第61話 喧嘩
「失礼します」
のんびりとくつろいでいた時、一人の女性の声が扉の向こうから聞こえた。上品だが、どこか幼く感じる声色の持ち主はこちらの返答を待っている。
「どうぞ」
僕は一言返事をした。扉を開け部屋に綺麗な女性が入ってくる。和服姿の彼女は、一つの芸術作品として完成されていた。姿、動作、全てにおいて完璧と呼ぶに相応しかった。
言葉を失ってしまった。まさか、玄関先で出会った女将さんの娘さんだったとは、数刻気がつかなかった。それほど見間違えるほど彼女は美しかった。
だが、なんだろう……殺気を感じる……
彼女の瞳から殺意が隠し切れない程溢れている。
僕この子に何かしたっけ?
彼女は殺気を殺さずに続けて淡々と僕に伝言を伝え始めた。
「お食事のご用意が出来ました。ご足労をかけますが一度、お連れのお客様の客間まで、足を運んで頂いても宜しいでしょうか?」
どうやら夕食の準備ができたらしい。ただ、場所がここじゃなくて女性陣達がいる部屋に運ばれるらしい。なので、そこまで行ってくれというわけだ。
「いいですよ じゃあ早速」
特にやることもなかった僕は、椅子から立ち上がり女性陣の部屋へ向かうことにした。
「えーと、お名前なんて言うんでしたっけ?」
部屋からでた後、一言もしゃべらない彼女と、廊下を歩いて女性陣の部屋に向かうのは非常に気まずかった。何か話題を作って会話を始めようと思い。まずは彼女の名前を聞いた。玄関先で女将さんが呼んでいた気がするが、あまり関係のない事だと思っていたので、聞き流していたから。
「カメヤツルギです」
彼女は機械の様にそう答えた。後ろにいる僕の顔を一切見ずに
「あ、あの~」
「はい? 何でしょう」
彼女は歩くスピードを変えず、どんどん進んでいく
僕は勇気を出して彼女に疑問に思っていることをぶつけた。
「僕、あなたに何か悪いことしましたっけ?」
「いえ何も……」
彼女はまたしても、機械の様にただ返すだけだった。そこに感情とかは無かった。
いや、何か否定しているように感じ取れた。
彼女の愛想のない接客、日本が誇るおもてなしのサービスのなさにカチンときたのか。僕はイライラし始めて、彼女に強く当たっていった。
「あ、あのさぁ そういう態度はないんじゃない? 仮にも接客業でしょ。お客さんを不快にさせたら駄目じゃない? せっかく綺麗な姿もそれじゃ台無しだよ」
まだこの時の僕は優しい口調だった。だが次の彼女の一言で終わった。
「セクハラですよ。その言葉」
カチーン!
僕のなかで何かが切れた音がした。
「おい! 今なんて!」
「セクハラって言ったんです。肩掴まないでください。痛い……」
「おい! 顔見て話せよ! さっきから目ぇ逸らして それとも何だ。お母さんからそう教わっているのか?」
「ちょ、お母さんは関係ないじゃない!」
今の言葉は引っ掛かったらしく、彼女は無感情から一変、怒りの感情を出した。
「いーや、関係あるね。仕事が忙しくて育児に時間避けなかったのか? まさか、あの女将さんの子がこんなのなんてね。それとも、実の子じゃないとか?」
バチンッ
鈍い音が静かな廊下に響き渡った。右頬が真っ赤になった。
「最低……」
「……」
ついカッとなって最低なことを言ってしまった。
遠くから猛スピードで駆け寄ってくる姿が見えた。
「も、申し訳ありません。娘が無礼を! なんてお詫び申したらよいか」
「で、でもお母さん。こいつ……」
「アンタは引っ込んでいなさい」
怒りで震えた声で、女将さんは娘を睨みつけた。
「ちょ、ちょっと アンタ何してんの?」
騒ぎを聞きつけてハイノメが部屋からでてきた。今更だが、女性陣達の部屋の直ぐそばまで来ていたようだ。
「なにもないよ」
「いや、なんかあったでしょ。アンタがここまで大声出すことないじゃない」
「だから、何にも無いって」
僕はハイノメに八つ当たりしてしまった。子供のみたいに変にプライドが邪魔してしまい、素直になれなかった。ハイノメは僕の状態を察したのか温かい言葉をかけた。
「ちょっと散歩しましょ。だらだらと」
そう言って僕はハイノメとその場を後にした。
バチンッ
鈍い音が従業員たち専用の部屋に響き渡った。
「話しなさい! 何であんなことしたの?!」
「だって……」
言葉が出てこなかった。
お母さんを馬鹿にされたと思ったから
そんなこと言えなかった。ただの言い訳だし
「もういいわ あなたは皿洗いでもしていなさい」
母は呆れてしまった様だ。わたしはいつもの様に表に出ず裏での作業を始めた。
顔がくしゃくしゃの状態で洗い物していると、水がいつもよりとても冷たく感じる。




