休日4:ニヤニヤの、冬
その朝、カウンターに並んだのは依頼書ではなかった。
「トールテックをくれ」
王都兵だった。三人並んでいた。
「あの、ここはギルドの受付で、アンピークの売り場は道具屋さんの——」
「道具屋は、売り切れだった」
「工房に行けばあると聞いた」
「同じ班の奴が着てるんだ。夜番が、まるで違うと」
ケンジは道具屋の方向を指で示した。
「明日の朝入荷します。エルミさんが夜なべで縫ってるので」
三人は明日の朝、と復唱して帰っていった。番兵の交代の時間を計算して買いに来る算段の顔だった。
マーサ、横で笑いを噛んでいた。
「三日連続だねえ、朝一のトールテック行列」
◇
昼、アンピークの工房を覗いた。
中は、火鉢と布の山だった。
エルミが裁ち、その周りで針が動いていた。縫い手は六人に増えていた。半分は元捕虜だった。保存食づくりの手が、いつの間にか針仕事の手にもなっていた。
「レフさん、縫えるんですね」
「軍で、覚えました」
レフが手を止めずに言った。
「軍服の繕いは、自分でやるんです。破れたまま並ぶと殴られるので」
殴られないために覚えた針が、今は日当になっている。レフの針は六人の中で一番速かった。
「ケンジさん」
エルミが顔を上げた。
「布が、足りなくなります。この売れ方だとあと十日で」
「オルフェンさんのソリに布を積んでもらいます。次の便から」
「助かります。……それと」
エルミが声を少し落とした。
「バッハさんが、朝からあそこにいます」
工房の隅にバッハがいた。
腕を組んで、壁にもたれて、縫い上がっていくトールテックの山をじっと見ていた。
「……バッハさん」
「おう」
「どうしました」
「別に」
バッハは、山から目を離さなかった。
「……革鎧の下に着る布きれが、バッハパックより売れてる」
「冬なので」
「わかってる」
「バッハパックは、一度買えば十年使えます。トールテックは消耗品です。売れる数が違うのは、物が良い証拠です」
「わかってるって」
バッハはそう言って、それからぼそっと付け足した。
「……次のは、革の手袋を作る。冬の手綱で、指がやられるって御者たちが言ってた」
負けず嫌いの目だった。
「できたら、名前はどうします」
「決めてある」
バッハが少しだけ胸を張った。
「バッハグローブだ」
今度は、自分から名乗りに行っていた。
◇
午後、王都兵の駐屯地の前を通った。
柵の脇に、屋台が一つ出ていた。
マレクだった。
鉄板から湯気が上がっていた。ベルタ焼きの匂いが駐屯地の柵を越えて、中まで流れ込んでいた。
列ができていた。全員王都兵だった。
「はいよ、二枚ね!熱いから気をつけな!」
マレクの手が、止まらなかった。
「マレクさん、ここに屋台、いつから」
「先週からだ。駐屯地のまとめ役と話がついてな。昼と夕方、ここ専属よ」
マレクが声を落とした。
「兵隊ってのはなケンジさん。故郷の飯に飢えてんだ。王都の飯じゃねえんだけどな、あったかくて、甘辛くて、手で食えるってだけで目の色が変わる」
列の先頭の若い兵が、ベルタ焼きを両手で持って、はふはふ言いながら食っていた。
「……銭勘定はな、夜のお楽しみよ」
マレクの口元が堪えきれていなかった。
◇
夕方、銭湯の前を通った。
暖簾の外まで湯気が漏れていた。
戸の脇に、木の札が下がっていた。ルードの彫った札だった。
——本日も、湯、熱いです。
中からルードが出てきた。薪を抱えていた。
「満員ですか」
「連日だ」
ルードは短く言った。でも、薪を抱え直す手つきどこか誇らしげだった。
「冒険者が入る。仕事帰りの街の連中が入る。王都兵まで入る。……湯船ってのは、いいな。中じゃ、誰が誰だかわからん」
「炭は足りてますか」
「ヴェタの炭を倍にした。ジャウのじいさんが、届けに来るたびに一風呂浴びてく」
ルードがふと思い出したように言った。
「そういえば、湯上がりに旅人の一口が売れる。アンばあさんが、番台の横に籠を置いてった。……あれは、商売がうまい」
◇
夜、アンばあさんの食堂に、アンピークの面々が集まった。
月に一度の寄合だった。
ミーデルが帳面を開いた。
「今月の売上を報告します」
数字が読み上げられていった。
トールテック、先月の四倍。
ベルタ焼き駐屯地店、日銭で過去最高。
銭湯、連日満員。
旅人の一口、湯上がり効果で二倍。
雪白兎の毛皮、オルフェン経由で王都へ、完売。
読み上げるたびに、卓の顔がゆるんでいった。
マレクが、ニヤニヤしていた。エルミが、口元を押さえていた。ルードが、腕を組んだまま、口の端だけ上がっていた。バッハまで、ニヤついていた。
「皆さん」
ミーデルが帳面から顔を上げた。
「ニヤニヤしないでください。報告の途中です」
「してねえよ」
マレクが、ニヤニヤしたまま言った。
「しています。……それと、オルフェンさんから、追伸が来ています」
ミーデルが、書状を読み上げた。
——トールテックなる肌着、王都の商人衆の間で評判である。あるだけ、送られたし。
卓が、静かになった。
それから、爆発した。
「あるだけって、あんた」
「エルミさん、縫い手もっと要るぞ!」
騒ぎの真ん中で、トールが一人頭を抱えていた。
「待ってください、王都の人が俺の名前を着るんですか」
「もう着てるよ」
ティナがにこにこして言った。
「駐屯地の兵隊さんたち、言ってたもん。『トール様々だ』って」
「誰なんですかその俺は……」
◇
騒ぎが落ち着いた頃、アンばあさんが鍋を運んできた。
「はいはい、詰めて詰めて」
いつもの言葉だった。卓が詰められて椀が回った。
アンばあさんがケンジの隣に座った。
「儲かってるよ、ケンジさん」
「はい」
「戦のあとの冬にね、街がこんなに笑ってるなんてね」
アンばあさんは卓を見ていた。ニヤニヤの止まらない職人たちと、頭を抱える少年と、帳面を守る娘を。
「あったかいものがね売れる冬は、いい冬だよ」
「……そうですね」
ケンジは椀を受け取った。
明日も、朝一番に、王都兵がトールテックを買いに来る。
マレクの鉄板が、柵の外で湯気を上げる。
湯は熱く、籠の一口は減っていく。
帳面を開くまでもなかった。
いい冬だった。今のところは。




