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バタフライエフェクトギルド〜異世界のギルド、書類が山積みだったので全部やっておきました〜  作者: くろかっぱ
三章

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第六十三話:同じ耳

シバが、カウンターに紙を置いた。

名前が四つ並んでいた。


一番上に、ドッズ、とあった。


「運び手だ」

それだけ言った。


登録の紙の束から、シバが十日かけて選んだ四人だった。全員、元捕虜。全員、川向こうの生まれ。


「基準は、前に言った」


土地の顔。歩ける足。閉じた口。


「ドッズさんは」


ケンジは一番上の名前を見た。薪割りの男。登録の日から、口をきいたのを数えるほどしか見ていない。


「村が、道の上にある」


シバは地図を広げた。国境の向こう、川から二つ目の谷に、小さな印を打った。


「生まれた村だ。山向こうの三つの村に、顔が利く。薪を売って歩いていた男だ。山の歩き方は、俺より知っているかもしれん」


「口は」


「あんたも見ただろう。十日で、何回聞いた」


ケンジは思い返した。

二回だった。



経路の設計に、三日かけた。

シバが地図に線を引き、ケンジが帳面に暦を書いた。


「兵は、道にいない。村にもいない」

シバが言った。


「怖いのは、巡回だ。取り立ての隊が、季節ごとに回る。秋の取り立ては、終わったばかりだ。次は、雪解けの後。それまでが、窓だ」


「窓は、冬の間ずっと、ですか」


「道の上はな。村の中は違う」

シバの指が、村の印を叩いた。


「村には、目がある。兵の目じゃない。隣の目だ。密告すれば、税が軽くなる。だから、村には長居しない。入るのは夜。出るのも夜。昼は山だ」


巡回の周期。村に入る刻限。山で越す場所。沢の水量。

線が少しずつ増えていった。地図の上に、人が生きて通れる道ができていった。


「一つ、足りない」

三日目の夜、シバが言った。


「向こうに渡った運び手が、生きているかどうか。こちらには、戻るまでわからん」


ケンジはペンを止めた。

その通りだった。魔石のペアは、片方をベルタに、片方を捕虜の家族への繋ぎに使う。運び手自身の分は、ない。


「巡回の予定が、ずれることがある。取り立てが早まる。雪で道が変わる。そういう時、渡った男に、報せる手がない」

シバの声は平らだった。


「伝令は、それで死ぬ。予定が変わったことを、知らされずに」

知っている声だった。



翌朝、魔石の作業場に行った。

ジンが布の上に石を並べていた。ペア通信の練習用。十二組。ラルタの二十人に教えた分の、続きだった。


事情を話すと、ジンは石を一つ手に取った。

中魔石。子供の拳ほどの大きさがある。

しばらく、耳の横で転がしていた。

それから言った。


「これ、三つに割ったらどうなるんですか」


「三つ?」


「二つに割ると二つが繋がるんですよね。なら三つに割ったら、三つ繋がりませんか」


「駄目です」

奥から声がした。

ベックだった。鑑定の手を止めずに言った。


「波長の強さは石の質と大きさで決まります。割る数を増やせば、一片が小さくなる。小さくなれば、届く距離が縮む。ただでさえ国境までぎりぎりの距離を、わざわざ縮めてどうするんです」


正論だった。ベックの正論はいつも正しい。

ジンは石を置かなかった。


「距離は、縮むんですね」


「縮みます」


「でも、三つは繋がるんですね」


ベックの手が止まった。

「……理屈の上では」


「試していいですか」



割った。

ベックが鏨を当て、三つに割った。断面が同じ光り方をした。

一つをジンが持ち、一つをトールが持って街の外れまで走り、一つをケンジが持った。


ジンが石に口を寄せた。

「聞こえますか」


ケンジの手の中で、石が震えた。ジンの声がした。

同時に、トールの声もした。


『聞こえます! あ、ケンジさんの声も聞こえます!』


「トールさん、僕はまだ何も言ってません」


『え、でも息の音が』


ジンが石から顔を上げた。目が広がっていた。

「……全部、聞こえてます。三つとも。誰かが喋れば、残りの二つ両方に届いてます」


ベックが石を取り、耳に当て、しばらく黙った。


「距離は縮んでいます。半分近く。私の言った通りです」


それから、不本意そうに付け足した。

「……ですが、三点が同時に繋がるとは、言っていませんでした。——ただし」


ベックが石を置いた。


「中魔石を三つに割れば、国境には届きません。実運用には、もっと大きい石が要ります」


ケンジは蔵から布に包んだ石を出した。両手で抱えるほどの大きさがあった。遠征で狩った大物の、ギルドの蔵で一番大きい石だった。


「大きい石は、割っても質が落ちにくいんでしたね。これなら三つに割って、なお国境の向こうまで届く」


「届きます。ですが、この大きさの石はそう獲れません」

数を頼れない使い方だった。



夕方、シバに見せた。

シバは石を三つ、掌に並べて長いこと見ていた。


「これは」

低い声だった。


「伝令が三人、同じ耳を持つのと、同じだ」


ケンジはシバを見た。


「伝令は、一人ずつしか運べない。先の者が知ったことを、後の者はまだ知らない。その差で、人が死ぬ。予定が変わったのに、変わったと知らされずに、変わる前の予定の場所に入って、死ぬ」


シバの指が、石を一つずつ押さえた。


「これなら、同じ時に、同じことを、三人が知る。差が、ない」


ベルタに一つ。国境手前の、巡回を見張る隠れ場所に一つ。渡ったドッズに一つ。


「巡回がずれたら、窓の見張りが言う。ドッズは、渡る前でも、渡った後でも、それを聞ける」


シバは石を布の上に、そっと戻した。


「……これが欲しかった。十五年前に」


誰に言うでもなかった。



「ただ、弱点があります」

ケンジは言った。


「三つ繋がっているということは、石が一つ、敵に渡れば、三つ全部、聞かれます。ペアより、漏れた時が大きい」


シバが頷いた。


「だから、決めます。この石で言っていいのは、道のことだけ。巡回、天気、窓が開いたか閉じたか。それだけです」


ケンジは帳面に書いた。

名前は言わない。村の名も言わない。誰の家族か、なんの作戦か、一言も。


「時間と、合図だけ。石が敵に渡っても、聞こえるのは天気の話だけ、というように」


「網の本線には、使わないんだな」


「使いません。これは、運び手を死なせないためだけの石です」


シバがケンジを見た。

それから、ふ、と息だけで笑った。


「……あんたはいつも、先に穴の話をするな」



三日後の夜明け前、ドッズが発った。

荷は薪売りのなりだった。背負子に薪、腰に鉈。どこから見ても、山の男だった。薪の束の奥に、割った石が一つ、包んで埋めてあった。

見送りは、ケンジとシバだけだった。


ドッズは何も言わなかった。ケンジに小さく頭を下げ、霧の中へ入っていった。



その夜、ギルドの奥の部屋で、石が震えた。

窓の見張りからだった。


『巡回だ。取り立ての隊が、街道に出てる。予定より早い。谷の口が、塞がってる』


ケンジとシバは石を見た。

石の向こうで、もう一つの息づかいがそれを聞いていた。


『……日が変わるまで、待て』


見張りが言った。


『隊が抜けたら、報せる』


返事はなかった。

ただ、石の向こうの息が少しだけ深くなった。山のどこかで、薪売りの男が腰を下ろしたのがわかった。


半日石は静かだった。

夜半過ぎ、見張りの声がした。


『抜けた。窓が開いた』


それきりまた静かになった。

ケンジは石の前から動けなかった。シバも動かなかった。二人とも何も言わなかった。言っていいのは道のことだけだと、決めたのは自分たちだった。


夜明けの少し前、石が震えた。


『……着いた』


ドッズの声だった。初めて聞く、石越しの声だった。

シバが長い息を吐いた。

窓の外が、白み始めていた。


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