九 皇女
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なにやらあわれで少しおろかだ。向かい合い座る男を眺める。
伏丸と名のったこの男は、昼間の小屋からかっぱらってきた火打石の一式を使って、みごと囲炉裏に火を入れてみせた。それくらいの道具は持っていたが、わたしがやりますと言い張るので、任せてみるとはやかった。いまは火の上に五徳を据えて、そこに鉄器の鍋を置き、夕餉の粥をこしらえている。五徳から味噌にいたるまで、ひと買いから取ったものである。それについては気にならなかった。いまの世の中、それくらいやる。味噌の香ばしさが鼻をくすぐる。
「わたしが先に食べてみますので」
盗んだものだということを、伏丸はやや気にするらしい。これも任せておくことにする。やわらかな湯気がかすませる、おもてはわずかに強張っている。
どちらかといえば端正なつくりだ。無駄のない輪郭に鼻筋は通り、唇は薄く眉は凛々しい。その下の目はまなじりが切れ、冷たく冴えて獣にも似る。身体もしっかりしていたのだが、古傷が多く刻まれていた。新しい傷がないのかどうか、確かめようと先刻言ったが、もう晒したくないようだ。衣に血は滲んでおらず、どこかをかばうようすもないのでふれないでおくことにした。
なにやらおろかで、少しあわれだ。禍を内に生みやすく、また集めやすいから、だけではない。確かに、禍の餌となることが、この男を旅に伴う理由だ。だが、おそらくそれだけではない。泥の中もがいているようだから。その身も心も縛めながら。
滌宮のつとめにとって、値打ちがあることはまちがいない。そして、竟子という名を持った、取るに足らないひとりとしても。この男には興味が湧いた。そのことが少し、情けなかった。
「わたくしのつとめについて、詳しく話しておきますね」
竟子は湯気の向こうに告げた。味見か毒見をしていた男は、欠けた碗を置き、うなずいた。食べながら聞いてかまわぬと言ったが、いいえと首を振るばかり。しかたがないので、話をはじめた。
「あらためまして、わたくしは滌宮と呼ばれるものです。この世にはびこる禍を、すすぎほうむるつとめをしています。どのようにすすぐかは、あなたにも見せたとおりです」
「はい──」
「知っていることと思いますが、禍の溜まりやすいところがあります。ひとけのないところや、ひとがたくさんなくなったところ。きょうは戦場に行き合って、禍が多くわだかまっていたので、あそこで滌をしたのです。近頃は戦や小競り合いが各地で起こっていますから、禍のたかるところが増えて、禍が生まれやすくもなった。わたくしはあれを感じられます。多く集まっているところへ行って、滌をしながら旅するのです」
「前に進めなくなりませんか」
黙って聞いていた伏丸が、ふとそんなことを問うてきた。竟子は思わず目をしばたいた。確かに、禍はいつでもどこでも生まれて、集まっていくものだ。すべてすすごうとしていると、おなじところを離れられない。
「すべてを、すすぐことはかないません。行くべきところがありますから、そこへの道中にある場所でしか、滌はできないということになります」
「行くべきところというのは、どこに」
「葬宮というところです」
「日迎ですか」
「ええ、そうです」
日迎という国にある、葬宮と呼ばれる土地だ。伏丸が軽く目をみはった。
「日迎なら、五日くらいで着きますね」
いまいる国とは海峡を挟み、となりの国にあたるところだ。進み続ければ五日ほどで着くので、短い旅路だと思ったのだろう。けれども、それだけでは済まない。竟子は首を振ってみせた。
「わたくしは歩くのが遅いですし、たびたび滌をおこないますから、くたびれてあまり進めません。十日より多くかかります」
「それは、そうですね。わかりましたが……」
伏丸がなにか問いかけたので、竟子はいったん手で制した。なぜだか、案じられる気がした。いまはそれよりも優先すべき、伝えておくべきことがある。
「わたくしがたどり着くべきところは、日迎の葬宮ですが。詳しくは、葬宮にある杜です。奥に社があるのです。その社が葬宮というので、その土地もおなじ名なのですが……、旅のはじまりからそこまでのあいだに、いくつかの社があるのです。そのそれぞれの社において滌をおこないつつ向かいます。このすぐ近くにもひとつあります。葬宮を除くなら、そこが最後の社です。目下、そちらを目指しています」
「旅も最後のほうなのですね」
伏丸のことばにうなずいた。目の端で火がゆらりゆらいだ。
「それではあすにはこの近くにある、その最後のお社に、向かうということになりますか」
「ええ、はい。そうですね。そうしようと思っています」
竟子がこたえると、伏丸はゆっくり座り直した。
「そのあと、葬宮へ向かうのですね」
「そうです」
「宮さま」
「なんですか?」
「わたしからお聞きしてかまいませんか」
まっすぐに視線を向けられ、思わずたじろぎそうになる。竟子はゆるりと微笑んでみせた。
「かまいませんよ。なんなりと」
「三つ、お聞きしたいのです。ひとつは、宮さまがどこからいらしたか」
問われてはじめて、言っていなかったと気づいた。竟子は素知らぬ顔でこたえた。
「わたくしは、都から来たのです。滌宮という社があります。わたくしはそこから出てきました」
「だから滌宮さまなのですか」
「そうです。真名はほかにあります」
わかりましたと、伏丸は言った。ふたつめは、とおおまじめに続ける。竟子はちょっと呆気にとられた。昼間、ひと買いを打ち拉いでは飛ばし転がし笑った男と、おなじひととは思えなかった。
「ふたつめは……、滌宮さまとおっしゃるのは、都から来たということは、やっぱり御上の御子ということ、ですか」
「いかにも、そのとおりです」
隠し立てすることでもないので、竟子は即座に応じた。火花が弾ける音が響いた。伏丸の表情は変わらなかった。
「そうでしたか。無知なもので、お聞きしてしまってすみません」
「いいえ。わたくしが言うべきでした」
この身はいちおう皇女である。今上帝はじつの父親だ。
「代々、皇女のうちひとりは滌宮に入ります。禍をすすぎほうむるための修練をおこなうのです。そのあと、御上の御言を受けて、こうして旅に出てきます。滌葬の旅といわれます」




