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第三話 夜明け

 「愛ーっ!」

 「愛姉ちゃーん!居ったら返事して!」

 ちひろと紅美はつぶれた家の中から救出されたが、長姉、愛が居ないのだ。

 「あかんわ……火が回ってくるんが早すぎる。じきに我が家(うち)も燃える。もう行こう。」

 父が「愛のことやから先に避難所行っとるわ」……そう口にしたとき。

 瓦礫のわずかな隙間から白い手が伸びてきた。それは間違いなく、愛の手だった。

 「愛!」

 四人同時に駆け出した。

 「愛……愛……!」

 「今助けてやるからな……!」

 父は、折れた大黒柱を瓦礫の下に挟み込み、梃子(てこ)で動かした。

 かなりの時間がかかってようやくいくつかの大きな瓦礫を取り除くことに成功した。愛のうつ伏せになった上半身は露わになったものの、下半身が倒れた棚の下敷きになっている。

 愛も意識が徐々にはっきりしてきたのか苦しそうに声を上げる。

 「……愛……もうすぐや……出したるけぇ待っとれ……!」

 父が棚を起こそうとする間、紅美は愛の手を握り、ちひろは声をかけて励ます。

 「愛姉ちゃん、大丈夫やけん安心して。神戸大、行くんやろ?」

 しかし先ほどよりも勢いの増した火の手が関守家にも迫る。

 はっと顔を上げればあたりは火の海だった。

 ちひろは恐怖と絶望を覚え、呆然とその場に立ち尽くした。

 その時。

 「……て」

 愛の唇が動いた。

 父も瓦礫をどかすのをやめ、母も手を握っていた紅美も愛の頭へ寄る。

 「…………ええから逃げて。」

 か細い声だった。普段の優しく賢い彼女からは想像もつかないような、弱い声。

 「逃げるって……火の手がそこまで来とるのに姉ちゃん置いて逃げられる人間がどこにおるんや!」

 ちひろは涙ながらに声を荒げた。

 「逃げへん!逃げへん!姉ちゃん助ける!助けなかったら私も……!」

 不意に体が浮く。背後を見ると、紅美が無理やりちひろを抱き上げていた。

 紅美はちひろを厳しい剣幕で怒鳴りつけた。

 「助けへんかったら死ぬつもりか!姉ちゃんは……姉ちゃんはどんな気持ちで『逃げろ』言うたか……!あんたにはわからんやろなぁ!」

 父と母は暗い夜道を先導するため一足先に避難所への道を走っていた。それに続いて紅美も避難所へ向かう。

 「愛姉ちゃん……!愛姉ちゃん!愛姉ちゃぁぁぁぁん!」

 ちひろが叫んでも、もがいても、紅美は腕を離さない。血だらけになった足を止めることもなく両親の後を追って避難所へと向かう。

 やがて我が家にも火が回り、愛は家の瓦礫とともに炎に包まれた。

 「あああぁぁぁぁぁぁ……!」

 無情にも、空は明るくなり夜明けを迎えた。

阪神淡路大震災は発生したのが真冬の6時前。当然太陽は昇っておらずまだ真っ暗です。

そのためニュースでは「近畿地方で地震が起こった」と報道はされたものの、被害の全貌が確認できませんでした。夜明けを迎えてから、やっと被害が確認できたようです。

根本から横倒しになった高速道路、将棋倒しになったコンクリートのビル、崩れた橋から今にも落ちそうな観光バス。そして木造の家々を焼き尽くす赤い炎。この朝全国が衝撃を受けました。当時報告された火災の件数は285件です。

ちなみに地震発生直後は震源地は京都だと考えられていたようで、実際に「京都で地震」と報じた番組もあったようです。(その後神戸に訂正されています)

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