□月星暦一五四三年 婚礼
突然湧いたアトラスの婚約話だったが、『タビス』が選んだのだからと、概ねは理解されたようだった。
『女神の啓示のあった女性をタビスが選んだ』といわれれば、月星人は頷くしか無い。
アトラスとレイナの婚礼は、翌年の四月と決まった。
アセルスが居らず、アウルムが整えた、六年ぶりの城は、アトラスには居心地の良いものだったらしい。
彼方此方に求められ、応じていたアトラスは、忙しく過ごしていたがその顔は楽しそうだった。
アセルス時代の彼が、いかに抑圧されて生きていたのかが、傍目からでも分かった。
突然戻ってきて、重鎮に相談もなく結婚を決めたアトラスに、当初は渋い顔をしていたネブラの父スールも、事あるごとに感心していた。
旅をして、多くを見てきた為に視野が広いのだという。
アウルムが掲げている、食卓を豊かにというスローガンに則って、アトラスは、とある書物の作成を提案した。
アトラスが旅の途中で見つけた、各地の料理の普及が目的である。
味や由来の説明、使われる食材や香辛料の効能紹介、月星でも食べられる食材での代用がアレンジを記載し、一枚一品目印刷したものを、一枚一ディアナという安価で、食材屋や薬屋、惣菜屋や食堂等、各所で売るのだという。
普及させようというのに、高価だったら目を通すこともされないから、本にはしない。
集めると紐で束ねて冊子にできるようにし、必要な部分だけの自分用の冊子が作れるすぐれものだった。
この企画に、スールはネブラをねじ込んだ。
覚えが良ければ、アウルムの妃候補に推薦してもらえるのでは、という打算があったのだろう。
通称『タビスの台所』と、親しみやすい命名をしたのはネブラである。
また、図解を入れるべきだという意見は、アトラスを喜ばせた。
ネブラとしては、アトラスと打ち合わせが出来るだけで嬉しかった。
五年間に及ぶアトラスの報告書から、優先順位と実現可能事項をすり合わせし、更に案を出し合う。
いずれは食だけではなく、技術方面にも広げるとのこと。
「ネブラが担当してくれるなら、頼もしいよ」
さらりと、そんなことを言うから憎たらしい。
「そういうことを言うから、女性が誤解するのですよ」
『タビスの言葉』は『女神の言葉』。それが、月星での不文律である。
それでも、未だ、婚約を考え直してくださいと直談判に来る娘とその親は多いのだそうだ。
軽口を叩きながらも、ネブラは正直、アトラスに感心していた。
実際、アトラスは優秀だった。
煮詰まっていると、想像の斜め上を行く面白い視点で導いてくれたりする。
この先もずっといてくれたらと何度思ったかわからない。
だが、ネブラは口にしない。
纏う空気が柔らかくなり、こんなにも気さくに笑えるようになったのは、レイナと共にあったからだと、ネブラはもう分かっている。
件の大祭中、レイナがアキマンの屋敷の離れに滞在していた縁で、アウラを交えてお茶をする機会があった。
その時、ネブラはレイナの真っ直ぐな在り方に、偽らない勁さに、アトラスを想う気持ちの大きさに、素直に敗北を覚えた。
レイナになら、アトラスを任せられると、納得した。
アトラスを幸せに出来るのは、彼女なのだと理解してしまった。
※
月星歴一五四三年四月。
前年の大祭に合わせて帰還したアトラスが、大祭当日の宴にてレイナを妻にすると宣言してから半年。
アーモンドの花が咲き乱れ、その花吹雪が舞い踊る中、屋根を取り払った馬車には王立セレス神殿聖堂で挙式をあげたばかりの新婚夫婦の姿があった。
月星の国王の弟でありタビスたる王子アトラスと竜護星国主である女王レイナは、共に白い婚礼衣装に身を包み、馬車の上から沿道の歓声に応えている。
ゆっくりと街中を進む馬車を一目見ようと、沿道は人で溢れかえり、内戦終結以来の慶事に、街は湧きたった。
式に参列したネブラは、清々しい気持ちで二人の門出を祝った。
そうできる自分に、妙に納得していた。




