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滌葬草子  作者: 相宮祐紀
〈二〉 歌村
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十六  嫁御

 膝の上に目を落とし、絞り出すような言いかたをする。

「しかしどうしてよいものか迷い、結局お見送りしたのですが……、もしや、町にいらしたのではと、追いかけてきてしまいました。そうするとまた、お見かけしまして、このうえは、とおそれおおくもお声がけした次第です……」

「うまあ、この団子うまいよ!」

「そう? ありがとうね坊ちゃん!」

 サクがのんきな声で叫ぶと、茶屋の娘が奥から返す。その場の空気が少しゆるんだ。宮が団子を手にしたまま、かろやかな調子でうながした。

「次第は承知いたしました。お役に立てるかもしれませんから、詳しくお聞かせねがえますか」

 どうやら宮は、ひとに頼まれてすすぐということもするらしい。多くの(わざわい)をすすぐため、餌袋(えぶくろ)までをほしがるのだから手段は問わぬということだろう。伏丸(ふせまる)が感心していると、吉弥(きちや)は深くうなずいたのち、意を決したように顔をあげた。

「ほんにありがたいことでございます、お話しさせていただきます。わたしは、歌村(うたむら)(おさ)のせがれで、つぎの長になる者でございます。わたしどもの村なのですが、ひと月ほど前からでしょうか、ようすのおかしい場所がありまして……」

「ようすのおかしい、場所ですか」

「はい。それが洞穴でございまして。暗く湿っておりますところで、岩肌で尖ってもおりますから、歩いて滑るとあぶないと言って村びともあまり近寄りません。そういうところなのですが、ひと月ほど前からそこへ行かずとも、そのあたりへ寄りついたというだけで、みな気分がわるくなり、しばらく寝込むのでございます。ひと月のうちに、そのようになる(きわ)がさらに広がっているようなのです」

 伏丸は思わず眉をひそめた。その、ひとの寄らない洞穴に、禍が溜まっているせいだろうか。それよりほかは考えにくい。吉弥は沈痛な面持ちで続ける。

「このままでは村のぜんぶが、そのようになってしまうのではないかと、わたしもみなもおそれております、禍のせいであろうと、しきりに言い交わしております。調子のわるくなった者は、お(やしろ)へ連れていくと治るのですが、みながそうなってしまうのであれば、それもかなわなくなってしまいます。しかし、わたしどもではどうすることも……」

「そうなのですね。それは、おつらい」

 宮は団子を口に入れぬまま、睫毛を伏せてつぶやいた。その手が少し迷うので、伏丸はとっさに団子を受けとる。すると宮は、椀を両手で取りあげ、水をこくりとひとくち飲んだ。そして、吉弥に向き直る。

「けれど、そればかりではないのでしょう」

 宮の凛乎とした問いに、吉弥が目をみはるのがわかった。そうなのです、と声が掠れた。

「その、気味のわるい洞穴のほうへは、行ってはならぬとみなに言いますし、言わずともだれも行かぬのですが……、わたしの、妻だけは行くのです」

「よめご?」

 サクが急に口を挟んだ。すでに団子を二本平らげ、三本目に攻めかかっている。まったく興味がないかと思えば、しっかり聞いていたらしかった。伏丸がたしなめようとしたとき、吉弥がかすかに微笑んだ。

「そう、嫁御だよ」

 だいじそうに言う。サクがきょとんと目をまるめる。伏丸は突っ立ったまま、団子をふたつ串からちぎった。黄みがかった平たい団子は、もっちりとして香ばしい。味噌を塗って焼いてある。

「嫁御寮のごようすは、いかがですか」

 宮が気づかわしげにたずねる。吉弥はわずかに眉根を寄せて、痛みをこらえる顔をした。

「はい……、顔が、青くなりまして、日に日に痩せてつらそうなのに、日に日に洞穴へ行くのです。だれがとめても聞きませんし……、ろくに話もできないのです。閉じ込めてしまったこともありますが、いのちを絶とうと、いたしましたからそればかりは、もうやめました……。行かなければ、死ぬというふうなのです。行けば死んでしまいそうなのに」

「どっちにしろ死ぬってことだろそれ」

 サクがこともなげにつぶやく。伏丸はその頭にげんこつを落とし、おれも死んじゃうと騒がせてしまった。宮の一瞥で静かになったが、このちびすけは扱いに困る。しかし吉弥はそんなちびすけに、おだやかなまなざしを向けていた。器が深いと眺めていると、宮が縁台に座り直した。

「それは、禍のためでしょう。かなり溜まっているかと存じます。近くを通ったはずですが、気がつくことができませんでした。わたくしの力不足です」

「いいえ、そんな、とんでもない────」

「これから村へ参上し、ようすを確かめさせていただくことはかないますか。吉弥どの」

 宮はまっすぐに吉弥を見ている。吉弥は一瞬ほうけたように固まってから、うなずいた。幾度も首を縦に振る。

「もちろん、はい、もちろんです、どうかおねがいいたします……」

「よめごたすけられるんか、みやさま」

 サクが団子を頬張りつつ問う。すると宮はきっぱりとこたえた。

「禍はかならず、すすぎます」

 へえ、とサクが喉を鳴らす。吉弥は頭をさげ続けている。宮はその肩にふれてとどめ、案内をおねがいしますと言った。涙目で顔をあげる吉弥がしっかりうなずくのを見とどけてから、するりと、伏丸に片手を伸べる。はっとした伏丸はその手に、預かっていた団子を渡した。三つのうち、ふたつ食べたもの。

「あ──」

 もういっぽうの手に、新しいものを持っている。そちらを渡すべきなのに。取り替えようとするも、遅かった。宮は串にのこったひとつに歯を立て、器用に外してしまった。逞しいようすで噛んで飲み込み、たおやかな身ごなしで立ちあがる。

「それでは、頼みます。吉弥どの」

 大声で応える吉弥を横目に、返されたきれいな串を受け取る。薄目で見てくるサクは無視した。

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