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バタフライエフェクトギルド〜異世界のギルド、書類が山積みだったので全部やっておきました〜  作者: くろかっぱ
三章

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第六十九話 幕間:数字が、合わない

飲まれた土地の冬は、借り物の匂いがした。

駐屯地はもとは誰かの村だった。

広場も井戸も石の塀も、ランバルトが作ったものは一つもない。

ただ、旗だけが新しかった。


守備隊長のドランは、朝いちばんに二枚の紙を並べた。

一枚は、上に出す紙。

一枚は、本当の紙。


上に出す紙には、順調、と書く。滞りなし、と書く。冬営、恙なし、と書く。

本当の紙には、脱走の数が書いてある。


去年の倍だった。東の隣の駐屯地は三倍だという。

ドランはその差を長いこと見ていた。



悪い数字をそのまま上に出した男がどうなるか。ドランは知っていた。

名前を三つ言える。三人とも、もういない。

だから、この差は埋めなければならなかった。

隠すのではない。埋める。

数字そのものを減らす。


脱走は、面会の日に生まれる。

柵の向こうに家族が来る。銅貨のない手で、握り飯を一つ持って来る。

そして柵越しに話が伝わる。

誰それの家は扶持を切られた。誰それの息子は戦死の紙が来た。生きているはずの息子の、戦死の紙が。

その話が柵を越える。 越えて、兵の耳に入る。入った兵が、夜に消える。

ドランは柵を高くした。見張りを倍にした。面会の日を月に一度に減らした。 数字は減らなかった。



一人、捕まえた。

柵を越えようとした若い兵だった。故郷は二つ谷を越えた村。母親と妹がいる、と紙にあった。

決まりでは、戦死処理にして支給を切る。それで終いだ。殺しはしない。

末端の兵を一人ずつ殺す手間を、この国はかけない。


ドランは、決まりの通りにしなかった。

村へ人を出した。母親と妹を柵の前に立たせた。

それから若い兵を、みなの見ている前で処理した。面会の日に。


声は張らなかった。演説もしなかった。ただ静かに済ませた。署名を一つするのと、同じ速さで。

これで止まる。

恐怖を知った人間は逃げない。この国はそれで十五年回ってきた。ドランはそう教わってきた。

翌朝、本当の紙の脱走の欄が一つ閉じた。 数字が、合った。



ドランは、見ていなかった。

柵の前に、あの日、何人が立っていたかを。

処理された兵の妹の隣に立っていた女が、誰の母だったかを。

その女のもう一人の息子が、今どこの柵の内側にいるかを。


柵は、話を運ぶ。

扶持を切られた話を運んだ柵は、見せしめにされた話も運ぶ。同じ速さで。谷を越えて、山を越えて、まだ触れられていない家へ。次男のいる家へ。従兄弟のいる家へ。婿のいる家へ。


一つ閉じた数字の向こうで、十の点が、打たれた。 ドランには、見えない点だった。



ドランは上に出す紙を取った。

順調、と書いた。滞りなし、と書いた。 迷いはなかった。数字は合っている。合っている数字を疑う理由がない。


紙は伝令に渡り、街道を北へ上っていった。石の色の街へ。

年の締めの帳簿を毎朝読む男のところへ。


窓の外で雪が降っていた。 借り物の村に、音もなく積もっていった。柵の外にも降っているはずだった。母親の家の屋根にも。まだ触れられていない、四百の家の屋根にも。


ドランは火鉢に手をかざした。

炭が一つ、崩れる。 数字は合っている。

合った数字は、ドランの見ていない場所で育っていた。


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