↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
群星のヴェルシェリア  作者: セイ
第三部 古代遺跡と王国の影

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
104/117

忘れられた記憶

 ――ディーン!


 森の奥から響いた叫び声に、俺は反射的に振り返った。


 カイルの声だった。


 その直後、激しい金属音が響く。


 だが、木々が視界を遮り、二人の姿は見えなかった。


「シオン、前!」


 ヴィオレッタの声で、俺は我に返った。


 黒い外套の男が、短剣を振り下ろしてくる。


 身体をひねってかわす。


 反撃しようと魔力を練り上げたが、足元に展開された封魔陣が、その流れを乱した。


「……くっ!」


 男は俺の動きが鈍った瞬間を狙い、さらに踏み込んでくる。


 だが、その横から氷の槍が飛んだ。


「《氷槍》!」


 ヴィオレッタの魔法だ。


 男は短剣で氷を砕き、後退する。


 そこへリシアが風の刃を放った。


「逃がさない!」


 風刃が男の外套を切り裂く。


 しかし、敵は倒れなかった。


 別の黒服が前へ出て、負傷した仲間を後方へ下がらせる。


 ……やはり、連携がうまい。


 これまで戦ってきた秘密組織の構成員とは、明らかに違う。


「エリオット!」


 俺は叫んだ。


「封魔陣は解除できそうか!」


「仕組みは分かった! でも、簡単じゃない!」


 エリオットは木の幹に埋め込まれた小さな金属板を指さした。


「あれが術式の中継点になってる! 一つ壊しても、別の中継点が補う仕組みなんだ!」


「全部でいくつある?」


「少なくとも六つ!」


 俺は周囲を見回した。


 敵は俺たちを分断しただけではない。


 魔法を使いにくくする場所まで、事前に用意していた。


 ……計画的すぎる。


 昨日、天文台の地下拠点を制圧したばかりだというのに。


 いや。


 違う。


 この襲撃は、もっと前から準備されていたのかもしれない。


「シオン!」


 ヴィオレッタが俺の袖を引いた。


「カイルたちのところへ行きたいのは分かる。でも、今は目の前の敵を突破しないと!」


「……ああ」


 俺はうなずいた。


 彼女の言うとおりだ。


 焦っても、状況は変わらない。


 俺は短剣を握り直した。


「まずは封魔陣を破壊する。エリオット、指示を頼む!」


「分かった!」


 俺たちは反撃を開始した。


 だが、その頃。


 森の奥では、カイルとディーンが、さらに危険な状況に追い込まれていた。


     ◇


 カイル・レインフォードは、荒い息を吐いていた。


 右肩が痛む。


 以前の戦闘で負った傷が、激しい動きによって再び熱を持っていた。


 目の前には、長い槍を構えた男がいる。


 黒髪を短く刈り込み、左の頬には古い傷痕。


 年齢は四十歳前後だろう。


 男は無駄な動きを一切見せなかった。


 槍を握る手も、足の運びも、呼吸さえも落ち着いている。


 周囲には四人の黒服。


 彼らはカイルとディーンを取り囲みながら、一定の距離を保っていた。


「……厄介だな」


 ディーンが小さくつぶやいた。


 左肩から血が流れている。


 さらに、脇腹にも浅くない傷を負っていた。


「お前、大丈夫かよ」


 カイルが尋ねる。


「まだ動ける」


「そういう問題じゃないだろ」


「お前も人のことは言えない」


 ディーンはカイルの右肩へ視線を向けた。


 カイルは苦笑した。


「……確かにな」


 二人は背中合わせに立った。


 槍の男が、静かに口を開く。


「よく持ちこたえている」


 その声には、嘲りがなかった。


「だが、そろそろ限界だろう」


「……だったら、試してみろよ」


 カイルは剣を構えた。


 男はわずかに目を細めた。


「威勢はいいな」


 そして、一歩踏み込んだ。


 次の瞬間。


 槍の穂先が、カイルの喉元へ迫った。


「……っ!」


 カイルは剣を横にして受け止める。


 だが、衝撃が強い。


 身体が後方へ押される。


 槍の男は追撃しなかった。


 代わりに、柄を回転させる。


 石突きが、カイルの右肩へ向かって振り下ろされた。


「ぐっ!」


 痛みが走る。


 カイルは咄嗟に後退した。


 だが、その退路には黒服の一人が待っていた。


 短剣が横から迫る。


「カイル!」


 ディーンが割って入った。


 剣で短剣を弾き、相手を押し返す。


 しかし、その瞬間。


 槍の男が動いた。


 ディーンの剣が短剣を弾いた直後。


 防御がわずかに開いた瞬間を、正確に狙っていた。


「……っ!」


 槍の穂先が、ディーンの脇腹を深く切り裂いた。


「ぐあっ!」


 ディーンが膝をつく。


「ディーン!」


 カイルが叫んだ。


 槍の男は距離を取った。


「……仲間を守ろうとする判断は悪くない」


 男は静かに言った。


「だが、相手の狙いを見失っている」


 カイルは歯を食いしばった。


 ……分かっている。


 この男は、最初からディーンを狙っていた。


 自分が右肩を負傷していることも、二人が互いを守ろうとすることも、すべて利用している。


「……お前、何者だよ」


 カイルが尋ねた。


 男は少しだけ考えた。


「名乗る必要はない」


「……そうかよ」


「ただ、一つ教えておこう」


 男は槍を構え直した。


「俺は、お前たちより長く戦場で生きてきた」


 その言葉に、カイルは反論できなかった。


 男の動きには、長年の経験が染みついている。


 技術だけではない。


 相手の心理を読み、わずかな隙を逃さず、確実に追い詰める。


 ……強い。


 純粋に、強かった。


     ◇


「……カイル」


 ディーンが小さく言った。


「何だ?」


「俺が正面を引き受ける。お前は右側を突破しろ」


「馬鹿言うな!」


 カイルは即座に答えた。


「そんなことしたら、お前が……!」


「二人ともここで倒れるよりはいい」


「よくない!」


 カイルは思わず声を荒らげた。


 ディーンは驚いたように顔を上げる。


「……カイル?」


「……俺は」


 カイルは剣を握りしめた。


「俺は、お前を置いて逃げたりしない」


 ディーンはしばらく黙っていた。


 そして、わずかに笑った。


「……相変わらずだな」


「何がだよ」


「そういうところだ」


 その言葉を最後まで聞く前に、敵が動いた。


 黒服の二人が、左右から同時に攻撃してくる。


 カイルとディーンはそれぞれ剣を振るった。


 だが、敵の目的は二人を倒すことではなかった。


 足を止めること。


 そして、槍の男が攻撃できる状況を作ることだった。


「……しまった!」


 カイルが気づいたときには、遅かった。


 槍の男が踏み込む。


 狙いは、ディーン。


 負傷した脇腹をかばい、体勢がわずかに崩れている。


 男の槍が、一直線に伸びた。


 胸元へ。


 正確に。


 ためらいなく。


「ディーン!」


 カイルは叫んだ。


 だが、距離がある。


 今から駆け寄っても、間に合わない。


 ……間に合わない。


 その瞬間。


 カイルの胸の奥で、何かが激しく揺れた。


 ――また、守れないのか。


 知らないはずの言葉が、頭の中に響いた。


 ――また?


 カイルは一瞬、戸惑った。


 何を、また守れないというのだろう。


 そのとき。


 視界が、白く染まった。


     ◇


 石造りの訓練場。


 乾いた風。


 遠くに連なる、赤茶色の山々。


 見知らぬ景色だった。


 いや。


 違う。


 知っている。


 カイルは、なぜかそう感じた。


 目の前には、一本の剣を持った老人が立っていた。


 白髪。


 深い皺。


 だが、その立ち姿には一切の隙がない。


『……遅い』


 老人が言った。


『お前の踏み込みは、まだ遅い』


 幼い少年が、悔しそうに唇を噛む。


『でも、師匠! これ以上速く動いたら、身体が……!』


『身体を速く動かそうとするからだ』


 老人は剣を構えた。


『速さとは、力ではない』


 次の瞬間。


 老人の姿が消えた。


 いや。


 消えたのではない。


 無駄な動きが、極限まで削ぎ落とされていた。


 一歩。


 ただ、それだけ。


 なのに、老人はすでに少年の背後へ移動していた。


『……分かったか』


 少年は目を見開いた。


『……すごい』


『力任せに地面を蹴るな。重心を運べ。身体の動きを、一つにつなげろ』


 老人は静かに言った。


『速さを求めるなら、まず無駄を捨てろ』


 景色が変わる。


 今度は、広い平原。


 無数の兵士たちが、剣を交えていた。


 空には魔法の光などない。


 炎を放つ者も、風を操る者もいない。


 人々は剣と槍、弓と盾を手に戦っていた。


 その世界には、魔法が存在しなかった。


 だからこそ、人々は武術を磨き続けていた。


 身体の使い方。


 呼吸。


 間合い。


 剣の軌道。


 それらを、何世代にもわたって研究してきた。


 そして。


 その中でも、特に速さを追求した流派があった。


 ――迅雷流。


 カイルの頭の中に、その名が浮かんだ。


 ……迅雷流?


 知らないはずの言葉。


 だが、その響きには懐かしさがあった。


 さらに、記憶が流れ込んでくる。


 訓練場で剣を振るう日々。


 厳しい師匠。


 共に修行した仲間たち。


 何度も敗れ、何度も立ち上がった。


 やがて少年は成長し、若い剣士となった。


 だが。


 最後の記憶だけは、違っていた。


     ◇


 燃え上がる砦。


 崩れ落ちた城壁。


 周囲には、倒れた兵士たち。


 若い剣士が、血に染まった剣を握っていた。


『……逃げろ!』


 誰かが叫んだ。


 振り返ると、仲間がいた。


 長年、共に修行してきた友人。


 その友人が、敵兵に囲まれている。


『先に行け!』


 友人が叫ぶ。


『お前だけでも、生き延びろ!』


 だが、若い剣士は動かなかった。


『……ふざけるな』


 剣を握り直す。


『お前を置いていけるか!』


 彼は駆け出した。


 だが、遅かった。


 敵の槍が、友人の胸を貫いた。


『……っ!』


 声にならない叫び。


 若い剣士は、必死に剣を振るった。


 敵を倒し、友人のもとへ駆け寄る。


 だが、もう遅かった。


 友人は、動かなかった。


『……どうして』


 震える声。


『……俺は、もっと速くなりたかったのに』


 そのとき、背後から敵の剣が迫った。


 振り返る。


 だが、身体は動かない。


 激しい痛み。


 そして、暗闇。


 ……ああ。


 カイルは、理解した。


 これは夢ではない。


 自分が、かつて生きていた世界の記憶だ。


 地球でも、ヴェルシェリアでもない。


 別の世界。


 そこで、自分は剣士として生きていた。


 そして。


 大切な仲間を、守れなかった。


     ◇


 ――ディーン!


 現実の音が戻ってきた。


 槍の穂先が、ディーンへ迫っている。


 時間が、異様にゆっくりと感じられた。


 ……また、同じことを繰り返すのか。


 カイルは歯を食いしばった。


 違う。


 今度は、違う。


 あのときの自分には、速さが足りなかった。


 だが、今は。


 今の自分には、もう一つの力がある。


 魔力。


 この世界で生まれ、育ち、身につけた力。


 前世には存在しなかったもの。


 ……なら。


 カイルは、無意識に呼吸を整えた。


 足の位置。


 重心。


 剣の角度。


 前世で何千回、何万回と繰り返した動作が、記憶の中から浮かび上がる。


 だが、身体はすぐには動かなかった。


 今のカイルの身体は、前世の剣士とは違う。


 筋肉のつき方も、身長も、重心の位置も異なる。


 記憶が戻ったからといって、技術を完全に再現できるわけではない。


 それでも。


 ……一歩だけなら。


 カイルは足元へ魔力を集中させた。


 脚力を強化する。


 だが、ただ力を込めるのではない。


 前世の剣術で学んだ、無駄のない重心移動。


 それに、現在の魔力による身体強化を重ねる。


 ――踏み込む。


 次の瞬間。


 カイルの身体が、地面を滑るように前へ進んだ。


 青白い魔力が、足元に散る。


 速い。


 これまでの自分より、明らかに速かった。


 だが。


「……ぐっ!」


 右肩に激痛が走る。


 急激な加速に、身体がついてこない。


 足首にも、鋭い痛みが生じた。


 ……それでも!


 カイルは歯を食いしばった。


 目の前には、ディーン。


 その胸元へ、槍が迫っている。


 カイルは剣を振り上げた。


「うおおおっ!」


 金属音が響いた。


 カイルの剣が、槍の穂先を弾く。


 だが、完全には止められなかった。


 槍の軌道がわずかに逸れる。


 穂先はディーンの胸を外れ、肩口を深く切り裂いた。


「ぐあっ!」


 ディーンが倒れ込む。


「ディーン!」


 カイルは叫んだ。


 だが、次の瞬間。


 槍の男が、すでに動いていた。


「……ほう」


 男の目が細くなる。


「今の踏み込みは、何だ?」


 カイルは答えられなかった。


 右肩が痛む。


 足首も熱を持っている。


 呼吸が乱れ、視界が揺れた。


 たった一度の踏み込み。


 それだけで、身体に大きな負担がかかっていた。


 ……くそっ。


 まだ、使いこなせない。


 前世の技術を思い出しただけでは、足りない。


 今の身体に合わせて、動きを作り直さなければならない。


 だが。


 それでも、ディーンの命はつながった。


     ◇


「……カイル」


 ディーンが、苦しそうに声を出した。


「……今の、何だ?」


 カイルは振り返った。


 ディーンは肩口を押さえながら、何とか身体を起こそうとしている。


「……分からない」


 カイルは正直に答えた。


「いや……少しだけ、分かった気がする」


「……何が?」


 カイルは、しばらく黙っていた。


 頭の中には、二つの人生の記憶が存在している。


 今の自分。


 カイル・レインフォードとして生きてきた十五年間。


 そして。


 別の世界で、剣士として生きた人生。


 その両方が、確かに自分のものだった。


「……俺、昔から剣が好きだっただろ」


 カイルが言った。


「ああ」


「理由なんて、考えたことなかった」


 カイルは小さく笑った。


「でも……今なら、少し分かる」


 ディーンは眉をひそめた。


「……どういう意味だ?」


「……後で話す」


 カイルは剣を握り直した。


「今は、ここを生きて抜けるのが先だ」


 ディーンは、しばらくカイルを見つめていた。


 そして、静かにうなずいた。


「……そうだな」


 彼は剣を構え直そうとした。


 だが、肩の傷が深い。


 腕が思うように上がらない。


「……無理するな」


 カイルが言った。


「お前が言うか?」


「……確かに」


 二人は、ほんの少しだけ笑った。


 だが、その笑みはすぐに消えた。


 目の前には、槍の男が立っている。


     ◇


 男は、カイルをじっと見つめていた。


「……興味深い」


 低い声。


「今の動き、魔法だけではないな」


 カイルは答えなかった。


 男は槍を構え直した。


「身体強化に頼った高速移動なら、何度も見てきた」


 一歩、前へ出る。


「だが、お前の踏み込みは違う」


 男の目が鋭くなる。


「身体の使い方そのものが、変わった」


 カイルは息をのんだ。


 ……見抜かれている。


 この男は、たった一度の動きで、その違いに気づいたのだ。


「……面白い」


 男は静かに笑った。


「だが、まだ未完成だな」


 カイルは剣を握りしめた。


「……ああ」


 否定はしなかった。


 実際、そのとおりだった。


 前世の技術は、まだ記憶の中にあるだけだ。


 今の身体では、完全には使えない。


 魔力との組み合わせも、試したばかり。


 無理に使えば、自分の身体を壊しかねない。


「……それでも」


 カイルは静かに言った。


「……守りたい奴がいるんだ」


 男は、わずかに目を細めた。


「……そうか」


 そして、槍を構えた。


「ならば、その覚悟がどこまで通用するか、見せてもらおう」


 周囲の黒服たちが、再び動き始める。


 カイルは剣を構え直した。


 足首が痛む。


 右肩も、限界に近い。


 だが、もう迷いはなかった。


 前世で守れなかった友人。


 そして、今、目の前にいるディーン。


 同じ悲劇を繰り返すつもりはない。


 ……今度こそ。


 カイルは、静かに息を吸った。


 前世の剣術。


 現在の魔力。


 その二つを、どう組み合わせればいいのか。


 答えは、まだ見つかっていない。


 だが。


 可能性は、確かに見えた。


 カイルは剣を握り直した。


 そして、槍の男を見据える。


「……来いよ」


 その足元に、青白い魔力が微かに揺れた。


 ――忘れられていた記憶が、剣士の新たな道を照らし始めていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。