回想:セシリア王女の婚約破棄4
今回はいつもより少し長めです。
本日は16時にも続きを更新します。
もう戻らなければならない頃合いですね。
椅子から立ち上がり扉の向こうの存在を確かめる。
扉を開けるとカルティエではなく同じ王女付き騎士のリダとユアンがいた。
カルティエは王女付き騎士の筆頭を務めているので私から離れるのは有事の際だけ。
「何かありましたの。」
リダは「何もございません。」と言うがそんなはずはない。その視線は何とも落ち着かない様子。
「殿下はこちらでお休みになられていてください。」
ユアンは平坦な声で言うものの納得はできません。
「カルティエが私から離れたのは、私に関わる重大な問題が生じたからでしょう。当事者の私に黙っているのは許しません。」
二人の目を正面から見据えて有無を言わさずその口を割らせる。目を合わせた彼らは意を決したように私を見る。
「それが――――。」
ユアンの口から出た言葉に冷静を装うことを忘れ目を見開く。
「セシリア殿下!」
後ろから呼び止められる声も気にせず走り出す。
王女として相応しくないことは分かっております。
けれど今は気にしている余裕などありません。
無理やり締め上げたコルセット、不安定なヒール、慎ましい歩き方、淑女の鎧である全てが今は錘でしかない。
・・・
今頃ダンスを奏でる音楽が鳴っているはずの会場は物音一つしていなかった。
扉の前に控えている騎士の姿もない。
「マグルド、君はセシリア様と深い仲なのだろう?」
沈黙を切り裂いて反響したのは私の婚約者の言葉。
会場にいる者達は喜劇を見に来た観客のように各々控えめではあるが声をもらした。
驚嘆、穢らわしいと咎めるもの、茶化すような声達。
深く息を吸い込み、この鎧に剣を携える。
「「淑女たる王女。王女たるセシリア。」」
この所以は私がこの鎧を纏っているからです。
剣はこちらの扇子でありましょうか。
パチンと眼前で扇子を閉じれば、私の口元は引き上がる。
―――貴方が始めたことですのよ、ヴァルク子息。
両扉の開き戸に両手を押し付け力を加えていくと、音を立てて広がる光は私を照らす。
なんとまあ。
押し寄せる波のような数百人の視線を一身に浴びる。
王族の笑みを一瞬浮かべ、ただ前を見据えて一歩を踏み出す。
カツッ――
岩を打つか如く足音は立つ者の脚を震わせ、道は岩に割かれる川となって拓かれていく。
カツッ
私はイリージア王国王女。
カツッ
誰よりも優雅に、誰よりも気高く。
カツッ
それに傷など――。
カツッ
観客によって弧を描いていた中心で立ち止まり、足をそろえる。
流れるように右足を後ろに引けば右手を左胸に、左手は優雅にスカートを広げ、頭とともに膝を深く曲げる。
壇上にいる父へ最高礼を示す。
「よい。」
たったの二言が場の空気を振動させた。
面を上げれば椅子に座るはイリージア国王。
「陛下。私セシリア・ルーエ・ジゼットにこの件、任せてはいただけないでしょうか。」
婚約者の失態は、王女の失態。
尻拭いも当然私の務め。
「ほう。まだ期限ではないぞ?」
「温めてきた卵の中身が空であれば、もうこの先ふ化することはございません。割ってしまえばよいのです。」
「ははは。そうか。そうか。では私は次の卵を見つけねばならんな。」
「出来れば既に羽を持つものを所望したく。」
「それならば鷹がよいだろう。分かった。この一件任せよう。」
「感謝申し上げます。陛下。」
私の名誉はそう簡単に揺らぎません。
貴方のような者が穢れさせられるはずないのです。
まさか貴方からこの機会を与えていただけるとは。
感謝しますよ。
この時を首を長くして待っておりました。
痺れる感覚の手足の先までを彩るように。
ダンスのターンの華麗さだけを残して踵を返す。
ランゼルお兄様。
カルティエ。
そしてヴァルク子息。
まるで盤上に残ったチェスピースのようね。
さて、チェックメイトをいたしましょうか。
それは女王が魅せた盤上の一手。
・・・
遡ること数刻前。
イリージア王国王太子ランゼル・フィア・ジゼットはある辺境伯夫婦と談笑を交わしていた。
「いやはや、恐れ多い。」
王太子になにやら褒められたのであろう辺境伯は手を頭に回してあえて困った顔をみせている。
夫人は夫を褒められたのが光栄なのか、紅をさす口元は幾何か弓なりになっていた。
「ご謙遜されずとも。」
王太子のにこやかな笑みに辺境伯夫婦も自然と顔を綻ばせる。
「それで今度の――――。」
「ランゼル王太子殿下。私にお話しがあるとセシリア様から聞きました。」
不敬にも王太子の言葉を遮ったのは、ルイフェル・ヴァルク侯爵子息であった。
紛れもなく王太子の言葉を遮った声に、会話をしていた辺境伯夫婦だけではなく周りにいた者までもが訝しい目を向ける。
そんな中、ランゼル王太子は平静を装い声の主を捉えると口を開いた。
「ヴァルク子息。いらしていたのだね。」
ルイフェル・ヴァルク。
セシリア王女の婚約者である彼が王女のパートナーを務めるのは誰もが知る事実。
当然兄であるランゼル王太子が知らないはずはない。
「何を申されますか。私はセシリア様の婚約者ですよ。」
二回目だな。
ランゼルの右眉は僅かに上がる。
それが分けた前髪に隠されていても当の原因以外は空気から察した。
許された者が本人に親しい呼び方をするのは止められはしないが、いくら婚約者とはいえ他の王族ましてや王太子の前で王女に殿下をつけないなど不敬なこと。
このままこの者をつまみ出してもいいのだが。
そう思いつつルイフェルの空いた右側を見て思慮を巡らせる。
どうせまたセシリアに良からぬことをして引き離す道具にされたといったところか。
はあ、可愛い妹のためだ。
適当に相手をして―――。
「失礼いたします。ランゼル王太子殿下。」
緊迫した中、ランゼルに跪いたのは王女付きを示す白色の腕章をした騎士だった。
自分も同じように会話を途絶えさせたのは棚にあげ、邪魔の入ったことにルイフェルは苛立ちを隠さない。
ルイフェルが騎士に対してどのような顔をしているのか、見ていた者は眉をひそめるだろう。
それを横目にした騎士は相手にすることなく立ち上がり、王太子に耳打ちをする。
「セシリア殿下は体調を崩され、カルティエ殿がお休みになられるようにと部屋へご案内しました。」
「そうか。下がってよい。」
「はっ。」
あのセシリアが体調を崩すとは。
考えを改めることにしよう、ヴァルク子息。
私もやられてばかりで黙っている男ではない。
「ああ、私としたことがすっかり忘れていたようだ。すまないが伯爵、夫人、話は後ほどでよいだろうか。」
外野になりつつあった自身らへ振られた言葉に驚きつつも辺境伯夫婦は落ち着いて微笑む。
「お気になさらないでください。では私達は失礼いたします。」
心とは裏腹にランゼルは極上の笑みを見せた。
「して、ヴァルク子息。君に言いたいことは数えきれないほどあるのだよ。」
ルイフェルは自分を称えるような笑みに、ランゼルの意味するものとは真逆のことを想像した。
「ランゼル王太子殿下に誉められるなんて――。」
「君がセシリアの婚約者であるのはいつまでだろうね。」
「、、え。あ、ああ!結婚のことですか。それは私としてはすぐにでもセシリア様を妻にしたいのですが、成人されてからと言われておりまして。まさか殿下に早く結婚をと急かされるとは嬉しいかぎ――。」
「いつまで、だろうね。」
同じ言葉を同じ笑みで強調する王太子に、ルイフェルは意味することが分からず当惑する。
「殿下、どういう意味で?」
「どうもこうもない。言葉の通りだ。」
「私はセシリア様と結婚するのですよ?それはセシリア様が18歳になってからと。」
「ヴァルク子息。いやルイフェルと呼ぼおうか。セシリアは王女だ。それも王女の鏡と言われる器のな。その夫も釣り合わねばならない。」
「へ?何を。」
「私が言えるのはここまでだ。これでも分からぬと言うならば期限が来るぞ?」
話は終わりだと側近を呼び寄せ、ルイフェルに背中を向けた。
「セシリアが心配だ。カルティエがいるから大事には至らないかもしれんが、白き腕章以外にも注意するよう伝えておいてくれ。」
「かしこまりました。」
返事を聞き終わるまでもなく、ランゼルは勢いよく後ろを振り返る。
なぜそうしたか。
それは、誰かが人形のように笑い出したからだ。
「ははははははは、はあ。はあ。はっ。ランゼル王太子殿下?いくらセシリア様が美しく、気高く、可憐で、この世の秘宝を全て閉じ込めた方だからと言って私に嫉妬するなんて!、、、殿下は過保護でいらっしゃいますか?」
「、、、ルイフェル。」
ランゼルは苦虫を潰した顔で呟いた。




