↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
バタフライエフェクトギルド〜異世界のギルド、書類が山積みだったので全部やっておきました〜  作者: くろかっぱ
三章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
79/84

第七十三話 幕間:静かな部屋

王都の冬は、去年より静かだった。


執務室の火鉢が消えかけている。

炭は、足させなかった。

今年は、去年より炭が高い。

ヴァルクは、その値も知っていた。


机の上に、報告の束。

北の属領、滞りなし。

東の街道、滞りなし。


ヴァルクは、読まなかった。


読まなくても、そこに何が書いてあるかはわかっていた。

順調、と書いてある。

みな、そう書くことを学んだ。

悪い報せは、もう何年もこの部屋に入ってこない。


——一人を、除いて。


◇


その男は、いつも通り、悪い報せを持ってきた。


長く仕えた男だ。

ヴァルクがまだ玉座と呼べるものを持つ前から、そばにいる。

白いものの混じった頭を、この部屋で下げない。

頭を下げない、最後の一人だった。


「脱走が、止まりません」


男は言った。


「属領の村が、動いています。逃げた兵の家が、繋がりはじめている。……こちらの名簿が、読まれています」


ヴァルクは、頁を繰った。


「報告は、順調と、来ている」


「あれは、嘘です」

男の声は、静かだった。


「みな、あなたに殺されたくないから、順調と書く。私は、それを書けと言われた側の人間です。ですから、知っています」


ヴァルクは、手を止めた。


「順調と、お書きになってはなりません」

男は続けた。


「今、手を打てば、まだ——」


そこで男は、ヴァルクの目を見た。


見て、口をつぐんだ。


長く仕えた男は、ヴァルクの目に何を見たのだろう。


◇


ヴァルクは、手を上げた。


それだけで、済んだ。


戸口の兵が、二人。

男は、抵抗しなかった。

抵抗しないことが、

その男の最後の忠義だったのかもしれない。


引きずられていく足音が、廊下の奥へ消えていく。


戸が、閉まった。


部屋が、静かになった。


◇


ヴァルクは、報告の束に目を戻した。


北の属領、滞りなし。

署名した。

東の街道、滞りなし。

署名した。


三枚目で、手が止まった。


——順調と、お書きになってはなりません。


さっきの声が、部屋のどこかに残っていた。

ヴァルクは、顔を上げた。


「なぜだ」


誰も、いなかった。


「今、手を打てば、と言ったな。何を、打つ。言ってみろ」


火鉢の炭が、音もなく、崩れた。


ヴァルクは、しばらく返事を待つ。


返事は、なかった。


「……そうか」


ヴァルクは、頷いた。

反論が、ない。

反論がないなら、それは正しいということだった。

この部屋では、昔からそうだった。

黙るということは、認めるということだ。


いちばん物分かりのいい部下を、今日、手に入れた。


ヴァルクは、三枚目に署名した。


順調、と。


◇


雪が、降っていた。


石の色の街に、音もなく積もっていった。


ヴァルクは、火鉢に手をかざした。

炭は、もう消えている。


冷たかった。

それにも、気づかない。


呼べば、誰か来る。

ヴァルクは、そう思っていた。

長いこと、そう思ってきた。


呼ばなかった。


呼ぶことが、もう何もない。


部屋は、静かだった。


いちばん、静かだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。