その7 望野宮神社・本殿の屋根の上
本殿の屋根に座っているコブタエとシロネ。その前には静かな街並みが広がっている。
ササミ缶にがっついているシロネ。よほどお腹が空いているらしい。そんなシロネを見て、くすりと笑うと、コブタエが話始める。
「コブタエには夢があります。ブタエ姉さまのような上級ハブタエンヌになって、羽二重餅と、それを食べて下さる方々の幸せのために頑張るのです」
ササミを口の周りに付けたシロネが顔を上げる。
「クロネもそんなこと言ってたな…」
シロネはふと、弟のことを思い出した。
宮殿バルコニーから城下を眺めているのは、シロネと、その弟で黒猫の猫又クロネだ。
クロネは街を見渡しながら微笑む。
「僕には夢がある。王となる兄さんを支え、猫魂国の民の幸せのため頑張るんだ」
「そうか」
弟の穏やかな横顔を見つめながら、シロネはうなづいた。
「クロネというのは?」
コブタエの言葉に、はっと我に返るシロネ。
「双子の弟だ。今、誘拐されてる」
「なぜそんなことに?」身を乗り出すコブタエ。
シロネは空を見上げると、話し始めた。
「その昔、俺の国、猫魂国と、犬の国、犬狛国は対立していたんだ…」
シロネの脳裏には、王冠を付けた猫と、王冠を付けた犬がにらみ合う姿が浮かぶ。
「そして猫魂国には〝ダイヤモンドツナ〟という宝物が、犬狛国には〝黄金の骨ガム〟という宝物があった」
「えーと、こんな感じでしょうか…」
コブタエの頭に浮かんだのは、キラキラ輝く缶詰〝ダイヤモンドツナ〟を抱える猫の姿、そして、キラキラ輝く骨〝黄金の骨ガム〟をくわえる犬の姿だった。
続けて話すシロネ。
「宝物は王たる者に巨大な力を与えるという。両国は争いを避けるため互いの宝物を預かり、平和は3代続いた」
「つまり、こんな感じですね」
コブタエの頭には、〝ダイヤモンドツナ〟をくわえる犬の姿と〝黄金の骨ガム〟にじゃれる猫の姿が浮かぶ。
シロネが沈んだ声で言う。
「だが平和は続かなかった。クロネの密偵シノブが、クロネが囚われたと告げに来た。敵の狙いはその骨ガムだ」
「それで人間体に変身し、さっきの鬼ごっこだったというわけですね」
「いつまでも逃げているつもりはない。俺がクロネを奪い返す」
「やはり私が力になります」
「おまえに何ができる」吐き捨てるように言うシロネ。
コブタエが右腕を勢いよく天に掲げる。
「さっきお見せしました。ピンチをピンチに変える力です!」
「ピンチをピンチに変えても結局ピンチだろーがっ」
「それは違います」
コブタエが、シロネの頭をぎゅっとつかむと、シロネはパシッと払いのける。
「どう違う」
「大きいピンチを中くらいのピンチに、中くらいのピンチを小さいピンチに変えるのです。そしてピンチは限りなくゼロに近づくということです」
屋根の上から見える境内では、参拝客の子供が走り回っている。その子が、つまずき転びそうになり、母親が慌てて支えるが、子供のバッグが落ち、中身がぶちまけられる。中身を拾いながら微笑みあう母と子。
「最初からピンチをチャンスに変えられないわけ?」つまらなそうに聞くシロネ。
「世の中、それほど甘くありません」
「そもそも俺を助けても猫助けだ。おまえが言う、ポイントとやらにならないんじゃねーの」
「それは、0・5ポイントとして姉さまに交渉します。ポイントにならないなら、猫魂国の主食を羽二重餅にするのもよいかと」
シロネの脳裏に浮かんだのは、よだれかけを付けたシロネの前に置かれている山盛りの羽二重餅だった。後ろで「朝」「昼」「晩」「朝」「昼」「晩」と文字が変わっていく。
頭を左右に振り、叫ぶシロネ。
「断る!」
「そうだわ。犬狛国の王女を羽二重餅で攻略するのはどうでしょう。女子を落とすには極上の甘味がいちばん」
「あのなあ、そんな簡単にいけば苦労しねーよ」
シロネは、やれやれと言わんばかりに肩をすくめた。