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群星のヴェルシェリア  作者: セイ
第三部 古代遺跡と王国の影

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伝えたい言葉

 翌朝、俺はいつもより早く目を覚ました。


 窓の外はまだ薄暗い。


 王城の庭園には朝靄がかかり、遠くで鳥の鳴き声が聞こえている。


 昨夜は、なかなか寝つけなかった。


 理由は分かっている。


 ヴィオレッタのことだ。


『その未来に……私も、いていい?』


 夜の庭園で彼女が口にした言葉が、何度も頭の中をよぎった。


 俺は、あのとき迷わず答えた。


 一緒にいてくれたら嬉しい、と。


 だが、今になって考えると、あれだけでは足りなかった気がする。


 彼女がどんな気持ちで尋ねてくれたのか。


 俺は、その意味をきちんと受け止められていただろうか。


「……よし」


 俺はベッドから起き上がった。


 今日は、ちゃんと伝えよう。


 自分の気持ちを。


 ヴィオレッタに。


     ◇


 朝食の席では、いつもどおりの光景が広がっていた。


 カイルがパンを頬張り、ディーンが呆れた顔でそれを見ている。


 エリオットは食事をしながら資料を読んでいた。


 リシアは、その資料を取り上げようとしている。


「食べるときくらい、仕事をやめなさいよ」


「あと少しだけ!」


「昨日も同じこと言ってたじゃない」


「昨日は昨日、今日は今日だよ」


「意味が分からないわ」


 俺は思わず笑った。


 こうしていると、いつもの学園に戻ったような気分になる。


「おはよう、シオン」


 声をかけられ、顔を上げた。


 ヴィオレッタだった。


 金色の髪には、昨日贈った銀色の髪飾りが留められている。


「……おはよう」


「どうしたの?」


「いや……その髪飾り」


 俺が視線を向けると、彼女は嬉しそうに微笑んだ。


「似合ってる?」


「ああ。すごく」


「ふふ。ありがとう」


 ヴィオレッタは俺の隣に座った。


 その仕草があまりにも自然で、逆に意識してしまう。


 昨日までは、こんなことはなかったはずなのに。


「……シオン?」


「ん?」


「顔、少し赤くない?」


「気のせいだよ」


「そう?」


 彼女は首をかしげた。


 向かいに座っていたカイルが、にやりと笑う。


「おいおい、朝から何やってんだ?」


「カイル」


「何だよ」


「黙って食べろ」


「はいはい」


 ディーンが小さくため息をついた。


「お前、少しは空気を読めよ」


「読んでるから言ってるんだろ」


「それが問題なんだ」


 リシアが吹き出した。


 ヴィオレッタは少し頬を赤らめていたが、俺の隣から離れようとはしなかった。


 ……まったく。


 今日は朝から調子が狂う。


     ◇


 朝食後、レティシアから連絡があった。


 昨夜、王国警備隊がグランツ商会の倉庫を捜索したという。


 俺たちは会議室に集められた。


 そこには、ヴァルターもいた。


「シオン。昨日の夜、倉庫を押さえた」


「どうだったんですか?」


「関係者を七人拘束した。発掘品も大量に見つかった」


 ヴァルターは机に書類を置いた。


「ただし、主要な資料の一部は運び出された後だった」


「……間に合わなかったのか」


「全部ではない」


 ヴァルターは首を横に振った。


「倉庫の奥に、地下へ続く搬入口があった。そこから荷物を運び出していたらしい」


「追跡は?」


「警備隊が進めている」


 エリオットが書類を手に取った。


「押収品の中に、北部遺跡と関係するものは?」


「あった」


 ヴァルターは一枚の図面を広げた。


 そこには、古代文字と複雑な魔導回路が描かれていた。


「これは……」


 エリオットが身を乗り出す。


「北部遺跡の扉にあったものと似てる」


「同じ装置なのか?」


 俺が尋ねる。


「いや、少し違う」


 エリオットは図面を指でなぞった。


「こっちは扉を開くための回路じゃない。何かを読み取るためのものだと思う」


「読み取る?」


「うん。対象の魔力を識別して、記録する仕組みじゃないかな」


 俺は図面を見つめた。


 古代文明の装置。


 識別。


 記録。


 これまで何度も見かけた言葉だった。


「……敵は何を調べようとしているんだろうな」


 俺がつぶやくと、レティシアが答えた。


「まだ分からない。でも、少なくとも古代文明の技術を集めている理由の一つは、そこにありそうだね」


 ヴァルターがうなずいた。


「倉庫の責任者は、すでに取り調べを受けている。何か分かれば知らせる」


「ありがとうございます」


「シオン」


「はい?」


「今日は少し休め」


 俺は目を瞬いた。


「……え?」


「ここ数日、動きっぱなしだろ」


「でも、調査が……」


「必要なことがあれば呼ぶ」


 ヴァルターは落ち着いた声で続けた。


「今は警備隊の仕事だ。お前たちが無理をする必要はない」


 俺は少し考えた。


 確かに、ここで俺たちが勝手に動いても、調査の邪魔になるかもしれない。


「……分かりました」


「それでいい」


 ヴァルターは軽くうなずいた。


     ◇


 昼過ぎ。


 俺は王城の図書室にいた。


 休めと言われたものの、何もせずに過ごすのは落ち着かない。


 とはいえ、事件の資料を読む気にもなれなかった。


 手に取ったのは、リューデン王国の歴史について書かれた本だった。


 だが、内容はほとんど頭に入ってこない。


「……駄目だな」


 俺は本を閉じた。


 考えているのは、ヴィオレッタのことばかりだ。


 どうやって伝えよう。


 いつ伝えよう。


 どんな言葉なら、自分の気持ちをきちんと表せるだろう。


 そんなことを考えていると、扉が開いた。


「あら、シオン」


 ヴィオレッタだった。


「こんなところにいたのね」


「ヴィオレッタ」


 彼女は俺の向かいに座った。


「レティシアさんから、今日は休むように言われたんでしょう?」


「ああ」


「それなのに図書室?」


「……習慣みたいなものかな」


 彼女はくすりと笑った。


「本当にシオンらしいわ」


「そうかな」


「ええ」


 ヴィオレッタは机の上の本を見た。


「リューデン王国の歴史?」


「うん。せっかく来たんだし、少し知っておこうと思って」


「面白そうね」


 彼女は隣の棚から一冊の本を取り出した。


 そして、俺の隣に座り直した。


 近い。


 肩が触れそうな距離だった。


「……ヴィオレッタ」


「何?」


「いや、何でもない」


「変なシオン」


 彼女は楽しそうに笑った。


 俺は深呼吸した。


 ……落ち着け。


 今までだって、何度も隣に座ったことはある。


 それなのに、今日は妙に意識してしまう。


 しばらく、二人で本を読んだ。


 静かな時間が流れる。


 やがて、ヴィオレッタが口を開いた。


「ねえ、シオン」


「何だ?」


「昨日のこと、覚えてる?」


 俺は顔を上げた。


「もちろん」


「……そう」


 彼女は少しだけ微笑んだ。


「私、昨日は本当に楽しかったわ」


「俺もだよ」


「また、ああいう時間を過ごせたらいいなって思うの」


 俺は彼女を見つめた。


 ヴィオレッタは、まっすぐこちらを見ていた。


「……俺も、そう思ってる」


 そう答えると、彼女は嬉しそうに笑った。


 その笑顔を見て、俺は決めた。


 今夜。


 ちゃんと伝えよう。


     ◇


 夕方。


 俺はヴィオレッタを王城の庭園へ誘った。


 昨日とは違う、王城の内側にある静かな庭園だ。


 王族や招待客だけが利用できる場所で、一般の人々は入れない。


 レティシアには、庭園へ行くことを伝えてある。


 護衛も、庭園の入口で待機してくれることになった。


 日が沈み始める頃。


 俺は先に庭園へ向かった。


 石畳の小道を進み、噴水の近くで立ち止まる。


 ……緊張する。


 これまで、魔物と戦ったこともある。


 命の危険を感じたことだって、一度や二度ではない。


 それなのに、今はそれ以上に落ち着かない。


「……情けないな」


 俺は小さく笑った。


 しばらくして、足音が聞こえた。


「シオン」


 振り返る。


 ヴィオレッタが立っていた。


 金色の髪には、昨日贈った髪飾りが留められている。


 夕日に照らされ、青い石が柔らかく輝いていた。


「待たせた?」


「いや、俺も今来たところだよ」


「そう?」


 彼女は微笑んだ。


「それで、話って何かしら?」


 俺は一度、息を吸った。


「……少し歩かないか?」


「ええ、いいわよ」


 俺たちは並んで歩き始めた。


 庭園には、色とりどりの花が咲いている。


 小さな噴水の音が、静かに響いていた。


 しばらく、他愛のない話をした。


 学園のこと。


 仲間たちのこと。


 リューデンでの出来事。


 だが、俺の頭の中では、別の言葉が何度も浮かんでは消えていた。


 やがて、ヴィオレッタが足を止めた。


「……シオン」


「ん?」


「何か、言いたいことがあるんでしょう?」


 俺は驚いた。


「……分かるのか?」


「分かるわよ」


 彼女は少し笑った。


「今日はずっと、何か考えているみたいだったもの」


 俺は苦笑した。


「……そんなに顔に出てたか」


「ええ。少しだけね」


 ヴィオレッタは俺を見つめた。


「でも、無理に話さなくてもいいのよ」


「いや」


 俺は首を横に振った。


「ちゃんと伝えたいんだ」


 彼女の表情が変わった。


 俺は一歩、彼女の方へ向き直った。


     ◇


「ヴィオレッタ」


「……何?」


 彼女は静かに答えた。


 俺は言葉を探した。


 難しい言い回しはいらない。


 飾った言葉も必要ない。


 ただ、自分の気持ちを伝えればいい。


「俺は、ヴィオレッタと一緒にいる時間が好きだ」


 彼女は黙って聞いていた。


「学園で話しているときも、研究をしているときも、こうして二人で歩いているときも」


 俺は一度、息を吸った。


「気づいたら、いつもヴィオレッタのことを考えてる」


 彼女の頬が、少しずつ赤く染まっていく。


「……シオン」


「昨日、庭園で話しただろ」


 俺は続けた。


「これから先の未来に、ヴィオレッタもいてほしいって」


「……ええ」


「あのときは、うまく言えなかったけど」


 俺は彼女の目を見た。


「俺は、ヴィオレッタが好きだ」


 言葉にした瞬間、胸の奥が熱くなった。


 だが、不思議と迷いはなかった。


「友達としてだけじゃない」


 俺は続けた。


「これから先も、ずっと一緒にいたいと思ってる」


 ヴィオレッタは目を見開いていた。


 その瞳が、わずかに揺れる。


「……だから」


 俺は一歩、近づいた。


「俺と、付き合ってほしい」


 しばらく、沈黙が続いた。


 風が吹き、花びらが舞い上がる。


 ヴィオレッタは何も言わなかった。


 俺は少し不安になった。


 もしかして、急ぎすぎただろうか。


 そう思ったとき。


「……ずるいわ」


 彼女が小さくつぶやいた。


「え?」


「シオンって、本当にずるい」


 ヴィオレッタは俯いた。


 その肩が、わずかに震えている。


「私、ずっと待っていたのよ」


 俺は息をのんだ。


「……ヴィオレッタ?」


「いつか、シオンが気づいてくれるんじゃないかって」


 彼女はゆっくりと顔を上げた。


 その瞳には、涙が浮かんでいた。


 だが、表情は笑っていた。


「私も、シオンが好き」


 胸の奥が、大きく跳ねた。


「……本当に?」


「ええ」


 ヴィオレッタはうなずいた。


「ずっと前から、好きだったわ」


 彼女は少し照れくさそうに笑った。


「だから……こちらこそ、よろしくね」


 俺は思わず息を吐いた。


 緊張していた身体から、力が抜ける。


「……よかった」


 そうつぶやくと、ヴィオレッタが笑った。


「そんなに心配だったの?」


「……かなり」


「ふふ。シオンでも、そんな顔をするのね」


「そりゃ、するよ」


 俺たちは顔を見合わせた。


 そして、自然と笑い合った。


     ◇


 しばらくして、ヴィオレッタが小さく手を差し出した。


「……ねえ、シオン」


「何?」


「手、つないでもいい?」


 俺は少し驚いた。


 だが、すぐにうなずいた。


「もちろん」


 俺は彼女の手を取った。


 柔らかく、温かい手だった。


 ヴィオレッタは少しだけ指に力を込めた。


「……こうしていると、不思議な感じね」


「そうだな」


「昨日までも、ずっと一緒にいたのに」


「ああ」


「でも、今日は少し違うわ」


 彼女は微笑んだ。


「……嬉しい」


 俺も同じ気持ちだった。


 言葉にすることで、こんなにも変わるものなのか。


 彼女の手を握りながら、俺はそう思った。


「ヴィオレッタ」


「何?」


「これからも、よろしく」


「ええ」


 彼女はまっすぐに俺を見た。


「こちらこそ、シオン」


 そして、少しだけ俺に近づいた。


 肩が触れる。


 彼女はそのまま、俺の腕にそっと寄り添った。


 俺は何も言わず、その温もりを受け止めた。


     ◇


 庭園を出る頃には、すっかり夜になっていた。


 王城の廊下を歩いていると、向こうから見覚えのある二人がやってきた。


 カイルとディーンだった。


「お、シオン!」


 カイルが手を振った。


「どこ行ってたんだ?」


「ちょっと庭園まで」


「へえ」


 カイルは俺を見た。


 次に、ヴィオレッタを見た。


 そして、俺たちの手元へ視線を落とした。


「…………」


 沈黙。


 俺は、まだヴィオレッタと手をつないでいることに気づいた。


 だが、離す理由もない。


 ヴィオレッタも、手を離そうとはしなかった。


 カイルの口元が、ゆっくりと持ち上がる。


「……お前ら」


「何だよ」


「ついに?」


 俺は少し照れくさくなった。


 だが、隠すつもりはなかった。


「ああ」


 俺はうなずいた。


「付き合うことになった」


 カイルは目を見開いた。


 そして――。


「おおおおおっ!」


 廊下に響くほどの声を上げた。


「やっとかよ!」


「声が大きい!」


 ディーンが慌ててカイルの肩をつかむ。


「だってよ! ようやくだぞ!」


「分かったから静かにしろ!」


 俺は思わず笑った。


 ヴィオレッタも、隣で笑っている。


 ディーンはため息をついた。


「……まあ、おめでとう」


「ありがとう」


「ヴィオレッタも、おめでとう」


「ありがとう、ディーン」


 彼女は嬉しそうに答えた。


 カイルはまだ興奮していた。


「これはリシアたちにも知らせないとな!」


「おい、待て!」


 俺が止めるより早く、カイルは廊下を走り出した。


「リシアー! エリオットー!」


「……あいつ」


 ディーンが頭を抱える。


 俺とヴィオレッタは顔を見合わせた。


 そして、同時に笑った。


「……大変なことになりそうだな」


「ふふ。そうね」


 ヴィオレッタは俺の手を少し強く握った。


「でも、私は嬉しいわ」


「俺もだよ」


 俺たちは、並んで歩き始めた。


     ◇


 その夜。


 王城の執務室では、エレノアが新たな報告を受けていた。


「……グランツ商会の倉庫から、追加の資料が見つかったのですね」


「はい」


 報告に来た警備隊員がうなずいた。


「地下搬入口の先で、複数の輸送記録を発見しました」


「内容は?」


「発掘品の移送先が記されています」


 エレノアは書類を受け取った。


 そこには、王都周辺の地名がいくつも並んでいた。


 その中に、一つだけ不自然な記載があった。


 ――旧王立天文台。


「……ここは」


 エレノアの表情が変わった。


 旧王立天文台。


 数十年前に閉鎖された、王都郊外の施設だ。


 現在は使用されていないはずだった。


「この場所にも、荷物が運ばれていたのですか?」


「はい。少なくとも、過去半年で十数回の記録があります」


 エレノアは書類を見つめた。


「……ヴァルターを呼んでください」


「承知しました」


 警備隊員が部屋を出ていく。


 エレノアは窓の外へ目を向けた。


 王都の夜景が広がっている。


 研究院の内通者。


 グランツ商会。


 そして、旧王立天文台。


 少しずつ、秘密組織の活動が明らかになり始めていた。


「……必ず、突き止めます」


 エレノアは静かにつぶやいた。


 その声には、王女としての強い決意が込められていた。


 王都の夜は、静かに更けていった。

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