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僕も探索者になりたい!

 ほっぺをツンツン。あら柔らかい!二の腕をツンツン。モッチモチや!


「お姉ちゃん?」


「アッ、すいません……」


 しまった、調子に乗りすぎた。女の子になってしまった紫織で遊んでいたら、紫織の目が笑っていないことに気づき背筋がゾワっとする。

 にしても、紫織の体を触っていたら「本当に紫織が女の子になっちゃったんだな〜」っていうのを実感できる。でも、正直まだ現実味がない。頬をつねったらちゃんと痛いのに。


「体調とかに異変は?」


「特にないよ」


「念の為病院いこっか?」


「………うん。元に戻れる方法、あったりするのかな……」


「それも含めて、病院の先生に聞こ?」


「そうだね」


 善は急げ、私は紫織と手を繋いで病院へ。


 待合室で数十分待って、ようやく診察。


「あ〜………TS病ですね〜」

 

 初老の男性医師が、髭をさすりながらそう言う。


「え………は?」


「だから、TS病です」


 いや、そりゃ名前的にそうなんだろうけど。本当にそんなものがあるなんて………世の中まだまだ広いんだなぁ。

 紫織はというと、目を丸くして口をパクパクさせていた。あは、面白い。


「治る方法とかは無いんですか?」


 と、紫織が聞く。


「それが無いんですよ。ごく稀に後天的に発症する病気でね〜……まぁ、健康的な障害はないんで、安心してください」


 と、お医者さんが返す。いや安心できんやろ……と思いつつ、紫織の健康が害されていないことに安心する。

 ………安心はしたものの、これからずっと紫織が女の子として生きていかなきゃならない、という現実に、思わず心配げに紫織を見つめてしまう。


「あ、あと能力調査もしときましたよ。TS病気の患者さんはね、能力が大幅に上がっていることがあるんですよ。ほら」


 お医者さんは愕然としている紫織に能力シートを手渡す。能力シートとは、本人のレベルや武器レベル、スキルなどが書かれてある、いわゆる「ステータス」的なものを具現化させたようなシートだ。


「……………え?本当にこれ僕の能力シートですか?」


「はい、あなたのですよ」


「どれどれ…………ってええぇぇ!!??」


 紫織の能力シートを覗くと………なんと、めちゃくちゃ強くなっていた!私は探索者としてそこそこ強いという自負があるのだが、そんな私から見ても強くなっていた。

 もともと紫織のステータスはさほど強くなく、ダンジョンに潜ったら第一層でやられてしまうほどだった。それなのに、今では私と肩を並べるくらいのステータスになっていたのだ。


「紫織、よかったね」


 紫織はもともと、ステータスが低いことをコンプレックスにしていたのだ。姉である私が配信者として活動していることにも、そのコンプレックスに拍車をかけていたのかもしれない。

 ………それなら配信者を辞めようか、なんて思ったこともあったが、高校生の私が生活費を稼ぐにはこの手段しかなかったのだ。


 紫織はまだ、呆然としていた。





 私たちは家に帰り、今後どのように生活するか話し合うことにした。


「学校はどうする?」


 私が一番懸念していたのは、学校でのことだ。中学生の紫織にとって、一番生活する時間が長いのは学校だ。しかも、紫織は思春期真っ只中の中学3年生。

 多感な時期と言われるこの時期に、性別が変わるというデリカシーな問題が発生してしまった。


「…………行く」


「わかった………一応、先生に連絡しとくから!あと、もしなんかあったらすぐ返ってきて良いし、相談事とかあったら私に相談してほし……」


「大丈夫だって!先生にも連絡しなくて良いから」


 紫織は私の言葉を遮って、苦笑交じりにそう言う。


「僕、今まで通り男として行くから」


「え………」


 紫織の体を見渡す。………確かに、あんまり変わっていない………か?


「………お姉ちゃん?どこ見てるの?」


「アッ、すんません」


 思わず胸の辺りを凝視してしまった………。ちなみに、ほとんど平坦だったから、多分女の子だってバレないと思う。


「なんか失礼なこと考えてるよね絶対」


「じゃあ学校はこれまで通りってことで!他に決めておきたいこととかある?」


「うーん……えっと………あと………僕、探索者になりたい」


「探索者に?」


「うん………ダメかな?」


 中学生で探索者とは、相当珍しい。大抵の中学生は親が許可を出さないため、18歳以上のサインが必要である探索者証明書が発行できない。

 その上、いかにもゲームっぽいダンジョンとはいえ、油断すると死んでしまう可能性があるのだ。最適な装備と、自分に合ったレベル帯の階層に挑めばその可能性はほぼゼロだが。


 とはいえそんなところに、愛する紫織を行かせる気にはなれない。いかに紫織が強くなってようと、ダンジョンではあっさり死んでしまう可能性があるのだ。紫織が死んでしまったら、私は………………。

 

 だから、今すぐ紫織に「ダメ」って言うんだ。そんなに上目遣いで目をうるうるさせてお願いしてきたとしても、ダメだ。くっ、可愛い…………けどダメだ。普段お願い事を言わない紫織が、珍しくお願いをしてきたとしても…………ダメだ。行かせるわけには………


「いいよ」


 言っちゃった。


「良いの!?………ありがとう!!お姉ちゃん大好き!!!」


 紫織は感極まったように、私の腕に抱きついてきた。


「ぐふっ……かわい…………じゃなくて、なんで探索者になりたいの?」


 私がそう問うと、紫織は一瞬迷ったような素振りを見せて、理由を話した。


「お姉ちゃんみたいになりたくて………僕、何もできなかったのが悔しくて……」


 紫織のその言葉を聞き、私はハッとする。

 紫織はおそらく、私に支えられていたこともコンプレックスだったのだろう。精神が熟していくうちに、無力感を感じていたのだろう、と。

 そんな時に、ステータスが上がったという絶好のチャンス。確かに紫織の立場になってみれば、探索者になりたいと思うのは当然だったのかもしれない。


「紫織……………ごめんね」


「………ううん、お姉ちゃんが謝る必要はないよ。いつも頑張ってくれてるのは知ってるし、僕のために色々やってくれているのも知ってる。いつもありがとね、お姉ちゃん」


「生きてて良かった………」


「?」


 とにかく、紫織を探索者にするには、まず探索者証明書を発行する必要がある。装備は私のポケットマネーから最上の装備を揃えられる。戦闘は私がいつも行っているダンジョンで、浅いところから経験を積ませれば、ステータス的にも強くなれるはずだ。


「じゃあ…………とりあえず明日、皐月さんのところに行こっか。証明書を発行しよう」


「うん!発行する時に必要なお金は………僕が貯めてきたお小遣いから…」


「何言ってるの!私が出すよ!そのお小遣いは、大事な時のためにとっておいて!」


 今が大事な時のような気もするが。そのくらいのお金は私が出さなくては、姉としての矜持が保たれない。それに、紫織の探索者生活を後押ししたい。


「……わかった。何から何まで、ありがとね、お姉ちゃん」


 このくらい、愛する弟のためならなんとでもないって。私はヨシヨシと紫織の頭を撫でてから、デリバリーを頼む。

 今日はもう遅い時間だし、流石に今の紫織にご飯を作ってもらうのは申し訳ないからね。


 夜ご飯を済ませると、私たちはすぐに眠りについた。色々なことが、あって疲れていたのだろう。



 


 そして翌日、土曜日だから二人とも学校はない。それを良いことに、二人揃って遅い時間までぐっすりと寝ていた。十分な睡眠をとった後、紫織特製のフレンチトーストを頬張り、二人で皐月さんのお家にお邪魔することにした。


 皐月さんとは、引っ越す前に住んでいたお家のご近所さんで、女手一つで私たちの子育てをしていた母親がいない時に、よく代わりになってくれた人だ。母親が亡くなって前のお家を売り、今のアパートに越してからは繋がりが薄くなってしまったが、今でもちょくちょく顔を出してきてくれる。

 ちなみに、私の探索者証明書も皐月さんにサインしてもらった。


「皐月さ〜ん!香織で〜す」


 コンコン、と扉を叩く。すると、だらしない格好をしている皐月さんが出てきた。


「や〜香織ちゃん!さ、入って入って」

 

「なんですかその格好!?足出しすぎじゃないですか!?ってかズボン履いてないよねこれ!?」


 皐月さんはというと、太ももくらいまである大きめのTシャツを着ていた。


「だって涼しいもん」


「もう大の大人がだらしない!それに紫織もいるんですよ!」


「紫織ちゃんは気にしないもんね〜?」


「あ、はい、いや、着てください……」


 紫織は顔を赤くさせてそういった。

 私たちは皐月さんに案内されて、リビングのソファに腰掛けた。そして対面に椅子を持ってきた皐月さんは、そこに座った。いつもの定位置だ。


「で、LIMEでも聞いたけど………紫織が女の子になっちゃったてほんと?」


「あ、はい……ほんとです」


「確かに、ちょっと声高くなってるね……それに背も小さくなった?」


「それちょっと気にしてるんで言わないでください………でも、実は女の子になっちゃったけど、ステータスがすごく上がったんです。ほら、見てください」


 紫織は自身の能力シートを皐月さんに手渡す。


「ふ〜ん………強いね」


「それで、僕探索者になりたくて……サインをもらえませんか?」


「…………何でなりたいの?香織への憧れとか、そんなところ?」


「そ、それもそうなんですけど……僕は、お姉ちゃんの隣に立ちたいんです!」


 そう強い意志を持って言った紫織の顔に、思わず見惚れてしまう。


「ま、良いよ。ただし、絶対探索する時は香織と一緒にいること!それに、もし何かあったら私に連絡しなさい?」


「はい!ありがとうございます!」


「香織も、紫織のことしっかり頼んだわよ。私がこの選択したことを、後悔しないようにね」


「もちろんです、皐月さん」


 命に代えてでも、紫織のことを守る。私の力強い返事を聞いた皐月さんは、満足げに頷いた。



 紫織に危険な目にあって欲しくないのは紛れもない本心だが、それは単なる私のエゴだと思う。紫織の決意に、私のエゴで邪魔するのはまして本末転倒だ。


 紫織第一。それが私の、信条だから。



 無事皐月さんにサインをもらえた紫織は、緊張の意図が切れたようで、安堵のため息をついていた。


「ばいば〜い」と手を振って私たちを見送りしてくれている皐月さんは、実はダンジョン調査委員会のお偉いさんなのだ。彼女の「私に連絡しなさい」はすごく強い効力を持っていることを、紫織はまだ知らない………。

 というか、私も最近知ったんだけどね。



 その後私たちはすぐに役所へ。手続きをすませ、無事紫織の探索者証明書を発行することができた。やったね!

 

「お姉ちゃん、ダンジョン行く?」


 紫織は待ちきれないとばかりにワクワクした目を私に向け、そう聞く。


「いや、まだまだ。次は装備を買いに行こう!」


 ふふ………実は昨日の夜、熟練の探索者が見ても目ん玉が飛び出るような、天上級の装備を紫織のために取り寄せておいたのだ。紫織の驚く顔が楽しみだぜ………ぐへへ!

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