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回想:セシリア王女の婚約破棄6

今回も少し長めです。

セシリアの婚約破棄編最後になります。



聴衆に振り返る様は実に見事な美しさであった。


白く澄んだ髪は王女の動きに華を持たせるように背中でなびいた。


すぐに言葉は発っさずに聴衆をゆっくりと見渡す。

深い青き瞳がある一点を見た時、王女は軽く礼をした。

しかし視線の先を追う者はいない。

王女の全てに目を奪われれていたためだ。



・・・




空気が変わりましたね。

皆が私の言葉を待っているのが分かります。


それでは始めましょうか。

貴方は私の人生から退場していただきます。



「皆様、今宵はお集まりいただき感謝申し上げます。イリージア王国王女、セシリア・ルーエ・ジゼットです。こちらは私の婚約者でございます。」


右側にいるヴァルク子息を手で示して間を置く。


「、、セシリア様。やはり私のことを――。」


そんな言葉を言わせるためにわざわざ紹介した訳ではないのですけれど。


心でため息をつく。

続く言葉は聞く必要もない。

ヴァルク子息に見向きもせず言葉を続けた。


「彼はルイフェル・ヴァルク侯爵子息です。こたびの騒動、彼に代わり深くお詫び申し上げます。」


頭を数秒間下げる。

耳鳴りが聞こえる程の静寂さ。



婚約者といえど一国の王女が侯爵子息のために謝るなんてありえないことでしょうね。


自分の足元を見ながらほくそ笑む。


全ては貴方を追い詰めるため。

私が真摯に誠意をもって対応すればする程、貴方の非礼さが際立って私には釣り合わないと皆が思ってくれます。


腹黒い?

私は王女ですから。

王女に相応しくない貴方を排除できるのなら、私の武器全てを駆使致しましょう。



静寂の余韻を堪能するように顔を上げる。


ほら、聴衆の目が私に味方しています。




「マグルド、君はセシリア様と深い仲なのだろう?」


先程会場に反響していた貴方の戯れ言。


カルティエへのやつ当たりも醜いものです。

彼と彼の家だけでなく、私のことまで貶めていることに気付いていないのでしょうね。


ですが、私のことはあまり問題ありません。

私は「王女の鏡」と評されているのですから。


許せないのはカルティエと先代子爵らの功績に傷を付けること。

先代子爵も私の護衛をしていていました。

その立ち姿もどこか先代の面影がありますね。

彼は私が知るなかで最も優れた騎士でした。


「こちらの騎士はマグルド・カルティエ子爵です。」


今度は左側にいるカルティエを手で示す。

私の言葉を理解しカルティエは身なりを正して頭を下げた。


それでこそ王女付きの騎士です。


彼から目を離して聴衆へと語りかける。


「彼は私の護衛騎士として立派にその責を成し遂げております。先代のカルティエ子爵も私の護衛を務めていただきました。そして先の内戦で王国のために命を捧げた方です。長年王家に献身的に仕えている騎士を貶めることは王族として恥ずべきことです。」


関係を否定しないのか?

あえて触れる必要はありません。

私は「王女の鏡」で彼は「立派な騎士」。

これさえ証明すれば婚約者のいる王女が騎士に身体を許した、騎士が王女に手を出したなどと思う者はいません。

二人は王女と護衛騎士の関係でしかない。ただの婚約者の血迷った戯れ言だと。



そうはいっても私の心に不純なものがあるのは確かに間違ってはいませんね。

ずっと彼への想いを押し殺してきたのです。

白き腕章が彼の腕に在り続ければ主従関係であっても近くにいられる。

この些細な願いさえも貴方は踏みにじったのです。


どこまで私を怒らせれば気が済むのでしょうか。

もう私は我慢致しません。


14歳から王族として自分を奮い立たせ、ずっとこの時を待っていました。

予定より早まったのは貴方自身のお陰です。



この言葉を、この瞬間を噛み締める。



「王女の婚姻は王国のために相応しいものでなければなりません。

私が婚姻した家は王族の権威を間接的にも受益するためです。

よって私セシリア・ルーエ・ジゼットとルイフェル・ヴァルク侯爵子息の婚約は()()()()としますことをご報告させていただきます。」



国王はセシリアの背中を見つめる鋭い眼光はそのままに口角を上げる。


「我がジゼット王家、そしてイリージア王国にこれからもたゆまぬ献身をお願い致します。」


ふわりと腰を落として聴衆に敬意を見せる。

顔には王族の笑みを浮かべる。



これで貴方は終わりです。



頭の中でチェスピースを置いた音が鳴った。




誰もがその笑みと言葉を噛み締めるかのように一呼吸の間が流れた。

そして王女の誠意ある対応に歓声と拍手が巻き起こる。



「駄目だ!駄目だ!セシリア様。私達は相思相愛なのだから。結婚しよう?」


拍手の中でルイフェルが抵抗する声を上げても誰も興味は持たない。



まだそのようなことを言うのですか。

()()()用意してくれたのですよ。この舞台を。

分かっていらっしゃらないの?


私は歓声や拍手に応えるように前を向いて笑みを携えていた。



「王国のために自分の想いに蓋をして苦しい思いをすることはないんだ!」



その言葉はしっかりと私の鼓膜を揺らした。

顔から笑みが消える。



王女の表情の変化に聴衆は口を閉じ、手を下ろした。



右側に立っていた元婚約者に顔だけを向ける。

私に見られたことが嬉しかったのか笑顔で腕を広げた。


「ね?セシリア様。ほら心に正直になって――。」



私の足は彼へと引き寄せられていた。


彼のその腕に飛び込む、、、はずありませんでしょう。



その醜い口へと扇子を差し向ける。


風を切るような速さに彼の茶髪が僅かに揺れた。



王女が向けたのは扇子。

もしそれが本物の剣であったならば今頃男の首をはねていただろう。

そう誰もが思う程の光景であった。



「ヴァルク子息。なぜ私が貴方の代わりに頭を下げたのか分かりますか。なぜ貴方の非礼さを罵らないか分かりますか。なぜ破棄ではなく一度白紙にすると言ったか分かりますか。

私はこの国の王女で、貴方がヴァルク侯爵の子息だからです。」


「え、私はただセシリア様に。」


本当に何も考えていないのですね。


「王族は自国の貴族を尊重せねばなりません。ここにお集まり頂いた皆様に迷惑をかけるのはあってはならないことです。

例え貴方がどんなにランゼル王太子に対して私に対して非礼を行おうとも、貴方は王国に貢献して下さっているヴァルク侯爵の子息です。

貴方を王太子も私も無闇に咎めていないのは全てヴァルク侯爵家故。

本日いらしていない侯爵に免じて名誉挽回の機会を残すためです。

彼は侯爵として素晴らしいお方ですから。」


王家に婚約破棄を一方的に宣告され、子息を見世物のように裁かれたとなれば家名に傷が残る。

それを一度婚約を白紙にと言うのみに留めたのは侯爵に対する恩赦。


決して貴方のために遠慮したのではありません。

穏便に王族らしく慈悲をもって対処することが、一層私の名誉を高めて守ってくれるからです。


きっとヴァルク侯爵は自らの手でルイフェルを裁くでしょう。それが彼に残された唯一の名誉挽回の機会です。


目を閉じる。


(「セシリア殿下。光栄にも私の子息と婚約していただきましたが、我が息子は心配なところがありまして。成人なされるまでに息子が殿下の夫として至らなければ、この話はなかったことに。」)


ヴァルク侯爵の功績故に結ばれた婚約。

ルイフェルの成長を期待して設けられた期限。

貴方はこのチャンスを無駄にしたのです。



「それに比べ、、。」


私と目が合うと彼は身体が震えだした。

そんなにこの目は怖いですか。

貴方を軽蔑する目は。


「本当はこの場で貴方を断罪してもよろしいのですよ。私は色々と貴方のことを知っておりますから。」


私が王女でなければ回りくどい配慮などはせずに、最初から貴方を断罪しておりました。


一つ一つこれまでの非礼を列挙し、如何に愚か者であるかを証明してあげましたのに。


「なっ、何を言っているのですか?セシリア様。」


これは貴方がばれたくないこと。

そして私もばれてほしくないこと。

ですが貴方を絶望の底に落とすには一番のこと。


いわば「諸刃の剣」。



扇子を口元で開くと目を細める。


「北の黄色い花、西の森の木、東の赤いレンガ、南の青い橋。確か黄色い花には蕾が――。」


呪文のようで誰も理解出来ないでしょう。

一人を除いては。


ああ、青ざめた顔は今にも崩れ落ちそう。


「、、ど、どうして、、。」


分かって下さって良かったです。

分かっていただけないと困りましたもの。


(「北の黄色い花壇の家、西の森の木の家、東の赤いレンガの家、南の青い橋の向かいの家。確か黄色い花壇の家の住人は妊娠を――。」)


庶民に手を出しているとは。

これほどの愚息をもったヴァルク侯爵には同情を寄せます。


これは私とヴァルク侯爵のみが知ればいい事実。

婚約者が庶民に手を出して妊娠までさせているなんて不本意にも私の名誉に関わってくるでしょうし。


墓場までもっていってくださいね。


「で、でも違う。全部セシリア様のためで――。」


まだ弁解できると思っているあたりが中身のない卵なのです。


「ヴァルク子息。セシリア殿下と呼んでくださいますか。私はイリージア王国()()で、貴方は()()()()なのですから。それと――。」


彼の耳に口を寄せる。


「……。」



聴衆は扇子に隠された王女の口元が何を述べたのかは分からない。


パンッと扇子を閉じた王女にルイフェルは腰を抜かす。


(「私が貴方ごときを愛しているですって?心に正直になりなさいと言ったのは貴方ですよ。」)


彼の頭には氷よりも冷たいセシリアの言葉が響いていた。



――――あの穢らわしい目がやっと消えたようで嬉しいですよ()()()()()


そして彼の双眼にしか映っていないセシリアは、王族らしからぬ笑みを携えていた





「連れていけ。」


国王の言葉に騎士が動く。


騎士に立てと言われてもルイフェルは魂が抜けた顔で座り込んだままであった。


両脇を抱えられて引きずられるように退場するルイフェルに、聴衆は幕引きの拍手代わりに心で嘲笑った。





「では皆。舞踏会を。」


国王の言葉を皮切りに舞踏会は再び始まる。







ご覧いただきありがとうございました。

次回は婚約破棄にまつわる番外編的なものを予定しています。


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