第107話 手
「マコトさん大丈夫ですか?」
ミナさんが優しく声をかけた。しかし、彼の返事は返ってこない。
区画長殺人事件の現場を後にした僕らは、息子のマコトさんと一緒に自衛隊と役員専用のテントに戻った。
もう、ジンエイさんはいない……
大変なことがあっても笑顔を絶やさなかった区画長、その区画長専用の机と椅子が、僕達に現実を突き付けてくる。
「マコトさん……一先ず、医療スペースのベットで横になりましょう」
トオガタさんはそう言って、マコトさんの身体を起こし、彼を連れて行った。
無理もない……、父親が亡くなったこと、母親が訳の分からない宗教団体に連れていかれてしまったことで、彼の精神は限界に達していた。
「マコトさん……」
「無理もないわ、ジンエイさんが亡くなって事だけじゃなくて、母親を連れ去られてしまったから。あんな訳わかんない連中にね……。どうにかして、母親を連れ戻す方法はあるかしら? 多分今日見た感じ、このままだと数週間後にはどっぷりハマっていると思うわ……」
「ユ、ユミさん……!? 流石にそんなことは……」
「いえ、ありえます」
否定したミナさんに対して、マコトさんを運び終え戻ってきたトオガタさんが、ハイノメの予感に共感したようだ。
「現に今回のようなやり方で、ヤマノウチさんは信者をどんどん増やしていっているんです。なんだかこの場所もいずれ乗っ取られそうで正直怖いです……。」
「ちょっと、なに弱気になっているんですか!?」
声からどんどん覇気がなくなっていく彼に対して、僕は心配と怒りの感情のこもった言葉で、トオガタさんに聞いた。
「いや、あの人何するかわかんないじゃないですか! 生贄だーとか言って人殺しても、おかしくないですよ!」
どんどん不安になっていくトオガタさんに対して、カラスマ君が励ましながら今後の作戦を説明し始めた。
「トオガタさん、私たち対策課はあなたを全力で守ります。なので安心してください。まず、ジンエイさんの奥様の件ですがこれは難しいでしょう……。無理やり取り返すのはお互いの関係を更に悪くするだけですから……、我々としても樹神教と敵対関係になるのはちょっと望ましくないですから……」
「なんですって!? もう既にバッチバチだっつーの!」
「ハイノメさん落ち着いて! コホンッ なので私たちが今すべきなのは、一刻も早く事件の真相を掴むことなのです」
「それが出来たら苦労してません!」
「ああ、ユズキさんも落ち着いて!」
カラスマ君は怒る彼女たちを必死に宥め始めた。だが結局はやることは変わらない……、このままじゃまた次の被害者が現れてしまう。
あれ?
「そういえば、ヤタ君は?」
僕は今更ながらこの場にヤタ君がいないことに気が付いた。
「彼なら樹神教? の人たちに連れていかれましたヨ」
「な、なに~~!!」
エマの一言で全員、目玉が飛び出てしまうぐらい声を上げて驚いた。
「ど、どうして直ぐに教えなかったの?」
ハイノメがエマに詰め寄った。彼女はごめんなさいと泣き顔で謝った。どうやらこの場の雰囲気的になかなか言い出せなかったらしい……。何となくだが彼女の気持ちは分かる気がする……。
「まあ、起こったことを後悔しても遅いわ! 気付かなかった私たちが一番の責任、後輩の面倒を見れなかった私たちの責任よ。ヤタ君のことだから断れなくてホイホイとついて行っちゃたんでしょう。」
母親が息子の行動に、やれやれと思ってしまう感情と同じなんだろうな今のハイノメは……
「流石に連れ戻しに行きましょう」
ミナさんが心配そうに提案する。しかしそれをカラスマ君は止める。
「いえ、先ずは様子をみましょう。事を荒立てることになる。聞いたかんじ、おそらくヤタ君を入信させようとしているらしいですし、命の危険がないのであれば……」
「とは言え、隙を見て連れ戻さないと……」
事件を整理した後は、二人体制で聞き込み調査をすることになった。
ハイノメとトオガタさんペア、ミナさんとカラスマ君ペア、そして僕とエマのペアの3チームだ。
「しかし、どなたも知らないっていう人ばかりデース」
「そうだね、ここまで目撃情報がないのも逆に変だな……」
「ハイ、ゼノって怖い生き物なんですよね。なのに悲鳴とかそういうのないのおかしいデス。ワタシでしたら思わず叫んじゃいます。」
そう、今回の事件も悲鳴や大きな音が出ていない……
つまり、ゼノは背後から音もなく忍び寄って来たということなんだろう。
気を引き締めて調査しないと……
夕暮れ時、この時刻になるとほとんど人は見かけなくなった。皆、化け物に震えているのだ……。そんな静まり返った空間に1人の女の子が飛び出して来た。どうやらボールを拾うため飛び出したようだ。
「こらこら、いきなり飛び出すと危ないよ……」
「ご、ごめんなさい」
「レモン!? すみませんでした。なにかご迷惑を?」
遅れて父親と思われる男性が現れた。
「いえ、急に飛び出すと危ないよと」
「そうですか、急に飛び出すと危ないと……」
「……ええ、あともう夜になります。いくら親が傍にいるとは言え、この時間帯は危険です。早めに自分の避難部屋やテントへのお戻りを進めます。」
「おお、親ですか。そうですね戻りましょう。いくら大の男しか狙われていないとは言え、教育上良くないですからね。ご忠告ありがとうございます。」
なんだかこの男の言動変だ……
男はそう言った後、女の子の手を握りながら帰って行った。




