三十四 火花
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かすかな音で火花が散った。灰の上に落ち悶えて、消えた。竟子はそれを見とどけた。
雨はいまだにあがっていない。けれども少し弱まったのか、音ははじめほど気にならない。火をおこしてから酒を飲み、粥をこしらえて食い、眠るくらいに、降り続くので慣れたのだろう。
囲炉裏の横で眠っていたが、なぜだか目が覚めてしまった。目を閉じてもうまく眠れないので、すぐそばの火のゆらめくさまを、焼けつきそうなくらい見ていた。かたちも色も定まらず、刻々うつろうので離れがたい。耳を澄ますとほんのちいさく、血の巡るような音が聞こえる。ときおり、こらえきれなくなるのか、弾けて飛んでは消えていく。そんな炎のそばにいて、身体はゆるくぬるんでほどけ、けれども、やはり眠れない。
とうとう日迎にたどり着き、葬宮のある杜のすぐ近くまでやってきた。この土地の名も葬宮だ。ここへ着いてから調子が狂うと、竟子はそんな気がしていた。いや、もっと前からだろうか。いままで、急に倒れたり、寝込んだりすることなどなかった。無理はしていないつもりだった。二年の旅で滌を続け、身体が弱っているのかもしれない。あるいは、気がおかしくなった。
己の力でどうしようもない、諍いのあいだに入ろうとしたり、それを愚かしいと口にしたり、手を取られ握り返したり。軟弱な態度が近頃目立つ。端者。きゅっと、頼る掛布は、貸し渡された宍色の小袖。
竟子はふうわりと、まなざしを上へ移していった。炎と夜気がとけあうところは、すきとおって、ふるえているのでこの世とどこかの境目のよう。その向こう側、横たわっている。やわくせつなる赤を透かして、ゆれて、ゆれうごく淡い影。
いつも、うしろについてくるから、あまり見ることのない背中。広いけれども、まるまっている。なにかだいじに抱え込むように、ちいさくなって眠るのだ。でも音がすればすぐ目を覚まし、宮さまとこちらをかえりみるのだ。そうでなければ、きっと振り向かない。追うこともかなわないと思える。その背が、妙な動きかたをした。なんだか、急にそんな気がして、竟子は目を細め見た。かげろうのせいだっただろうか。なにか、ちがうように思って、ゆっくりと半身を起こす。
ともすれば夢に見えた景色が、ずいぶんくっきりして迫る。四角い囲炉裏を挟んだところ、粗っぽく敷いた筵の上に、戸口を向いて横になっている。肩のあたりが上下している。おだやかに眠っていると言うには、それはせわしい動きに見えた。
酒を飲ませたせいなのだろうか。いや、こんなことは幾度もあった。身を乗り出してまぶたをおろす。それでも、ゆらめく火の音ばかり。まぶたをあげた竟子は、びくりと、肩が跳ねるのを見た。やはり夢見がよくないらしい。
それならいっそ、なにか呻いてもっと、苦しそうにしたなら。起こして、案じるなりからかうなり、どちらにしてもそちらへ行ける。けれどもいまのようすでは、どうしていいか、わからないから囲炉裏を隔ててとりのこされる。この端者、寝ているときまで端者だ。主を寝かせぬとは何事なのか。
声にはのせない文句を垂れて、頭がじんわり熱かった。声が、息が聞こえないかと、乗り出したせいで火が近いのだ。うしろへ身を引こうとして、そのじつ、手を伸ばしていた。爆ぜた火花にはじかれた。
「伏丸」
呼ぶつもりはなくて。慌てて口を押さえつけたとき、伏丸の頭が持ちあがる。
「宮さま」
どうされましたかと、掠れた声で問うてくる。身を起こし、竟子をかえりみる。その目は、くっきり冴えていた。炎もはじきふれがたいほど。夢の気配など露ものこさず、その中にはいなかったのだろうと、納得させられそうになる。竟子はいちどまたたいてから、首を横に振ってみせた。
「いえ。なにということもありません。いまちょうど目が覚めたので、退屈しのぎになろうかと」
「ああ、それは。そうでしたか」
筵の上にあぐらをかいて、伏丸はあっさりうなずいた。片手を首筋にあてがいながら、もういっぽうで口もとを覆う。隠したのかもしれないが、もう見てしまった。微笑んでいた。
踏み擦られた花をみとめて、おかしいほどに胸に穴があく。ふちを幾度も確かめる。そういう笑みはすきになれずに、けれどもそういう顔をするから、眺めてしまうと知っている。どうしようもなくふれがたい。伏丸はふっと息をつき、竟子にまっすぐ、その目を向けた。
「おやすみになれないのですか」
まだざらついて、どこかやわらかい。竟子はふたたびかぶりを振った。
「いいえ、たまたま目が覚めただけです」
「そうですか」
「ええ」
あなたは、と。問いは喉の奥につかえて、ぐずっているから呑んでしまった。落ちて沈んで禍になる。それでも外へ出ることはない。滌宮ならそうなのだ。ずっとあたりまえだったこと。いまさらいっそ惜しく感じて、そのとき、なぜだか思い出された。幼い日、光る小石を拾った。だれかに見せたくてしかたなかった。でもみんな忙しそうだから、ずっとひとりで眺めているうち、池に落として沈ませた。
「どこかおつらいのではないですか」
伏丸の問いで、われに返った。囲炉裏を隔てた伏丸は、身体をわずかに傾けており竟子をのぞき込んでいた。竟子はまた首を振り否む。石が水底へ消えていく。
「目が覚めることくらいありましょう」
そうですね、と伏丸はこたえ、ぐるりと大きく首を回した。ついでに肩も交互に回し、なにやらおどけた言いかたをする。
「外へ出てきます。すぐもどります」
「でも、雨が降っているでしょう」
「さきほどやんだようですよ。音が」
確かに、もう聞こえない。
「知らせなくとも、かまいませんよ」
「そういうわけにはいかないでしょう」
「そう、それもそうですね。では遠くへは行かないように」
「命の随に。滌宮さま」
伏丸は軽く肩をすくめて、笑ったそばから立ちあがる。古びた板敷を軋ませながら、一段下の土間におりるとやけに、遠く思われて。竟子はつい、呼びとめていた。




