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滌葬草子  作者: 相宮祐紀
〈一〉 滌宮
6/7

六   小刀

 とたん、蓬髪が膝を折る。袖なしがそれを支えにかかり、眼帯が太刀(たち)の柄を手離す。荒縄襷だけが気丈に、こちらの動きを追っていた。しかし陣形はくずれているので、すり抜けるのは容易であった。伏丸(ふせまる)は包囲から抜け出すと、そのまま斜面を駆けあがる。

 荒縄襷が追いかけてくる。空気が荒く切り裂かれ、(まだら)の矢羽根が降ってくる。さきほど蓬髪に刺したのも、木の上から放たれたこの矢だ。ひとつは投げ返したのだが、ひとつ拾って隠し持っていた。

 伏丸は木の合間を縫って、すばしこい犬みたく走った。途中で手ごろな石を拾って、木陰に飛び込んでから放った。それは眉間に命中し、荒縄襷は仰向けになってそのまま斜面を滑っていった。矢も尽きたのかとどかないのか、もう追い立ててこないらしい。妨げもなく斜面をのぼると、そこには細い道があった。鬱蒼と茂る草木に囲われ、まるで筒が口を開けているよう。思わずとまった伏丸は、ふいにかすかな悲鳴を聞いた。

 筒じみた道の向こうから。伏丸は即座に駆けだした。草や枝葉がざわざわと鳴り、笑いさざめくようでもあるが、かまう暇なく走り続ける。やがて道を抜け、前がひらける。そこには、古びた小屋がたっていた。

 しな垂れる枝や蔦の類いに、封じ込められているかのようだ。伏丸は葉の陰に身を隠し、そっとようすをうかがった。小屋はかなりのあばら屋である。板壁に墨の落書きがあり、戸板は朽ちて外れている。そこから、ぞろぞろひとが出てくる。縄に連なってつながれている。みんな粗末でよごれた(ころも)に、ぼさぼさの髪の女子供だ。口にも縄を噛まされており、悲鳴もちいさなものしか出ない。出せば地面が鞭打たれ、その音にみんなひどく怯える。打っているのはひとりの女だ。いっぽうの手に長い鞭を持ち、もういっぽうでひとをつなげた縄の端っこを引っ張っている。派手な(くれない)の小袖を着ており、髪は結いあげられていた。

 伏丸は女子供の中に、あの色ばかりをさがしていた。ない。ない、と身を乗り出して、ひときわ優雅な身ごなしを見る。悠然と小屋の中から出てくる。列のいちばんうしろに縛られ、口もとが布で覆われている。あの若草の小袖の娘。ごくりと唾を飲んだそのとき、なにか転がる音がした。

 見れば、大きな荷車である。籠をいくつも括りつけており、男がひとりで引いてくる。あれにひとを入れなにかかぶせて、どこかへ運んでいって、売るのだ。とくにめずらしいことでもないが。

 伏丸は細く息を吐き出した。やはり、娘はここにいた。奇妙なふるえが広がっていき、指の先まで脈打ちはじめる。しかし、溺れてはいられない。娘を連れ出さなければならない。あの娘は、ほんとうに、あのように縛られ口を覆われ、引っ立てられてはだめなのだ。ほかのひとは、ほぼ頭にないが、あの娘だけはだめだった。いますぐあの縄切らねばならない。ぐっと両手を握りしめ、(ほう)けた頭に血を巡らせる。

 ここにいるひと買いはふたりらしい。あちらに六人おりてきたのは、追ってくるものに気づいていたから。蓬髪は囮かと問うてきたので、集団が控えているということも考えたうえの判断だろう。こちらのふたりは「品物」たちを、車に乗せて先に運び出す。ずいぶん手薄ではあるが、ここまで攻め込まれたときには「品物」を譲り逃げる手筈か。

 なんにせよ、悠長にしていられない。下に転がしてきた者たちも、じき追いついてくるだろう。ここはさっさと済ませるにかぎる。伏丸は手近な石を掴むと、放った。狙いは少し外れて、女の肩にぶつかった。女は、高い悲鳴をあげて一気にその場にくずおれる。すかさず伏丸は陰から飛び出し、女の横を素通りすると、荷車を引いてきた男のみひらかれた目と対峙した。

 男は横木の内にいる。すぐに動ける状態ではない。伏丸はその懐に、拳を叩き込んでくずした。横木をまたいで縋ってくるのを片足引いて避けたのち、空いた横腹を蹴り飛ばす。倒れた男の、(かたき)とばかりに飛びかかってくる女をいなし、腕をとらえて投げ飛ばす。女が落とした小刀を取り、近くの娘の手縄を切って口枷も解くが、まちがえた。ちがった。あのひとじゃなかった。勢いで解き放っただれかに小刀をぐいと押しつけて、どこだと顔をあげたとたんにまっすぐ、目が合ってしまった。

 深い(くろ)の中映り込んだと、一瞬、伏丸は固まった。そのとき、だれかが悲鳴をあげる。背後。刃の気配が迫る、首筋を捉えられている。しくじっている。傷は不可避だ。どうにか浅くしようと動いた、刹那、呻き声があがった。

 はっと振り返ってみれば、蓬髪がくずれ落ちていた。腿には布が巻いてあるものの、血が滲みいまだ広がっている。それでもここまで追いついたらしい。しかし、なににもふれられていない胸を押さえて悶絶している。伏丸はつい、にやりと笑んだ。伸ばされる蓬髪の手を無視し、娘のほうへ走り寄ったらつながれた縄を噛み切った。

 娘は、なおも縛られたままの手を伏丸に差し出した。ほどけと、言っているようだった。そうしたいのはやまやまなのだが、ここに長居はしたくない。蓬髪と袖なしと眼帯が、荷車の男と紅の女が、うしろでのたうち回っていても、こちらにかまう暇などなくとも。あまりここにはいさせたくない。しかし、やるべきこともある。伏丸は娘の前にかがむと、少し待っているよう頼んだ。まばたきをひとつ、確かめてから、伏丸は小屋の中へ入った。

 だれもおらず、薄暗かった。ぼんやりと差す光の中に、(ちり)がきらきらと舞っていた。土間に(むしろ)が敷いてあり、上に小袖や太刀や匕首(あいくち)、鍋に杓子まで散らかっている。伏丸はそれらをそのへんにあった行李(こうり)に詰め込み、背に負った。小屋を飛び出し、そこに立っている娘を抱えて走りだす。娘は口を覆われているからか、なにひとつ声を発さなかった。背中の行李も静かであった。うるさく音を立てぬよう、硬い小物どうしの隙には布の類いを突っ込んだのだ。

「もう少し行ったらほどきますから……」

 さきほどとはちがう斜面を、滑るようにして駆けおりていく。山をくだって、里へ行く。ひと買いはしばらく動けないだろうが、ひとの多いところへ紛れ込みたい。伏丸はそれだけ考えていた。ひどく緊張したかぶっていたのに、娘をたすけだしたいま、ふしぎなほど高揚はなかった。

「待ってください、もう少し……」

 娘はうなずくこともなく、しかし重みを預けてくる。ふれあうところに強張りはなく、腕は首筋に回されていた。それに気づいてしまったとたん、身体の芯がわずかふるえた。伏丸はただ進み続けた。

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