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滌葬草子  作者: 相宮祐紀
〈一〉 滌宮
9/40

九   皇女





  **  **





 なにやらあわれで少しおろかだ。向かい合い座る男を眺める。

 伏丸(ふせまる)と名のったこの男は、昼間の小屋からかっぱらってきた火打石の一式を使って、みごと囲炉裏に火を入れてみせた。それくらいの道具は持っていたが、わたしがやりますと言い張るので、任せてみるとはやかった。いまは火の上に五徳を据えて、そこに鉄器の鍋を置き、夕餉の粥をこしらえている。五徳から味噌にいたるまで、ひと買いから取ったものである。それについては気にならなかった。いまの世の中、それくらいやる。味噌の香ばしさが鼻をくすぐる。

「わたしが先に食べてみますので」

 盗んだものだということを、伏丸はやや気にするらしい。これも任せておくことにする。やわらかな湯気がかすませる、おもてはわずかに強張っている。

 どちらかといえば端正なつくりだ。無駄のない輪郭に鼻筋は通り、唇は薄く眉は凛々しい。その下の目はまなじりが切れ、冷たく冴えて獣にも似る。身体もしっかりしていたのだが、古傷が多く刻まれていた。新しい傷がないのかどうか、確かめようと先刻言ったが、もう晒したくないようだ。(ころも)に血は滲んでおらず、どこかをかばうようすもないのでふれないでおくことにした。

 なにやらおろかで、少しあわれだ。(わざわい)を内に生みやすく、また集めやすいから、だけではない。確かに、禍の餌となることが、この男を旅に伴う理由だ。だが、おそらくそれだけではない。泥の中もがいているようだから。その身も心も(いまし)めながら。

 滌宮(すすぎのみや)のつとめにとって、値打ちがあることはまちがいない。そして、竟子(さかいこ)という名を持った、取るに足らないひとりとしても。この男には興味が湧いた。そのことが少し、情けなかった。

「わたくしのつとめについて、詳しく話しておきますね」

 竟子は湯気の向こうに告げた。味見か毒見をしていた男は、欠けた碗を置き、うなずいた。食べながら聞いてかまわぬと言ったが、いいえと首を振るばかり。しかたがないので、話をはじめた。

「あらためまして、わたくしは滌宮と呼ばれるものです。この世にはびこる禍を、すすぎほうむるつとめをしています。どのようにすすぐかは、あなたにも見せたとおりです」

「はい──」

「知っていることと思いますが、禍の溜まりやすいところがあります。ひとけのないところや、ひとがたくさんなくなったところ。きょうは戦場(いくさば)に行き合って、禍が多くわだかまっていたので、あそこで(すすぎ)をしたのです。近頃は(いくさ)や小競り合いが各地で起こっていますから、禍のたかるところが増えて、禍が生まれやすくもなった。わたくしはあれを感じられます。多く集まっているところへ行って、滌をしながら旅するのです」

「前に進めなくなりませんか」

 黙って聞いていた伏丸が、ふとそんなことを問うてきた。竟子は思わず目をしばたいた。確かに、禍はいつでもどこでも生まれて、集まっていくものだ。すべてすすごうとしていると、おなじところを離れられない。

「すべてを、すすぐことはかないません。行くべきところがありますから、そこへの道中にある場所でしか、滌はできないということになります」

「行くべきところというのは、どこに」

葬宮(はぶりのみや)というところです」

日迎(ひむかえ)ですか」

「ええ、そうです」

 日迎という国にある、葬宮と呼ばれる土地だ。伏丸が軽く目をみはった。

「日迎なら、五日くらいで着きますね」

 いまいる国とは海峡を挟み、となりの国にあたるところだ。進み続ければ五日ほどで着くので、短い旅路だと思ったのだろう。けれども、それだけでは済まない。竟子は首を振ってみせた。

「わたくしは歩くのが遅いですし、たびたび滌をおこないますから、くたびれてあまり進めません。十日より多くかかります」

「それは、そうですね。わかりましたが……」

 伏丸がなにか問いかけたので、竟子はいったん手で制した。なぜだか、案じられる気がした。いまはそれよりも優先すべき、伝えておくべきことがある。

「わたくしがたどり着くべきところは、日迎の葬宮ですが。詳しくは、葬宮にある(もり)です。奥に(やしろ)があるのです。その社が葬宮というので、その土地もおなじ名なのですが……、旅のはじまりからそこまでのあいだに、いくつかの社があるのです。そのそれぞれの社において滌をおこないつつ向かいます。このすぐ近くにもひとつあります。葬宮を除くなら、そこが最後の社です。目下、そちらを目指しています」

「旅も最後のほうなのですね」

 伏丸のことばにうなずいた。目の端で火がゆらりゆらいだ。

「それではあすにはこの近くにある、その最後のお社に、向かうということになりますか」

「ええ、はい。そうですね。そうしようと思っています」

 竟子がこたえると、伏丸はゆっくり座り直した。

「そのあと、葬宮へ向かうのですね」

「そうです」

「宮さま」

「なんですか?」

「わたしからお聞きしてかまいませんか」

 まっすぐに視線を向けられ、思わずたじろぎそうになる。竟子はゆるりと微笑んでみせた。

「かまいませんよ。なんなりと」

「三つ、お聞きしたいのです。ひとつは、宮さまがどこからいらしたか」

 問われてはじめて、言っていなかったと気づいた。竟子は素知らぬ顔でこたえた。

「わたくしは、都から来たのです。滌宮という社があります。わたくしはそこから出てきました」

「だから滌宮さまなのですか」

「そうです。真名はほかにあります」

 わかりましたと、伏丸は言った。ふたつめは、とおおまじめに続ける。竟子はちょっと呆気にとられた。昼間、ひと買いを打ち(ひし)いでは飛ばし転がし笑った男と、おなじひととは思えなかった。

「ふたつめは……、滌宮さまとおっしゃるのは、都から来たということは、やっぱり御上(おかみ)御子(みこ)ということ、ですか」

「いかにも、そのとおりです」

 隠し立てすることでもないので、竟子は即座に応じた。火花が弾ける音が響いた。伏丸の表情は変わらなかった。

「そうでしたか。無知なもので、お聞きしてしまってすみません」

「いいえ。わたくしが言うべきでした」

 この身はいちおう皇女(ひめみこ)である。今上帝はじつの父親だ。

「代々、皇女のうちひとりは滌宮に入ります。禍をすすぎほうむるための修練をおこなうのです。そのあと、御上の御言(みこと)を受けて、こうして旅に出てきます。滌葬(すすぎはぶり)の旅といわれます」

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