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群星のヴェルシェリア  作者: セイ
第三部 古代遺跡と王国の影

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二人で歩む未来

 翌朝、俺は王城の客室で、鏡の前に立っていた。


 別に、特別な服を着ているわけではない。


 髪を整え、いつもどおりの身支度をしているだけだ。


 それなのに、どうにも落ち着かなかった。


「……何やってるんだ、俺」


 鏡に映った自分に、思わず苦笑する。


 昨日、ヴィオレッタに告白した。


 そして、彼女も俺を好きだと言ってくれた。


 つまり、俺たちは恋人同士になったわけだ。


 昨夜は嬉しくて、なかなか眠れなかった。


 今も、思い出すだけで胸が温かくなる。


 ……ただ。


 恋人になったからといって、急に何かが変わるわけでもない。


 これまでどおり話せばいい。


 そう思っていたのだが。


「シオン、おはよう」


 客室を出たところで、ヴィオレッタと顔を合わせた瞬間、その考えはあっさり崩れた。


「お、おはよう」


 声が少し上ずった。


 ヴィオレッタは俺を見て、くすりと笑った。


「どうしたの? 何だか緊張してるみたい」


「……分かる?」


「ええ。少しだけ」


 彼女は一歩近づいた。


 金色の髪には、俺が贈った銀色の髪飾りが留められている。


「私も、昨日のことを思い出していたの」


「……そっか」


「ええ」


 ヴィオレッタは頬を少し赤らめた。


「今朝、目が覚めたとき……昨日のことが夢じゃなかったんだって思ったら、すごく嬉しくなったわ」


 俺は思わず彼女を見つめた。


「……俺も同じだよ」


「本当?」


「ああ」


 そう答えると、ヴィオレッタは幸せそうに微笑んだ。


 そして、少しだけ迷った後、俺の手にそっと触れた。


「……ねえ、シオン」


「何?」


「手、つないでもいい?」


「もちろん」


 俺は彼女の手を取った。


 昨日の庭園でも、こうして手をつないだ。


 それでも、今朝はまた違う気持ちになる。


 ヴィオレッタは俺の隣に並んだ。


「……行きましょうか」


「ああ」


 俺たちは手をつないだまま、食堂へ向かった。


     ◇


 食堂へ入った瞬間。


「おおっ!」


 カイルの声が響いた。


「来たな!」


「……何だよ」


 俺が尋ねると、カイルは俺たちの手元を見て、にやりと笑った。


「いやあ、朝から仲がいいなと思ってさ」


「カイル!」


 ヴィオレッタが頬を赤らめる。


「もう、からかわないでよ」


「悪い悪い!」


 まったく悪びれていない。


 ディーンがため息をついた。


「朝から騒ぐなよ」


「だって、めでたいことだろ?」


「それはそうだけどな」


 エリオットが眼鏡を押し上げた。


「二人とも、おめでとう」


「ありがとう」


 俺が答えると、ヴィオレッタも微笑んだ。


「ありがとう、エリオット」


 そのとき、リシアが立ち上がった。


「ヴィオレッタ、ちょっとこっちに来て」


「え?」


「いいから」


 リシアは楽しそうに笑っている。


 ヴィオレッタは俺を見た。


「……少し行ってくるわね」


「ああ」


 彼女は名残惜しそうに手を離し、リシアの隣へ向かった。


 俺が席に着くと、カイルがすぐに身を乗り出してきた。


「それで、シオン!」


「……何だ?」


「どっちから告白したんだ?」


「俺からだよ」


「おお!」


「声が大きいって」


 ディーンが呆れた顔をする。


「カイル、お前は少し落ち着け」


「いや、だってよ。あのシオンが自分から告白したんだぞ?」


「……どういう意味だよ」


「研究のことになると周りが見えなくなるお前が、だぞ?」


 エリオットまでうなずいた。


「それは確かに、少し意外だったね」


「お前まで……」


 俺は頭をかいた。


 だが、不思議と嫌な気分ではなかった。


 むしろ、こうして仲間たちが喜んでくれることが嬉しかった。


     ◇


 一方、少し離れた席では。


「それで、昨日はどうだったの?」


 リシアが身を乗り出した。


 ヴィオレッタは頬を赤らめた。


「……シオンが、好きだって言ってくれたの」


「うんうん」


「友達としてだけじゃなくて、これから先もずっと一緒にいたいって……」


 そこまで話して、ヴィオレッタは両手で頬を押さえた。


「……思い出すと、まだ少し恥ずかしいわ」


 リシアは優しく微笑んだ。


「でも、嬉しかったんでしょう?」


「……ええ」


 ヴィオレッタはうなずいた。


「ずっと待っていた言葉だったから、本当に嬉しかった」


 彼女は少しだけ視線を落とした。


「シオンが私のことをどう思っているのか、分からなくて不安になることもあったの」


「そうよね」


「でも、昨日はちゃんと伝えてくれたわ」


 ヴィオレッタは微笑んだ。


「だから、私もずっと好きだったって伝えたの」


 リシアは小さく息を吐いた。


「……よかったわね」


「ええ」


「本当に、おめでとう」


「ありがとう、リシア」


 ヴィオレッタは嬉しそうに笑った。


 その表情を見て、リシアも笑みを深める。


「それにしても、シオンがちゃんと気づいてくれて安心したわ」


「ふふ。そうね」


「私、もう少し時間がかかると思ってたもの」


「……私も、少しだけ」


 二人は顔を見合わせ、笑い合った。


     ◇


 朝食後。


 俺たちは王城の会議室へ集められた。


 エレノア王女から、新たな報告があるという。


 会議室には、ヴァルター、レティシア、フィオナもいた。


 エレノアは机の上に地図を広げた。


「昨夜、グランツ商会の倉庫から発見された輸送記録について、調査が進みました」


 俺たちは地図を見つめた。


 王都の北西。


 山間部にある小さな町。


 そして、そのさらに奥に、一つの建物が記されていた。


「……旧王立天文台」


 エリオットがつぶやいた。


「はい」


 エレノアはうなずいた。


「数十年前に閉鎖された施設です。現在は王国の管理下にありますが、使用されていません」


「そこへ荷物が運ばれていたんですか?」


 俺が尋ねる。


「ええ。少なくとも、過去半年で十数回の記録があります」


 ヴァルターが口を開いた。


「昨夜、周辺を確認させた。建物の外観に大きな変化はないが、裏手の搬入口に新しい車輪の跡が残っていた」


「誰かが使ってるってことか」


 ディーンが言った。


「ああ」


 ヴァルターはうなずいた。


「しかも、搬入口の鍵は王国が管理しているものとは違っていた」


 俺は眉をひそめた。


「勝手に使っているのか……」


「その可能性が高い」


 エリオットが地図をのぞき込んだ。


「旧王立天文台って、古代文明の研究施設だったんですか?」


 エレノアは首を横に振った。


「いいえ。もともとは星の観測と暦の研究を行う施設でした」


「……星の観測」


 俺はつぶやいた。


 古代文明の装置には、観測や記録に関係するものが多い。


 だが、天文台というだけで結びつけるのは早計だ。


「地下施設はあるんですか?」


 俺が尋ねると、エレノアは別の図面を広げた。


「建設当時の図面には、地下倉庫と資料保管室が記されています」


「それだけ?」


「公式の記録では、そうなっています」


 エレノアは少し間を置いた。


「ただし、古い修繕記録に不自然な記載がありました」


 彼女は一枚の書類を取り出した。


「二十八年前、地下の壁を補修したという記録です」


「補修?」


「ええ。しかし、使用された石材の量が、記載された工事規模と一致していません」


 エリオットが目を細めた。


「……別の場所にも使われた?」


「その可能性があります」


 俺は図面を見つめた。


 隠された地下施設。


 古代技術の輸送記録。


 そして、秘密組織。


 少なくとも、調べる価値は十分にある。


     ◇


「ただし、すぐに突入するわけにはいきません」


 エレノアが言った。


「相手がどれほどの人数を配置しているか、まだ分かっていないのです」


「それに、証拠を処分される可能性もある」


 ヴァルターが続けた。


「昨夜の倉庫捜索で、向こうも警戒しているはずだ」


 俺はうなずいた。


「まずは周囲を調べるんですね」


「ああ」


 ヴァルターは地図を指さした。


「天文台へ続く道は三つある。正面の街道、山側の作業道、それから古い坑道だ」


「坑道?」


 リシアが顔を上げた。


「それなら、周辺の地形を調べられるかもしれないわ」


「頼めるか?」


 ヴァルターが尋ねる。


「ええ。森の中なら、足跡や人の出入りの痕跡も見つけやすいと思う」


 エリオットも手を挙げた。


「僕は古い図面を調べたいです。天文台の建設記録が残っているなら、地下構造を推測できるかもしれません」


「分かった」


 ヴァルターはうなずいた。


「ただし、現地へ入るのは警備隊が安全を確認してからだ」


 レティシアも口を開いた。


「みんな、無理はしないでね。研究院での事件が続いているんだから」


「はい」


 俺たちはうなずいた。


 カイルが少し不満そうな顔をした。


「俺も行けるだろ?」


 フィオナがすぐに答えた。


「カイル君は、まず肩の状態を確認してからね」


「もうほとんど治ってるって!」


「ほとんど、でしょう?」


「……はい」


 フィオナの笑顔に、カイルは素直に引き下がった。


 ディーンが小さく笑う。


「お前、フィオナさんには弱いな」


「うるせえ」


 会議室に、少しだけ笑いが広がった。


     ◇


 昼過ぎ。


 俺とヴィオレッタは、王城の中庭を歩いていた。


 午前中の会議を終え、午後の調査準備まで少し時間が空いたのだ。


「……今日は、みんなにからかわれたな」


 俺が言うと、ヴィオレッタが笑った。


「そうね。でも、嫌じゃなかったわ」


「そうなのか?」


「ええ」


 彼女は俺を見た。


「だって、シオンと恋人になれたこと、隠したいとは思わないもの」


 俺は少し照れくさくなった。


「……俺もだよ」


「ふふ。よかった」


 ヴィオレッタは自然な仕草で、俺の手を取った。


 昨日までは、手をつなぐだけでも緊張していた。


 だが、こうして並んで歩くことが、少しずつ当たり前になっていくのかもしれない。


「ねえ、シオン」


「何?」


「学園に戻ったら、どうする?」


「どうするって?」


「みんなに話す?」


 俺は少し考えた。


「別に隠す必要はないと思うけど」


「そうね」


 ヴィオレッタは微笑んだ。


「私も同じよ」


 彼女は少しだけ視線を落とした。


「……でも、父にはちゃんと話さないといけないわね」


 俺は足を止めた。


「……お父さん?」


「ええ」


 ヴィオレッタは当然のようにうなずいた。


「私たちが恋人になったこと」


 俺は一瞬、言葉を失った。


 ヴィオレッタの父親。


 ローゼンベルク公爵。


 当然ながら、俺よりはるかに高い身分の貴族だ。


 俺は男爵家の三男。


 身分差という問題が、突然現実味を帯びてきた。


「……大丈夫かな」


 俺がつぶやくと、ヴィオレッタは首をかしげた。


「何が?」


「いや、その……俺で」


 彼女は少し驚いた顔をした。


 そして、俺の手を握り直した。


「シオン」


「……何?」


「私は、シオンがいいの」


 その声は、はっきりしていた。


「家柄だけで相手を選ぶつもりはないわ」


「でも、公爵家には公爵家の事情があるだろ?」


「もちろん、分かってる」


 ヴィオレッタはうなずいた。


「だからこそ、ちゃんと話すのよ」


 俺は彼女を見つめた。


「……強いな、ヴィオレッタは」


「そんなことないわ」


 彼女は少し笑った。


「私だって、不安はあるもの」


「そうなのか?」


「ええ。でも……」


 ヴィオレッタは俺の手を少し強く握った。


「シオンと一緒なら、向き合えると思う」


 俺は静かに息を吐いた。


 そうだ。


 俺だけが不安になっていても仕方がない。


 彼女も、同じ未来を考えてくれている。


「……分かった」


 俺はうなずいた。


「俺も、ちゃんと向き合うよ」


「ええ」


 ヴィオレッタは嬉しそうに微笑んだ。


「一緒にね」


     ◇


 その頃。


 王城の執務室では、エレノアとヴァルターが旧王立天文台の調査計画を確認していた。


「……周辺の警備隊は?」


 エレノアが尋ねる。


「すでに配置を始めている」


 ヴァルターが答えた。


「正面の街道と山側の作業道を監視している。古い坑道については、まだ入口を確認できていない」


「そうですか」


 エレノアは地図を見つめた。


「相手に気づかれず、調査を進められるでしょうか」


「簡単ではないな」


 ヴァルターは率直に答えた。


「だが、倉庫から押収した資料がある。こちらにも手がかりはある」


「……そうですね」


 エレノアはうなずいた。


 しばらく沈黙が続いた。


 やがて、彼女が口を開いた。


「ヴァルター」


「何だ?」


「今回の件、あなたには危険な役目をお願いすることになると思います」


「今さらだな」


 ヴァルターは小さく笑った。


「俺の仕事だ」


「……そうかもしれません」


 エレノアは少しだけ視線を落とした。


「でも、心配なのです」


 ヴァルターは彼女を見た。


「エレノア」


「はい」


「俺は無茶をするつもりはない」


 彼は落ち着いた声で続けた。


「部下を無駄に危険へさらすつもりもない。必要な準備をしてから動く」


 エレノアは静かにうなずいた。


「……約束してください」


「何を?」


「必ず、無事に戻ってくると」


 ヴァルターは少しだけ目を細めた。


「……分かった」


 そして、はっきりと答えた。


「約束する」


 エレノアはようやく微笑んだ。


「ありがとうございます」


 ヴァルターは軽くうなずいた。


 その表情はいつもどおりだった。


 だが、エレノアはその短い言葉に、確かな安心を感じていた。


     ◇


 夕方。


 俺たちはエリオットが調べた資料を確認していた。


 王立天文台の建設記録。


 地下倉庫の図面。


 修繕工事の記録。


 そして、過去の地形図。


「……やっぱり、おかしい」


 エリオットがつぶやいた。


「何が?」


 俺が尋ねる。


「地下倉庫の奥にある壁なんだけど、建設当時の図面と修繕後の図面で位置が違うんだ」


 彼は二枚の図面を並べた。


 確かに、地下倉庫の奥にある壁が、少しだけ移動している。


「……壁を厚くした?」


「そう見えるよね」


 エリオットはうなずいた。


「でも、使われた石材の量が多すぎる」


「つまり?」


「壁の向こうに、別の空間がある可能性が高い」


 俺は図面を見つめた。


 隠された地下空間。


 そこに何があるのか。


 まだ分からない。


 だが、グランツ商会が何度も荷物を運び込んでいたなら、単なる空き部屋ではないだろう。


「……ヴァルターさんに伝えよう」


 俺が言うと、エリオットはうなずいた。


「うん」


 そのとき、リシアが部屋へ入ってきた。


「シオン!」


「どうした?」


「警備隊から連絡があったわ!」


 彼女は少し息を切らしていた。


「天文台の周辺で、夜間に荷馬車が出入りしているのを確認したって!」


 俺は顔を上げた。


「……本当か?」


「ええ。しかも、荷馬車は正面の街道じゃなくて、山側の作業道を使っているみたい」


 エリオットが地図を広げた。


「山側の作業道……」


 彼は指を動かした。


 そして、ある地点で止めた。


「……ここだ」


「何が?」


「作業道の終点が、地下倉庫の裏側に近いんだ」


 俺は地図を見つめた。


 その場所には、古い石切り場が記されている。


「……地下へ入るための別の入口があるのかもしれない」


 エリオットが言った。


 俺はうなずいた。


 これで、調査すべき場所が絞られた。


     ◇


 その夜。


 王城の会議室に、関係者が集められた。


 エレノア王女。


 ヴァルター。


 王国警備隊の指揮官たち。


 そして、俺たち調査団。


 机の上には、旧王立天文台の詳細な地図が広げられている。


「調査の結果、旧王立天文台が秘密組織の拠点として利用されている可能性が高まりました」


 エレノアが言った。


 会議室が静まり返る。


「王国の管理施設が、長期間にわたって不正に使用されていた疑いがあります」


 彼女は続けた。


「これ以上、見過ごすことはできません」


 ヴァルターが地図を指さした。


「明日の夜明け前、警備隊が天文台の周囲を封鎖する」


 俺たちは地図を見つめた。


「正面の街道、山側の作業道、そして確認された地下搬入口。すべてを押さえる」


「内部への突入は?」


 ディーンが尋ねる。


「封鎖が完了してからだ」


 ヴァルターは答えた。


「中にいる人数と構造が分からない以上、無理に踏み込むつもりはない」


 エリオットが手を挙げた。


「古代魔導具が使われている可能性があります。僕たちも同行した方がいいと思います」


 ヴァルターは少し考えた。


「……必要になるかもしれないな」


 レティシアが口を開いた。


「同行するなら、私も行くよ。古代装置の解析には、研究者がいた方がいいでしょう」


「分かった」


 ヴァルターはうなずいた。


「ただし、戦闘が始まった場合は、俺と警備隊が前に出る。お前たちは装置の確認と解除に集中してくれ」


「はい」


 俺たちはうなずいた。


 会議が終わり、廊下へ出た。


 ヴィオレッタが俺の隣に並ぶ。


「……また、危険な場所へ行くことになるわね」


「ああ」


 俺はうなずいた。


「でも、今回は警備隊もいる。無茶はしないよ」


「本当?」


「本当だ」


 ヴィオレッタは少し笑った。


「なら、信じるわ」


 そして、俺の手を取った。


「……シオン」


「何?」


「必ず、一緒に帰りましょう」


 俺は彼女の手を握り返した。


「ああ」


 迷いはなかった。


「約束する」


 ヴィオレッタは微笑んだ。


 その笑顔を見て、俺は改めて思った。


 守りたいものが、また一つ増えた。


 だが、それは俺一人で背負うものではない。


 ヴィオレッタも、俺と同じように戦い、考え、未来を選ぼうとしている。


 だからこそ、俺たちは一緒に進む。


 どんな困難が待っていても。


 ――二人で歩む未来のために。

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