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バタフライエフェクトギルド〜異世界のギルド、書類が山積みだったので全部やっておきました〜  作者: くろかっぱ
三章

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第四十三話:一回しか使えない

三日目の朝が来た。

霧が出ていた。

川も、橋も、白の中にあった。



ギルドの執務室で、報告を待っていた。

ゲオルクさんとルードさんは、昨夜から橋にいる。終わったという知らせは、まだない。


ガドが地図の前に立っていた。

レイモンドが窓の外を見ていた。

誰も喋らなかった。


魔石が、震えた。


『終わった』

ゲオルクの声だった。


部屋の空気が、少しだけ動いた。


『寝てない』

別の声がした。


『俺もだ』

ルードだった。


「お疲れ様です。仕掛けの状態を教えてください」


『ルードが説明する』


少し間があった。


『梁は三本だ。二本は昨夜のうちに切り込みを入れた。残り一本に、ゲオルクの金具が噛ませてある』

ルードの声は、疲れていた。でも揺れていなかった。


『金具を抜けば、切り込みが開く。あとは橋が自分の重さで落ちる』


「人が乗っていても、ですか」


『人が乗っているほど早く落ちる』


少し止まった。


『重いほど、確実に落ちる仕掛けだ』


帳面に書いた。

敵の数が、敵を沈める。


「動くかどうか、試したのか」

ガドが言った。


『試せば落ちる』

ゲオルクの声だった。


『一回しか使えない仕掛けだ。試しは、本番だ』


誰も、何も言えなかった。


『それと、言っておく』

ゲオルクが続けた。


『金具は固い。狙って固くした。緩ければ、勝手に抜ける。抜くには、いい踏み込みで一気に引くことだ。迷った引き方だと、抜けん』


「わかりました」


『誰が抜く』


その質問の答えを、まだ誰も持っていなかった。



火喰鳥が呼ばれた。

ゴルド、ブロン、リア、トール。四人が執務室に並んだ。

地図を見せた。橋、観測点、川。仕掛けの説明をした。


「合図はゴルドさんです。橋を見て、渡り切った瞬間を判断してください。魔石で伝えてください」


ゴルドが地図を見た。

「俺が見て、誰が抜く」


「それを、今から決めます」


少し止まった。


「条件は三つです。敵前の岸に隠れて待てること。合図から動くまでが速いこと。抜いた後、すぐ離れられること」


部屋が静かになった。


ブロンが手を挙げかけた。


ゴルドが言った。


「リア」

短かった。


全員がリアを見た。


「橋の下は狭い。ブロンは入らん。トールは魔力が揺れる、待ち伏せ向きじゃない。俺は合図を見る」


ゴルドが続けた。

「それに」


少し間があった。


「お前、変わっただろう。あの兄弟に習い始めてから」


リアが少し止まった。


「……はい」


「待てるか。冬の川の上で、声を出さずに」


「待てます」


「動けるか。合図で、迷わずに」


リアが頷いた。

「吐く前に、動きます」


ゴルドが少し目を細めた。

「……そうか」


それだけだった。


「決まりです。リアさん、ルードさんから金具の場所と抜き方を聞いてください。一度で覚えてください」


「わかりました」


ブロンが挙げかけた手を下ろした。

「……俺、入らないのか。橋の下」


「入りません」


「そうか!」

声がでかかった。少し、寂しそうだった。


「ブロンさんには正面があります。一番敵に近い場所です」


「……そうか!!」


声が戻った。



昼前、カーラから魔石が来た。

『動きました』


部屋が止まった。


『川向こう、夜明け前から隊列。橋の方向です。数、百五十前後』


百五十。

前より増えている。


『速さからみて、橋に着くのは——』


少し間があった。


『今日の夕方です』


魔石が静かになった。


ガドが地図を見た。

「読み通りだな」


「読み通りすぎます」


帳面を開いた。

伝令が出たのが一昨日の夕方。本隊が動いたのが今朝。決断が早い。

まるで、紙が着く前から、行く気だったような速さだ。


引っかかった。


でも、考えている時間はなかった。


「配置につきます」



夕方が近づいた。

霧は、晴れていた。


橋のたもとの茂みに、リアはいた。


橋の下、梁の陰。金具まで、三歩。

ルードの説明は一度だった。一度で覚えた。場所、角度、引く方向。


いい踏み込みで、一気に。


川の音がしていた。

冬の川だった。水面から、冷気が上がってくる。

足の先が冷えていた。


息を、細くした。


腰を、下げた。


おなかのしたに、おもいものがあるとおもって。

ポウの声を思い出して、少しだけ、口元が動いた。


橋の上から、音がした。


靴音だった。

一人じゃなかった。

百五十の靴音が、ゆっくり、橋に乗り始めた。


頭の上を、戦争が歩いていた。


リアは、待った。


世界が、ゆっくりになっていく。



岸の高台に、ゴルドはいた。


橋が見えた。


兵が渡っていく。列が長い。先頭はもう、こちら側の岸が近い。

数えていた。


渡り切った数じゃない。

橋の上に残っている数を、数えていた。


多いほど、落ちる。

でも、欲をかけば、先頭がこちらの岸で展開する。展開されれば、新人たちが受けきれない。


引きつける。でも、引きつけすぎない。


その一点を、見ていた。

喉に、魔力を集めた。

声はまだ出さない。

ただ、いつでも出せるように。


隣でトールが魔石を両手で包んでいた。

「……ゴルドさん」


「まだだ」


先頭が、岸を踏んだ。

二十、三十。こちら側に降りていく。

橋の上には、まだ百近くが乗っている。

列の中ほどに、旗があった。

指揮官の位置だ。

旗が、橋の中央を過ぎた。


「今だ」


トールが魔石に叫んだ。


『今だ!!』



世界が、ゆっくりだった。


リアは、声を聞いた。


聞いた時には、動いていた。


息は、まだ吸ったままだった。


一歩。二歩。三歩。


金具。


掴んだ。


いい踏み込みで、一気に。


腰から、引いた。


腕じゃなかった。体の中心が先に動いて、腕がついてきた。


金具が、抜けた。


音が変わった。


木が、悲鳴を上げた。

切り込みが開いていく音。梁が割れていく音。橋が、自分の重さを支えきれなくなっていく音。


リアは、もう走っていた。

吐いていなかった息を、岸で吐いた。


振り返った。


橋が、中央から折れた。



音は、一拍遅れて来た。

百人分の悲鳴と、木材と、武具と、冬の川。

全部が、いっぺんに落ちた。

水柱が上がった。


ゴルドは見ていた。

橋の上にいた兵が、川にいた。

渡り切っていた先頭の集団が、振り返った。

帰り道が、消えていた。


「放て」


ゲッツの声が、高台の反対側から聞こえた。

矢が降った。石が降った。

岸に取り残された先頭の集団が、散った。後ろは川。前は矢。横は——


「おおおおおっ!!」


ブロンだった。

漁師衆と、火喰鳥の正面部隊が、岸を塞いだ。

マルコの網が飛んだ。


挟まれた兵が、武器を捨て始めた。

一人、また一人。


戦いに、ならなかった。



川の中は、戦いどころではなかった。

兵が、流されていた。

掴まる橋が、もうなかった。

岸に這い上がった者から、膝をついた。冬の川だった。立てる者の方が少なかった。


ゴルドは高台から、全部を見ていた。


勝った、という言葉は、浮かばなかった。


ただ、終わった、と思った。


今日の分は。



夕暮れの岸に、捕虜が並んでいた。

武器を捨てた兵が、五十あまり。濡れて、震えていた。


漁師衆が、火を焚き始めた。


マルコが言った。

「敵に火を貸すんですか」


ゴルドが答えた。

「凍え死なれても困る」


それだけだった。


トールが魔石をベルタに向けて言った。

「終わりました! 橋、落ちました! 全部、うまくいきました!」


魔石の向こうで、ケンジの声がした。


『お疲れ様です』


少し間があった。


『……全部、ですか』


トールが少し止まった。


「……はい! 多分!」


『指揮官は』


ゴルドが魔石を取った。

「捕虜の中にいない。川に落ちた組だ。今、漁師衆が引き上げてる」


『生きていますか』


「わからん」


魔石が、少し黙った。


『——生かしてください。聞きたいことがあります』



ベルタのギルドで、ケンジは魔石を置いた。


執務室に、歓声が届いていた。

街が沸いていた。誰かが鐘を鳴らしていた。


帳面を開いた。


橋、落ちた。捕虜五十。指揮官、捜索中。こちらの死者、なし。


完璧に近い数字だった。


なのに。


ペンが止まったままだった。


百五十は、全部出てきた。陽動を疑う様子もなく、まっすぐ、罠の上に。


決断が早すぎた。動きが素直すぎた。


まるで——


惜しくない兵だったような。


帳面に書こうとして、止まった。


何を書けばいいのか、わからなかった。


違和感だけが、あった。


ペンを置いた。


窓の外で、街がまだ沸いていた。


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