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バタフライエフェクトギルド〜異世界のギルド、書類が山積みだったので全部やっておきました〜  作者: くろかっぱ
三章

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休日4:ニヤニヤの、冬

その朝、カウンターに並んだのは依頼書ではなかった。


「トールテックをくれ」

王都兵だった。三人並んでいた。


「あの、ここはギルドの受付で、アンピークの売り場は道具屋さんの——」

「道具屋は、売り切れだった」

「工房に行けばあると聞いた」

「同じ班の奴が着てるんだ。夜番が、まるで違うと」


ケンジは道具屋の方向を指で示した。

「明日の朝入荷します。エルミさんが夜なべで縫ってるので」


三人は明日の朝、と復唱して帰っていった。番兵の交代の時間を計算して買いに来る算段の顔だった。

マーサ、横で笑いを噛んでいた。

「三日連続だねえ、朝一のトールテック行列」



昼、アンピークの工房を覗いた。

中は、火鉢と布の山だった。

エルミが裁ち、その周りで針が動いていた。縫い手は六人に増えていた。半分は元捕虜だった。保存食づくりの手が、いつの間にか針仕事の手にもなっていた。


「レフさん、縫えるんですね」


「軍で、覚えました」


レフが手を止めずに言った。

「軍服の繕いは、自分でやるんです。破れたまま並ぶと殴られるので」


殴られないために覚えた針が、今は日当になっている。レフの針は六人の中で一番速かった。


「ケンジさん」

エルミが顔を上げた。


「布が、足りなくなります。この売れ方だとあと十日で」


「オルフェンさんのソリに布を積んでもらいます。次の便から」


「助かります。……それと」

エルミが声を少し落とした。


「バッハさんが、朝からあそこにいます」


工房の隅にバッハがいた。

腕を組んで、壁にもたれて、縫い上がっていくトールテックの山をじっと見ていた。


「……バッハさん」


「おう」


「どうしました」


「別に」

バッハは、山から目を離さなかった。


「……革鎧の下に着る布きれが、バッハパックより売れてる」


「冬なので」


「わかってる」


「バッハパックは、一度買えば十年使えます。トールテックは消耗品です。売れる数が違うのは、物が良い証拠です」


「わかってるって」


バッハはそう言って、それからぼそっと付け足した。


「……次のは、革の手袋を作る。冬の手綱で、指がやられるって御者たちが言ってた」

負けず嫌いの目だった。


「できたら、名前はどうします」


「決めてある」


バッハが少しだけ胸を張った。

「バッハグローブだ」


今度は、自分から名乗りに行っていた。



午後、王都兵の駐屯地の前を通った。

柵の脇に、屋台が一つ出ていた。

マレクだった。


鉄板から湯気が上がっていた。ベルタ焼きの匂いが駐屯地の柵を越えて、中まで流れ込んでいた。

列ができていた。全員王都兵だった。


「はいよ、二枚ね!熱いから気をつけな!」

マレクの手が、止まらなかった。


「マレクさん、ここに屋台、いつから」


「先週からだ。駐屯地のまとめ役と話がついてな。昼と夕方、ここ専属よ」


マレクが声を落とした。

「兵隊ってのはなケンジさん。故郷の飯に飢えてんだ。王都の飯じゃねえんだけどな、あったかくて、甘辛くて、手で食えるってだけで目の色が変わる」


列の先頭の若い兵が、ベルタ焼きを両手で持って、はふはふ言いながら食っていた。


「……銭勘定はな、夜のお楽しみよ」


マレクの口元が堪えきれていなかった。



夕方、銭湯の前を通った。

暖簾の外まで湯気が漏れていた。

戸の脇に、木の札が下がっていた。ルードの彫った札だった。


——本日も、湯、熱いです。


中からルードが出てきた。薪を抱えていた。


「満員ですか」


「連日だ」

ルードは短く言った。でも、薪を抱え直す手つきどこか誇らしげだった。


「冒険者が入る。仕事帰りの街の連中が入る。王都兵まで入る。……湯船ってのは、いいな。中じゃ、誰が誰だかわからん」


「炭は足りてますか」


「ヴェタの炭を倍にした。ジャウのじいさんが、届けに来るたびに一風呂浴びてく」


ルードがふと思い出したように言った。

「そういえば、湯上がりに旅人の一口が売れる。アンばあさんが、番台の横に籠を置いてった。……あれは、商売がうまい」



夜、アンばあさんの食堂に、アンピークの面々が集まった。

月に一度の寄合だった。


ミーデルが帳面を開いた。

「今月の売上を報告します」


数字が読み上げられていった。

トールテック、先月の四倍。

ベルタ焼き駐屯地店、日銭で過去最高。

銭湯、連日満員。

旅人の一口、湯上がり効果で二倍。

雪白兎の毛皮、オルフェン経由で王都へ、完売。


読み上げるたびに、卓の顔がゆるんでいった。

マレクが、ニヤニヤしていた。エルミが、口元を押さえていた。ルードが、腕を組んだまま、口の端だけ上がっていた。バッハまで、ニヤついていた。


「皆さん」

ミーデルが帳面から顔を上げた。


「ニヤニヤしないでください。報告の途中です」


「してねえよ」

マレクが、ニヤニヤしたまま言った。


「しています。……それと、オルフェンさんから、追伸が来ています」

ミーデルが、書状を読み上げた。

——トールテックなる肌着、王都の商人衆の間で評判である。あるだけ、送られたし。


卓が、静かになった。

それから、爆発した。

「あるだけって、あんた」


「エルミさん、縫い手もっと要るぞ!」


騒ぎの真ん中で、トールが一人頭を抱えていた。

「待ってください、王都の人が俺の名前を着るんですか」


「もう着てるよ」

ティナがにこにこして言った。


「駐屯地の兵隊さんたち、言ってたもん。『トール様々だ』って」


「誰なんですかその俺は……」



騒ぎが落ち着いた頃、アンばあさんが鍋を運んできた。

「はいはい、詰めて詰めて」


いつもの言葉だった。卓が詰められて椀が回った。

アンばあさんがケンジの隣に座った。

「儲かってるよ、ケンジさん」


「はい」


「戦のあとの冬にね、街がこんなに笑ってるなんてね」


アンばあさんは卓を見ていた。ニヤニヤの止まらない職人たちと、頭を抱える少年と、帳面を守る娘を。


「あったかいものがね売れる冬は、いい冬だよ」


「……そうですね」


ケンジは椀を受け取った。

明日も、朝一番に、王都兵がトールテックを買いに来る。

マレクの鉄板が、柵の外で湯気を上げる。

湯は熱く、籠の一口は減っていく。


帳面を開くまでもなかった。

いい冬だった。今のところは。


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