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バタフライエフェクトギルド〜異世界のギルド、書類が山積みだったので全部やっておきました〜  作者: くろかっぱ
一章

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3/28

第三話:二日目のギルドは、思ったより騒がしかった

翌朝、日が昇る前に目が覚めた。

寝袋の中でしばらくぼんやりしていた。

ほんの少しだけ、目覚めたらいつもの部屋を期待した自分がいた。

ギルドの裏だ。

昨日のことを思い出した。

採用された。テントを張る場所をもらった。魔力がほぼない。でも受付の仕事には支障ない。

……異世界で就職したのか、私は。

そこまで考えて、小さく息を吐いた。

まあ、今のところはなんとかなっている。


起き上がって、テントの外に出た。

空が白み始めていた。

服を確認した。

キャンプ用のシャツとパンツ。機能性重視で選んだやつだ。防臭加工、速乾性あり、ポケットが多い。

でも——

この世界では浮きそうだな。

昨日、街を歩いた時に気づいた。みんな布製の服を着ていた。ズボンじゃなくてスラックスに近い形。シャツは麻っぽい素材。

現代的なアウトドアウェアは明らかに異質だった。

今日、服を買いに行く必要がある。

でもまず、仕事だ。



ギルドの扉を開けた。

まだ開店前の時間だった。

書類の山が昨日のままそこにあった。

どこから手をつけるか。

まず全体を把握することだ。

その前に——

執務室のドアをノックした。


「なんだ」


「書類の整理を始めてもいいですか」


短い沈黙が落ちた。


「やれ」


「わかりました」


それだけだった。

許可を得た。

始められる。


書類を一枚一枚手に取って、内容を確認した。

依頼書、報酬記録、登録情報、苦情記録、期限切れの通知、未処理の申請書。

全部バラバラに積み上がっていた。

まず分類だ。

四つに分けた。


緊急性のあるもの——期限が迫っている依頼、未払いの報酬、未処理の申請書。これは今日中に対応が必要だ。


記録として残すもの——過去の依頼記録、報酬の支払い記録、冒険者の登録情報。整理して保管する。


処理済みのもの——完了した依頼、支払い済みの報酬。日付順に並べて保管する。


不要なもの——期限切れの通知、重複している書類。破棄する。


当たり前のことだ。

でも、書類は分類されずに積み上がっていた。

確認済みのものと未処理のものが混ざっている。

受付印だけ押された紙もある。

忙しくて後回しになったのか。

ルールがないのか。

それとも別の理由か。

まだ、よくわからなかった。


黙々と作業を始めた。


「何してるの」


声がした。

振り返ると、がっしりした体格のおばちゃんが立っていた。


「書類を分類しています」


「昨日の子だよね? ありがたいけど、やり方わかるのかい?」


「まだ全部はわかりません」


「じゃあ大変だよ、それ」


「なので、まず分類から始めています」


おばちゃんが書類の山を見た。


「……終わりそうかい、それ」


「今日中には終わらないと思います」


おばちゃんが少し目を細めた。


「だろうねえ」


それから小さく息を吐いた。


「マーサだよ。落ち着いたら手伝いにくるからね」


それだけ言って、いそいそと自分の持ち場に向かった。

少なくとも、頭ごなしに止める人ではないらしい。


しばらくして、ベックが出勤してきた。

昨日、採用に難色を示していた鑑定係の中年男性だ。

書類が整理され始めているのを見て、眉をひそめた。


「何をしているんですか」


「書類を分類しています」


ベックの目が少し険しくなった。


「……ガドさんに許可は取ったんですか」


昨日あれだけ渋っていたのに、今朝も確認してくる。

徹底している。


「取りました。朝一番に」


ベックが少し止まった。


「……そうですか」


納得したわけではなさそうだった。でも文句も言えない顔だった。


「やり方が違います。うちには独自のルールがあって——」

「教えてもらえますか」


ベックが少し止まった。


「……え」


「知らないので教えてください」


ベックが予想外だったのか、少し間を置いた。

それから渋い顔で近づいてきた。


「……まあ、聞くなら教えますけど」


過去の依頼記録は年別に保管する。報酬記録は冒険者のランク別に分けている。登録情報は名前順に並べている。


「わかりました。そのルールに合わせます」


ベックが少し拍子抜けした顔をした。


「……素直ですね」


「合理的なルールは守ります」


「合理的じゃないルールは?」


「理由を確認します」


ベックがしばらく私を見た。

それから小さくため息をついた。


「……まあ、とりあえずやってみてください」


昨日より一歩だけ、距離が縮まった気がした。



ギルドが開くと、冒険者たちが入ってきた。


「お前、誰だ」


「新しい受付のケンジです」


「マーサさんじゃないのか」


「今日から私も担当しています」


冒険者が私を上から下まで見た。


「……魔力ゼロらしいな」


噂でも立っているのか。

「測定できないほど少ないだけです」


「ゼロじゃないのか」

「ゼロではないです」


冒険者が笑った。


「細かいやつだな」


笑いながら依頼書を出してきた。

処理した。

次の冒険者が来た。


「おいおい新人、いきなり受付できんのか」


依頼書を受け取って処理した。


「ん、はええな」


それだけ言って出ていった。

思ったより普通に受け入れられている。

冒険者たちはわかりやすい。強さより、使えるかどうかで判断する。


昼前、書類の分類がひと段落した。

緊急性のある書類が七件あった。

ガドに報告した。


「緊急対応が必要な書類が七件あります」


「……七件?」


「期限切れになる前に処理が必要です」


ガドが少し黙った。


「……処理しろ」


「わかりました」


ガドが執務室に戻った。

整理すれば見える。整理しなければ見えない。それだけのことだ。


昼休み、ティナが近づいてきた。

この子は雑用係の若い女の子だ。


「ケンジさん、昼ごはん食べましたか?」


「まだです」


「一緒に行きませんか? 街を案内しますよ!」


「案内?」


「ケンジさん、昨日来たばかりですよね。必要なお店、まだわからないと思って」


確かに。

服を買いに行く必要があったのを思い出した。


「お願いします」


ティナが嬉しそうな顔をした。

「行きましょう!」



街に出た。

ティナが元気よく案内してくれた。


「まずここが食堂です。ランチが銅貨三枚で食べられます。冒険者の子たちがよく来ますよ」


「安いですね」


「屋台もありますよ。あっちの通りの豆スープが美味しくて、銅貨二枚で食べられます」


昨日食べたやつだ。


「自炊するなら朝市がいいですよ。毎朝ギルドの東側の広場に出てます。野菜とか肉とか新鮮なものが安く買えます」


「朝市ですか」


「早起きしないといけないですけど笑」


ティナが次の通りに向かった。


「ここが薬草師のお店です。怪我した時に来ます。でも高いんですよね」


「他に治療する方法は?」


「神官に祈ってもらうか、薬草を使って回復を早めるか。どっちも庶民には難しくて」


医療が中途半端だな。

でも今は情報収集だけしておこう。


「道具屋もありますよ。アンばあさんっていうおばあさんがやってて、冒険者に人気で。松明とかロープとか保存食とか」


「ギルドの近くですか」


「すぐそこです。いい人ですよ、アンばあさん」


覚えておこう。


「あ、お風呂はこっちの通りに公衆浴場がありますよ。冒険者の子たちもよく使ってます」


「それは助かります」


少し歩いたところで、ティナが立ち止まった。


「あそこが教会です。ルーメン教の」


大きな建物だった。

街で一番目立つ場所に建っていた。白い石造りで、上に光を象ったらしい装飾がある。


「大きいですね」


「街で一番大きい建物ですよ。みんな毎週お祈りに来ます。ケンジさんも来ますか?」


「故郷にそういう習慣がなかったので」


ティナが少し目を丸くした。


「そうなんですか。ここでは当たり前なんですけどねえ」


大きい建物だ。街で一番目立つ場所に建っている。

権威の示し方として、わかりやすい。

深くは考えなかった。でも頭の片隅に残った。


食堂に入った。

ランチを二つ頼んだ。

肉と野菜の煮込みと、厚いパン。

テーブルに並んだのを見て、自然に手を合わせた。


「いただきます」


ティナが首を傾げた。


「……なんですかそれ」


「食事の前に言う言葉です。故郷の習慣で」


「どういう意味ですか」


少し考えた。


「食べ物の命をいただく、という意味です。作ってくれた人への感謝も込めて」


ティナがしばらく考えた。

「……なんかいいですね、それ」


「そうですか」


「私も言っていいですか」


「どうぞ」


ティナが真似して手を合わせた。


「いただきます」


少し照れくさそうだった。

煮込みは濃い味付けだった。パンが硬かった。

でも温かかった。

悪くない。


布屋に寄った。


「ケンジさんの服、すごく変わってますよね」


「故郷のものです。この街では浮いているので買い替えようと思って」


「じゃあこれとこれはどうですか」


ティナが選んでくれた。

麻のシャツと、動きやすいズボン。シンプルだが、街に馴染む格好だ。


「これにします」


「似合いますよきっと!」


支払いを済ませた。

銅貨三十枚。

思ったより安い。


「ありがとうございました」


「どういたしまして! わからないことあったらなんでも聞いてください!」


ティナが笑顔で言った。

素直な子だ。

向いている仕事が他にある気がした。

でも今日は言わないことにした。

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