二十四 怒涛
伏丸はサクを背にかばいつつ、じりりと足を踏ん張った。だれにも、手出しさせたくない。奥には宮さえ眠っているのだ。起きてしまう前にどうにかしたい。どうにか。瞬時、閃く生血。否だ。奥歯を噛みしめる。でも、いまさら。否と言っても詮無いのではなかろうか。それは、手出しをさせたくないと、そのねがいさえおなじこと。
「金目のもんなんかあるわけないだろ。あほだね、あんたらよそを当たんな」
刀を向けられたままのフミが、挑むように吐き捨てる。しかし男らは反応しない。伏丸のほうへ目を向けてくる。伏丸はびくりと肩を跳ねさせ、なよなよしげな顔をつくった。ひとりが、目を細めて言った。
「あるじゃねぇか、金目のもん。旅のおひとかな? 大きなお荷物」
顎をしゃくって、板敷に置いた行李を示しているらしかった。たいしたものは入っていないが、鍋や簪、櫛がある。サクの古い草履もあるし、底のほうに銭も転がっている。くれてやるのは惜しくない。でも。
「あ? 旅のおひとよ。奥にもいいのあるんじゃねぇか?」
舌なめずりのように問いかけ、一歩、深く、踏み入ってくる。ぴきりと、ひび割れた気がした。
「なあ、相当な上物だぜ。だいぶん高く売れるなぁ、あれは」
男は刀の切っ先を、奥へ向かって、細かく振った。衝立をちょっとくすぐって、穴をあけてから広げるような。動作に、臓腑が逆巻いた。アレ。あれ、などと抜かした。アレ。
高く、売れる上物。いいの。黙れ。舌を抜く。怒涛じみた激情が噴いては直後制御も知らず押し寄せ、全身を食らい噛み砕く。破片になって飛び散るように、前に飛び出しかけたとき。刃から一時解放された、フミが男に体当たりした。
みぞおちに頭を突き込まれ、男は無様にひっくり返る。巻き込まれ、もうひとり倒れる。あとのひとりがまごついた。伏丸は即座に走り込み、三人まとめて蹴り出した。
畑の横に転がった、男らへさらに蹴りを叩き込む。腹も胸も顔もかまわず蹴りつけ、踏みつけ躙って動きを奪う。ひとり血などを吐いて潰れた。ふたりめもほぼ動けていない。だが、さすがに三人だ。のこったひとりに足を掴まれ、強い力に骨が軋んで奪われかけた刀子を投げる。遠い茂みにとさりと落ちる。からになった手をとらえられ、地面へ引かれて倒れ込む。頭と視界がゆれて咳き込む。かろうじて見える目の前に、相手の顔があるのがわかり、胸倉鷲掴まれて転がり、両手を地べたへ縫い留められる。馬乗りされる。木の葉の影を、透かして赤い空を見る。だれかの悲鳴と呼び声を聞く。なにかが頬に落ち鉄臭い、舌の上に血、不味い、糞が。脚に満身の力をこめて、思いきり腰を跳ねあげる。
男は前のめりに浮きあがり、うまくつり合いをくずしてくれた。下から這い出し、上に乗っかり、今度は逆に組み敷いてやる、見る。すぐそば、転がっている。ご丁寧にも抜かれた刀。すぐさまそれに手を伸ばし、掴んで真上へ振りあげる。だめだ。やめろ。
「いけません」
清冽な声が胸を貫く。刹那、伏丸はわれに返った。握った柄が手から滑って、下の男の手もとに落ちる。男は即座にそれを取りあげ、振った。避けるが、追撃は突き。切っ先と喉がつながっている、死ぬ。避ける、べきなのか。暴雨のようによぎる迷いを、鋭い風が切り裂いた。なにかが刃にぶつかり弾き、はね返ってからどこかへ飛んだ。男が取り落とした刀だけ、黒い土の上、転がった。
「もうよい。両者そこまでにいたせ」
低く圧のあることばが走る。それでその場の時がとまった。




