↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
バタフライエフェクトギルド〜異世界のギルド、書類が山積みだったので全部やっておきました〜  作者: くろかっぱ
三章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
76/84

第七十話:薬草の蔵

朝、アンばあさんに手招きされた。

食堂の裏の、小さな物置だった。

棚に乾いた草の束が並んでいる。ケンジの知らない草ばかりだった。


「これがねえ、だめになってきてるんだよ」


アンばあさんが一束手に取った。葉の色が悪い。触るとしっとりしていた。

「冬は湿気るからねえ。毎年少しは傷むんだけど、今年は多いんだ」


「量が増えたんですか」


「人が増えたからね。薬も、それだけ要る」


棚の隅に素焼きの壺が並んでいた。

蓋を取ると、中に黒いかけらが入っている。炭だった。


「炭は入れてるんですね」


「昔からそうするんだよ。湿気を吸ってくれるからねえ。ばあさんのおまじない、みたいなもんさ」


原理は知っている。ケンジは少し安心して少し困った。

知っているのに、間に合っていない。


「壺だと追いつかないんだ。草の方が多くてね」


アンばあさんが傷んだ束を脇によけた。


「捨てるのもしのびないねえ」


ケンジは黒くなりかけた葉を見た。この中に、産に要るものがあるはずだった。


◇


その日、ティエは食堂の火のそばにいた。


森から来ていた。

ムウが付き添って、二人でベルタに移ってきていた。

産が近い。

森の奥は助けが遠い。産むなら人のいる町で、と決めたらしかった。


腹は大きかった。だがケンジが薬草の話をすると、ティエは腹ではなく束の方に手を伸ばした。

指で葉を挟んで、こすった。

「湿気てる」


「はい」


「これじゃ効かない」


言い切って、壺の炭も指で確かめた。

「炭も湿気てる。湿気た炭はただの黒い石だ。吸わない」


アンばあさんが、あらまあ、と言った。

「知らなかったよ。炭が悪くなるなんて」


「悪くはならない。焼き直せば戻る」

ティエは束を置いた。


「うちの蔵は全部そうしてる。床下に炭を層で敷く。月に一度上げて焼き直してまた敷く。それで蔵ごと乾く」


ケンジは頭の中でそれを組み立てた。壺ではなく、蔵ごと。点ではなく、面。

入れて終わりではなく、回す。


「壺の中の話じゃ、追いつかないのは当たり前だ」


ティエが火を見たまま言った。

「蔵ごと組め」


火の向こうでムウが目を閉じていた。

閉じたまま口を開いた。

「この子はねえ、口は生意気だが、蔵の作りは家で一番うるさいんだよ」


「うるさくて悪いか」


「悪かないさ」

ムウが少し笑った。


「あんたの蔵で冬を越した草を、何度も食ったよ」


アンばあさんがお茶を出した。婆さんが二人並ぶ。


「産のことなら、あたしが取り上げるよ。森じゃずっとそうしてきた」

ムウが言った。


「じゃあ、草はこっちで揃えようねえ」


どちらも、にこにこしていない。

湯気を挟んで静かだった。


◇


蔵は、食堂の裏を広げて作ることにした。

床を上げて、下に炭を敷く。

ティエの言う通りの層にした。


ジンが手伝いに来た。

炭を並べながら耳を澄ませていた。


「音が違う」


「何が違いますか」

ケンジは聞いた。


「乾いた炭と、湿った炭。置いた時の音が違う」


ジンは、二つの炭を板の上に落とした。

「こっちが乾いてる。高い音」


ティエがちらと見た。

「相変わらず耳がいいな」


「当たり前だ」

ジンはそれきりまた炭を並べ始めた。

乾いた音だけを、選んでいた。


◇


夕方、ミーデルが帳面を持って来た。


「蔵の寸法を測りました。今の草の量なら、足ります。正確には来年の分までは」


「来年」


「はい。でも、再来年は足りません」

ミーデルは帳面を繰った。


「人が増え続けているので。今の登録で、去年の一・六倍です。産まれる子もいますし」


火のそばのティエを誰も見なかった。


「土地が、要りますね」

ケンジは言った。


その夜ガドに話した。

北側に空きがある。蔵も家も、そこに広げられる。

人が増えた分を置く場所。


ガドは少し黙った。


「やれ」


詳しい話をまた今度と付け足すこともしなかった。

ガドの「やれ」は、いつも余計を付けない。


◇


蔵ができた日、アンばあさんが草を並べ直した。


乾いた棚に、乾いた束が、順に戻っていく。

傷んで捨てた分の、空いた場所もあった。そこはこれから埋まる。


ティエが来て、棚の草を一束、指で挟んだ。

こすって匂いを嗅いだ。

「乾いてる」


「効きますか」

ケンジは聞いた。


「効く」


ティエはその束を、棚のいちばん取りやすい場所に置き直した。産に要るやつだった。

アンばあさんがそれを見ていた。


「ちゃんと、間に合ったねえ」


祈るような、軽いような、どちらともつかない声だった。

外では、雪が降っていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。