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滌葬草子  作者: 相宮祐紀
〈三〉 小庵
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二十五 修繕

 なんだ。訝しみ顔をあげると、草の向こうからすがたを見せた。影と浅葱(あさぎ)直垂(ひたたれ)をまとう男。さほど上背はないが、そのへんのごろつきどもとは異なる風格を漂わせている。うしろには長身の男が控え、お偉方だとすぐにわかった。伏丸(ふせまる)はごろつきに馬乗りのまま、偉い闖入者たちを見あげた。このひとたちが、来なければ。宮のあの声が、なかったならば。殺すところだった。死ぬところだった。どちらでもおなじことだった。

又二(またじ)さま!」

 フミが叫んだ。組み敷いた男がくり返し、真杭(まくい)の殿さまかよとつぶやく。男がすっかり脱力したので、伏丸はその腹からおりた。男は起きあがろうとはせずに、力尽きたように伸びたまま。思わず、伏丸は胸を押さえた。

 肺臓がとけて口から出そうだ。空気がうまく入ってこない。あの澄んだ声に穿たれた傷、それだけが臓物のかたちを教える。宮さま。ぼやけた頭で思う。起こしてしまって申し訳ない。また無理をさせたのではないのか。あとずさり、ふらりと振り向くと、そこに静かな気配があった。潤いのある(くろ)の瞳に、まっすぐにとらえられていた。ああみやさま、と息がこぼれる。

「伏丸」

 くっきりと名を呼ばれ、手足がわずかにふるえだす。宮の頬には木の影が差し、痩せてしまったようにさえ見える。それでも、瞳も声も冴え、ひとを打ち拉ぐ手ごたえと、血のにおい、味を思い出させる。宮は平淡な口調で言った。

「われらは旅の者なのです。最後まで責を負えません。不必要に傷つけて、フミどのが報復されたらどうします」

「それ、は────」

 ちらりとも考えなかった。伏丸はうしろをかえりみた。血だらけになり、半分気絶した三人の男が縛られている。長身のひとにやられたらしい。三人一列につながれて、土の上に座り込んでいた。

「呼んだ者が来れば引っ立てよ。わたしはしばしここにおる」

 浅葱の直垂の男が言うと、長身の男はかしこまり、御意にと低く返答した。さきほど浅葱のほうの男は、真杭の殿さまと言われていた。このあたりを治める(あるじ)だろうか。ここへなにしに来たのだろうか。木陰の中の草庵であり、殿さまの寄る場所ではなさそうだ。でも、そんなことよりも、いまは宮のほうがだいじだ。伏丸は宮に向き直り、一歩さがって頭をさげた。

「お見苦しいところをお見せして、まことに申し訳ありません」

「ほんとにおみぐるしかったな」

 宮のうしろから、サクが現れる。伏丸の顔を指差して、ひっでぇ、とにこりともせずに言う。宮がその髪を指先で梳いた。

「ええ、まことにひどいですね。けれど、伏丸があなたを守ったのもまことです。少し度が過ぎていましたが」

「みやさまはもう、ねてたほうがいいよ」

 守った云々にはなにもこたえず、サクが宮の袖を引っ張る。ほんとにそうだと言いながら、フミがそばへやってきた。

「無理して起きてちゃいけないよ。あんたは疲れてるんだから」

 フミは宮の細い肩をさする。見ていると息ができなくなる。思わず口を開けたとき、とんと背中にふれられた。

「伏丸、あんたも疲れてるだろ。たすけてくれてありがとね。荒くれはなにするかわからんからね、あんたがいてくれてよかったよ」

 背にぬくもりが伝わってくる。ふいに視界がゆらぎかけ、伏丸は腹に力をこめた。礼を言われるようなことはしていない。情動に任せ暴れただけだ。どうしても耐えられなかった。いや、こらえようと思わなかった。幾度も首を振っていると、フミはおかしそうにくすりと笑った。

「みんなやっぱり疲れてるね。サク、こわかっただろ、がんばったねえ……ああ又二さま、きょうばっかりは、いいとこに来てくださいましたよ」

 かがんでサクを抱きしめたフミが、顔をあげていたずらっぽく言う。鷹揚な足音が近づいてくる。見ると、浅葱の男だった。

「なにを申されるのか、フミどの。わたしはいつもいいところに来る。いいところにしか来ぬであろう」

「はいはい、そうでございましたね、これは失礼いたしました」

「なんだ。ひさかたぶりに訪ねたというのに、ずいぶんと冷たいではないか」

「冷たくなんかないですよ。ところでそちらの荒くれたちは、どのようになさるおつもりで?」

 フミがたずねると、浅葱の男は至極かろやかな調子で応じた。

「この者らには役目を与える。近頃地滑りがあったゆえ、道の修繕が必要なのだ。城の土塁も修繕したい、いくら人手があっても足りぬ。そなたらは剛力であるようだ。よう働いてくれような?」

「これは、これは。さすが又二さま」

 褒めているのか、からかっているのか、微妙な調子でフミは言う。伏丸は縛られた男らを見た。「真杭の殿さま」に見おろされ、はなはだ不満げだが反駁はしない。働き口が見つかったなら、とりあえずは盗人をせずともやっていけるからかもしれない。この世の中だ。盗みも殺しも、あたりまえのごとく蔓延っている。だが、やりたくてやっている者はほとんどいない。やらざるをえない。

 男らは長身のひとと、あとから駆けつけてきたひとたちに、縄を引かれて連れていかれた。伏丸はなにか吐き捨てられたが、なんと言われたかわからないまま。みんな行ってしまったあとに、「真杭の殿さま」だけがのこった。

 この日の夕焼けは鮮烈だった。赤い光が刺すように降り、光の染みる直垂の浅葱が濃い紫のように映った。そんな「真杭の殿さま」は、宮とサク、伏丸を順に見た。そうして顔を合わせてみると、ずいぶん若いひとだとわかった。二十かそこらのようである。

「旅のおひとかな。申し遅れたが、わたしは真杭(まくい)又二郎(またじろう)と申す。この国の主であって、向こうの山の主でもある」

 東の方角を指差してから、真杭又二郎は笑みを浮かべた。不敵だが、隙も感じるそれは、おそらくひとを惹きつける。山じゃなくて山の城でしょ、とフミが言うのを聞きながら、伏丸は強者(つわもの)を見たと思った。確かに殿さまなのだろう。しかし、どうしてここにいるのか。フミとはどんな知り合いだろう。先刻の疑問などがぶり返すが、伏丸はひとまず頭をさげた。

「おそれいります、真杭さま。わたしどもは旅の者です、フミさんにお世話になっております……」

「とんでもないよ、お世話だなんて」

 フミがさりげなく口を挟んだ。真杭又二郎に紹介をはじめる。

「又二さま、こちら伏丸です。この子はサクで、こちらはミヤ、うちで休ませていましてね、ちょうどあの荒くれたちが来て」

「そうか、それは災難であったな」

 真杭又二郎は眉をしかめた。親しみの湧く表情だった。

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