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王妃ネブラ【タビス—女神の刻印をもつ者—外伝】   作者: オオオカ エピ


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8/15

□月星暦一五五一年六月 共犯者


挿絵(By みてみん)

□ネブラ


 月星暦一五五一年六月。

 月星では初夏だが、季節の反転している竜護星においては初冬、その事故は起きた。


 アトラスとレイナの双子のうち、弟のウェスペル王子が亡くなった。

 まだ、たったの六歳だった。


 誰の所為でもなく、誰もが少しずつ悪かった、どこにでも起きうる本当に不幸な、ただの事故だった。


 乳母の目が届かない夜。


 アトラスもレイナも寝ていた。

 同い年の姉のマイヤも気づかないうちに、一人抜け出したウェスペル王子が露台から転落し、翌朝、階下で冷たくなっているのが発見された。


 露台への窓が、子どもでも開けられる状態だったこと。

 露台の柵の安全対策が不十分だったこと。

 露台が急な冷え込みで、凍っていたこと。

 露台に、綺麗な鳥の羽が挟まっていたこと。

 

 そして、幼いマイヤの忠告を本気にしなかったこと。


 マイヤにある巫覡の素質に、誰もが気付いて居なかったこと。


 それら全てが要因だった。


   ※


 報せが綴られた書簡を受け取ったアウルムは、その文字に目を落としたまま、ゆうに十秒は静止した。

 胸の奥まで息を吸い込んで、一度大きく吐いた。


 ただ一言、「そうか」とだけ口にしたアウルムは、業務を部下に任せて私室に戻った。


   ※


 共有の私室に呼ばれたネブラが目にしたのは、寝台に座り込み、書簡を握りしめてうなだれるアウルムの姿だった。


「いかが、なさいました?」


 黙って書簡を寄越す顔は、あまりに蒼白だった。

 受け取った書簡に目を通したネブラは、痛ましい内容に息を呑んだ。


「なんて、こと……」

「……アトラスは、泣かないのだろうな」


 ただ肩を落とし、呟くアウルムの声は、あまりにも抑揚がなかった。


「そうですね……」


 当然、自分を責めているだろう。

 なぜ、もし、を上げれば切りがない。


 それ以上に、目の前でレイナが泣いているのが想像に難くなかった。

 半狂乱になっていてもおかしくない妻を、慰める方に感情を割いて、自分の心には蓋をする。


 それができてしまうのが、アトラスという人間だと、ネブラも知っている。


 アウルムの双眸から涙が溢れた。

 ネブラは、アウルムの泣く姿を初めて見た。


 代わりに、だろうか。


 泣けないアトラスの代わりに、幼い命を散らした甥を想って泣いているのだろうと、ネブラは感じた。


 俯くアウルムの隣に腰を下ろしたネブラは、そっと大きな背中を抱きしめた。


「ネブラ……」

「こういう時くらい、頼ってくださいまし」


 アウルムが目を瞠った。 

 躊躇いがちに抱き返される腕が震えていた。


 口にはしない。

 だがアウルムには夢があった。

 そして、ネブラは察していた。

 その為の共犯者だということを理解した上で、受け入れていた立場だった。


 王と王妃という肩書を持ちながら、国民を裏切ってまで貫いていた嘘がある。

 

「すまない、ネブラ。こんなつもりじゃなかった」

「知っています」


 また一つ、大きな雫が溢れた。

 この涙は自分を想ってのものだと、ネブラには解った。


「こんなことなら、もっと早く……」


 最後まで言わさずに、ネブラはその口を唇で塞いだ。


「ネブラ……」

「大丈夫です、アウルム様。わたくし達は『共犯者』なのですから」


 ネブラが王妃となって五年。

 二人の間に子どもはいない。


 石女と揶揄されながらも、ネブラは素知らぬ顔でその任を果たしてきた。

 

 当然だ。

 この大きな寝台は、ただ身体を休めるための使われ方しか、されたことがない。


「アウルム様の優しさだったのだと、わたくしは充分承知しています」


 瞬きをするアウルムの頬を、また一筋涙が伝った。


「……貴女に、無理をさせることになる」

「これも、努めですから」


 敢えて、そう言った。


 余計な言葉は要らない。

 ネブラが気持ちを差し込む場面ではない。


「……感謝する」

「はい」


 ネブラはアウルムを慰め、そして、受け入れた。


 ウェスペルという《《後継者》》と考えていた者を喪ったアウルムは、立場故に、次の手段を講じなければならなかった。


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― 新着の感想 ―
アトラスとレイナの実子の双子。 マイヤの言葉に誰もがそれを信じられなかった。 でもウェスペルは。 涙を流すレイナ。 その話をするアウルムとネブラ。 アウルムがアトラスの代わりに涙を流す。 そんなアウル…
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