二十七 白湯
真杭又二郎はサクと目を合わせ、なにがおかしいのか笑いだす。幼子相手とは思えない。サクは気味わるそうな顔をしつつも、どこかまんざらでもなさそうだ。真杭又二郎は楽しげに続けた。
「わたしは長男でもなかったが、いろいろとあって家を継いだのだ。苦労はしたがなんとかやれておる。フミどのがおってくださるおかげだ」
「あれ、うれしいこと言ってくれますね」
「当然だ。だいじな母御ゆえ」
さらりとそう告げてから、真杭又二郎は粥を啜った。そのへんのごろつきと変わらない、粗野な食いかたにもどこか品がある。妙なひとだとぼんやり思う。
「フミどのはほんとうに、よい母御なのでしょう」
そう言ったのは宮だった。匙で粥をひと撫ですると、ほのかに笑みを浮かべてつぶやく。
「われらを拾ってくださいましたし、このお粥もおいしゅうございます」
「うまいよ」
サクが便乗する。伏丸も急いで頭をさげた。おや、とフミは目をまるめる。
「そんな褒めたってなんも出ないよ?」
「そうだ。ここにはまことになにも」
「又二さまちょっとお黙りなさい」
フミが膝がしらを叩くと、ぱしん、とよい音がした。真杭又二郎が大仰に痛がり、みんなで笑いだしてしまう。宮も口もとに袖をあてがい、くすくすと肩をゆらしていた。なぜか、ずきりと奥底が疼く。
「ところで、ひとつお聞きしたいのだが」
ひとしきり笑ったあとで、真杭又二郎が切り出した。まっすぐ見ているのは、宮だった。はい、と座り直した宮に、真杭又二郎はかろやかに問うた。
「あなたは、もしや滌宮では」
いかにもさようにございます、と、宮はすぐさまこたえを返した。
** **
社のある国だけあって、滌宮もよく知られている。一介の村びとだったとはいえ、ぜんぶつくりごとと決め込んでいた伏丸とはずいぶんなちがいだ。フミも、うすうす気づいていたと、少し申し訳なさそうにした。
「宮さまって呼ばれてたからね。あと、まわりの風がこう、なんとなくきれいな感じがしてね。言わないから聞かなかったけど、そうなんだろうと思ってたのさ」
鍋から白湯を杓子で掬って碗に注ぐと、宮に手渡す。宮はうやうやしく受けとった。
「隠すべきことではありませんが、吹聴すべきことでもないのでいままで黙っておりました。おこころづかい、いたみいります」
伏丸は黙っていたというより、それどころではなかったのだ。宮が倒れてしまったから。滌をしすぎたせいでもあろう。餌袋にたかった禍までを、こまめにすすいでいたのである。しかし、それこそが宮のつとめだ。そして伏丸のつとめでもある。その先に待っているものが、ふと首をもたげ、ぞっとした。フミに渡された白湯の椀を、両手に包み、縋るようにする。
「それでは、禍をすすぎながら、旅を続けられてきたのか」
宮が滌宮であっても、態度を変えることがない。真杭又二郎は、持参した酒を茶碗に注いで飲んでいた。宮は、静かに肯った。
「さようにございます。こちらのお社にも、先日まいりましたところです」
「さようか。休まれておったとのことだが、お身体のほうはだいじござらぬか」
真杭又二郎がそうたずねるのは、宮の目もとが陰っているのに気づいているからなのだろう。伏丸は思わずうつむいた。話が、逃げたいほうばかり向く。白湯のぬくもりさえ疼痛を呼ぶ。宮は、ええとうなずいた。
「おかげさまで、だいじありません」
「それは、よかった。しかし滌宮は、道中、賊にも出くわされるのだな」
「そうだよ。もっと幾重にも、守られてるのかと思ってた」
親子が口々に言った。それは伏丸も思ったことだ。おれもびっくりしたと、サクもこぼした。
「はい。いろいろとあるのですが、どうにかやってこられております」
平然とこたえる宮を、茶碗をあおった真杭又二郎がのぞく。伏丸は腰を浮かせた。なにか、見定める視線に思えて。真杭又二郎は宮に呼びかけた。
「滌宮。旅のおわりまでは難いが、せめてこの国を出るまでは、是非にわれらがお守りいたそう」




