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王妃ネブラ【タビス—女神の刻印をもつ者—外伝】   作者: オオオカ エピ


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5/11

□月星暦一五四二年十月 祝福


挿絵(By みてみん)

 今年の 『月の大祭』にはタビスがお戻りになる。


 城下には、そんな噂話が流れていた。


 まさかという気持ちと、もしかしてという気持ちを抱えて、参列した大祭第一部。


 静寂の中、王立セレス神殿の大聖堂に現れた人物を見て、ネブラは息を呑んだ。

 

 記憶よりも、一回り大きくしっかりした背格好の青年。


 堂々とした振る舞いで、身廊に敷かれた青い絨毯の上を歩く『神官』は紫色の帯を身に着けていた。


 紫の帯は『タビス』しか締められない。

 『タビス』不在時にお役目を賜る『タビス役』の帯は『白』である。


 現れた人物が、アトラスその人であることに気づいた、声なき声に大聖堂は包まれる。


 六年ぶりとは思えない、完璧な舞に、本当の帰ってきたのだと、胸にはなんとも言えないものが溢れた。


 早く会いたかった。話をしたかった。


 はやる気持ちを抑え向かった場所は王城。

 第二部の宴が始まるのを、今か今かとネブラは待ちわびた。

 

「噂は本当だった」

「本当にそうでしたか?」

「見間違いということは」

「逃亡、したのでは無かったのですか?」 


 密々と囁かれる声という声。

 大聖堂で見たものの答え合わせがしたくて、うずうずとした気配が漂っている。

 

 ふと、ネブラは会場に見知らぬ女性の姿があることに気づいた。

 宴に顔を出す人間の顔は、全て覚えている。


 まだ十代だろう。

 ほっそりとしたシルエットの、若草色の衣装に身に包んだ女性の姿勢は良い。

 堂々とした立ち居振る舞いで、積極的に話しかけていた。


 初めてのこの宴で、雰囲気に飲まれずに居られることに、感心した。


 声をかけてみようと思い、ネブラが一歩ふみだしかけた時、不意に流れる曲が変わった。


 王の登場を報せる合図。

 現れた月星王アウルムは、傍らにアトラスを連れていた。


 神官『タビス』の装いを改めて、アトラスは王族の正装をしていた。


 白地に金糸が施されたアウルムの装いの対をなすように、濃紺の地に銀を基調とした糸で刺繍が施された衣装を纏っている。


 王とタビス。

 顔の似ている二人だが、服装だけではなく、その存在自体も対をなしているようにネブラには見えた。


「長い間留守であったが、《《任務》》を終え、我が弟アトラスが戻った」


 アウルムがアトラスの帰還を告げた。


 逃亡説、反逆説などを始め、諸説囁かれていたが、一言で嘘のように一掃してしまった。


 不在は出奔ではなく、任務という理由を付けららしい。


「特別な夜である。今宵は楽しんで欲しい」

「乾杯!」


 飲み干されたグラスが次々と置かれる。

 それを合図にするかのように、着飾った年頃の女性達がアウルムとアトラスの周りに群がった。 


 しかし、アトラスは猛攻を器用に躱すと、一人の女性の元に向かった。


 先程、ネブラの目が惹かれた、初めて見る女性だった。


 アトラスが女性を見詰めて、微笑んだ。


「お相手願えますか」

「え……?」


 アトラスから誘うという前代未聞の珍事に、会場が静まり返った。

 返事を待たずに女性の手を取ったアトラスは軽やかに中央へ躍り出る。


 ネブラは理解した。


 彼女がアウラが言っていた、記憶喪失だったという少女なのだろう。


 アトラスが目をかけ、五年をかけて故郷に送り届け、暴君を斃す助力をし、その後は復興にまで手を貸していたという話を聞いている。


 ネブラは納得した。


 アトラスは《《この自分》》を見せつける為に、自身の行動を『肯定』する為に戻ってきたのだと。


 目頭が熱くなった。


 アトラスの見たことのない、温かな笑みに、そんな笑みが見せられるようになったことに、胸の中が温かくなる。


(見つけたのですね)


 ネブラは嬉しかった。


 昏い瞳で街を見下ろしていた姿からは想像できない、柔らかな眼差しを女性に向けるアトラス。

 

 隣に立つのが自分でないことに、一抹の寂しさはあった。

 だが、もう、とっくに自分の恋は終わっていたのだとネブラは知った。


 このアトラスを、肯定できる自分が居た。

 

 一曲踊りきり、見つめ合う二人を遠巻きに、動けず周りは息を呑む。


 そんな中、ネブラは二人に近づいた。


「おめでとうございます」


 声をかけると、アトラスの目が見開かれた。


「ネブラ……」


 すっかり青年の貌で、アトラスは照れたように微笑する。


「ありがとう」


 その笑顔が眩しかった。

 ネブラは本当に嬉しかった。喜んでいる自分を自覚した。


 アトラスに求婚された女性の、海青マリンブルーの瞳が不思議そうにネブラを見詰める。


 関係を勘ぐっているのかと思うと、可笑しくなった。


 この人とはなにも無かったのですよと、言ってあげたかった。

 かつて、ただ、息抜きに、愚痴を聞いてあげただけだ。


「ネブラと申します。お見知り置きを」

「レイナ・ヴォレ・アシェレスタです。竜護星の国主です」


 臆さない、はきはきとした声に好感を持った。

 この少女だからこそ、アトラスは笑顔を取り戻せたのだとネブラは悟った。


 国主——この若さで王を名乗るレイナ。


 アトラスを見詰めるレイナの青海の瞳には、揺るぎない強さがある。

 彼女が立っていられるのもまた、アトラスの支えがあるからの様な気がした。


「アトラス様を、お願い致しますね」


 思わず、そんな言葉が口を付いた。


「はいっ!」と破顔する顔が美しい。 


 その後、アウルムによって、アトラスとレイナが正式に婚約したことが認められた。


   ※


 夜。

 自室の寝台に入って、ネブラはそっと涙を流した。


 今晩は、悲嘆にくれて枕を濡らす女性は多いだろう。


 だが、ネブラは自分の涙は違うのだと思った。


 これは、哀しみではない。


 かつて、諦めた様な眼差しで城下を睨みつけていた少年が、あんなに柔らかく微笑むことができるようになったことが嬉しかった。


 嬉しくても、人は涙を流すのだ。


 純粋な気持ちで祝福を送りながら、ネブラは眠りについた。


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― 新着の感想 ―
月の大祭にタビスであるアトラスが戻ってくる。 アウルムとともにアトラスはその姿を見せる。 祭事を目にしているとそこには一人の女性が。 その名はレイナ。 彼女と挨拶をするネブラでしたが。 やはりせつない…
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