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バタフライエフェクトギルド〜異世界のギルド、書類が山積みだったので全部やっておきました〜  作者: くろかっぱ
三章

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第四十一話:鳥の声が、消えた場所

朝のギルドに、炭の匂いがした。

ルウとポウだった。


荷車いっぱいの炭俵を、二人で運び込んでいた。一俵で大人が腰を痛める重さだ。ポウが二俵まとめて持っていた。

「ケンジか」


「いらっしゃい。マレクさんが待ってました」


「了解」


それだけだった。黙々と降ろし始めた。

ポウが炭俵を置いて、カウンターに駆けてきた。

「ねえねえケンジさん、きょうも字やっていい?」


「ゲッツさんに聞いてください」


「ゲッツさーん!」


書庫の方から「でかい声を出すな」と返ってきた。やる、ということらしい。

ポウが跳ねるように書庫へ行った。


ルウが最後の俵を降ろした。荷台を確認して、紐をまとめた。それから、こちらを見た。

「……納品、完了した」


「ありがとうございます。字の方はどうですか」


「負けない」


それだけ言って、書庫へ歩いていった。



書庫から、声が聞こえてくる。

「『や』。や、や、や」


「やー!」


「伸ばすな」


「や」


「ルウはできてる。ポウ、もう一回」


「やー! アハハ」


ゲッツさんの教え方は、相手が増えても変わらない。音で入れて、形をつけさせる。

街の南で軍が動いている時に、ギルドの書庫では字の練習をしている。


悪くない、と思った。


こういう朝を守るために、動いている。



昼過ぎ、ギルドの扉が開いた。

フィンだった。後ろに冒険者が三人、最後にジンが入ってきた。

橋の確認班だ。


ジンがカウンターに来た。

「終わりました。両岸とも音、通ります。合図役が隠れる場所も決めてきました」


「ノイズは」


「ないです。距離は問題ありません」


「隠れ場所はどうでしたか」


「橋が見えて、身を隠せて、声が漏れない場所。両岸に一つずつ。図にします」

ジンが紙を取って、さらさらと描き始めた。橋、岩場、木の配置。一度見ただけの場所が、正確に紙の上に並んでいく。


帳面に書き込んだ。音の確認完了。観測点確保。残りはゲオルクさんの細工だけ——

「あ、でも」


ジンが手を止めた。

「問題じゃないんですけど」


「どうぞ」


「橋の手前の森、変でした」

ペンが止まった。


「変、というのは」


「隠れ場所を探して歩き回ったんです。それで気づいたんですけど、鳥の声が消える場所がありました。一箇所だけ」


護衛の冒険者の一人が笑った。

「鳥くらい黙るだろ」


「黙るのと、いないのは違います」

ジンが静かに言った。


「あそこだけ、ずっといなかった。行きも帰りも」


冒険者がまだ笑っていた。


その時、フィンが頷いた。

一度だけだった。


笑っていた冒険者が、黙った。

部屋の空気が変わった。

「場所、覚えていますか」


「覚えてます」

ジンが即答した。当たり前のことを聞かれた顔だった。



帳面を開いた。

書いた。

橋の手前の森。鳥の声が消える場所。行きも帰りも。


ペンが止まった。


鳥がいない。

理由は二つしかない。何かが棲みついたか、誰かがいるか。

魔獣なら、ジンは別の言い方をしたはずだ。気配がした、音がした、と。

何もない、と言った。


気配を消せる誰かが、そこにいる。

橋の、手前に。


もう一行書いた。


橋を見ている者がいる?


書いて、止まった。


ランバルトは橋を使わなかった。本攻めで使うために。

なら、その橋が無事かどうか、確かめずに置いておくだろうか。


帳面を閉じた。


執務室に向かった。



ガドが地図を見ていた。

「ガドさん、報告があります」


「話せ」


ジンの話をした。鳥の声。フィンの頷き。帳面の仮説。

ガドが黙って聞いていた。

聞き終わって、しばらく動かなかった。


「……見張りか」


「だと思います。橋を確保するための先遣です」


ガドが地図の橋を見た。

「まずいな」


「はい。ゲオルクさんの細工が、見られます」

部屋が静かになった。


細工は三日かかる。橋の下に潜る作業だ。森から橋が見えるなら、隠しきれない。

罠を仕掛けていることが、敵に伝わる。


ガドが顔を上げた。

「潰すか」


「いえ」

首を振った。


「潰せば、見張りが消えたことが向こうに伝わります。警戒されて、橋を使わなくなる」


「なら」


「泳がせます」


ガドの目が細くなった。


「向こうが何を見て、何を本隊に送っているのか。それを先に知りたいです。知っていれば、見せたいものだけ見せられます」


ガドがしばらくこちらを見ていた。

「誰が確かめる」


「冒険者は出せません。森の見張りなら、こちらの動きは見られていると思った方がいい。ギルドから戦力が南に動けば、それ自体が伝わります」


「なら誰だ」


少し間を置いた。


「冒険者じゃなくて、森を歩ける人間です」


書庫の方から、かすかに声が聞こえていた。

「ろー! アハハ」


ガドが目だけ動かした。


それから、短く言った。

「ヴェタの兄弟か」


「炭の納品で街に出入りしています。南に行くのも、薪拾いか獣道の確認に見えます。何より——」


「森の中なら、消える」

ガドが言った。あの森でルウとポウに先に気づける人間を、想像できなかった。


ガドが腕を組んだ。

長い沈黙だった。


「条件がある」


「はい」


「潰すな。触るな。見るだけだ」

一語ずつ、区切って言った。


「見られたと向こうが気づいた時点で終わりだ。確かめて、帰ってくる。それだけをやらせろ」


「わかりました」


「ティエとソルには」


「ルウさんから報告してもらいます。家の判断を通さずに動かすことはしません」


ガドが頷いた。

「行け」



夕方、ゲオルクの鍛冶場に寄った。

橋の細工の図面が、作業台に広がっていた。


「進み具合はどうですか」


「初日にしては悪くない。明日から現場に入る」


少し止まった。


「ゲオルクさん、現場の作業、橋の下だけで収まりますか」


「収まる。上からは見えん」


「資材の運び込みは」


ゲオルクが手を止めた。

こちらを見た。


「……誰かに見られると困るのか」


「困るかもしれません。まだわかりません」


ゲオルクがしばらく黙っていた。


「資材は補修用に見せる。橋板を二、三枚剥がして、表で直すふりをさせろ。下の作業は音で紛れる」


「助かります」


「まあ、うまくやれ」


いつもの言葉だった。

ただ今日は、こちらがうまくやる番だった。



夜、アンばあさんの食堂だった。

ルウとポウがいた。納品の日は、ここで食べて帰る。いつの間にかそうなっていた。


ポウがスープを三杯目までおかわりしていた。アンばあさんが「いい食べっぷりだねえ」と笑っていた。

ルウは黙って食べていた。姿勢が良かった。

食べ終わった頃、隣に座った。


「ルウさん、ポウさん。明日、頼みたいことがあります」


ポウが顔を上げた。

「おしごと?」


「仕事です」


ルウが匙を置いた。

「了解」

即答だった。


「……内容を聞かなくていいんですか」


「ケンジの依頼だ」


それだけ言った。

少し止まった。


「危ない仕事かもしれません」


「了解」


変わらなかった。


ポウがにこにこしていた。

「あしたなにするのー?」


「明日の朝、話します。ティエさんとソルさんへの報告も、その時に」


ルウが頷いた。

「字の勉強は」


「つけます」


「了解」


二人が帰っていった。

ポウが振り返って手を振った。

「またあしたー!アハハ」



食堂が静かになった。

アンばあさんがお茶を置いた。

何も聞かなかった。


帳面を開いた。


ゲオルクさんの細工、三日。森の見張り、正体不明。明日、ルウとポウ。


内容も聞かずに了解と言った。

あの二人に、何を背負わせようとしているのか。


帳面を閉じた。


戦えない男のやり方は、いつも誰かの足を借りる。


だから、間違えられない。


お茶が、まだ温かかった。


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