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公爵令嬢は表舞台に現れる

お待たせしました。

シャリアのお話が再び始まります。




ヴァルク子息(あの人)はヴァルク籍から抜かれて平民落ちになったのですよね。」



あれから身ごもった平民の女性と共にある場所へ追放されたと聞いた。

罪はないが子供も同じように平民として生きることを余儀なくされたのだ。



思い出すのは最後に私を怯えた目で見上げていたあの表情。

愛欲にまみれた彼の目がそれに変わった瞬間は高揚する感覚さえあった。



「私は冷たい人間なのかもしれません。」



元婚約者にもその子供にも同情を寄せることは未だ出来ていないのだから。



裏切ったと言えばカルティエも同じですが―――。




漏れたため息は夜風に溶けていく。




国王は次の婚約者に鷹を連れて来ると言っていた。

鷹のような人物とはどのような人だったのだろう。



霞んだ月を見上げる。




――あの立ち姿。

  濡れたような黒髪に、真剣な菫色の瞳。


凛々しい貴方は鷹に似ているかもしれませんね。



「なんて.....。」




(「愚かな女。」)




呟いた言葉は声にならない。


薄笑いを浮かべ瞳を閉じる。



夜の肌寒さがほんのりと腰に温もりを感じさせた気がする。





――――――





「シャリア。今日はどうだったかい?」



屋敷の裏庭で弓の片づけをしていると父が様子を見に来た。



「全部的中でした。アヴァンもご機嫌で。」



隣で耳をパタパタと動かしてこちらの会話を聞いている白馬。



「少し待っていてくださいね。後でブラッシングしてあげます。」



アヴァンに声をかけると嬉しそうに頭を上下に揺らす。



「アヴァンが来てからもうすぐ6年か。」



私が14歳になる年、社交界デビューを拒んだことを父は責めはしなかった。

公爵家の令嬢がデビューしなかったことは色んな憶測や悪評が流れるはずなのに。



そんなある日、父は一頭の子供の白馬を連れてきた。

それがアヴァンである。


動物と接することで癒しや命の重さを知る以外にも、活発的になれるようにという想いもあったのかもしれない。



私はアヴァンが3歳になった頃から騎射をするようになった。

アヴァンの背中で駆けながら的を射ぬくのは、楽しみの一つになっていた。



「そうですね。本当は広い場所で駆け巡らせてあげたいのですが、、、。」



アヴァンの背中に手をおいてその黒目を見つめる。

彼の現状を想うと悲壮感が募る。



「では、3日後の狩猟会に連れていくかい?」


「迷惑になりませんか。」



確かに狩猟会では馬や犬を連れて行きはするが、アヴァンはしばらく待機させないといけない。

人見知りな性格に加えて見知らぬ土地になるため手もかかりそう。



「陛下に許可を得れば問題ない。これぐらいのことを断ったら――。」



そうやってぶつぶつと言葉を続ける父は悪い顔をしている。


陛下は父に何かしたのでしょうか。



「狩猟自体は昼で終わるから多少走れるだろう。」


「そうですか。もし陛下のお許しがあるならアヴァンも。」



尻尾を動かし、足踏みをするアヴァン。



「ふふ、まだよアヴァン。一緒に行けるといいわね。」



今からでも走る準備が出来ているとアピールするアヴァンをなだめる。

そんな私達を父はにこやかに見ていたが「それで。」と言葉を紡いだ。



「狩猟会にシャリアが参加することは王家しか知らない。」



時たまフィオネ王女と交わしていた手紙の一文を思い出す。



――狩猟会でお会いするのが楽しみです。



それが直近最後の手紙の内容。




「他家に不意をつかせるということですか。」


「ああ。シャリアを婚約者にと言ってくる家も多く参加しているからな。事前に根回しされると面倒だ。」


「言い寄ってくる者は牽制しますのに。」


「まあ、そういう問題でもなくてな、、、。」



言い淀む父が何を杞憂しているかは判断つかない。



「何かあるのですか。」


「いや、これは私の問題だ。」



婚約のことで何かあったのでしょうか。

それならどうして公爵である父が悩んでいるのでしょう。



ぱっと頭に浮かんだのは最も避けたい事案であった。



“王太子との婚約――。”



まさかそんなこと。

私はもうすぐ20歳ですし、いくら王太子に婚約者がいないといっても。



だがキャベリア国は一夫一婦制。

それ故結婚に慎重なところがあり婚姻が遅いのは珍しくない。

国王陛下も20歳過ぎで婚姻したはず。


家柄的に釣り合うフォンゼル公爵令嬢を王妃にと――。



そこまで考えてアヴァンの額を撫でている父を見る。



いえ考えすぎでしょう。

私は引きこもり令嬢ですし、いくらフォンゼル公爵の娘だからといって王妃には相応しくありませんもの。



そう思ったもののはたと気付く。



フィオネ王女への随行は私を表に出す手段だったら?

陛下が王太子との婚約をずっと待ち望んでいたら?


あらゆる名家を差し置いて引きこもり令嬢の私を随行に指名したのも納得する。





手入れの終わった弓の隣にある矢を手に取る。




―――独立祭へ行くまでに悩みの種が増えようとは、、、ね。






セネルはシャリアの背中越しにその矢を見つめていた。







――――――





王家の所有する森が狩猟会の開催場所。

澄んだ青空は木々の緑を映えさせている。



「これは天候に恵まれましたな。」


「絶好の狩猟日和とは流石の王家主宰。天までも味方にされておられる。」



王家に招かれた名だたる家が雑談している中で続々と馬車が到着している。



「おや。フォンゼル公爵殿の馬車ではないか。」



誰かが声を上げると自然と視線は羽の家紋が入った馬車に集まる。



王家から賜った羽の家紋は鷹の羽を意味している。

鷹は王家のみが管理を許される高貴な鳥である。

それを家紋に賜ったフォンゼル公爵家がどれ程王家に信用されているのかは一目瞭然であった。




ガチャ――



従者が扉を開くとフォンゼル公爵が下りてきた。



彼を迎えようと歩み寄った者らの足が止まる。




馬車へ向いた公爵の差し出した手に重ねられたのは白く細い手。

肩から垂れたのは陽射しに煌めく銀髪だった。

その女性は綺麗な空色の瞳を柔らかく細め、口元は弧を描いている。




――まさか彼女は。




名だたる家の当主、子息が静かに息を飲む。



「とても心地よい天気だねシャリア。体調はどうだい?」


「ええ。今日は幾分調子が良いですわお父様。」




(深窓のご令嬢と言われているシャリア令嬢ではないか!)


(来ると聞いていたか?)


(いや私は聞いていない。)


(同じく私も。)



お互いに確認を取る彼らは、鳩が豆鉄砲を食らったような気持ちだった。



(こんなことならもう少し息子に気合を入れさせてきたのに。)



婚約者のいない子息を持つ者らはそろって後悔していた。



だが仕方ない。

セネルと、そして何より国王陛下がシャリアの参加を秘匿させていたのだから。




「フォンゼル公爵殿。本日は良い天気で。してこちらのご令嬢は――。」



声をかけたのはエネット公爵である。

家柄的に同等の彼が先陣を切ったのは妥当なところではある。



「エネット公爵。すまないが陛下に呼ばれているのだ。後でよろしいかな。」


「そうですか。では。」




ぞわっとした驚きが周りの者らに走った。



(真っ先に陛下が呼び出しておられるとは、もしや陛下はフォンゼル公爵令嬢を王妃に――。)




危機感や諦め、闘志を抱いた貴族らの横を二人は通り過ぎて行く。






このように表舞台に出るのは約20年振りだなんて。


突き刺さる視線や囁き声も随分と久しぶりですね。

私も随分と殻に閉じこもっていたものです。



かつて「王女の鏡」と評された私が生まれ変わり、引きこもり令嬢になるとは誰も思わないでしょう。



視線の先を捉え、自らを鼓舞する。





シャリアの先には国王陛下と王家の者らが立っていた。







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