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滌葬草子  作者: 相宮祐紀
〈二〉 歌村
17/40

十七  夜風





  **  **





 茶屋の娘に見送られ、吉弥(きちや)を先頭に町を出た。夕暮れの迫る道のりを、たどり直して村へ向かった。道中、昼間に刑場だった河原の横も通ったが、そこはすっかり片づけられて、せせらぎが光るばかりであった。

 歌村(うたむら)にたどり着いたのは、星のきらめきだしたころ。山を背にした村のまわりには、あかあかと篝火が焚かれていた。火の粉を散らすかたわらを過ぎて、村の中へ招き入れられる。

「きょうは遅いのであぶのうございます。洞穴のほうはあすよりあとで……」

 (かわず)の声聞く畦道を、村長(むらおさ)の屋敷へ向かう道すがら吉弥は控えめな言いかたをした。けれども、声は切実に響く。宮がすぐさまこたえを返す。

「わたくしもいっぺんにはすすげませんから、そうさせていただきたく存じます。ただ、嫁御寮には今宵のうちにお会いしておきたいと思うのです。(わざわい)がついているようならば、すすぎたい。吉弥どの、よろしいですか」

 吉弥は声が出なかったらしく、幾度も大きくうなずいている。伏丸(ふせまる)はなんとなく、サクのほうを見た。サクもおなじで視線がかち合う。おおげさに口をひん曲げるサクにおなじような顔をしてやって、前に向き直ると、見えてきた。茅葺き屋根の大きな家だ。あれが村長の屋敷らしい。そのまわりにも篝火が据えられ、かさなりあって動くひとかげを庭の土の上へ投げかけていた。

「あっ、若さま!」

 ひとりが叫び、吉弥に大きく手を振った。その場のひとたちが騒ぎだし、つぎつぎにこちらへ駆け寄ってくる。

「若さま、おかえりなさいませ!」

 真っ先に来た娘が言った。はつらつと通る声の娘に、吉弥は朗らかな調子で応じる。

「すまないアコ、いまもどった」

「ええ、遅くなられたんですね、もういちど町へおいでになるって、加也(かや)が言ってたけど……あ」

 アコと呼ばれた娘は、吉弥のうしろに気づいたらしい。目をみひらいてあとずさり、がばりと思いきり腰を折る。

「あのっ、もしかして若さまが、呼べるかもしれないって加也が言ってた……、もしかして滌宮(すすぎのみや)さまですかっ、すみませんいらっしゃいませご無礼しました!」

 地面につこうかというほどに頭をさげてまくしたてている。一緒に走ってきたひとたちも、どよめき、いっせいにお辞儀する。伏丸はちょっと面食らったが、宮は動じず歩み寄った。

「みなさん、顔をあげてください。いかにも滌宮ですが、まだなにもいたしておりません」

 でも、と泣きそうなアコの肩を、吉弥がぽんと叩いて言った。

「こちらは、わたしどもの屋敷で働く者たちでございます。みんな、こちらは滌宮ご一行だ。禍をすすぎにきてくださった。非礼のないよう尽くしなさい」

 はい、とひとびとが返事をする。宮がふわりと膝を折るので、伏丸も急いで頭をさげて、サクの頭も押さえつけた。敬意を表されているのは宮だが、「ご一行」と呼ばれたのだし、世話になることは変わりない。今夜は泊めてもらうことになっている。

「では、さっそく嫁御寮のところへご案内いただきたく存じます」

 宮のことばに、吉弥がうなずく。お連れさまがたは、と問うのに、宮は即座にくっきりこたえた。

「この者らはお部屋に近づかせません」

 そして、サクの名を呼んだ。

「あなたは、伏丸のことを見ていて、なにかあれば知らせに来なさい」

「はいよ」

 にやつくサクに見あげられ、伏丸はぎょっとのけぞった。だが、文句を言うことができない。宮が命じたことなのだし、吉弥が心配そうに見るので。

「伏丸さまは、お加減が……? あまり、よろしくないのですか……?」

「いいえ、禍を集めやすいのです。ここにおりますと、もしや洞穴の────」

 宮のことばが、ふと遠ざかる。「お加減があまりよろしくない」を否もうとして、突き出した手が意思に反してだらりと垂れる。重い。

「あれ? おい、ふせまる?」

 サクに強くゆすぶられ、こらえきれずに座り込む。がたりと、行李(こうり)が肩から落ちる。アコが短く悲鳴をあげる。

「ずいぶん集まっていましたね」

 宮は、気づいていたらしい。落ち着いた声音でそう言うと、近づいてくる。清い気配だ。この身についた禍を、いまここですすぐつもりなのだ。伏丸は身体を引きずって、うしろへさがった。来なくてよい。視界がゆがみ、またたきゆれるがなんとか、ことばを絞り出す。

「わたしは、平気です、宮さま」

 もし、いまここで禍をすすげば、宮に疲れが溜まってしまう。そうなると、吉弥の嫁御に会ってもうまくすすげなくなるかもしれない。それはいけないと、伏丸は思う。この身で嫁御についた禍を吸っているならよいのだが、そうでないならたいへんだ。先にようすを見てきてほしい。宮も嫁御を気にかけている。

「わかりました。それでは吉弥どの、これよりお連れいただけますか」

 宮の静かな声が聞こえる。伏丸はふるえる足を励まし、両手を握って立ちあがった。奥歯を噛みしめ、ゆれる頭に血を巡らせるように努める。血が、赤い血が閃き消える。ぬめりとにおいがまだこびりつく、その中、星の映る水田か、早苗を宿す夜空が濁る。夜風に首から冷やされていく。冷やされ、重みが増していく。

「ではアコ、みなで伏丸さまと、サクさまを奥へお連れしなさい」

「かしこまりました!」

「若、わたしが」

 しんとした声が耳を打ち、横から身体を支えられた。ずいぶんと頼りがいがあり、思わずもたれかかりそうになる。

「若のおそばつきの加也と申します。どうぞお楽になさってください」

 言われるがはやいか、背負われた。早業で男を背に負ったひとは、行李まで拾って腕に掛けるらしい。とんでもないと遠慮したいが、かなわない。重みに臓腑も軋み、ひとりで立っていられそうもない。

「おーい、ふせまる。ここでしぬなよ」

 やる気なさそうな激励があった。

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