番外編:セシリア王女の婚約破棄(ある記憶たち)
番外編です。
セシリアは知らないある記憶を少し覗いてみましょう。
せっかく王家主催の舞踏会に来たというのに。
人混みの奥で何やら騒ぎ出したある男に舞踏会は静まり返った。
ランゼル王太子を馬鹿にした発言を悪びれもなくしているのは王女の婚約者らしい。
婚約者だと主張していてもそれに釣り合う言動が出来ていない。
ルイフェルという者は一体何がしたいのか分からん。
王女の婚約者というのは家柄と人格を重要視するのではないのか。
あれは絶望的に人格が欠けているのだが。
王家も王女も何を考えているのか。
しまいには王家の人事に口出しし、体調の悪い王女を連れて来いと騒ぎだす。
愛しているだの愛されているだの主張する割には、王女を労る素振りもないのは笑わせてくれる。
例え王女がここに来ても好奇な目に晒されるし、来なくても責任追及されるのは避けきれない。
どうするのか。
扉が開き聞こえたのは一人の足音。
白い腕章を付けた黒髪の男。
王太子に跪くと「独断で王女を休ませている。」と言った。
王女に対しての囁き声が騎士への批判へと変わる。
流石、若くして王女付きを任されているだけある。
王女を守るには一番の方法だろう。
ここに連れて来ない、かつ批判を避けるには知らせないという判断が正しい。
この賢さを理解出来るのは一体どれぐらいいるのだろうな。
国王も現れ事態は収拾するかと思いきや婚約者の爆弾発言。
「マグルド、君はセシリア様と深い仲なのだろう?」
騎士へのやつ当たりにしては言葉を間違えたな。
王女までも貶めているが。
こんな婚約者を持つのは不遇ではあるが、王女も今日まで何をしてきたんだ。
優秀だと聞いていたが所詮噂か。
扉が開き、間が空いて聞こえたのは足音。
床から伝わるその音は脚を震わせ、聴衆を黙らせてゆく。
人混みの中から現れたのは美しい王女だった。
厳密に言えば私は王女の姿を知らない。
だが、彼女こそが王女であると分かった。
国王に向けた最高礼。
あれ程洗練された礼は初めて見た。
そしてこちらに振り向き、皆を見渡す王女。
白い髪は滑らかで真珠の輝きを彷彿とさせる。
その立ち姿はどこか神秘的な感じさえ漂わせていた。
ふと王女の深い青色の目と合う。
吸い込まれような青に思考が停止する感覚に陥る。
王女は私に気付き礼までしてみせた。
冷静で余裕まであるとは面白い。
会場の皆が王女の言動に目を奪われていた。
そのような中、最初に何をするのかと思えば婚約者の代わりに頭を下げた。
一国の王女が侯爵子息のために頭を下げた?
いくら婚約者といえ、たかが数ある貴族の中の子息だ。
まさか謝るとは意外すぎて周りも王女に釘付けだ。
貴族を尊重する姿勢に雰囲気は王女擁護へと変わる。
頭を上げた顔は毅然とし、場を支配する王女の姿。
上に立つものとしての自覚が彼女を王女として君臨させている。
近くにいたあの王女付きの騎士を紹介すると功績を称えた。
婚約者の爆弾発言のせいで騎士に不名誉な汚名を着させたくなかったのだろう。
自分の名誉よりも騎士の名誉を優先し、王族として騎士を称える言動は会場の騎士達も感激している。
まあ、あえて直接的に関係を否定しないのは得策だ。
婚約者の発言は気にも留めていない、戯れ言ですよとする方が余計な詮索もないだろう。
現に聴衆も戯れ言だと思っていそうだ。
最後に婚約破棄ではなく白紙にすると言うと、再び礼をする。
拍手の巻き起こる会場は王女のための舞台に見えた。
まだ諦めの悪い元婚約者。
「心に正直になれ。」と言うのは間抜けすぎて。
扇子を男の口に向ける王女は冷えた目をしている。
その扇子が剣に見えたとは私の目はおかしくなったのか。
そのまま男へ向けた王女の発言から思慮深さを感じる。
無礼な子息にも関わらず侯爵への恩赦までするとは脱帽ものだ。
王族として正しい対応をしたと称賛されるべきだろう。
いくら無礼であっても侯爵子息を一方的に断罪してしまえば、後々貴族からの反発も起きて王家の信用が失墜するかもしれん。
王女は場を鎮めるにはどうすべきか、王家として何をすべきかが見えていたのだ。
王子でさえここまで出来る者は僅かだろう。
ましてや王女がこのような優秀さだ。
イリージア王国はもっと強固な地位をこれから固めていくのだろうな。
ここまでイリージアの王女が優秀だと思ってもみなかった。
「これは失礼致しました。アトラム王太子殿下。わざわざキャベリア国からいらして頂いている中。お恥ずかしい限りです。」
「何を申されますかランゼル王太子殿下。このように素晴らしいものを見せていただきまして感謝したいところです。セシリア王女殿下は噂以上のお方ですね。」
「まあ、それ故困ったことも。」
「婚約者探しですか?」
「ええ。」
ホールにいる王女には、婚約者の座を狙おうとする子息らがダンスに誘おうと意気込んでいる。
「ダンスの申し込みでも致しましょうか?」
占領下の国ではあるがイリージアとは有効な関係も築けているキャベリアの王太子であれば、貴族らも気が引けるだろう。
私の提案に王太子は驚いたがすぐに笑われる。
「そんなことをすれば妃に嫌われるぞ?」
数年前キャベリアに留学していた頃のランゼルが垣間見えた。
「はは。そうだな。それは困る。機嫌を直すのに手を焼くのだ。」
「相変わらずだな。子息は元気か?」
「ああ、1歳になったところだ。私の息子が大きければ是非にセシリア王女をと申し込んだのにな。」
「セシリアを王妃にか?」
「降嫁させるのにはもったいなさすぎる。うちの王妃に欲しいぐらいだ。」
「それが問題なんだよな。」
悩ましげに言う彼に「何が。」だと聞くと言葉を濁す。
「そういえばあの呪文のようなものはなんだったんだ?」
「黄色い花がーというやつか。聞いてはみたんだが秘密ですと言ってな。」
「婚約者の様子からして相当な弱味だな。」
「だろうな。」
弱味をしっかり握っている王女のしたたかさには肝が冷えそうだ。
「結局のところ次の婚約者の目処はたっているのか?」
「いるのはいるんだが、生真面目すぎてな。」
王女の方に視線をやりつつどこかを見ている。
私もそれに気付いてにやりと笑った。
「宝の持ち腐れというやつか。」
「そういうところだ。何かきっかけがあれば変わるかもしれないが。」
「セシリア王女に娘が生まれたらよろしく頼むよ。」
「はあ。どうだかな。」
・・・・
イリージア王国王太子と仲睦まじく会話しているアトラム殿下を後ろで見守っていると声をかけられた。
「ねえ貴方。私達に女の子が産まれた時につけたい名前決めましたわ。」
綺麗な銀髪を結い上げて空色の瞳を優しく向けるのは私の妻。
多忙で新婚らしい生活ができていない私達に、アトラム殿下は「今度イリージア王国へ一緒に来たらいい。」と言って手筈を整えてしまった。
騒ぎが起きた当初は連れて来ないほうが良かったかと思ったが、今は楽しそうにしている。
「どんな名前だ?」
「それは生まれた時まで秘密です。」
妻の妊娠が分かったのはその数週間後のことであった。
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次回からは現世でのお話に戻ります。
新たな登場人物にシャリアは翻弄される、、、かも。




