二十六 面影
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真杭又二郎は領内の視察のついでに、ときおりフミを訪れるという。せっかく来たからとじぶんで言って、夕餉を食べていくことになった。
囲炉裏の炎の上にかかった黒い大きな鍋の中では、芋と青菜の入った粥がくつくつふくれて煮えている。鍋を囲んだ輪の中に、殿さまも宮さまもいるということが伏丸には少しふしぎだった。しかし、サクもフミも当人たちも、とくに気にしていないようすだ。
伏丸はフミがよそってくれた、とろみのある粥を啜り込んだ。湯気が視界をかすませて、素朴なそのあたたかみの中へくらりと誘われそうになる。みんななにかを話しており、相槌を打ってはいるものの、ひとごとのように思えてしまう。湯気の帳が厚くなる。
「じゃあなんで、フミさんのとこに来るんだ。とのさまなんだろ、仕事しろ」
サクが大きな声を出し、それで伏丸はぎょっとした。殿さまになにを言っているのか。
「サク」
慌ててたしなめるが、サクは両手で椀を持ったまま、悪びれもせず肩をすくめる。その横のフミがふきだすものの、向かい側に座す真杭又二郎はなにもこたえず黙っている。おそるおそる見てみれば、ちいさく肩をふるわせていた。口もとに手をやり、声を抑えて、どうやら笑っているらしい。
「真杭さま、ご無礼いたしました。サク、わかっているのでしょう」
伏丸の横で宮が言う。確かに、サクは聡い子だ。わかってやっているのだろう。ぞんざいに無礼な口をきくのは、親しみの裏返しとも言える。伏丸は例外らしいのだが。サクは素知らぬ顔をしており、真杭又二郎は笑いがとまらず、まいっているというようすである。伏丸は宮と目を見交わした。少し顔色がよくなった宮は、わずかに眉をさげている。思わず目をそらしたとき、真杭又二郎が膝を叩いた。
「なに、かまわぬ。当然の問いだ。サクよ、そなたは聡いのだな」
「さといよ。さといからおしえてくれよ」
「フミどのはわたしの母御なのだ」
「又二さま」
フミの声が裏返るが、当の又二さまは平気な顔だ。
「よいではないか。旅のかたがただ。旅の恥は掻き捨てとか申す」
「それは使いかた、まちがっていますよ。それになんです、わたしは恥かい?」
「フミどの。ことばの綾ではないか」
「もちろん? 綾錦みたくきれいで」
小気味よく言い合う親子ふたりを、伏丸はつい見比べていた。そっくりというわけではないが、面影がかさなるように思える。中でも、波打ったくせのある髪が、かなりよく似ていると気がつく。
「んなわけないだろ」
サクが切り捨てた。かたわらにはさきほど行李から出した、古びた匕首が置いてある。なにが起こるやらわからないので、用心のため持っておくのだという。サクはおもしろくなさそうに言った。
「とのさまのかあさまってのは、えらいところにいるもんだろ」
「その言い分はわかりますが、言い方はわかりませんよ。サク」
宮がすかさず注意する。伏丸もおなじことを思った。サクは、はあいと肩を落とすが、親子は愉快そうである。顔を見合わせてにやりとしたあと、フミがさっぱりした調子でこたえた。
「わたしはもともとここに住んでて、このかたのお父上とここでお会いして、そのあともここに住んでるんだよ」
「父は狩りをした帰りだったらしい。喉が渇いて水を所望し……、持ってきたフミどのに惚れたのだ」
真杭又二郎がつけ加える。ずいぶんあけっぴろげな語りに、サクがへえ、とうなずいた。
「かよったのか」
「まあそうであろうな。だが、わたしは生まれてすぐに父の腹心に預けられた。世を変える相が出ておったゆえ、ここで育つには惜しかったのだ」
「うそだあ」
「うそだ。しかしまあ、ここで育ったのではないのはまことだ」




