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王妃ネブラ【タビス—女神の刻印をもつ者—外伝】   作者: オオオカ エピ


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7/15

□月星暦一五四五年〜六年 求婚


挿絵(By みてみん)

□ネブラ

 月星暦一五四五年。

 ネブラは二十七歳になっていた。


 結婚適齢期は、とうに過ぎていると言っていい。

 父のスールが王族との婚姻に拘ったせいで、めぼしいネブラへ求婚話は残っていない。


 かつて、夜会の的だった三人のうち、国王アウルム、腹心のネウルスは未だ未婚ではある。


 国王ではアウルムは後継者を残さねばならない立場故に、いずれは何が何でも妻を娶らねばならないだろう。


 堅物のネウルスには、ネブラを充てがおうとスールが画策したこともあるが、見事に断られていた。


 家格を落とさずに釣り合う縁談は、後妻くらいしか無いだろうと、兄は頭を抱えている。


 月星では、たとえ王でさえも一夫一婦制である。


 ネブラの友人達も、次々と身を固めていた。


 アリアンナは降嫁し、竜護星から月星に派遣されたレイナの幼馴染だという男性——ハイネ・ブライトを夫とした。


 アウラも婚約者だったヴァルムを夫とし、子育てが忙しいのか最近は海風星をでて来ない。


 ネウルスの妹クオーレは、未だ独身のネウルスの代わりに婿入りした夫ノースとクザン家を継ぐのだと息巻いている。

 

 そして、アトラスとレイナの間には、前年に女子と男子の双子が生まれていた。


 友人たちの話を聞いて、寂しくなかったとは言わない。


 だが、ネブラはもう結婚に憧れは無かった。

 道具のように使われている、というアトラスの言葉がずっと心にあった。

 

 その言葉に、共感してしまったのだろう。


 いつまで経っても、スールの娘としか見られない。

 結婚しても、誰かの奥方でしかない。


 そこに、ネブラは無い。

 

 幸い、『タビスの台所』は、アトラスが帰郷の度に原稿を残していくため、継続されている。

 何冊も冊子にできるほどに、頁も溜まっているので、改めて一冊の本としても出版にしようという案もある。


 仕事をしていられるなら、ネブラは独身のままでも構わないと思っていた。


 だが、何をするにも、体面というものが邪魔をする。


 兄が言うには、良家の女性がいつまでも仕事をしていることは、好ましく思われないのだそうだ。

 

 ならば、神殿に入って、神官として女神に仕えても良いとすら、ネブラは考えていた。


 神官であれば、『タビス』であるアトラスとの縁も切れない。

 そんなことすら考えてしまうほどに、まだ、アトラスへの想いは残っている。


 その想いを、恋とはもう、呼ばないだろう。

 異性として、アトラスが欲しいとは思わない。


 だが、ある種の愛のようなものはあると、ネブラは自覚していた。


 ただ、アトラスには最善の形で幸せであって欲しいのだ。


 レイナと歩くことを決めたアトラスは、公務は忙しくとも、実際幸せそうだった。 

 ネブラはそうであることに、満足していた。



 だから、突然湧いた婚姻話に、ネブラは面食らった。


 こともあろうに、月星王アウルムが王妃にと、ネブラを望んだのである。


 一向に妃を選ぼうとしなかったアウルムは、女性に興味が無いのではないかという、噂すら立っていた。


 アウルムの口からネブラの名前が出てきた時、年齢が行き過ぎているという理由で、賛否は半々程度だったと聞く。


 当然である。


 王は、後継者を残すこともまた、責務である。


 王妃には妊娠の可能性が高い人材を求めるのは、まっとうな意見だった。

 しかし、ネブラの父スールは五大公の一人。当然喰い付き、ゴリ押しした。

 

 アウルムに直接城に呼ばれたネブラは、二人きりでの面談の機会を得た。

 

「どういう、おつもりですか?」


 ネブラは開口一番に問いかけた。

 王への言葉としては無礼千万だっただろう。

  

「貴女の気持ちが、まだ、アトラスにあるからだよ」


 アウルムの口から告げられた言葉に、ネブラは息を呑んだ。


「貴女なら、私に愛を求めない」


 女性に対して、残酷とも言える言葉である。


「私は貴女に、私への愛を求めていない。私も、この先、貴女を愛せるとは限らない」


 アウルムの碧い瞳がじっとネブラを見詰めた。

 試されていると感じた。


「つまり、『王妃』の役をしてくれる『共犯者』をお望みですか?」


 ネブラがはっきり尋ねると、アウルムは笑った。


「やはり貴女は聡いな」


 アウルムの、困ったような笑い方がアトラスにそっくりで、胸が疼いた。


「ネブラ殿、貴女も家の方針と身の振り方に悩んでいたのだろう?」


 言い当てられて、ネブラはぐうの根も出ない。

 アリアンナ辺りからの情報だろうか。


「私は、いや、私もまた、自分の娘を物の様に差し出してくる家臣達に我慢ならなかった」


 だから選べなかったと、アウルムは苦い顔をした。


「物の様に扱われた上に、重圧のある立場を強いられるのが、解っていない者たちが多すぎる」


 そう吐き出すアウルムの、その口調に込められていたのは憐れみだろうか。


 アウルムが王になって約十年。

 一つの月星をかかげ、様々な改革に手を付け、因習の排除を試みている王である。

 アウルムは、これもまた、因習と感じているのだろう。


「そうであれと、教えられてきたから、気付けない。それが全てと信じて努力してきた彼女たちの頑張りは、否定しないであげてくださいね」


 ネブラがそう口にすると、アウルムは目を瞠った。


「そうだね。私も、失礼なことを言っている自覚はあるよ」


 必要なのは、意識改革なのだと、アウルムはため息を吐いた。


 改革とは、今までの概念を変えることでもある。

 この十年も理解はされ難く、なかなかに茨の道だったことが想像できた。


「王の妃とは、孤独な立場でありながら完璧を求められる、過酷な地位である。女性陣の妬みや嫉妬から、貴女を贔屓することも、護ることも出来ない」


 顔を改めて、アウルムはネブラを見詰めた。

  

「そして、貴女を妻にしたからと言って、貴女の家が優遇されることは無い」

「テルグム家は、古い体制にしがみついて、今でも十分優遇されていると思いますけど?」


 五大公は、前の王アセルス時代の遺物と言い換えられる。

 自分の家のことながら、さぞ扱いにくいだろうとネブラは思っていた。


「そういうことが言えてしまうから、貴女は聡いと言っているんだ」


 ネブラの言葉を受けて、さぞ面白そうにアウルムは笑った。


「だから、問おう。貴女は、それでも王妃になることを望むかい?」


 面食らわなかったとは言わない。

 だが、アウルムの、はっきり言う態度を、清々しく感じた。


 あのアトラスの兄だけはある、と思った。


「はい」


 ネブラは頷いた。

 全てを飲み込んだ上で了承した。 


「わたくしを、王妃にしてくださいませ。アウルム様」


 

 翌年——月星歴一五四六年、王立セレス神殿で国王の婚礼が行われた。

 アウルム三十歳。ネブラ二十八歳。


 王家との縁戚になりたかった父スールの悲願は、思いもかけない形で叶ってしまった形ではある。


 だが、実情は周りや親の思惑を欺いての結婚である。

 政略婚というよりは、ネブラ個人との契約と言い換えられよう。


 アウルムへの恋愛感情は無かった。

 だが、敬愛はあった。

 この人の力になりたいと、ネブラは純粋に思った。


 婚礼式には、『タビス』としてアトラスが二人を祝福し、ネブラは王妃の冠を授かった。


 臣下として、礼をするアトラスのつむじが目に入ったネブラは、一抹の寂しさを感じた。


 二度と超えられない溝を見たようだった。


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― 新着の感想 ―
ネブラは激しい嫉妬心とアトラスたちの幸せを望み。 自分を殺してアウルムの妻となることをきめる。 彼女のせつなさは溝を感じた時、ここへ来て大きく感じられたのでしょうね°・*:.。.☆
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