観測記録に関する情報が、王宮施設管理部に保管されていたことは確認できました」


 フィオナさんが続けた。


「ただし、記録の一部は強く保護されています。すべてを読み取るには、まだ時間が必要です」


 エリオットがうなずく。


「しかも、記録の一部はベルハルト伯爵領を示している」


 殿下は、静かにうなずいた。


「……これで、伯爵領の調査を求める根拠が増えました」


 俺は、机の上の資料を見つめた。


 ……秘密組織は、徹底している。


 証拠を燃やす。


 関係者を消す。


 そして、必要なら王宮内部で武力を使う。


 だが、今日の調査で分かったこともある。


 相手は、決して無敵ではない。


 証拠を完全には消せなかった。


 護衛の二人も捕らえられた。


 そして、オルフェン子爵は逃亡した。


 ……つまり、追い詰められている。


「……殿下」


 俺は口を開いた。


「次は、ベルハルト伯爵領ですね」


 殿下は、静かにうなずいた。


「はい」


 その表情には、強い決意が浮かんでいた。


「……これ以上、時間を与えるわけにはいきません」


 ヴァルターさんが、少しだけ笑った。


「……ようやく、反撃だな」


 殿下は彼を見た。


「……ヴァルター」


「何だ?」


「……今回も、力を貸してください」


 彼は、迷わず答えた。


「当たり前だろ」


 殿下は、少しだけ微笑んだ。


「……ありがとうございます」


 その頬が、ほんの少し赤くなっていた。


 だが、誰もそれを指摘しなかった。


     ◇


 同じ頃。


 ベルハルト伯爵領。


 閉鎖された鉱山の地下。


 巨大な古代装置の前で、白衣の男が記録を確認していた。


 中央の台座には、奪われた補助鍵が設置されている。


 青白い光が、ゆっくりと脈打っていた。


「……進捗は?」


 背後から声がした。


 白衣の男は振り返った。


 黒い外套の男が立っていた。


「……補助鍵の認証は完了しました」


 白衣の男は答えた。


「ただし、記録の復元にはまだ時間が必要です」


「……どれくらいだ?」


「……数日」


 黒い外套の男は、少しだけ眉をひそめた。


「……遅いな」


「古代文明の記録です。現代の技術で扱うには限界があります」


 白衣の男は、不満そうに答えた。


「それに、記録の一部が欠損しています」


「……欠損?」


「ええ」


 白衣の男は、表示板を指さした。


 そこには、古代文字が浮かび上がっていた。


 ――OBSERVATION / RECORD / 06


 ――STATUS : INCOMPLETE


 ――ACCESS : RESTRICTED


 黒い外套の男は、静かに画面を見つめた。


「……それでも、必要な情報は取り出せるんだな?」


「……可能性はあります」


 白衣の男は答えた。


「ただし、観測対象を示す部分が、意図的に保護されているようです」


 黒い外套の男は、しばらく黙っていた。


 そして、静かに言った。


「……なら、保護を解除しろ」


「……簡単ではありません」


「分かっている」


 男は、低い声で続けた。


「だが、時間がない」


 白衣の男は、息を吐いた。


「……承知しました」


 黒い外套の男は、装置の奥を見つめた。


 青白い光。


 古代文字。


 そして、失われた記録。


「……王宮が動き始めた」


 男は、静かにつぶやいた。


「こちらも、急がなければならない」


 その言葉に応えるように。


 装置の光が、わずかに強くなった。


 ――消された証拠。


 それは、秘密組織が隠そうとした過去の一部にすぎなかった。


 そして、その奥には、まだ誰も知らない真実が眠っていた。

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