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群星のヴェルシェリア  作者: セイ
第三部 古代遺跡と王国の影

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103/117

崩れる戦線

 旧王立天文台の地下拠点を制圧してから、三時間が経過していた。


 夜は明け、山の稜線から差し込む朝日が、天文台の崩れかけた外壁を照らしている。


 俺たちは地下研究室で押収した資料を整理していた。


 机の上には、古代文字が刻まれた金属板、研究記録、取引台帳が並んでいる。


 どれも重要な証拠だ。


 特に、グランツ商会とベルハルト伯爵家の関係を示す書類は、今後の捜査に大きく影響するだろう。


「……思っていた以上に、資料が多いな」


 俺がつぶやくと、エリオットがうなずいた。


「うん。全部を調べるには、かなり時間がかかりそうだ」


 彼は一枚の金属板を持ち上げた。


「それに、これも気になる」


「何だ?」


「古代文明の記録装置から取り外された部品みたいなんだけど……」


 エリオットは表面に刻まれた文字を指さした。


 そこには、見覚えのある単語が並んでいた。


 ――OBSERVATION。


 ――RECORD。


 そして、数字の「06」。


「……またか」


 俺は小さく息を吐いた。


 北部遺跡でも、似た表示を見た。


 だが、今はその意味を考えるより、証拠を安全に運び出すことが先だ。


「シオン君」


 レティシアが声をかけてきた。


「そろそろ搬出を始めるみたいだよ」


「分かりました」


 俺たちは資料を箱へ収め始めた。


     ◇


 午前九時。


 押収品を積んだ荷馬車が、旧王立天文台を出発した。


 護衛には王国警備隊の精鋭が二十名。


 先頭にはヴァルターさんが立ち、周囲を警戒している。


 俺たち調査団も同行していた。


 資料の中には、古代魔導具がいくつも含まれている。


 万が一、輸送中に異常が発生した場合、研究者が近くにいた方が対応しやすいという判断だった。


「……ようやく帰れるな」


 カイルが伸びをした。


「まだ王都まで距離があるぞ」


 ディーンが答える。


「分かってるって」


 カイルは苦笑した。


「でも、ひとまず拠点は制圧したんだろ?」


「ああ」


 俺はうなずいた。


 地下施設にいた二十三人は、全員拘束された。


 研究資料も確保した。


 大きな成果だ。


 ただ、気になることが一つあった。


「……なあ、エリオット」


「何?」


「昨日の研究室にいた男、最後まで妙に落ち着いてなかったか?」


 エリオットは少し考えた。


「確かに。魔導人形を破壊された後は動揺していたけど……」


「拠点を失ったことへの焦りが、あまり感じられなかった」


「……そうだね」


 俺は荷馬車の後方を見た。


 押収した資料は、すべてそこに積まれている。


 もし俺たちが秘密組織の立場だったら。


 この資料を、簡単に王都まで運ばせるだろうか。


「……嫌な予感がする」


 俺はつぶやいた。


 そのときだった。


「全員、止まれ!」


 前方からヴァルターさんの声が響いた。


 荷馬車が停止する。


 警備隊員たちが一斉に周囲へ視線を向けた。


 俺も顔を上げる。


 山道の先。


 道を塞ぐように、大きな倒木が横たわっていた。


「……倒木?」


 カイルがつぶやく。


 ヴァルターさんは答えなかった。


 代わりに、静かに剣を抜いた。


「……配置につけ」


 その声には、先ほどまでとは違う緊張があった。


     ◇


 次の瞬間。


 鋭い音が、空気を切り裂いた。


「伏せろ!」


 ヴァルターさんの叫びと同時に、俺たちは身を低くした。


 頭上を何かが通り過ぎる。


 直後、荷馬車の側面に金属製の矢が突き刺さった。


 一本ではない。


 二本、三本、四本。


 次々と矢が飛んでくる。


「敵襲!」


 警備隊員が叫んだ。


 俺は咄嗟に地面へ手を向けた。


「《岩壁》!」


 土と岩が盛り上がり、荷馬車の側面を覆う。


 金属矢が岩壁に突き刺さった。


 だが、その瞬間。


 矢の先端に刻まれた魔導回路が赤く光った。


「……まずい!」


 爆発。


 岩壁の一部が砕け散った。


「くっ!」


 俺は腕で顔をかばう。


 破片が頬をかすめた。


「シオン!」


 ヴィオレッタが駆け寄ってくる。


「大丈夫!」


 俺は答えた。


 だが、状況はよくない。


 敵は最初から、防御魔法を破壊するための装備を用意していた。


「……ただの盗賊じゃないな」


 ディーンが剣を抜く。


「ああ」


 俺はうなずいた。


 山道の両側。


 木々の間から、黒い外套をまとった男たちが現れた。


 人数は十二人ほど。


 全員が同じ紋章を胸につけている。


 円と、三本の線。


 秘密組織の印だ。


 だが、これまで戦ってきた者たちとは雰囲気が違った。


 無駄な声を出さない。


 勝手に前へ出る者もいない。


 それぞれが一定の距離を保ち、こちらを包囲している。


「……精鋭部隊か」


 ヴァルターさんが低くつぶやいた。


     ◇


「護衛隊、第一防御陣形!」


 警備隊の指揮官が叫んだ。


 盾を持った隊員たちが前へ出る。


 その後ろに、魔法を使える隊員が並んだ。


 俺たちも配置につく。


「シオン、右側を頼む!」


 ヴァルターさんが指示を出した。


「はい!」


 俺は右側の森へ視線を向けた。


 黒服の男が三人。


 そのうち一人が、短い杖を構えている。


 魔導回路が光った。


「来るぞ!」


 俺は地面を蹴った。


 直後、足元を鋭い風の刃が走る。


 地面が切り裂かれた。


「《土槍》!」


 俺は反撃した。


 地面から岩の槍が突き出す。


 だが、敵は素早く左右へ散った。


 一人が防御魔法を展開し、残る二人が同時に攻撃してくる。


 火球と風刃。


 異なる方向からの連続攻撃だ。


「……っ!」


 俺は身体をひねって回避する。


 だが、風刃が左腕をかすめた。


 布が裂け、血がにじむ。


「シオン!」


 ヴィオレッタが声を上げた。


「大丈夫!」


 俺は叫び返した。


 しかし、敵は攻撃を止めない。


 一人が防御。


 二人が攻撃。


 そして、こちらが反撃すると即座に位置を入れ替える。


 ……厄介だ。


 単純な魔法の威力だけなら、俺たちの方が上かもしれない。


 だが、連携が非常に洗練されている。


「ヴィオレッタ、左の術者を抑えられるか!」


「任せて!」


 ヴィオレッタが杖を掲げた。


「《氷鎖》!」


 氷の鎖が地面を這い、敵の足元へ伸びる。


 だが、敵はすぐに魔導具を投げた。


 小さな金属球が地面に落ちる。


 青白い光。


 次の瞬間、氷の鎖が砕け散った。


「……魔法を解除した?」


 ヴィオレッタが目を見開く。


 俺も驚いた。


 あれは単なる防御ではない。


 魔法の構造そのものに干渉している。


「……対魔法装備まであるのか」


 敵は、俺たちの能力をある程度把握しているのかもしれない。


     ◇


 一方、ヴァルターさんの前には、三人の男が立っていた。


 その中央にいる男だけが、黒い外套を着ていなかった。


 灰色の長衣。


 腰には細身の剣。


 年齢は三十代後半ほど。


 短く整えた黒髪と、鋭い目つきが印象的だった。


「……ヴァルター・グレイヴ」


 男が静かに言った。


「リューデン王国最強の剣士」


 ヴァルターさんは剣を構えた。


「俺を知っているのか」


「当然だ」


 男は薄く笑った。


「お前を相手にするために、準備してきた」


「……そうか」


 ヴァルターさんの表情は変わらない。


「なら、試してみろ」


 男は剣を抜いた。


 次の瞬間。


 姿が消えた。


 ――いや、違う。


 速い。


 あまりにも速い踏み込みだった。


 金属音が響く。


 ヴァルターさんの剣と、男の剣がぶつかり合った。


 火花が散る。


「……ほう」


 ヴァルターさんが小さくつぶやく。


 男は間髪入れずに二撃目を放った。


 上段からの斬撃。


 続けて、足元を狙う低い一撃。


 ヴァルターさんはそれらを受け流した。


 だが、反撃しようとした瞬間。


 左右にいた二人の黒服が動いた。


 片方が魔導銃を構える。


 もう片方が地面へ魔導具を投げた。


 ヴァルターさんの足元に、複雑な魔導陣が広がる。


「……拘束術式か」


 ヴァルターさんは即座に後退した。


 だが、その動きを読んでいたように、灰色の男が追撃してくる。


 鋭い突き。


 ヴァルターさんは剣を横にして受け止めた。


 しかし、完全には防げなかった。


 肩口の布が裂け、赤い血がにじむ。


「……っ!」


 俺は思わず息をのんだ。


 ヴァルターさんが傷を負った。


 それも、戦闘開始からわずかな時間で。


「……なるほどな」


 ヴァルターさんは静かに言った。


「お前たち、よく考えている」


 灰色の男が笑った。


「褒め言葉として受け取っておこう」


 ヴァルターさんは剣を構え直した。


「だが、まだ足りない」


 次の瞬間、彼の姿がぶれた。


 鋭い斬撃。


 灰色の男が咄嗟に剣を合わせる。


 激しい金属音が響いた。


 男の身体が数歩後退する。


 だが、倒れない。


 ……強い。


 間違いなく、これまでの敵とは格が違う。


     ◇


 戦闘は、次第に激しさを増していた。


 敵は荷馬車そのものを狙っている。


 俺たちを倒すことより、押収資料を奪うことが目的なのだろう。


「……くそっ!」


 カイルが剣を振るう。


 黒服の男がその一撃を受け止めた。


 さらに、別の男が背後から迫る。


「カイル!」


 ディーンが叫んだ。


 剣が交差する。


 ディーンは敵の攻撃を受け止め、カイルをかばった。


「助かった!」


「油断するな!」


 ディーンは叫び返した。


 二人は背中合わせになる。


 だが、敵の連携は巧妙だった。


 一人が正面から攻撃し、もう一人が側面へ回る。


 さらに、遠距離から魔導弾が飛んでくる。


「……面倒な連中だな!」


 カイルが歯を食いしばる。


「同感だ!」


 ディーンも剣を構え直した。


 そのとき、敵の一人が小さな笛を吹いた。


 高い音が山道に響く。


 直後。


 森の奥から、新たな黒服の男たちが現れた。


「……増援!?」


 カイルが叫ぶ。


 数は八人。


 しかも、そのうち四人は重い盾を持っている。


 盾の表面には、複雑な魔導回路が刻まれていた。


「……まずい」


 俺はつぶやいた。


 敵は、最初から二段構えの作戦を用意していたのだ。


     ◇


「全員、荷馬車を守れ!」


 警備隊の指揮官が叫んだ。


 だが、敵の増援によって防御陣形が崩れ始めていた。


 盾を持った敵が前進する。


 その後ろから、魔導弾が次々と放たれる。


 俺は岩壁を展開した。


 だが、今度は敵が正面から破壊するのではなく、左右へ回り込んできた。


「……っ!」


 俺は防御の位置を変える。


 その瞬間。


 背後で爆発音が響いた。


「何だ!?」


 振り返ると、荷馬車の一台が炎に包まれていた。


 車輪が破壊され、横転している。


 警備隊員たちが慌てて消火を始めた。


「……資料が!」


 エリオットが叫ぶ。


 俺は駆け寄ろうとした。


 だが、その前に黒服の男が立ちはだかる。


「……行かせるか」


 男は短剣を構えた。


 俺は歯を食いしばった。


 敵は、こちらの行動を読んでいる。


 しかも、ただ強いだけではない。


 俺たちが何を守ろうとしているのかを理解し、その弱点を突いてくる。


「……ヴィオレッタ!」


「分かってる!」


 彼女は炎上する荷馬車へ向かった。


 氷魔法で炎を抑えようとする。


 だが、敵の魔導弾が飛んできた。


 ヴィオレッタは咄嗟に防御魔法を展開する。


 その隙に、別の敵が荷馬車へ近づいた。


「……まずい!」


 俺は男へ向けて魔法を放とうとした。


 だが、その瞬間。


 足元に魔導陣が浮かび上がった。


「……っ!?」


 身体が重くなる。


 魔力の流れが乱れた。


「……封魔陣!?」


 エリオットが叫んだ。


 俺は咄嗟に魔力を集中させた。


 だが、いつものように術式が組み上がらない。


 完全に魔法を封じられたわけではない。


 しかし、発動までの時間が大幅に延びている。


「……こんなものまで用意していたのか!」


 敵は、俺たちの魔法を無力化するために準備を重ねていた。


     ◇


 その頃、ヴァルターさんと灰色の男の戦いは、さらに激しさを増していた。


 剣がぶつかり合う。


 一撃ごとに、周囲の空気が震えるようだった。


「……強いな」


 灰色の男がつぶやいた。


「さすが、王国最強と呼ばれるだけはある」


「お前もな」


 ヴァルターさんは短く答えた。


 男は笑った。


「だが、俺の役目はお前を倒すことじゃない」


 ヴァルターさんの目が細くなる。


「……何?」


「お前を、ここに足止めすることだ」


 その瞬間。


 遠くで、低い爆発音が響いた。


 ヴァルターさんが振り返る。


 山道の後方。


 王都へ続く道の一部が崩れ落ちていた。


 土煙が立ち上る。


「……道を!」


 警備隊員が叫んだ。


 灰色の男は静かに笑った。


「これで、増援はすぐには来られない」


 ヴァルターさんは男を見据えた。


「……最初から、これが狙いか」


「そうだ」


 男は剣を構え直した。


「お前たちは、ここで孤立する」


     ◇


 俺たちの状況も悪化していた。


 敵の増援によって、警備隊の陣形は完全に分断されていた。


 俺とヴィオレッタ、エリオット、リシアは荷馬車の近くで防御を続けている。


 一方、カイルとディーンは敵を追い払おうと、山道の側面へ移動していた。


「……カイル!」


 俺は叫んだ。


「戻れ!」


 だが、敵の攻撃音にかき消された。


 カイルとディーンは、すでに森の奥へ追い込まれつつあった。


 その前に立ちはだかるのは、黒服の男が四人。


 さらに、その後方には、長い槍を持った男がいた。


 他の敵とは、明らかに雰囲気が違う。


 男はゆっくりと槍を構えた。


「……二人か」


 低い声が響く。


「ちょうどいい」


 カイルが剣を握り直す。


「……何がちょうどいいんだよ」


 男は答えなかった。


 ただ、静かに槍を向ける。


 その瞬間。


 男の姿が消えた。


「……っ!」


 カイルは咄嗟に剣を上げた。


 金属音。


 強烈な衝撃が腕を伝わる。


「ぐっ!」


 カイルの身体が後方へ弾かれた。


「カイル!」


 ディーンが叫ぶ。


 だが、槍の男はすでに次の動作に入っていた。


 槍の穂先が、ディーンの胸元へ迫る。


「……っ!」


 ディーンは身体をひねって回避した。


 だが、完全には避けきれない。


 槍が肩をかすめ、血が飛び散った。


「ディーン!」


 カイルが叫んだ。


 男はゆっくりと槍を引いた。


「……悪くない」


 その声には、余裕があった。


「だが、まだ足りない」


 カイルは歯を食いしばった。


 ……強い。


 これまで戦ってきた相手とは、明らかに違う。


 しかも、周囲には四人の黒服がいる。


 逃げ道も塞がれていた。


「……ディーン」


 カイルが小さく言った。


「何だ?」


「……何とかして、ここを抜けるぞ」


「ああ」


 ディーンは傷ついた肩を押さえながら、剣を構えた。


「当然だ」


 二人は並んで立った。


 だが、槍の男は静かに笑った。


「……なら、試してみろ」


 そして、再び踏み込んだ。


     ◇


 俺は、遠くで響いた金属音に振り返った。


 森の奥。


 カイルとディーンの姿が見えない。


「……まずい」


 俺はつぶやいた。


 敵の狙いは、押収資料だけではないのかもしれない。


 俺たちを分断し、各個撃破する。


 そのために、ここまで周到な準備をしていたのだ。


「シオン!」


 ヴィオレッタが叫んだ。


「前!」


 俺は咄嗟に振り返った。


 黒服の男が、短剣を振り下ろしてくる。


「……っ!」


 俺は身体をひねり、ぎりぎりでかわした。


 だが、封魔陣の影響で魔法が思うように使えない。


 敵はそれを理解している。


 ……このままでは、まずい。


 俺は歯を食いしばった。


 仲間たちが、それぞれの場所で戦っている。


 だが、敵の作戦によって、俺たちの連携は崩されつつあった。


 そして。


 森の奥から、短い叫び声が響いた。


「……ディーン!」


 カイルの声だった。


 俺は顔を上げた。


 胸の奥に、冷たいものが走る。


 ――何かが起きた。


 だが、俺にはまだ、そこへ向かうことができなかった。


 目の前には敵がいる。


 背後には、守るべき仲間と資料がある。


 そして、遠くではヴァルターさんが強敵と戦い続けている。


 俺たちの戦線は、完全に崩れ始めていた。


 この戦いは、これまでのようにはいかない。


 そう思い知らされた瞬間だった。

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