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王妃ネブラ【タビス—女神の刻印をもつ者—外伝】   作者: オオオカ エピ


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11/15

□月星暦一五五一年十月 歯車

□レイナ


 アリアンナの行動は早い。

 レイナの要請に、その日の内に紫紺宮を訪れてくれた。

 

 しっかり人払いをした居間で、お茶の用意されたテーブルを挟んで二人向かい合う。


「アリアンナ。不躾なことを聞くのだけど……」


 自分で呼び出しておきながら、アリアンナに尋ねることをレイナは躊躇した。

 それでも、意を決して口を開いた。

 踏み込まねば話が進まない。


「ネブラ王妃様は、ご懐妊されているわね?」


 アリアンナの仕草が一瞬ズレた。


「……レイナ、それはどこで聞いたお話?」


 アリアンナの顔に警戒の色が滲ぶ。


 当然だ。


 いくら友人であろうと、義理の姉妹という関係になろうと、まだ公表されていない事柄を、他国の王が口にしていい話では無い。

 

「マイヤよ」 

「そんな、年端もいかない子どもの言った冗談を、真に受けるの?」


 アリアンナは笑ってお茶を口に運ぶ。

 彼女にしては、下手な動揺の隠し方だった。


「マイヤは『巫覡』なのよ。アリアンナ。竜護星の巫覡のことは、聞いたこと、あるでしょう?」 


 根気強くレイナは続けた。


「アリアンナ。私の母も巫覡だったの」


 アトラスよりも明るい空色の瞳をじっと見詰めながら、レイナは言葉を紡ぐ。


「『終戦の鍵はタビス』っていう予言を残しているのだけど、当然知っているわよね?」


 その予言があったから、前王アセルスは執拗に『タビス』を求め、アトラスを酷使した。


 そして、『タビス』であるアトラスは文字通り終戦を終わらせた立役者となった。


 アトラスの過酷な少年時代の一端は、母の予言に依るものだと思うと、レイナとしては心苦しくもある。


 その話を後で知って、皮肉なめぐり合わせにレイナは涙したのだ。


 諦めたらしいアリアンナは、肩を竦めた。


「まだ、ここだけの話(オフレコ)にしてね。宴で発表する予定だから、公言できないのよ」


 竜護星出身のハイネを伴侶としているのだ。巫覡のことも、多少は聞かされているのだろう。


「でも、レイナ。貴女、単純に祝福するという顔をしていないわね?」

「そうね……」


 レイナは肯定した。

 意を決して、その言葉を口にした。


「おそらく、王妃様は出産時に命を落とされる」


「……っ!?」


 ひゅっ、とアリアンナが息を呑んだ。

 落ち着かせるよう、呼吸を繰り返したアリアンナは、いつもの表情でレイナを見やった。


「レイナ、いくらなんでもたちが悪いわ」

「判ってるわ。冗談で口にしていい話じゃ無い」


 冗談だとしても言っていいことと悪いことがある。

 勿論、レイナが口にしたことは後者だ。


「……聞きましょう」


 アリアンナは居住まいを正した。

 ずいっと見詰められて、レイナは目を反らしたくなる。 


 ひどく乾く口の中を、お茶を含んで湿らせた。


「御子は?」

「子どもの泣き声がすると言っていたわ。おそらくは無事」

「……そう」


 アリアンナは大きく息を吐き出した。


「レイナ、今の話は忘れて」

「アリアンナ。でも! 今すぐに処置をすれば、王妃様の生命は救えるかも知れない」

「かも知れない。でもそれは、王の御子の生命を奪うことでもある」 


 冷静に言われて、レイナは自分の顔から血が引くのがわかった。 


 王妃の死に囚われていた。

 当然だ。

 王妃の夫は、王に決まっている。


「ごめんなさい。動揺していたみたい」


 レイナはソファに沈み込んだ。


「いいえ。話す相手に、私を選んでくれてありがとう」


 アリアンナの顔色も悪かった。


「詳しく話してくれる?」

「ええ。マイヤの話をつなぎ合わせただけだから、想像の範疇だけど。おそらくは失血がひどくて」

「そう……」


 しばらく、二人無言で茶を口にした。

 

「どうにも、ならない、のかな?」


 やがてポツリと落としたレイナの言葉に、アリアンナが顔を上げる。


「……レイナ。嫌な話をするわ」


 自分の想像だと断って、アリアンナは口を開いた。


「アウルム兄様がネブラ様を妃に望んで、五年経つわ。その間、一度たりとも、ご懐妊の兆しがなかったのは、そのつもりが無かったのからだと思うの」

「どういうこと?」


 流石に、荒唐無稽な話に聞こえた。

 王がしていいことでは無い。


「おそらく、アウルム兄様は貴女の息子(ウェスペル)を養子に貰おうと、最初から思っていたのかと」

「え……?」


 レイナは一瞬、何を言われたのか分からなかった。

 呆けたレイナの顔を見て、アリアンナも困ったような顔をする。


「うん。そうよね。でも、そのウェスペルが亡くなってしまったから、やむを得ず、だったのだと思うの」


 そんな、とレイナは首を振った。


「だって、それを言ったらルネだって……」

「いいえ。それは、最終手段よ」


 アリアンナには三歳になる息子が居る。

 指摘すると、それは難しいのだと、首を振った。


「ねえ、レイナ。アトラスお兄様と私の違いって、何だか分かる?」


 この質問に、アトラスが『タビス』であることは、関係ないだろう。


「えっと、……男と女?」

「いいえ。私は降嫁してハイネと結婚したから、もう、王籍に無いの。だけど、アトラスお兄様は違う」

「あ……」


 『タビス』が他国に行くことへの反発を抑える為に、レイナという国主と結婚したにもかかわらず、アトラスの国籍は月星にあり、王籍が残る為に身分は王子である。


 大国月星の王子と辺境の小国の国主との婚姻の、それが妥協点だった。


「その意味が分かる?」


 アリアンナは重ねて問う。


「妹《私》の息子のルネを養子として、王の義理の息子にすることは、アウルム兄様——王が許可すれば不可能ではないでしょう。でも、その事例を作ってしまったら、クザン家に婿入りした前王の弟である叔父様や、その息子のネウルスだって、王位継承権を主張する可能性が出てくるの。月星の継承ルールは複雑化し、いずれは混乱をきたすことになる。……だから、できるだけ、それは避けなければならないの」


 腹違いの二人の王子が始めた内戦に、七十五年も煩わされてきた月星では、最大の禁忌と言っていいだろう。


 アウルムやアリアンナが慎重になる意味を、レイナは理解する。


「ネブラ王妃のお腹の御子を諦めるということは、そういうことよ」


 アリアンナの空色の瞳が、射抜くようにレイナを見詰めた。


「それとも、レイナ。貴女が産んでくれる? 確率としては、貴女の方が高いでしょう」

「え、ええっ?」


 赤面してぶんぶんと顔を振るレイナ。

 何を考えたのか悟ったアリアンナは、呆れた顔を義姉に向ける


「莫迦ね、アトラスお兄様の、に決まっているでしょう」

「あ、そうね。そうよね」


 勘違いを誤魔化すように、レイナはお茶を口にした。


 王籍にある王の弟のアトラスの子どもなら、養子にしても構わないのだ。

 だから、ウェスペルは候補だった。


 年齢だけ見れば、三十路《三十三歳》のネブラより、まだ二十歳台《二十七歳》のレイナの方が可能性はあるだろう。

 竜護星内でも、ウェスペルの死後、更なる王子か王女を望む声は上がっていた。


 でも、とアリアンナは首を横に振る。


「それは、アトラスお兄様が断るわね」


 アリアンナがレイナを伺うような顔をした。


「レイナ。貴女、産後の肥立ちが悪くて、なかなか政務に戻れなかったんだったわよね?」


 アリアンナが言わんとしていることを察して、レイナは嘆息した。

 

「だから、お兄様は双子の弟妹を望まなかった。違う?」

「……そう、ね」


 レイナは頷いた。

 全く持ってその通りだったから、口を噤むしか無い。


 月星の王が非道い王だったならば、例え竜護星の後継者であろうが、マイヤを寄越せと言うだろう。


 それが辺境の小国の立場というものである。


 養子にとらずとも、アウルムのまだ御子が居らず、王子である以上アトラスの王位継承順位は一位。その娘にも当然権利は発生しているのだ。


 子どもなら、また産めばいいだろうと、そうい考える人間は多い。


 詰まるところ、アウルムもアトラスも優しいのである。

 女は子どもを産むためだけの道具では無い。そう考えるから、慮る(おもんばかる)


 だがそれは、まだまだこの世界では少数派の意見だった。


「ネブラお義姉様は、もう、命がけの賭けをしているの」


 それは、予知があってもなくても変わらない。


 婚礼を挙げた時点で二十八歳のネブラに、アウルムは子を求めなかった。

 高齢出産の危険性を考慮して、養子を取ることを念頭に入れていたが、ウェスペルを亡くして歯車が狂った、ということなのだろう。


 そう、レイナは理解した。


 こちらに相談もなく、息子を養子にと算段していたアウルムに、腹が立たなかったといえば嘘になる。


 だが、仮にもレイナも王として国を預かる者。心情を超えて理解できてしまった。


 後継者を考えなければならないという立場は、解るのだ。

 それが王妃を想っての配慮なら、アウルムらしいと納得も出来てしまう。


 しかし、その手段は絶たれ、危惧した危険をマイヤは予知として視てしまった。


 巫覡の予知に余計なことはない。

 何も行動を起こさなければ、その光景はいずれ現実になる未来ということだ。


「……話してはみます」


 アリアンナは頷いた。


「これからの過ごし方次第で、回避できる可能性は、あるかも知れないもの」

「お願い」


 託しつつも、レイナの心はすぐれなかった。


 大きくなるお腹を見ながら、育ちきった時が自分の最期かも知れないと過ごす絶望を思うと、心が痛んだ。


 最良の未来があることを願わずにはいられなかった。

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― 新着の感想 ―
アリアンナ、、、そしてネブラにその未来視の内容を告げるレイナ。 マイヤのその力のことをしっかりと語りそしてそれがネブラにも告げられる。 衝撃を受けるネブラ。 そしてここからどうなって行くのか? 続きも…
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