第71話 茂みの中の男
「ハァ~~」
大きなため息が暗い夜空へと消えていく、僕の人生の中で大きなイベントになるはずだったのに、まさか邪魔が入っただけでなく、よくわからない女の子のゲロ処理をすることになるとは思わなかった。人によってはご褒美と受け取る方もいるのだろうが僕は違う。そもそもなんでその掃除を僕がしていたんだ?
「もうわけわかんないよ」
旅館の外に出てボーと夜空を眺めていると、暗闇の茂みにガサガサと音が聞こえた。ネコかと一度思ったが、それにしては妙に慣れていない感じがする。こちらに向ける視線は感じるが、いざって時に逃げ出せる体制が整っていない感じというか……
僕はスタスタと気配の方に近づいていく……
野良猫ならこの時点でもう逃げ出しているはず。だが、逃げ出さないとなるとおそらく人間。
何者だ?
「出たらどうですか? コソコソしてないで」
僕は暗闇の茂みに隠れている奴に言い放った。恐怖心とかはない、いつもなら多少なりともあるのだが、自分の不死能力があるのと、なにより悪党だったら、このよくわからないイライラした鬱憤をぶちかましてやろうと思っていたからだ。
「ち、違う違う! ストーカーとかじゃないんだ」
茂みから出てきたのは40ぐらいの男だった。服は綺麗だが、最近までホームレスだったのだろうか、都市部の被災地に居たのか、少し肌が小汚い感じの男だ。
「じゃあ何でこんなところでコソコソしているんですか?」
僕は辛口で目の前の男に問いかけた。男は何か言いたげな様子だが、もじもじして中々言い出せないようだ。
完全にストーカーだな……
「いまから警察呼びますので!」
「ちょっと待って、私は誤りに来たんだ。いや、もう一度やり直しに来たんだ」
何を言っているのかわからなかった。この旅館に用があるらしい。女将さんか、ゲロ吐き娘か……、どちらにせよこの男をほっといておく訳にはいかない。
「ダメです。こんな夜中に大の男が一人コソコソしているなんて変ですよ」
「……」
男は急に落ち着いた。諦めたのだろうか……
「ならここで……」
殺気!
男はボソッとそうつぶやいた。そして妙な殺気を放った。今まで世界樹の化け物たち〔ゼノ〕達と、死闘をしてきた僕には彼の放った殺気を感じ取ることが出来た。ハイノメと比べたらまだまだ討伐数は少ないが、これでも死線は潜り抜けている。
まあ、死なないんだけど!
もし相手が能力者だった場合こちらも能力を使用する。まだ上手くできないが、ただの再生能力だけじゃないことを教えてやる。
僕は足に力を込めた。いつでも相手の懐に潜り込めるように……
月が雲に隠れた瞬間
旅館の中から女将さんが出てきた。
「トガ様、別のお部屋のご用意が出来ました……そちらの方は?」
女将さんは僕に部屋の準備が出来たことを伝えに来たようだ。僕がダラダラ散歩している間に、別の部屋を用意してくれていたようだ。
「女将さん隠れていてください。この男不審者です」
僕は女将さんに注意を促した。しかし、帰ってきたのは意外な返答だった。
「ア、アナタ!」
「ミ、ミサト……久しぶり。ツルギは元気か?」
どうやら旦那さんだったようだ。でもどうやら訳アリの様だ。
「あ、あの子はいま寝込んでいるの……」
「そうなのか! まあ夜も遅いしな出直すよ……」
「ふざけないで!!」
静寂な暗闇の中、いきなり富士山が噴火でもしたのかと思った。
女将さんの怒りは夜を駆け巡った。
「どの面下げてここに戻ってきたの? あなたがツルギに何したか分かってんの? 人として親としてあなたは……」
「もとをたどれば、元はといえば、お前の不倫が原因だろうが! あんな汚い爺に股開いて! 俺は……」
なにこれ?
「すまん、わたしが悪かった。許してくれなんて言わない。でもやり直せるんだ。あの方のお力を頂ければやり直せる!」
「帰ってください! 警察を呼びますよ!」
「う、ううう……」
男はそう言われると、情けなく引き下がった。
なにこれ? 昼ドラか?




