第七十話:薬草の蔵
朝、アンばあさんに手招きされた。
食堂の裏の、小さな物置だった。
棚に乾いた草の束が並んでいる。ケンジの知らない草ばかりだった。
「これがねえ、だめになってきてるんだよ」
アンばあさんが一束手に取った。葉の色が悪い。触るとしっとりしていた。
「冬は湿気るからねえ。毎年少しは傷むんだけど、今年は多いんだ」
「量が増えたんですか」
「人が増えたからね。薬も、それだけ要る」
棚の隅に素焼きの壺が並んでいた。
蓋を取ると、中に黒いかけらが入っている。炭だった。
「炭は入れてるんですね」
「昔からそうするんだよ。湿気を吸ってくれるからねえ。ばあさんのおまじない、みたいなもんさ」
原理は知っている。ケンジは少し安心して少し困った。
知っているのに、間に合っていない。
「壺だと追いつかないんだ。草の方が多くてね」
アンばあさんが傷んだ束を脇によけた。
「捨てるのもしのびないねえ」
ケンジは黒くなりかけた葉を見た。この中に、産に要るものがあるはずだった。
◇
その日、ティエは食堂の火のそばにいた。
森から来ていた。
ムウが付き添って、二人でベルタに移ってきていた。
産が近い。
森の奥は助けが遠い。産むなら人のいる町で、と決めたらしかった。
腹は大きかった。だがケンジが薬草の話をすると、ティエは腹ではなく束の方に手を伸ばした。
指で葉を挟んで、こすった。
「湿気てる」
「はい」
「これじゃ効かない」
言い切って、壺の炭も指で確かめた。
「炭も湿気てる。湿気た炭はただの黒い石だ。吸わない」
アンばあさんが、あらまあ、と言った。
「知らなかったよ。炭が悪くなるなんて」
「悪くはならない。焼き直せば戻る」
ティエは束を置いた。
「うちの蔵は全部そうしてる。床下に炭を層で敷く。月に一度上げて焼き直してまた敷く。それで蔵ごと乾く」
ケンジは頭の中でそれを組み立てた。壺ではなく、蔵ごと。点ではなく、面。
入れて終わりではなく、回す。
「壺の中の話じゃ、追いつかないのは当たり前だ」
ティエが火を見たまま言った。
「蔵ごと組め」
火の向こうでムウが目を閉じていた。
閉じたまま口を開いた。
「この子はねえ、口は生意気だが、蔵の作りは家で一番うるさいんだよ」
「うるさくて悪いか」
「悪かないさ」
ムウが少し笑った。
「あんたの蔵で冬を越した草を、何度も食ったよ」
アンばあさんがお茶を出した。婆さんが二人並ぶ。
「産のことなら、あたしが取り上げるよ。森じゃずっとそうしてきた」
ムウが言った。
「じゃあ、草はこっちで揃えようねえ」
どちらも、にこにこしていない。
湯気を挟んで静かだった。
◇
蔵は、食堂の裏を広げて作ることにした。
床を上げて、下に炭を敷く。
ティエの言う通りの層にした。
ジンが手伝いに来た。
炭を並べながら耳を澄ませていた。
「音が違う」
「何が違いますか」
ケンジは聞いた。
「乾いた炭と、湿った炭。置いた時の音が違う」
ジンは、二つの炭を板の上に落とした。
「こっちが乾いてる。高い音」
ティエがちらと見た。
「相変わらず耳がいいな」
「当たり前だ」
ジンはそれきりまた炭を並べ始めた。
乾いた音だけを、選んでいた。
◇
夕方、ミーデルが帳面を持って来た。
「蔵の寸法を測りました。今の草の量なら、足ります。正確には来年の分までは」
「来年」
「はい。でも、再来年は足りません」
ミーデルは帳面を繰った。
「人が増え続けているので。今の登録で、去年の一・六倍です。産まれる子もいますし」
火のそばのティエを誰も見なかった。
「土地が、要りますね」
ケンジは言った。
その夜ガドに話した。
北側に空きがある。蔵も家も、そこに広げられる。
人が増えた分を置く場所。
ガドは少し黙った。
「やれ」
詳しい話をまた今度と付け足すこともしなかった。
ガドの「やれ」は、いつも余計を付けない。
◇
蔵ができた日、アンばあさんが草を並べ直した。
乾いた棚に、乾いた束が、順に戻っていく。
傷んで捨てた分の、空いた場所もあった。そこはこれから埋まる。
ティエが来て、棚の草を一束、指で挟んだ。
こすって匂いを嗅いだ。
「乾いてる」
「効きますか」
ケンジは聞いた。
「効く」
ティエはその束を、棚のいちばん取りやすい場所に置き直した。産に要るやつだった。
アンばあさんがそれを見ていた。
「ちゃんと、間に合ったねえ」
祈るような、軽いような、どちらともつかない声だった。
外では、雪が降っていた。




