十七 夜風
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茶屋の娘に見送られ、吉弥を先頭に町を出た。夕暮れの迫る道のりを、たどり直して村へ向かった。道中、昼間に刑場だった河原の横も通ったが、そこはすっかり片づけられて、せせらぎが光るばかりであった。
歌村にたどり着いたのは、星のきらめきだしたころ。山を背にした村のまわりには、あかあかと篝火が焚かれていた。火の粉を散らすかたわらを過ぎて、村の中へ招き入れられる。
「きょうは遅いのであぶのうございます。洞穴のほうはあすよりあとで……」
蛙の声聞く畦道を、村長の屋敷へ向かう道すがら吉弥は控えめな言いかたをした。けれども、声は切実に響く。宮がすぐさまこたえを返す。
「わたくしもいっぺんにはすすげませんから、そうさせていただきたく存じます。ただ、嫁御寮には今宵のうちにお会いしておきたいと思うのです。禍がついているようならば、すすぎたい。吉弥どの、よろしいですか」
吉弥は声が出なかったらしく、幾度も大きくうなずいている。伏丸はなんとなく、サクのほうを見た。サクもおなじで視線がかち合う。おおげさに口をひん曲げるサクにおなじような顔をしてやって、前に向き直ると、見えてきた。茅葺き屋根の大きな家だ。あれが村長の屋敷らしい。そのまわりにも篝火が据えられ、かさなりあって動くひとかげを庭の土の上へ投げかけていた。
「あっ、若さま!」
ひとりが叫び、吉弥に大きく手を振った。その場のひとたちが騒ぎだし、つぎつぎにこちらへ駆け寄ってくる。
「若さま、おかえりなさいませ!」
真っ先に来た娘が言った。はつらつと通る声の娘に、吉弥は朗らかな調子で応じる。
「すまないアコ、いまもどった」
「ええ、遅くなられたんですね、もういちど町へおいでになるって、加也が言ってたけど……あ」
アコと呼ばれた娘は、吉弥のうしろに気づいたらしい。目をみひらいてあとずさり、がばりと思いきり腰を折る。
「あのっ、もしかして若さまが、呼べるかもしれないって加也が言ってた……、もしかして滌宮さまですかっ、すみませんいらっしゃいませご無礼しました!」
地面につこうかというほどに頭をさげてまくしたてている。一緒に走ってきたひとたちも、どよめき、いっせいにお辞儀する。伏丸はちょっと面食らったが、宮は動じず歩み寄った。
「みなさん、顔をあげてください。いかにも滌宮ですが、まだなにもいたしておりません」
でも、と泣きそうなアコの肩を、吉弥がぽんと叩いて言った。
「こちらは、わたしどもの屋敷で働く者たちでございます。みんな、こちらは滌宮ご一行だ。禍をすすぎにきてくださった。非礼のないよう尽くしなさい」
はい、とひとびとが返事をする。宮がふわりと膝を折るので、伏丸も急いで頭をさげて、サクの頭も押さえつけた。敬意を表されているのは宮だが、「ご一行」と呼ばれたのだし、世話になることは変わりない。今夜は泊めてもらうことになっている。
「では、さっそく嫁御寮のところへご案内いただきたく存じます」
宮のことばに、吉弥がうなずく。お連れさまがたは、と問うのに、宮は即座にくっきりこたえた。
「この者らはお部屋に近づかせません」
そして、サクの名を呼んだ。
「あなたは、伏丸のことを見ていて、なにかあれば知らせに来なさい」
「はいよ」
にやつくサクに見あげられ、伏丸はぎょっとのけぞった。だが、文句を言うことができない。宮が命じたことなのだし、吉弥が心配そうに見るので。
「伏丸さまは、お加減が……? あまり、よろしくないのですか……?」
「いいえ、禍を集めやすいのです。ここにおりますと、もしや洞穴の────」
宮のことばが、ふと遠ざかる。「お加減があまりよろしくない」を否もうとして、突き出した手が意思に反してだらりと垂れる。重い。
「あれ? おい、ふせまる?」
サクに強くゆすぶられ、こらえきれずに座り込む。がたりと、行李が肩から落ちる。アコが短く悲鳴をあげる。
「ずいぶん集まっていましたね」
宮は、気づいていたらしい。落ち着いた声音でそう言うと、近づいてくる。清い気配だ。この身についた禍を、いまここですすぐつもりなのだ。伏丸は身体を引きずって、うしろへさがった。来なくてよい。視界がゆがみ、またたきゆれるがなんとか、ことばを絞り出す。
「わたしは、平気です、宮さま」
もし、いまここで禍をすすげば、宮に疲れが溜まってしまう。そうなると、吉弥の嫁御に会ってもうまくすすげなくなるかもしれない。それはいけないと、伏丸は思う。この身で嫁御についた禍を吸っているならよいのだが、そうでないならたいへんだ。先にようすを見てきてほしい。宮も嫁御を気にかけている。
「わかりました。それでは吉弥どの、これよりお連れいただけますか」
宮の静かな声が聞こえる。伏丸はふるえる足を励まし、両手を握って立ちあがった。奥歯を噛みしめ、ゆれる頭に血を巡らせるように努める。血が、赤い血が閃き消える。ぬめりとにおいがまだこびりつく、その中、星の映る水田か、早苗を宿す夜空が濁る。夜風に首から冷やされていく。冷やされ、重みが増していく。
「ではアコ、みなで伏丸さまと、サクさまを奥へお連れしなさい」
「かしこまりました!」
「若、わたしが」
しんとした声が耳を打ち、横から身体を支えられた。ずいぶんと頼りがいがあり、思わずもたれかかりそうになる。
「若のおそばつきの加也と申します。どうぞお楽になさってください」
言われるがはやいか、背負われた。早業で男を背に負ったひとは、行李まで拾って腕に掛けるらしい。とんでもないと遠慮したいが、かなわない。重みに臓腑も軋み、ひとりで立っていられそうもない。
「おーい、ふせまる。ここでしぬなよ」
やる気なさそうな激励があった。




