十五 茶屋
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町はにぎにぎしく騒がしかった。かすかな土埃を舞わせてまっすぐに続く通りの両側、重石をのせた板葺き屋根に土壁の建物が並んでいる。家や茶屋らしく、下地窓からは笑い声、味噌の香りが漏れる。そのあいまには、掘っ立て小屋に竹簾をかぶせたちいさな屋台、地べたに筵を敷いた売り場がところせましとひしめいており、酒瓶や米の俵が積まれ、青菜や魚が籠に盛られて、刳物の椀に陶器に鉄器、槍や刀まで売ってある。道ゆくひとは早足であり、天秤棒を担いでいたり、包みを抱えていたりする。袖をつままれてそちらを見れば、高い髷を結った女があでやかな笑みで手招きしていた。その入日の射した額に伏丸はにこりと微笑み返し、袖を取り返して通り過ぎる。
「おい、行かなくていいのか」
斜め下からサクが問うてくる。声で、にやついているのがわかる。そこで伏丸は視線もくれず、遊びに来たんじゃないとこたえた。するとサクはへえぇと唸り、伏丸の腕を軽くつついた。
「きれいなおねえさんだったけど?」
確かに、整った容姿だったが。笠の下からわずかにのぞく、宮のつややかな黒髪を見る。話は聞こえているのだろうが、関心を示さず前を向いている。町を見回すようすもなく、相変わらず落ち着き払っていた。そのすがたを確かめるあいだも、サクは飽きもせず突いてくる。伏丸はつい眉根を寄せた。
「もう飽いたんだよ。女には」
おとなしくしろと念じつつ言うと、サクはぴたりと手をとめた。これは成功と思ったら、目をみひらいたサクはいきなり、前にいる宮に突進した。
「みやさま! いまの聞いたよな? みやさまこいつどう思うっ?」
宮は姿勢を乱すことなく、くるりと振り向き、うなずいた。
「ええ、ひととも思えませんね」
「なあっ、こいつ、まずいよなあ!」
サクはなにやらひどくよろこび、歩きながらとび跳ねはじめた。宮はそれを見て目を細めている。伏丸は大きなため息をついた。しかたがないので空でも仰げば、さわやかな縹がうすらぐ中を、淡紅がたなびいている。風はほんのりと冷えており、熱っぽい町を撫でては過ぎる。河原のほうへ向かっていくから、昼間のことが思い出される。
外れ者の処刑に出くわした。きのうの蓬髪と荒縄襷が首を落とされるところを見た。しばらくその場に突っ立っていると身体がどんどん重くなり、わけのわからぬ焦燥に駆られ前とうしろがこんがらがった。ひっくり返りかけていたとき、宮が静かに歌いはじめて。どこまでも澄みわたるその声で、伏丸は正気に引きもどされた。
満ちゆく歌に聞き入るうちに身体も風もすすがれていき、かろやかになっていくのを感じた。そして夢中になっていたのは、伏丸にかぎったことではない。サクも呆然と立ち尽くしていたし、処刑を見物していたひとも、刑場などへの興味を失い、歌う宮だけに釘付けになった。歌が済んでしまったあとには手を擦り合わせて拝みはじめた。おそれおおいと思ったのか、そばに来るひとはなかったが。あの老爺も来ることはなかった。
すぐに刑場をあとにした。それからぽつりぽつりと歩いて、この町にたどり着いたのだ。もう日が暮れかかっているので、今夜の宿を決めねばならない。町なので泊まるところはあるし、御璽とやらを取り出すというので銭の心配もいらないらしいが、宮が一夜を過ごすのだからいかがわしいのはだめである。伏丸は目ぼしい宿をさがした。宮から意識を離さないよう、注意しながらあたりを見渡す。うしろから、肩を叩かれる。
「もし、少しよろしいでしょうか」
振り向くと、男が立っていた。小袖に袴すがたであり、齢は二十過ぎほどらしい。柔和な顔つきをしており、なぜかひどく申し訳なさそうな、頼りなさそうな表情を浮かべ、伏丸の陰の宮を見ている。
「はい……、どうされましたか」
立ちどまってたずねると、男はちいさくうなずいた。伏丸はサクの手を掴み、背後の宮をかえりみる。目が合うと宮はまばたきをして、男のほうへ進み出た。
「もしやわたくしに御用でしょうか」
宮はものやわらかにたずねる。すると男は息を飲み込み、一瞬ことばを失った。感激しているようすに見えた。宮を知っているのだろうか。宮の気配にすくわれたのか。それとも、あの場面を見たのか。伏丸は思い至った。昼間の刑場にいたのかもしれない。
「もし、だいじありませんか」
宮がもういちど声をかけると、男ははっと肩をゆらした。一歩さがって頭をさげると、お話ししたいことがあるのですがと、すがるような目をして言った。
「わたしは吉弥と申す者です、この近くの、歌村と申します村から参った者にございます。昼間、あなたさまをお見かけしまして、もしや滌宮さまではないかと、この前もおいでになったのですが、そのときはまだ、なにもなく、ですから……」
吉弥となのった男は、なにか混乱しているらしい。早口でまくしたてたと思えば、最後には口ごもってしまった。滌宮を知っているのは、社が近いからだろう。社などなかったふるさとの村でも、「滌宮」とは言わないまでもちゃんと話が伝わっていた。伏丸はつくりごとと思っていたが、だいじにしているひとは多かった。吉弥は滌宮を知っていて、見つけて声をかけてきたのだ。
なにを言わんとしているのかがよくわからないところもあるが、おそらくたすけをもとめていると、そのようすから察せられる。滌をしてくれと言うのかもしれない。宮は頼まれればすすぐのだろうか。サクがてのひらをくすぐってきたので、ぐっと握って黙らせた。
「わかりました。吉弥どの」
宮もだいたいを察したらしく、なだめるような口調で言った。
「それでは、これからゆっくりと、お話をお聞きしたく思います。どこかの────」
「あ、ありがたいことです……、では、それではひとまずそちらで」
吉弥はそばの茶屋を示した。夕焼けの色に染まった暖簾が、ひらりとめくれて娘が出てくる。店を指差す吉弥を見ると、いらっしゃいどうぞと明るく笑った。
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茶屋の外にある縁台に座り、頼んだ団子を待ちながら、吉弥はさっそく話しはじめた。吉弥の横に宮がおり、その横にサクが陣取っている。伏丸は縁台の手前に立って、座る三人のようすを見ていた。
「滌宮さまをお見かけしたのは、昼間の河原でございます。わたしは町で買いものをしまして、村にもどるところだったのですが……、わたしどもの村は山のふもとで、村から町へ行き来しますには決まって、あの河原の横を通っておるのでございます、それであそこを通りかかって、また荒くれ者が処刑されていると、見ておりましたら、あなたさまが……」
言いかけたとき、茶屋の娘が皿を運んできて吉弥に渡した。串団子がたくさん盛られた皿だ。そのあと娘は手際よく、水の入ったちいさな椀をひとりひとりのかたわらに置いた。吉弥は、皿を遠慮がちに、いちばんに宮に差し出した。
「ありがとうございます。いただきます」
宮が団子を手にとると、吉弥はほっとした表情を見せ、伏丸とサクにも取るよう言った。伏丸は少し気が引けたものの、宮が食べるものは食べるべきだと一本いただくことにした。サクはいっぺんに四本取った。吉弥はそれを確かめて、皿を置き、また話しはじめる。
「そう、それで、あの河原で、あなたさまのお歌を聞きました。まちがいなく滌宮さまだと、どうか、おたすけいただきたいと……、すすいでいただけはしまいかと……」




