第二十九話:火が踊る
朝、ゲオルクの鍛冶場から使いが来た。
「できたそうです」
ティナが息を切らしながら言った。
「わかりました」
荷車の手配をした。鉄釜は重い。ジンを呼んだ。
「北の森まで行きます。荷車の管理をお願いできますか」
「わかった」
ジンが少し目を細めた。
「道、覚えてくる」
「お願いします」
◇
ゲオルクの鍛冶場に寄った。
鉄釜が作業台の横に置いてあった。
でかかった。ずっしりとした存在感があった。表面が鈍く光っている。
ゲオルクが腕を組んで立っていた。
「できたぞ」
「ありがとうございます」
「温度の調整がしやすいように、空気の入り口を工夫した」
ゲオルクが釜の側面を指した。小さな蓋がついていた。
「開け閉めで火力が変わる。ヴェタ家の爺さんならすぐわかると思う」
「伝えます」
ゲオルクが少し間を置いた。
「焚き火台の件だが」
「はい」
「少し待ってくれ。試したいことがある」
「わかりました」
ゲオルクが「まあ、うまくやれ」と言って金属に向き直った。
◇
火喰鳥の五人が揃った。
荷車に鉄釜を載せた。ブロンが「重いな!!」と言いながら軽々と動かした。ゴルドが「お前が言うな」と言った。
ジンが荷車の固定を確認した。紐の結び方を直した。全員が黙って見ていた。
「……これの方が安定する」
ジンが言った。
トールが「すごいですね」と言った。ジンが「当たり前だ」と言った。
出発した。
◇
道中、ジンが前を歩いた。
荷車を引きながら、周囲を確認している。どこで曲がるか、どこで道が狭くなるか、声に出さずに頭に入れている様子だった。
「道、覚えられますか」
「覚えてる」
「全部ですか」
「全部」
ゴルドが「……頼もしいな」とぼそっと言った。
森に入った。木が変わった。空気が変わった。
ブロンが珍しく声を落とした。
「やっぱり静かだな」
「あの一家がいる限りな」とゴルドが言った。
ジンが少し止まった。耳を澄ませている。
「……魔獣の気配、今日は遠い」
「なんでわかるんだ」とトールが小声で聞いた。
「音がしないから」
トールが「それだけでわかるのか」という顔をした。ジンが「わかる」と言った。
◇
ヴェタ家に着いた。
ルウが出てきた。
「ケンジか」
「また来ました」
「見ればわかる」
ポウがルウの後ろからひょこっと顔を出した。にこにこしていた。
「きたーー!」
アハハ、と笑った。
ティエが扉から顔を出した。ジンを見た。
「……来たのか」
「はい」
「仕事は慣れたかい」
ジンが少し止まった。
「……慣れてきた」
ティエが頷いた。
「そうか」
ティエが鉄釜に目を向けた。
「これか」
「そうです」
「中に入れ」
◇
鉄釜をソルに見せた。
ソルが受け取って、しばらく触った。側面を確認した。空気の入り口を開け閉めした。
何も言わなかった。
でも目が変わっていた。
ティエが横で見ていた。
「設置する場所を決めよう」
ソルが頷いた。
設置が終わると、ソルが木を釜に詰め始めた。丁寧だった。一本一本、確認しながら入れていく。
ムウが少し離れたところで腕を組んで見ていた。
しばらくして、ジンに目を向けた。
「ばあちゃんによろしく言いな」
「……わかった」
ジンが小さく頷いた。
ジャウは見えなかった。でもどこかにいる気がした。
◇
火を入れるまでの間、リアが外に出た。
ルウとポウがいた。
ルウがリアを見た。値踏みするような目だった。
「……前より動きが変わった」
「少し練習しました」
「見せろ」
リアが少し間を置いた。それから動いた。
低く入った。重心が下がっている。以前より沈みが深い。足が地面を離れる前に、体の中心が先に動いていた。
ルウが黙って見ていた。
「……惜しい」
「どこがですか」
「息が先だ。動く前に息を吐いている」
「吐いてはいけないんですか」
「吐く前に動け」
リアが少し考えた。
「……わかりません」
「そうか」
ルウが実際にやって見せた。音がしなかった。気づいたら別の場所にいた。
リアがしばらく黙った。
「……どういうことですか」
「体が先だ。息はついてくる」
「わかりません」
「そうか」
ルウが「練習しろ」と言った。それだけだった。
ポウがにこにこしていた。
「リアおねえさん、つよくなるね」
「なれるといいんですが」
「なれるよ! アハハ」
◇
ソルが火を入れた。
全員が釜の前に集まった。
煙が上がった。
少なかった。土窯の時とは明らかに違う。
ティエが煙を見ていた。
「……少ない」
「はい」
「土窯の半分もない」
ソルが空気の入り口を少し動かした。火が変わった。安定している。揺れが少ない。
ジンが釜の横に来た。しばらく見ていた。
「……音が違う」
「釜の音ですか」
「燃え方の音。均一だ」
ソルがジンを見た。
「……火もそう言っている、もう火が肩を組んでいる」
その時だった。
「おおおおおおおおっ!!!」
声がした。
全員が振り返った。
ジャウだった。
拳を空に向けて、天を仰いでいた。
声が森に響いた。鳥が飛び立った。
ジンが固まっていた。
顔が青かった。
「大丈夫ですか」
「……でかい声だった」
「そうですね」
「心臓が止まるかと思った」
「大丈夫です」
ジンがしばらく動かなかった。
ティエが吹き出した。ソルが小さく息を吐いた。
ムウが「ルウとポウが生まれた日以来だよ、うるさくて仕方ない」と言った。
ジャウが満足そうな顔でこちらを見た。
「よく来た」
「ありがとうございます」
「次も来い」
「はい」
ジャウがまた雄叫びを上げそうな顔をした。ジンが一歩後ろに下がった。
「やめなクソジジイ!」ムウだった、ジンの顔がまた青くなった。
◇
帰り道、ジンが少し後ろを歩いていた。
「大丈夫ですか」
「……まだ耳が鳴ってる」
「慣れます」
「慣れたくない」
トールが「ジンさん、顔色悪いですよ」と言った。ブロンが「俺はびっくりしなかったぞ!!」と言った。ゴルドが「嘘をつくな、あの時盾握っただろう」と言った。ブロンが「見てたか!!」と言った。
リアが静かに歩いていた。
少し、足の運び方が変わっていた。
◇
街が見えてきた頃、ゴルドが言った。
「明日、視察が来るんだったな」
「はい」
「何かやることはあるか」
「ベックが全部整えています。問題ないと思います」
ゴルドが少し頷いた。
「……うまくいくといいな」
「そうですね」
夕暮れが街を染めていた。
視察まで、あと一日だった。




