第二話 発生
ちひろは2階の自分の部屋の布団でぐっすりと眠っていた。昨夜の姉妹喧嘩で相当体力を使ってしまい、身体も疲れていたのだ。
ふと、外の野良猫たちの様子が気になった。いつもはこの時間なら静かなのに。
そのせいでちひろは妙に目が覚めてしまった。しかし、辺りを見渡してもいつもの変わりはない。棚側に愛姉ちゃん、真ん中に私……ちひろ、窓側に紅美の布団が敷かれて、2人は眠っていて。
ちひろは起きているのも馬鹿馬鹿しくなり、再び布団を被った。時計の針は午前5時36分を指していた――。
◆
1995年1月17日午前5時46分52秒、兵庫県淡路島北部沖の明石海峡を震源として、マグニチュード7.3の巨大地震が発生した。
ちひろは家が揺れる感覚に目を覚ました。
「……ん?揺れてはる?」
しかしその瞬間、ドンッ!という激しい衝撃と共に、身体が空中に放り出された。
ミシミシ、メキメキと嫌な音が響く。次の瞬間――天井が、目の前に……!
一瞬にしてちひろは意識を失った。
◆
「ちひろ……!起きて、ちひろ……!」
ちひろは次姉、紅美に肩をゆすられて目を覚ました。
「ここは……?」
「ここは勉強机の下。かろうじてスペースが確保できたけん移動してきたんや。……一階が潰れてもた。」
「お父さんとお母さんは……?」
「分からへん。愛もわからん」
紅美はこの家から脱出するため、近くの瓦礫をどかそうとした。
「屋根が落ちてきたんや。押し潰されんくて良かったなぁ。とりあえず……出るで」
しかし非力な女子高生の力では屋根を動かすことはできない。ちひろも加勢したが、屋根はびくともしなかった。
その後2人は木の棒を使って梃の原理も利用してみたが、棒の方が折れてしまった。
かすかに煙たい臭いがする。火事が起こっているのか?
ここにいればまた地震が起こった時は安全だが、火が回ってくれば姉妹共々焼け死んでしまう。
――こうなれば外にいる人に助けてもらおう。
そう考えた紅美は必死に叫んだ。
「すみません!助けてください!閉じ込められています!すみません!」
だが、反応はない。
2人が絶望に打ちのめされそうになった、その時。
「紅美……!ちひろ……!」
聞き馴染みのある声。
「お父さん!お母さん!」
「今瓦礫退けるから待っときや!」
こうして紅美・ちひろ姉妹は両親に助けられた。
「これからどこに行けばええの?」
「灘小や。あそこなら避難所になっとるやろうし、非常食も毛布も手に入るで」
父の一声で一家は近所の指定避難所、灘小学校を目指すことになった。
しかしちひろはとある事実に気づいた。
「待って……!愛姉ちゃんは……!?」
本文の補足をしておきます。
この地震の正式名称は「兵庫県南部地震」。
日本で初めて震度7の揺れを観測した前代未聞の大地震でした。
この地震による被害を大きくしたのは「建物の老朽化」と「通電火災」でした。
神戸は1960年代、いわゆる高度経済成長期に大阪の郊外都市としてたくさんのアパートやマンションなどが建てられました。しかし、1972年の石油危機で日本経済は低迷。多くのマンションが空き家となりました。
これを受け、建築基準法が改正され、現在の形となりました。
また、発生時刻が冬の早朝ということで朝食を作っていた主婦や、ちひろたちのように石油ストーブを使っていた家庭も少なくありませんでした。当時はIHは存在しておらず、ガスコンロ。カーテンや棚などが火のついたコンロの上に落ちてくることにより発火したとも、電気器具が通電した途端にスイッチが入り発火したとも考えられています。
この教訓として「地震の後避難するときはブレーカーを落とす」というルールができました。




