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滌葬草子  作者: 相宮祐紀
〈三〉 小庵
26/40

二十六 面影





  **  **





 真杭(まくい)又二郎(またじろう)は領内の視察のついでに、ときおりフミを訪れるという。せっかく来たからとじぶんで言って、夕餉を食べていくことになった。

 囲炉裏の炎の上にかかった黒い大きな鍋の中では、芋と青菜の入った粥がくつくつふくれて煮えている。鍋を囲んだ輪の中に、殿さまも宮さまもいるということが伏丸(ふせまる)には少しふしぎだった。しかし、サクもフミも当人たちも、とくに気にしていないようすだ。

 伏丸はフミがよそってくれた、とろみのある粥を啜り込んだ。湯気が視界をかすませて、素朴なそのあたたかみの中へくらりと誘われそうになる。みんななにかを話しており、相槌を打ってはいるものの、ひとごとのように思えてしまう。湯気の(とばり)が厚くなる。

「じゃあなんで、フミさんのとこに来るんだ。とのさまなんだろ、仕事しろ」

 サクが大きな声を出し、それで伏丸はぎょっとした。殿さまになにを言っているのか。

「サク」

 慌ててたしなめるが、サクは両手で椀を持ったまま、悪びれもせず肩をすくめる。その横のフミがふきだすものの、向かい側に座す真杭又二郎はなにもこたえず黙っている。おそるおそる見てみれば、ちいさく肩をふるわせていた。口もとに手をやり、声を抑えて、どうやら笑っているらしい。

「真杭さま、ご無礼いたしました。サク、わかっているのでしょう」

 伏丸の横で宮が言う。確かに、サクは聡い子だ。わかってやっているのだろう。ぞんざいに無礼な口をきくのは、親しみの裏返しとも言える。伏丸は例外らしいのだが。サクは素知らぬ顔をしており、真杭又二郎は笑いがとまらず、まいっているというようすである。伏丸は宮と目を見交わした。少し顔色がよくなった宮は、わずかに眉をさげている。思わず目をそらしたとき、真杭又二郎が膝を叩いた。

「なに、かまわぬ。当然の問いだ。サクよ、そなたは聡いのだな」

「さといよ。さといからおしえてくれよ」

「フミどのはわたしの母御なのだ」

又二(またじ)さま」

 フミの声が裏返るが、当の又二さまは平気な顔だ。

「よいではないか。旅のかたがただ。旅の恥は掻き捨てとか申す」

「それは使いかた、まちがっていますよ。それになんです、わたしは恥かい?」

「フミどの。ことばの綾ではないか」

「もちろん? 綾錦みたくきれいで」

 小気味よく言い合う親子ふたりを、伏丸はつい見比べていた。そっくりというわけではないが、面影がかさなるように思える。中でも、波打ったくせのある髪が、かなりよく似ていると気がつく。

「んなわけないだろ」

 サクが切り捨てた。かたわらにはさきほど行李(こうり)から出した、古びた匕首(あいくち)が置いてある。なにが起こるやらわからないので、用心のため持っておくのだという。サクはおもしろくなさそうに言った。

「とのさまのかあさまってのは、えらいところにいるもんだろ」

「その言い分はわかりますが、言い方はわかりませんよ。サク」

 宮がすかさず注意する。伏丸もおなじことを思った。サクは、はあいと肩を落とすが、親子は愉快そうである。顔を見合わせてにやりとしたあと、フミがさっぱりした調子でこたえた。

「わたしはもともとここに住んでて、このかたのお父上とここでお会いして、そのあともここに住んでるんだよ」

「父は狩りをした帰りだったらしい。喉が渇いて水を所望し……、持ってきたフミどのに惚れたのだ」

 真杭又二郎がつけ加える。ずいぶんあけっぴろげな語りに、サクがへえ、とうなずいた。

「かよったのか」

「まあそうであろうな。だが、わたしは生まれてすぐに父の腹心に預けられた。世を変える(そう)が出ておったゆえ、ここで育つには惜しかったのだ」

「うそだあ」

「うそだ。しかしまあ、ここで育ったのではないのはまことだ」

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