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第一話 1995.1.16

本作は「阪神淡路大震災」をテーマにしています。

苦手な方や辛くなってしまう方は他の作者の作品を見てくださると幸いです。

 神戸(こうべ)は全国有数の都市だ。

 平安時代に平清盛(たいらのきよもり)が貿易拠点として大輪田泊(おおわだのとまり)を開いて以降、港町として栄えてきた。

 背後は六甲山(ろっこうさん)、目の前には瀬戸内海(せとないかい)が広がる。

 生田神社(いくたじんじゃ)や中華街、神戸タワーなど観光地が多いのも魅力的だ。

 行き交う道々では多くの若者たちが笑いながら友達と歩いている姿が目に留まる。

 だが、それを見るたびに私は思い出してしまうのだ。

 忘れない……いや、忘れることなんかできない。

 あの日、神戸の町は焦土と化した。


 ◆


 1995(平成7)年、1月16日月曜日、兵庫県神戸市。

 市内のとある中学校に通う中学3年生、関守(せきもり)ちひろ。

 あとひと月ほどで私立の高校入試を控えている。

 「あ~あ。なんで受験なんかあるん?受験するなんて誰が決めたん?」

 「そりゃ……国の偉い人とちゃう?」

 友達の恵美(めぐみ)とそんな会話をする。

 受験生なんてもう飽き飽きだ。

「帰りの会始めるでー」

 先生の一声で場は静かになる。

「受験まであと1ヶ月や。気を緩めず、しっかり勉強するように。」

「「はーい」」

『受験、受験て。耳にタコができるくらい聞いたわ。わかっとるっちゅうに』

 チャイムと同時に学校が終わる。ちひろは恵美と路線バスに乗って帰る。

「……ちぃちゃん」

 バスが発車して少し経った頃、恵美が重い口を開いた。

「うちな、お父さんの仕事の関係で大阪行くことなってん。やけん、高校は私立にしろ公立にしろ大阪の学校に行くねん」

「そうなん?」

「……やけん、ちぃちゃんと離れ離れや」

 バスが揺れる。恵美は俯いたままだ。

「え……ええやん!大阪はえらい都会やろ?街も神戸より賑わっとるけん、お店も遊ぶとこもぎょうさんあるで!」

「ちぃちゃん……」

「それにな、神戸から大阪って電車で行けるで!手紙くれたらいつでもそっち行くわ!

 離れ離れでもずっと友達やで!」

「……うん、ありがとな。ちぃちゃん」


 ◆

 

 ちひろは恵美とは別のバス停で降りた。そこから家までは歩いて帰る。

 学校が終わった小学生たちが公園に向かう途中なのか、ランドセルを背負ったままちひろのすぐそばを駆け抜ける。

「……ほんまに危ないなぁ、小学生のガキンチョは」

 街中から少し住宅街に差し掛かったところには小さな商店街がある。

 小学生の頃はそこの文房具屋さんや駄菓子屋さんでシールとかお菓子とか買ったものだけど、今は全然行かなくなった。

 お手伝いとして八百屋や魚屋、肉屋に顔を出すこともあって、店長とは今でも仲が良い。今の時期はみかんが安い。受験勉強のお供に少し買って帰ることにした。

「ちぃちゃん、もう少しで受験やろ?大変やなぁ!」

 八百屋のおばさんに関西独特のハイテンションで話しかけられる。

 正直にいうと思春期の中高生にとってはこのテンションで話しかけられるのは恥ずかしい。

「……ええ、まぁ」

「えらい大きゅうなったなあ!幼稚園の頃なんか『おばちゃーん』言うてにこにこしながら走って来とったのにねぇ!この春から高校生かぁ!」

「……すみません、勉強せなあかんので……」

「ありゃま!こりゃ失礼。受験生に時間の無駄は禁物や!

 残りの1ヶ月、体調崩さんようにな?みかん食べて元気出し!1つおまけしとくで!」

「ありがとうございます、では」

 再び帰路を歩き出す。

 少し歩いたところにあるヘアーサロンの隣の一軒家、これが我が家だ。

 鍵を回して扉を開ける。

「ただいまぁ」

 しっかりと手を洗い、おやつのみかんを食べる。

「……すっっぱ!!」

 おまけの一つをくれたおばちゃんを恨んだ。

 ふと、机の上に置かれた赤々しく分厚い本に目がいった。

「愛姉ちゃんの赤本……」

 ちひろには2人の姉がいる。

 長姉の愛は高校3年生で受験真っ只中。志望校は神戸大学らしい。

 大学入試ではどんな問題を解くのか気になったちひろは、使い古されたその赤本を開けてみた。

「……なにこれ」

 そこに書かれていたのは……「うんこの法律」「うんこの法則」。言うまでもない、小学生レベルのしょうもない覚え方。

 そんな覚え方で本当に神戸大行けるのかと心配したちひろだが、ちひろ本人も暇なわけではない。

 姉もここまで赤本をボロボロにして夢に向かって頑張っているのだ。私もその流れに乗り志望校に食らいつかねば。

「……始めるか」

 自分の部屋の勉強机に向かい、1人問題と向き合う。

 数学。反比例……二次関数……。

 理科。フックの法則……外骨格……。

 社会。踏み絵……オホーツク海……。

 英語。……何を言ってるんだこれは。

 勉強を始めて1時間半後、誰かが帰ってきた。

「ただいま〜」

 玄関でローファーを脱いだのは、耳にカセットウォークマンを装着した次姉の紅美(くみ)。彼女は17歳の看護学生だ。おでこを出した長いポニーテールの明るい茶髪。それが彼女のトレードマークだった。

「お、みかんあるやん、いただきまーす」

「あ!!それ私の!!」

 しかしちひろは思い出した。そのみかん……。

「……すっぱぁぁ!!!」

 勝手に人のものを食べた罰当たりめ。思わず煽るようにニヤける。それが勝ち気な紅美の逆鱗に触れてしまったようだ。

 2人で取っ組み合いを始める。

「人のもの食べたんが悪いやろ!この罰当たりめ!」

「そんなん知らんわ!そこ置いとったら誰でも食べるやろ!」

 その喧嘩の最中、長姉の愛が帰宅した。

「……うるさいなぁ!!!黙って!!!」

 その一声で2人は掴み合いをやめ、正座する。

 どうやらセンター試験の直後のため、安心してストレスが溜まったのかイラついているらしい。さらに二次試験も2月にあるため、愛はひと段落すらつけないのだ。

『……なぁ紅美、信じられる?愛姉ちゃん、赤本にうんこの法律って書いとったで……?』

『なんやそら。小学生か?』

 2人で耳打ちをし合っていると、愛の鋭い視線が飛んでくる。彼女の声も不機嫌極まりなかった。

「今日お父ちゃんとお母ちゃんは帰りが遅なるらしいけ、先風呂入っとってって。

 ……あとちひろ、あんた受験生やろ?なんで勉強しとらんの?」

 まずい、バレた!!

「バレるも何も受験生やろ?自覚持ちや!!志望校入れんかったらどうすんね?」

「はぁい!!」

「あと紅美、あんたも受験生にちょっかいかけたらあかんで」

 姉の一言で姉妹はそれぞれ動き出す。

 愛とちひろは勉強机へ。紅美は風呂掃除へ。

 しばらくして母が買い物から帰宅、夕飯の準備。

 今日は昨日センター試験が終わった愛への労いとして彼女の好物、唐揚げが振舞われた。

 父も帰宅し、みんなで晩御飯。

「遠慮の塊もらい!」

「それ私の!!」

「センター終わった私の特権や!返し!!」

 こんな些細なことで姉妹喧嘩をし、風呂に入り、それぞれベッドで眠る。

 そんな日々が永遠に続くと思っていた。

 この数時間後に広がる光景など誰が予想しただろうか。

こんにちは。作者の茉莉花まつりかです。

今作は現代社会をテーマに、日本の歴史を動かした大災害、阪神淡路大震災を描くことにしました。

前提として私は阪神淡路大震災を経験していません。ですが、いつもの好奇心で学ぶことにしました。

現地へ行き、資料を見て学んでみると、自分が想像していた以上に悲惨で、過酷で、目を逸らしたくなってしまうような事実がそこにはありました。

被災者の多くは経験を語ろうとしません。いや、語りたくないと言うのが正解かもしれません。

だからこそ、この記憶を風化させないために経験していないからこそ受け継いでいく必要がある。

戦争系の作品は多数ありますが、震災系の作品はなかなかありません。戦争の場合、終戦から何十年と経っているので作品化するのに抵抗はないかもしれませんが、災害の場合は発生したのが近年すぎて向き合うことに恐れているのかもしれません。

でもそうこうしているうちに、巨大地震はやってくる。実際、南海トラフ地震や首都直下型地震、北海道地震などいくつもの災害が予測されています。

でもいざ起こったら、どうすれば良いのかわからない。

そうならないためにもこの作品を執筆しようと決意しました。

私の両親は兵庫の隣に住んでいたので、阪神淡路はもろに経験しています。(神戸ではないのですが)両親の経験や、資料に残っている被災者の証言、テレビの特集、資料館での学び(今回は「人と防災未来センター」に足を運びました)を元に構成しています。

話は変わりますけど、なんかもう、センター試験(現共通テスト)とかウォークマンとか描いてて懐かしくなりました笑。商店街とか今だいぶ減っちゃいましたね。

懐かしの1990年代の雰囲気、そして阪神淡路大震災の教訓で変化したことなど、災害(のシーンももちろん重要ですが、それ)以外の場面もクローズアップしてお楽しみいただけたら幸いです。

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