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滌葬草子  作者: 相宮祐紀
〈二〉 歌村
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十四  刑場

 衿を握る手に力をこめると、サクは握り飯を口に詰め込み、細い喉の奥で悲鳴をあげた。むしゃむしゃと口を動かして飲み込み、すかさず甲高い声で叫ぶ。

「きゃあ! こわい! わらべ相手に、こいつ本気でしめてくる!」

「待て」

「いやだあ! もうこわい!」

 身をくねらせて喚きはじめる。掴んだ手を離そうとしたとき、ぐっと首もとが詰められた。

伏丸(ふせまる)。手を離しなさい」

 宮の冷えた声が突き刺さり、伏丸はすぐに従った。いま、離すところだったのに。サクが悲鳴をあげながら、宮のほうへ身体を寄せる。

「年少のひとをいじめてはならない」

 宮はサクをかばうようにして、伏丸の前に手を突き出した。首を締める力はまだゆるまない。息ができないほどではないが、うまく声を出すことができない。ようすに気づいたらしいサクが、ぽかんと口を開けて見ている。

「もう、わかりましたか。伏丸」

 幾度も首を縦に振り、伏丸はようやく解き放たれた。がくりと、おおげさに手をついてみる。少し目をあげて確かめたところ、サクは仰天したらしかった。大きな目をさらにみひらいて、ひとことも言わず見守っている。

「サク、あなたも年長のひとをあまりからかってはなりません」

 宮がやわらかな声で諭すと、サクはこくこくとうなずいた。「宮さまはものすごくお強い」の意味が、これでわかったようだった。それにしても、宮はもう少しくらい手加減してもよかったはずだ。まったく伏丸を見ようとしない。伏丸は軽く咳払いして、サクの顔をのぞき込んだ。

「それで、どうする? ついてくるのか?」

「うんついてくよ、好きなとこまで!」

 背をのけぞらせていたサクは、やけくそみたいな大声を出した。それを聞いた宮は、心強いですよと、おかしそうに頬をゆるめた。





  **  **





 サクとともに山をおりると、日が天頂を過ぎるころだった。山のふもとはでこぼことした起伏の多い草原(くさはら)で、その一部分を平らに均した一本道が続いていた。まだ高いところにいるらしく、少し下のほうに、早苗を植えた田がなだらかに広がっている。ちいさな家も集まっている。そのさらに向こうに、板屋根の建物が整然と並んだ町が見えていた。今夜の宿はあの町でさがす。

「なあ、ふせまる。あれなんだ?」

 横にいるサクが袖を引いてくる。その指差した先にあるのは、灰色の石に占められた河原。そこはなにやら、にぎやかだった。空気がざわざわゆれていた。前を歩いていた宮が、急にぴたりと足をとめる。伏丸はその背にぶつかりかけ、慌てて立ちどまってたずねた。

「どうなさいましたか、宮さま」

「サク。あれは刑場です」

 宮は、きっぱりと言い切った。はっとしてよく見てみれば、確かにそのとおりなのだった。

 高い竹垣で囲い込まれた、四角い空間がそこにはあった。槍の武人が警護しており、まわりにひとが集まっている。通りすがりや里のひとだろう。彼らの見物する垣の内は、垣の外とは真逆といえた。風が固まっているようだった。うしろ手に縛られたひとたちが、細長い溝が掘られた前に数人座らされている。そばには、光る刀を手にした処刑人たちが控えている。

「あのひとたち、ころされるんだ」

 サクがぽつりとつぶやいた。

「わるいことしたから殺されるんだ」

 サクの口からこぼれることばは、踏み固められた地面にぶつかり粉々に砕け散ってしまった。その音を聞いたように思った。ふと、そうだよ、としわがれた声。見れば、粗末な格好をして腰の曲がった老爺がいた。老爺は竹垣を指差しながら、サクのとなりに立って語った。

「お味方の中の、外れ者だよ。近くで、戦があっただろ。国の境の諍いだ。これは洒落じゃあねえんだよ……、その戦には、雇われのもんも、いろいろ加わってたんだよ。そいつらはたいがい荒くれだからね、やたら村びとを殺したり、盗んだり火を放ったりするんだ。上が命じることもあるけど、勝手にやってることもある。勝手にやるのは、だめなんだ。やったらこうなるみたいだよ……ほっとかれてることもあるのに、わざわざ死罪にするなんてねえ、まじめなおひともいたもんだ……」

 老爺はサクの肩を叩くと、竹垣に向かって歩きだす。見物をしに来たのだろうか。ここには道と河原しかないので、おそらくそうだと思われた。老爺の背中を見送りながら、三人ともども黙り込む。

「なあ、みやさま」

 サクが呼ぶ。宮がそっと身をかがめると、サクは刑場を見たまま問うた。

「あのへんにも、たまってるか。わざわい」

「はい。これからも溜まるでしょう。あとで(すすぎ)をしなければ」

「そうか」

 サクはうなずくと、興味をなくしたように目をそらす。伏丸もそうしようとして、なぜだかそれが、できなかった。老爺は竹垣のそばに着いた。あそこへ行きたいとは思わなかった。だが、ここにいたくないのでもない。だが、ここにはいるべきでない。いるべきなのは、あの垣の内。

 吸い込まれていく心地で見つめ、伏丸はふいに気がついた。(いまし)められたひとの中、見知った顔があったのだ。蓬髪。それから荒縄襷。きのうとおなじかっこうのまま、いま、処刑されようとしている。

 なぜ。ひとを攫ったからか。ほかにもなにかやっていたのか。いつ捕らわれた。殺されるのか。あの眼帯や袖なしや、ほかの者らは逃げたのか。頭の中がぐるぐる回る。目の前までがひずみかけ、とっさに、てのひらを爪に食わせるがぬるい痛みにはもう慣れている。頭が冷えた錘に変わり、伏丸、と強く呼ばれる。その瞬間に、視界が晴れた。歓声じみた悲鳴があがり、ぎらりと重く、閃いた。(やいば)もろとも頭が落ちた。

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