□月星暦一五五一年六月 共犯者
□ネブラ
月星暦一五五一年六月。
月星では初夏だが、季節の反転している竜護星においては初冬、その事故は起きた。
アトラスとレイナの双子のうち、弟のウェスペル王子が亡くなった。
まだ、たったの六歳だった。
誰の所為でもなく、誰もが少しずつ悪かった、どこにでも起きうる本当に不幸な、ただの事故だった。
乳母の目が届かない夜。
アトラスもレイナも寝ていた。
同い年の姉のマイヤも気づかないうちに、一人抜け出したウェスペル王子が露台から転落し、翌朝、階下で冷たくなっているのが発見された。
露台への窓が、子どもでも開けられる状態だったこと。
露台の柵の安全対策が不十分だったこと。
露台が急な冷え込みで、凍っていたこと。
露台に、綺麗な鳥の羽が挟まっていたこと。
そして、幼いマイヤの忠告を本気にしなかったこと。
マイヤにある巫覡の素質に、誰もが気付いて居なかったこと。
それら全てが要因だった。
※
報せが綴られた書簡を受け取ったアウルムは、その文字に目を落としたまま、ゆうに十秒は静止した。
胸の奥まで息を吸い込んで、一度大きく吐いた。
ただ一言、「そうか」とだけ口にしたアウルムは、業務を部下に任せて私室に戻った。
※
共有の私室に呼ばれたネブラが目にしたのは、寝台に座り込み、書簡を握りしめてうなだれるアウルムの姿だった。
「いかが、なさいました?」
黙って書簡を寄越す顔は、あまりに蒼白だった。
受け取った書簡に目を通したネブラは、痛ましい内容に息を呑んだ。
「なんて、こと……」
「……アトラスは、泣かないのだろうな」
ただ肩を落とし、呟くアウルムの声は、あまりにも抑揚がなかった。
「そうですね……」
当然、自分を責めているだろう。
なぜ、もし、を上げれば切りがない。
それ以上に、目の前でレイナが泣いているのが想像に難くなかった。
半狂乱になっていてもおかしくない妻を、慰める方に感情を割いて、自分の心には蓋をする。
それができてしまうのが、アトラスという人間だと、ネブラも知っている。
アウルムの双眸から涙が溢れた。
ネブラは、アウルムの泣く姿を初めて見た。
代わりに、だろうか。
泣けないアトラスの代わりに、幼い命を散らした甥を想って泣いているのだろうと、ネブラは感じた。
俯くアウルムの隣に腰を下ろしたネブラは、そっと大きな背中を抱きしめた。
「ネブラ……」
「こういう時くらい、頼ってくださいまし」
アウルムが目を瞠った。
躊躇いがちに抱き返される腕が震えていた。
口にはしない。
だがアウルムには夢があった。
そして、ネブラは察していた。
その為の共犯者だということを理解した上で、受け入れていた立場だった。
王と王妃という肩書を持ちながら、国民を裏切ってまで貫いていた嘘がある。
「すまない、ネブラ。こんなつもりじゃなかった」
「知っています」
また一つ、大きな雫が溢れた。
この涙は自分を想ってのものだと、ネブラには解った。
「こんなことなら、もっと早く……」
最後まで言わさずに、ネブラはその口を唇で塞いだ。
「ネブラ……」
「大丈夫です、アウルム様。わたくし達は『共犯者』なのですから」
ネブラが王妃となって五年。
二人の間に子どもはいない。
石女と揶揄されながらも、ネブラは素知らぬ顔でその任を果たしてきた。
当然だ。
この大きな寝台は、ただ身体を休めるための使われ方しか、されたことがない。
「アウルム様の優しさだったのだと、わたくしは充分承知しています」
瞬きをするアウルムの頬を、また一筋涙が伝った。
「……貴女に、無理をさせることになる」
「これも、努めですから」
敢えて、そう言った。
余計な言葉は要らない。
ネブラが気持ちを差し込む場面ではない。
「……感謝する」
「はい」
ネブラはアウルムを慰め、そして、受け入れた。
ウェスペルという《《後継者》》と考えていた者を喪ったアウルムは、立場故に、次の手段を講じなければならなかった。




