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群星のヴェルシェリア  作者: セイ
第三部 古代遺跡と王国の影

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107/116

伯爵家の秘密

 リューデン王都に戻ってから、一夜が明けた。


 窓の外には、澄んだ青空が広がっている。


 だが、俺の気分は晴れなかった。


 昨日の襲撃。


 負傷したカイルとディーン。


 奪われた古代装置の補助鍵。


 そして、ベルハルト伯爵家。


 問題は山積みだった。


「……眠れなかったの?」


 隣から声がした。


 振り返ると、ヴィオレッタが立っていた。


 淡い青色のドレスに、白い上着。


 金色の髪には、俺が贈った銀の髪飾りがついている。


「少し考え事をしてた」


「でしょうね」


 ヴィオレッタは苦笑した。


「シオン、昨日からずっと難しい顔をしてるもの」


「……そんなに?」


「ええ」


 彼女は俺の隣へ立った。


「カイルとディーンのこと?」


「それもある」


 俺は窓の外へ視線を向けた。


「でも、今回の事件は、思っていたより大きいみたいだ」


「……伯爵家のことね」


「ああ」


 秘密組織と貴族。


 そのつながりが明らかになれば、王国内に大きな混乱が生じるかもしれない。


 しかも、相手は伯爵家だ。


 ただの犯罪組織を取り締まるのとは、事情が違う。


「……シオン」


 ヴィオレッタが静かに言った。


「一つ、忘れないでほしいことがあるの」


「何?」


「あなたが、全部背負う必要はないってこと」


 俺は彼女を見た。


「……ヴィオレッタ」


「エレノア殿下も、ヴァルターさんもいる。私だって、できることはあるわ」


 彼女は、そっと俺の手を握った。


「だから、一人で抱え込まないで」


 温かな手だった。


 俺は、少しだけ肩の力を抜いた。


「……ありがとう」


「どういたしまして」


 ヴィオレッタは微笑んだ。


 そして、少しだけいたずらっぽい表情になる。


「それに、あなたが無茶をしたら、私が困るもの」


「……それは、気をつけないとな」


「ええ。ぜひ、そうして」


 俺たちは小さく笑った。


 そのとき、扉がノックされた。


「シオン、ヴィオレッタ」


 エリオットの声だった。


「エレノア殿下がお呼びだよ。会議室に集まってほしいって」


「分かった!」


 俺は返事をした。


 ヴィオレッタと顔を見合わせる。


「……行こうか」


「ええ」


 俺たちは、会議室へ向かった。


     ◇


 会議室には、すでに主要な関係者が集まっていた。


 エレノア殿下。


 ヴァルターさん。


 エリオット。


 リシア。


 そして、王国の調査官が二人。


 机の上には、昨日押収した資料が並べられている。


「皆さん、お集まりいただきありがとうございます」


 エレノア殿下が口を開いた。


「昨日の襲撃について、いくつか重要なことが判明しました」


 俺たちは席についた。


 殿下は、一枚の書類を手に取った。


「まず、捕らえた敵の指揮官についてです」


 ヴァルターさんが腕を組む。


「灰色の長衣を着た男だな」


「ええ」


 殿下はうなずいた。


「男は自分の名前を明かしていません。ただ、王国の情報部が調べたところ、過去に複数の国で活動していた傭兵である可能性が高いとのことです」


「……傭兵?」


 俺が尋ねると、殿下はうなずいた。


「はい。戦争や暗殺に関わった記録があり、いずれも正規軍とは異なる組織のために働いていたようです」


 ヴァルターさんが小さく息を吐いた。


「……なるほどな」


「何か心当たりが?」


 俺が尋ねると、ヴァルターさんは答えた。


「あの男の剣には、いくつもの流派が混ざっていた」


「……流派が?」


「ああ。正統な剣術だけじゃない。戦場で生き残るための技術も使っていた」


 ヴァルターさんは、少しだけ目を細めた。


「相当な修羅場をくぐってきた男だろうな」


 俺は、昨日の戦いを思い出した。


 あれほどのヴァルターさんを足止めできる相手。


 普通の傭兵ではない。


「……それで、伯爵家との関係は?」


 ヴィオレッタが尋ねた。


 殿下は、別の書類を広げた。


「こちらをご覧ください」


 机の上には、いくつもの取引記録が並べられた。


 グランツ商会。


 ベルハルト伯爵家。


 そして、聞き覚えのない複数の企業名。


「これらは、天文台の地下施設から押収した資料です」


 殿下は説明を続けた。


「グランツ商会からベルハルト伯爵家へ、長年にわたって多額の資金が流れています」


「……資金?」


「ええ。表向きは鉱山開発への投資となっています」


 エリオットが資料をのぞき込んだ。


「……でも、この金額はおかしい」


「分かりますか?」


「うん」


 エリオットは、いくつかの数字を指さした。


「この鉱山の年間産出量に対して、投資額が大きすぎる。しかも、同じ時期に別の商会からも資金が入ってる」


 俺は眉をひそめた。


「……つまり?」


「鉱山開発は、資金を移動させるための名目だった可能性がある」


 エリオットは答えた。


 殿下もうなずく。


「王国の会計監査官も、同様の見解です」


 リシアが腕を組んだ。


「……ずいぶん手の込んだことをしてるのね」


「ええ」


 殿下の表情が険しくなる。


「そして、問題はそれだけではありません」


 殿下は、机の上に一枚の地図を広げた。


 リューデン王国の北東部。


 山岳地帯に近い場所。


 そこに、赤い印がつけられていた。


「……ベルハルト伯爵領です」


 俺たちは地図を見つめた。


「ここには、古くから稼働している鉱山があります」


 殿下は説明した。


「ただし、近年は産出量が減少し、現在は一部の坑道が閉鎖されています」


 エリオットが顔を上げた。


「……閉鎖された坑道?」


「ええ」


 殿下はうなずいた。


「そして、押収資料の中には、その坑道に関する古い図面がありました」


 彼女は、別の紙を広げた。


 複雑に入り組んだ地下通路。


 採掘区画。


 貯蔵庫。


 そして。


 最深部に、奇妙な円形の空間が描かれていた。


「……これ」


 エリオットが身を乗り出した。


「採掘施設の構造じゃない」


「分かるのか?」


 俺が尋ねる。


「うん」


 彼は図面の一部を指さした。


「ここ、壁の厚さが不自然なんだ。普通の坑道なら、こんな構造にはしない」


 さらに、別の部分を示す。


「それに、この円形の空間。周囲に魔導回路らしいものが描かれてる」


「……古代装置か」


 俺がつぶやくと、エリオットはうなずいた。


「可能性は高いと思う」


 会議室が静まり返った。


 ……なるほど。


 秘密組織は、伯爵領の鉱山を利用して、古代装置を隠していたのかもしれない。


 そして、昨日奪われた補助鍵。


 それが、この装置を起動するために必要だった。


 ……だとすれば。


「……急いだ方がいいですね」


 俺が言うと、殿下はうなずいた。


「私も、そう考えています」


 だが。


 殿下の表情は、晴れなかった。


     ◇


「……問題があります」


 エレノア殿下が静かに言った。


「ベルハルト伯爵家は、王国でも古い歴史を持つ家門です」


 ヴィオレッタがうなずいた。


「……確か、王国北東部の貴族たちに強い影響力を持っているはずよ」


「そのとおりです」


 殿下は答えた。


「伯爵家には、王国議会にも複数の支持者がいます」


 俺は眉をひそめた。


「……つまり、簡単には調査できない?」


「ええ」


 殿下はうなずいた。


「現在の証拠だけで、伯爵家の領地へ強制的に立ち入れば、政治的な問題になる可能性があります」


 リシアが不満そうに言った。


「でも、秘密組織と関係してるんでしょ?」


「その疑いは強いです」


 殿下は答えた。


「ただし、疑いと証拠は別です」


 ……確かに。


 グランツ商会から資金が流れている。


 鉱山の図面が見つかった。


 それだけでは、伯爵家が秘密組織に協力していたと断定できない。


 仮に伯爵本人が知らなかった場合、問題はさらに複雑になる。


「……では、どうするんですか?」


 俺が尋ねた。


 殿下は、少しだけ考えてから答えた。


「まず、正式な調査権限を得ます」


「……正式な?」


「ええ」


 殿下は、机の上の書類を指さした。


「昨日の襲撃は、王国の警備隊に対する武力攻撃です。負傷者も出ています」


 その声が、少しだけ強くなった。


「これは、単なる商取引の疑惑ではありません」


 ヴァルターさんがうなずいた。


「……王国の治安に対する攻撃だな」


「はい」


 殿下は続けた。


「その捜査の一環として、押収資料に記載された施設を調べる必要があると主張します」


 俺は、なるほどと思った。


 伯爵家そのものを最初から犯罪者扱いするのではない。


 あくまで、武力襲撃事件の捜査として調査を進める。


 それなら、政治的な反発を抑えられるかもしれない。


「……ただし」


 殿下は言葉を続けた。


「それでも、反対する者はいるでしょう」


 ヴィオレッタが静かに言った。


「……伯爵家の支持者たちね」


「ええ」


 殿下はうなずいた。


「そして、もう一つ」


 彼女は俺たちを見回した。


「今回の調査には、皆さんの協力が必要になると思います」


 俺は、思わず姿勢を正した。


「……俺たちの?」


「はい」


 殿下はエリオットへ視線を向けた。


「古代装置の解析には、専門知識が必要です」


 エリオットがうなずく。


「分かった。できる限り協力するよ」


 続いて、俺とヴィオレッタへ視線を向けた。


「そして、万が一、古代装置が稼働していた場合には、魔法による対応が必要になるかもしれません」


「……分かりました」


 俺は答えた。


 ヴィオレッタもうなずく。


「私も協力するわ」


 殿下は、少しだけ表情を和らげた。


「ありがとうございます」


     ◇


 会議が終わった後。


 俺は、ヴィオレッタとともに王宮の庭園を歩いていた。


 秋の風が、木々の葉を揺らしている。


「……大変なことになったな」


 俺がつぶやくと、ヴィオレッタはうなずいた。


「ええ」


 彼女は少しだけ考え込んだ。


「でも、今回の事件は、私たちにとっても他人事じゃないわ」


「……どういう意味?」


「貴族社会の問題だからよ」


 ヴィオレッタは答えた。


「ベルハルト伯爵家が秘密組織に協力していたと分かれば、王国の貴族たちにも影響が出るはず」


「……確かに」


「そして、私の家も無関係ではいられないと思う」


 俺は、彼女の顔を見た。


 ローゼンベルク公爵家。


 アルセリア王国でも有力な貴族家門だ。


 ヴィオレッタの父親も、当然ながら他国の貴族との関係を持っているだろう。


「……何か心配なことがあるのか?」


 俺が尋ねると、ヴィオレッタは少しだけ笑った。


「心配というより、考えていることがあるの」


「……何?」


「今回の事件が終わったら、お父様に話そうと思っているの」


 俺は一瞬、意味が分からなかった。


「……事件のこと?」


「それもあるけど」


 ヴィオレッタは、少しだけ頬を赤くした。


「……私たちのこと」


「……あ」


 俺は思わず足を止めた。


 ヴィオレッタも立ち止まる。


「……忘れてた?」


「いや、忘れてない!」


 慌てて答えた。


 忘れていたわけではない。


 ただ、事件が立て続けに起きて、考える余裕がなかっただけだ。


 ……言い訳に聞こえるな、これ。


 ヴィオレッタは、くすっと笑った。


「分かってるわ」


 彼女は俺の手を握った。


「でも、いつまでも秘密にはできないでしょう?」


「……そうだな」


 俺はうなずいた。


 俺は男爵家の三男。


 ヴィオレッタは公爵家の令嬢。


 身分の差は、決して小さくない。


 だが。


 それを理由に、彼女との関係を諦めるつもりはなかった。


「……俺も、ちゃんと話すよ」


 俺が言うと、ヴィオレッタは目を丸くした。


「……本当に?」


「ああ」


 俺は彼女の手を握り返した。


「ヴィオレッタのお父さんに、俺の気持ちを伝える」


 彼女は、しばらく俺を見つめていた。


 そして。


「……ありがとう」


 小さく微笑んだ。


 その笑顔を見て、俺は思った。


 ……うん。


 秘密組織の相手より、こっちの方が緊張するかもしれない。


 いや。


 さすがに、それは言わないでおこう。


     ◇


 一方、その頃。


 王宮の執務室では、エレノア殿下が一人、書類を見つめていた。


 机の上には、ベルハルト伯爵家に関する調査資料。


 そして、昨日の襲撃事件の報告書。


 殿下は、静かに息を吐いた。


「……簡単にはいきませんね」


 そのとき、扉がノックされた。


「どうぞ」


 殿下が答えると、ヴァルターが姿を現した。


「……まだ仕事か」


 彼は、いつもの調子で言った。


「ええ」


 殿下は微笑んだ。


「少し、確認しておきたいことがありまして」


 ヴァルターは机の上の書類を見た。


「……伯爵家か」


「はい」


 殿下はうなずいた。


「今回の件、想像以上に厄介です」


「……だろうな」


 ヴァルターは椅子へ腰を下ろした。


「だが、証拠は少しずつ集まってる」


「ええ」


 殿下は、少しだけ表情を和らげた。


「それでも、気になることがあります」


「……何だ?」


「昨日の襲撃です」


 ヴァルターの目が細くなる。


「……ああ」


「敵は、こちらの移動経路を正確に把握していました」


「……そうだな」


「それだけではありません」


 殿下は、一枚の書類を差し出した。


「襲撃地点の封魔陣は、少なくとも数日前から準備されていた可能性があるそうです」


 ヴァルターは書類を受け取った。


「……数日前?」


「はい」


 殿下はうなずいた。


「つまり、敵は天文台の地下施設が制圧される前から、押収資料の移送を想定していたことになります」


 ヴァルターは、しばらく黙っていた。


 そして、低い声で言った。


「……内部に情報を流してる奴がいるかもしれないな」


 殿下はうなずいた。


「私も、そう考えています」


 部屋が静まり返った。


 王宮の中。


 あるいは、警備隊の中。


 秘密組織に協力する者がいる可能性。


 それは、決して無視できない問題だった。


「……エレノア」


 ヴァルターが静かに言った。


「無理はするなよ」


 殿下は顔を上げた。


「……ヴァルター?」


「お前が全部背負う必要はない」


 彼は、少しだけ笑った。


「俺もいる」


 エレノア殿下は、しばらく彼を見つめていた。


 そして、柔らかく微笑んだ。


「……ありがとうございます」


 その頬が、ほんの少しだけ赤くなっていたことに、ヴァルターは気づいていた。


 だが、何も言わなかった。


 今は、まだ。


     ◇


 その日の夜。


 ベルハルト伯爵領。


 閉鎖された鉱山の地下深く。


 薄暗い通路を、一人の男が歩いていた。


 黒い外套。


 手には、小さな金属製の箱。


 昨日、襲撃部隊が奪った補助鍵だった。


 男は、重厚な扉の前で立ち止まった。


 そして、静かに扉を開く。


 その先には、巨大な円形の空間が広がっていた。


 中央には、古代文明の装置。


 複雑な魔導回路が、床から天井まで伸びている。


 装置の周囲には、数人の研究者が集まっていた。


「……持ってきたか」


 白衣の男が尋ねた。


「ああ」


 黒い外套の男は、小箱を差し出した。


「予定どおりだ」


 白衣の男は、それを受け取った。


 そして、ゆっくりと笑った。


「……これで、ようやく始められる」


 彼は、装置の中央へ向かった。


 そこには、古代文字が刻まれた台座がある。


 白衣の男は、小箱を台座へ置いた。


 次の瞬間。


 低い振動音が響いた。


 装置の一部に、青白い光が灯る。


 研究者たちが、息をのんだ。


「……起動した?」


「いや」


 白衣の男は首を振った。


「まだ、完全ではない」


 彼は、中央の表示板を見つめた。


 そこには、古代文字が浮かび上がっていた。


 ――OBSERVATION / RECORD / 06


 ――STATUS : INCOMPLETE


 白衣の男は、ゆっくりと目を細めた。


「……第六観測記録」


 そして、静かに言った。


「今度こそ、その続きを手に入れる」


 装置の奥で、青白い光が脈打った。


 ――秘密組織の計画は、すでに次の段階へ進み始めていた。

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