三十六 宍色
端者。未熟で、青臭いから、ふと逞しいひとを思った。ひとり恩人の庵を守り、しなやかに生き抜いているあのひと。あんなふうに強くなれたら、そうねがうのはお門違いだ。どうして強く思えるかも知らない。なにを捨て越えてきたかも知らない。
庵にひとりでいるときに、あのときのように怪しい者が入ってきたらどうするのかと、サクが案じてたずねていた。すると、フミはつややかに笑み、籠絡するんだよ、とこたえた。意味のわかったらしいサクと、わからないはずがない伏丸が絶句し、竟子もおどろいてしまった。でもフミはすずしい顔をして、なんもくれてやらないんだから平気だよと、サクの頭を撫でた。
フミが使うのは話術らしい。まるめ込み、殿さまの人夫にすると、当然のように言っていた。うつくしいものも、おそろしいものも、きっとよくかわいがっている。そういう力をつけたひと。
己はどうかと、かえりみている。おそろしいことなどなにもない。つとめを果たさなければならぬと、そればかりくり返して生きてきた。十四のころからずっとおなじだ。絡め取られて縛られている。けれども、縛られきってはいない。すべてを捧げる覚悟はないのだ。
いっそ、生まれてから延々と、つとめを果たせとそればかりなら、覚悟も決まっていたかもしれない。しかしこの身はちがっている。長く慈しまれ守られていた。滌宮になるはずではなかった。
父は三人の滌宮を送り出して失ったあと、己の代の滌葬はもうやめようと考えていた。竟子もそれを知っていた。だが、滌宮になりたいと、みずから父に申し出たのだ。
前の三人の滌宮、叔母とふたりの姉たちは、滌葬の旅をするべく育てられていたひとたちだった。竟子はそうではなかったが、受け継いでいる血のために、滌宮の資質はあった。だから戦ばかりのこの世を、どうにかしたいと考えたのだ。己にできることならば、やるべきだと、信じ込んでいた。熱心に父を口説き落とし、滌宮となる修練だけはしてもよいと言わせるに至った。
滌宮になるならば。禍を受けいれなければならない。己の中におそろしいほどの禍を抱え込み歩む。山や海のような禍にとりつかれているのとおなじことだ。滌宮はそれでも立って、旅をまっとうできる力を持たなければならないのだった。
幼いころから禍を取り込み、身体を慣らしていくのだが、竟子はそれをしていなくとも、だいたいできることがわかった。滌宮になるしかないと、思い、父の許しもおりた。すばらしい覚悟と称えられ、竟子は滌宮になった。
いざ旅に出てみれば、できることなど滌だけだった。滌ができればなにか救えると、思いちがいをしていたと知った。すべてに、かぎりばかりがあった。それでも滌宮なのだから、なるべく多くの禍をすすぎ、道連れにして葬ってやる。そう考えて己を支えた。そうでなければ、進めない。世に咲き乱れるおそろしさにも、同時に蔓延るうつくしさにも、あっという間に絞め殺される。それほどに弱い、端者だった。
だから端者をほしがったのだろう。ふたりで一人前などという、そんな殊勝なことでもないのだ。どうしようもないなにかを抱え、なにも決めきれずもがき苦しむ。そんなすがたに惹きつけられる。ああうつくしいと思ってしまう。この身を捧げたくなるほどに、きっと。ただ、ただそれだけだった。
命の随にとささやいた、低まった声がよみがえる。はじめて使いかたが合っていた。わざとまちがえていたのだろうか。もしや、おなじような心地だろうか。竟子は肩を包む小袖をさらりと剥いで床へ広げた。ところどころがほつれ、破れて、血の痕までがのこる宍色。これは、肉の、臓腑の色だ。ゆらぐ炎の影を頼りに、草の香りの染みついている縫い目を、ふれずのままにたどって。すこし、つかれてしまったようだ。もう、やはりほうむってしまおう。




